駆けよ牢獄積もれやコイン
【歩ム者・ウル】 地下牢収監18日目
「…………」
「…………」
無視しても良かったが、現在ペリィは彼等から簡単な力仕事を請け負ってる立場で、そのお通夜のような空気を前に無視する訳にもいかなかった。
「……なに、どうしたんだお前等ぁ」
「地下栽培が上手くいかねえんだよ……」
ウルが顔を上げる。ああ、とペリィは納得する。そういえばそんなことをやるとは言っていた。正直最初それを聞いたときは、「出来たら良いな!」みたいな夢物語でも語っているものと思っていたが、まさか本当に場所の確保まで持って行くとは思わなかった。
が、そこで少し挫折しているらしい。
「まさか、芽すら、出ないとは、思わなかった、です」
「魔草は光が無くても育つ筈なんだがなあ……やっぱ全然勝手が違うか」
アナスタシアとウルは顔を突き合わせて首を捻る。ペリィは呆れて言った。
「お前等……ちゃんと魔灯は沢山吊したのかよぉ?」
「「魔灯」」
「そりゃ育たねえよぉ……この辺りの地面の魔力なんて知れてるぞ?」
魔草は太陽の光の代わりに魔力で育つ植物の大まかな分類だ。
勿論、そこから更に多様な分類に分かれることとなるが、魔力を喰らうという一点は共通している。つまり魔力の供給が重要になるわけだが、その為の方法として最も効率が良いのが【魔灯】による魔力の放射だ。
元々は単なる植物だった物が変異したのが魔草だ。光を取り込む機能が残っている場合が多い。そこで魔力によって光を生み出す魔灯を利用する事で効率よく魔力を吸収させる。
このやり方であれば魔力効率も良い。地中に魔石を砕いて撒くようなやり方も無いでは無いが、魔力が霧散してしまう事もある。
「っつーか多分、【探鉱隊】の地下菜園でもやってんだろぉ。見なかったかぁ?」
「場所を借りる際にトラブって一歩でも探鉱隊の方に近寄ると土人達が警戒態勢に入るので暫く距離取ってる」
「何やったんだよお前ぇ……」
「ですが、ペリィさん、詳しい、ですね」
「え、ああ、まあ、おうよぉ。昔取った杵柄ってやつでなぁ……」
ペリィは目を逸らす。
実はこの知識は昔、特殊な魔草から手に入る“違法な薬物”で儲けてやろうとした時に身につけた知識であるのだが、この件に関してはまだ【黒剣】に知られていない。うっかり口を滑らせたら不味いとペリィは冷や汗をかいた。(尚、その薬の一件は邪教徒が絡むヤバすぎる案件であると気付いた為、騎士団に情報をたれ込んで破綻させ、自分だけ逃げ出した)
と、彼が昔のことに思いを馳せていると、不意にウルがペリィの肩に手を置いた。
「地下菜園任せた」
「は?まて、嫌だぞぉ!【魔女釜】の仕事だってあるんだからなぁ!!」
「菜園から取れた魔法薬で売れた分の3割のコインは渡すよ」
「3……!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【歩ム者・ウル】 地下牢収監26日目
「地下菜園のおかげで回復薬、強壮薬は安定してきた。が、もう少し儲けが欲しいな」
魔法薬の生成をしているウルが、ガラス瓶を睨み付けながらそう呟いているのをペリィは聞いていた。
ウル達、魔法薬生成チームは順調に機能しつつあった。地下菜園をペリィが担うようになってからは順調だ。ウル達が要求してくる魔草類、紅刃草や黒青花といったものも地下で採取出来るようになっている。
当然、取れる量も頻度も無尽蔵ではないが、地上で【黒炎鬼】の襲来を恐れながらちまちまと採取するよりもずっと効率が良い。実際ペリィの懐に入るコインの量は日に日に多くなっていって彼としてはホクホクだ。
しかし、まだ足りないとウルは言う。ペリィは呆れた。
「コインそんなに集めて何すんだよぉ……」
「色々。というか、むしろなんで他の奴らはコインを稼ごうとしないのか不思議だ」
「あー?……そりゃ、アレだよぉ。やる気がねえんだよ皆ぁ」
食事代も部屋代も必要ない地下牢ではコインを貯めること自体そんなに難しくない。
ダヴィネの言うことを真面目に聞いて、辛抱強くあれば一定量は集められるだろう。どれだけみそっかすな仕事であっても、ダヴィネはコインを支払わない、と言うことはしない男だ。頑張れば必ず一定は支払われる。
が、頑張って集めたところで、この地下牢から出られる訳ではない。
「要は、目標がねえなら使い道もねえんだよぉ。ダヴィネが仕入れる嗜好品買って楽しむくらいかぁ?でも指示された内容以上に頑張って働いて稼いでまで欲しいかってーと、微妙だしよぉ」
コインは囚人達を働かせる報酬として機能こそしているものの、必要以上の勤労を自主的に行わせるほどには機能していない。良くも悪くも小規模にまとまっているのだ。
それを聞いて、ウルは納得したように頷いた。
「【焦烏】に聞いた通りか……ライバルが少ないのは都合が良いな」
「儲けるのは止めるつもりねえと。言っとくが俺もこれ以上は仕事増やさねえぞぉ…」
今ウルに説明したとおり、もう十分なのだ。これ以上儲けたところで、ペリィには使い道が無い。酒は増えた。メシも増えた。女囚を買うことだって出来る(男女ともに、身体を売ってコインを稼ぐ者は珍しくない)。もうそれ以上は望まない。
元々、詐欺を働いて簡単に儲けようとして失敗して此処に放り込まれたのだ。これ以上の失敗はご免だ。
「俺もアンタにこれ以上無理を言う気は無いが……さてどうするかな」
「給仕班と、交渉するのは、どうでしょう」
すると、ウルの隣で魔草をすり潰していたアナスタシアが声をかける。
ウルに囁くように言う彼女の姿は、妙に色っぽくてペリィはすこしぞくりとした。勘違い聖女として侮蔑され、廃聖女と呼ばれて弄ばれて、呪われた病人と遠巻きにされた彼女だったが、何故か最近また少し元気を取り戻している。
顔色も良くなっていて、特にウルと話すときほんのりと嬉しそうで、それが少し色っぽい。本来ならこんな場所に落ちるはずもない女が持つ気品なのだろうか。しかし手を出せば多分ウルに殺されるので、絶対にそれだけはしないように心がけていた。
「給仕班……でも、あいつらって探鉱隊の地下菜園使ってんだろ」
「そもそも、探鉱隊は地下菜園に、あまり力、入れてない、です。ダヴィネさんの命令で、やってるだけ」
「ああ……あいつら、プライドたっけえからなぁ……」
探鉱隊の連中は基本的に、鉱石を掘り返す仕事に誇りを持っている。この地下牢を支えているのは自分たちであるという自尊心がとても強い。それ以外の仕事なんて基本的にやりたがらない。
彼等が保有している地下菜園もポタタ豆が取れる黒鈴草と呼ばれる魔草一種のみだ。それも殆ど放置すれば勝手に育って苦労が無いからと言う理由である。
つまり狙い目と言えば、狙い目だ。しかし、
「そもそも何売るってんだよ。地下菜園もう目一杯使ってるぞ」
現在、ウル達が使っている地下菜園はその全ての場所に魔草を植えているわけではない。が、あれは別に余らせているわけでもなんでもない。魔力の補充やらなにやらを考えて休ませている土地を用意しているだけだ。
しかしアナスタシアは首をゆるゆると横に振って、差し出した。それは。
「………こいつは」
「………紫水茸かぁ」
紫色に輝く、ぶよぶよとしたキノコだ。かなり大きい。結構有名な代物だった。まず目立つ。大きい。夜には中に膨らんだ魔力が輝く。切り取って暫くするとあっという間にしぼんでしまうが、しかし旨みが同時に凝縮するのかスープに入れるといい出汁が出る。
匂いが独特で嫌いなものも居るが、食用だ。
「でも、茸って種目多くて見分けるの大変とかじゃなかったか?」
「毒性の有無は魔術で一発だろ。給仕班なら心得もあるだろうし……だが」
ペリィは訝しげにそれを持ってきたアナスタシアを睨んだ。
「……こんなもん、どっから取ってきたんだぁ?」
「地下菜園で、不足した魔草を少し、取ってたら」
「取ってたらぁ?」
「天井から」
「天井ぉ……!」
ペリィは顔を青くさせ、急ぎ自分の仕事場である地下菜園に降りて、見上げて、悲鳴を上げた。がら空きだった天井部が紫水茸に埋め尽くされる地獄絵図だったらしい。
その後、光量を調整し、探鉱隊と交渉し天井部に茸の菌床を上手く設置することで収穫物が増えた。給仕係との交渉の結果一度の収穫でコイン30枚程となり、日々の食事が少しだけ豪華になった。
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