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魔女窯の魔女②



 【探鉱隊】 フライタン


 ダヴィネと同じく土人で男。地下牢の更に地下に広がる鉱山窟を掘り進む【探鉱隊】のリーダーだ。ダヴィネが武具防具道具類、あらゆる物を生み出す際の原材料を掘り出すのが彼の仕事だ。

 大罪都市ラースは、元は精霊の力が溢れ、結果あらゆる資源に満ちていた。それは鉱物資源も同様である。が、黒炎は大地を焦がした。炎は地表に留まったが、その呪いの影響は地層深くまで歪に歪め、変容させた。


 フライタンはその呪われし探鉱を掘り当てる熟練の探鉱夫だ。


 ダヴィネのように天才的なセンスの類いではなく経験値から紡がれる洞察力だ。大地を理解し、隊を導き、鉱脈を発見していく。ダヴィネがいかな天才であろうとも、その素材が無ければ何も生み出すことは出来ないだろう。この地下牢において彼は必要不可欠な人材だった。


「……よりにもよって、その男を殺せ、と?」

「そうさ!ヒャヒャヒャ!」


 そのフライタンの情報を耳に入れながら、ウルは顔を顰めた。情報収集とコネクションの確保を目的に【魔女釜】に顔を出してみたのだが、やはりというか、酷く物騒な話がいきなり叩きつけられた。


「理由を伺っても?」

「気に入らないからさ!!【探鉱隊】の連中がね!!」


 魔女は叫ぶ。

 グラージャという名の只人の老婆は先程まで浮かべていた笑みを拭い去って、まるでウルがそのフライタンであるかのようにコチラを睨んだ。痩けた顔に目玉がやけに大きく見えた。

「あの土人の不細工どもめが!自分こそが一等にこの地下牢で優れていると本気で思っていやがる!魔術の”ま”も理解しちゃいねえくせに私らの仕事にケチをつけるのさ!!呪い殺してやりたい!!」


 口憚らず、大声で喚く。【魔女釜】には彼女以外にも働く部下達が居るのにお構いなしだ。ウルはちらりと周りの連中の反応を伺う。魔女の部下達に彼女を咎めようという表情の者はいなかった。中には小さく頷いている者まで居る。

 この対立は本格的だ。ウルはそれを理解した。


「だからそのトップのフライタンって男が邪魔だと?」

「でも私ら【魔女釜】ももう随分と此処に長い。地下牢は閉鎖的だ。下手な真似しようとするだけですぅーぐ誰かがチクっちまう。だけど、新人のアンタなら動機は少ないだろう?」

「少ないから、暗殺者にはうってつけ?」

「ああ、そうさ。フライタンはガキには優しい。アンタならきっと懐まで潜り込んで、あの不細工の首を掻ききってやれるさ!!!」


 大分ゲスい目論みをベラベラと、なんの後ろめたさも無く語る姿はいっそ清々しかった。眼前で浴びせられるにはキツイ話だったが、とりあえずウルは最後まで聞くことにした。


「勿論、アンタが仕事を終わらせたら、アンタの事は私達が守ってやるとも!!!魔女釜の支援を受けたら、アンタはこの地獄で地上よりも楽な暮らしが出来るよ?どおーだい?」

「……そうだな」


 ウルは少し、悩むように一呼吸空ける。が、答えはもう決まっている。


「断る」

「おや、どうしてだい?いい話だと思うんだがねえ」

「どこら辺がいい話なのかわからんが、入ってきたばかりで、この閉鎖空間で殺人犯す方が遙かにリスクだろ」


 ウルはこの数日、情報を仕入れるために彼方此方歩き回ったが、一度見た顔と何度もすれ違った。この地下牢は小型の都市ほどに大きな空間ではあるが、グラージャの言うとおり、同時に酷く閉鎖的だ。

 人の流動が少ない。此処は通常の牢獄と比べ随分と自由にうごけるが、それでも此処は牢獄なのだ。出られないし、あまり入っても来ない。空気は淀む。関係性は停滞する。


 その中で殺人などという破壊を行えばどうなるか。


 【魔女釜】に庇われようと、恐らくウルはこの地下牢の中で生きるのが酷く困難になる。此処が犯罪者の巣窟だろうと、一定の秩序がこの中にはあると分かった。そして秩序の中で外れる者は排除される。

 そして、そう考えると、予想も付く。


「よしんば、暗殺が上手くいったとて、アンタ俺を庇う気なんてないだろ?」

「口約束が不安なら契約魔術なら作ってやるよ?」

「アンタが作ったモノで?何の保証になるんだそれ」

「ヒャヒャヒャ!!」


 魔女は笑った。否定はしなかった。つまりそういうことだ。

 規則を破ったモノを庇って、もろともにくたばるくらいなら、約束を反故にしたほうが話は早いし、なんならその暗殺者を始末した方がもっと話は早い。


「なあんだ。これに乗るような馬鹿だったら面白かったのにねえ?」

「いるのかよ、そんな迂闊な奴」

「いたよお?此処は馬鹿な外れどもが集まる牢獄だよ?愚か者の集まりなのさ」


 魔女は笑い、そして、ウルを指さした。


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「………」


 ウルは沈黙した。彼女の言葉をそれ以上何を追求したとしてもやぶ蛇になる気しかしなかった。魔女もそれ以上語るつもりはないらしい。ウルが押し黙ったのを面白そうに見るだけだ。


「……暗殺依頼の件は誰にも言わない。出来れば良好な関係でいたいからな」

「そうしてくれると助かるねえ」


 暫くして、ウルが吐き出した言葉に魔女は頷いた。

 とても厄介な老婆であるのは間違いないらしい。出来るなら今後関わり合いになりたくは無いが、恐らくはそうも行かないだろう。此処は狭い牢獄なのだから、必然的に関わってくる。それに、


「ソッチの要求を断った代わりと言ってはなんだが、簡単な取引をしないか?」

「おや?」


 少し意外そうにする魔女の前で、ウルは”ダヴィネコイン”を数枚、机の上に並べる。


「企みとかはないさ。ただ、あんたの所で使う触媒の幾つかを融通して欲しいってだけだ。此処にあるって聞いたんでな」

「ふぅん?なにが欲しいんだ?」

「白鐘虫の死骸」


 ああ、と魔女は少し意外そうな顔をしながらも部下に目配せする。しばらくすると籠一杯に詰まった拳大の芋虫。の、ミイラが積まれていた。一見すると枯れた木の葉の様にも見える。


「触媒として使った後、その絞りかすだよ。こんなモノが欲しいのかい?」

「ああ。幾らだ?」

「コイン3つで良いよ。どうせゴミだしねえ。金に変わるなら私らは丸儲けさ」


 笑う彼女に、ウルはそのまま黙ってコインを差し出した。魔女はコインを軽く改めると、そのまま部下に指示を出して、死骸の籠をウルに手渡す。ウルは受け取った死骸をじっと確認し、頷いた。


「取引成立だ。また定期的に買いに来るよ」

「へえ、その死骸で何作るつもりなんだい?」


 ウルは振り返る。その表情には何故か、苦々しい表情が浮かんでいた。


「お茶」


 流石に、ウルのその言葉の意味はグラージャも理解できなかったようだ。

 彼女は魔女らしからぬきょとんとした顔をしていた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 地下牢。ウルの自室。


 地下牢到着から数日が経過し、ウルの自室の物は増え続けていた。元々狭い部屋であったが、既に物が溢れかえりはじめてごちゃごちゃとしだしている。隣の部屋が空き部屋なのを良いことに其方にまで物が広がりつつあった。


「…………出来たか」


 幾つかの魔草の根と葉、虫の死骸を粉にして、炙り乾かす。完全に乾燥させ、粉にしたそれに熱湯をかけて生み出した、奇妙な色に輝く液体をみて、ウルは小さく呟いた。

 隣で、彼を手伝っていたアナスタシアは、一体なんの薬品を生み出したのだろうと、思っていた。すると彼はその液体を握り、そしてアナスタシアを見た。


「出来たぞ」

「……ええ」

「飲め」

「……ええ?」


 アナスタシアは少し驚いた。しかし彼女の返事を無視してウルはすっと不細工な硝子のカップに注がれた謎の液体を差し出した。漂う匂いにアナスタシアはうっとなった。感情があまり動かなくなった筈だったのだが、凄まじい嫌悪感が身体から湧き上がる。コレは止めておけと本能が忌避している。


「……あの、飲むの、ですか?」

「ああ」

「どうして?」

「身体に良い」

「嘘でしょう……?」


 思わず声が出た。

 根拠は無いがコレが身体に良いのは絶対嘘だと思った。だって今もなにかボコボコと音を立てて泡を吹いて、悪臭を漂わせている。人体が強制的に拒否反応を起こす匂いだ。

 飲みたくない。死んでも良いとすら思ってたけどこれを飲むのは凄くいやだ。口に含むという行為自体が冒涜だ。

 が、ウルはじいっとこっちを見続ける。飲むまでその視線を外す気は無いぞ。と言うように。


「…………」

「…………」


 ここ数日、彼は自分によくしてくれているのは分かる。

 勿論、裏切るリスクの低い便利な人員としての期待もしているのだろう。彼女が出来る範囲での仕事を、彼は過不足無く与えてくる。それでも彼は、少なくともほかの囚人達の彼女への扱いを思えば、随分とマシな扱いをしてくれていたの確かだ。

 そう考えると、この”お茶”と呼んでる謎の液体が彼女に害あるものでは無い、筈だ。


「よ、ほぉ、ぉぉし……」

「すげえ声震えてる」


 滅茶苦茶間抜けなかけ声をあげながら、アナスタシアは謎の液体を一息に飲み干した。


「…………」


 そして彼女は停止する。何も言葉は出なかった。


 味覚だけでヒトは意識をふっとばす事が可能なんだなあ……?


 という驚愕の事実を理解しながら、そのまま倒れた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 アナスタシアは眠るとき、何時も【黒炎】の夢を見る。自分の身体が黒い炎に焼かれ、蝕まれ、そして炎そのものになる悪夢だ。ずっと熱くて逃れたいのに、自分が【黒炎】そのものになるから逃れようが無い。そして最後には竜が出てきて自分を完全に焼き尽くして食い尽くす。それまではいつまで経っても目を覚ますことも出来ない、最悪の悪夢だった。


 だが、その日の夢は少し違う。


 竜が出た。だが竜が何故かコチラを焼き尽くそうとはせずに揺らぎ続ける。まるで炎のようにだ。【黒炎】も同様に、ゆらゆらと彼女を炙り、焼くが、しかし彼女を飲み込もうとまではしない。

 何をしているのだろう、と彼女は思い、そしてその竜と炎の動きが何かに似ていることに気がついた。


 悶え苦しんでいる


「……………っは」


 アナスタシアは目を覚ました。

 周りを見ると、ウルの部屋でそのまま寝ていたらしい。自分はベッドで寝かされていた。そして【黒睡帯】以外の服が脱がされていた事に気がつく。寝ている間に好きにされたのだろうかと思ったが、そうではなかった。


「う、わ」


 眠っていたベッドがぐっしょりと濡れている。どうやら寝ている間に随分と大量の汗をかいたらしい。だが、不思議と身体はそこまで濡れていなかった。理由はすぐに分かった。自分の寝ているベッドの隣で、ウルが眠っていた。


「…………くかー……」


 寝息を立てて眠る彼の手には、比較的小綺麗なタオルが握られていて、その隣には清潔な水もあった。寝ている間に服を脱がしてくれて、汗を拭って、水を飲ませてくれていたらしい。

 看病されたのだ。アナスタシアにとってそれは随分久しぶりの事で、暫くそれを理解するのに時間がかかった。


「……ありがとう、ございます」


 眠っているウルの額を撫でて、アナスタシアは久しぶりに小さく笑った。そして身体を起こして、そして、気がつく。


「……身体の痛みが、少し、引いてる」


 杖を使わずに立ち上がることが出来たのは数年ぶりの事だった。


総合評価1万PTを突破いたしました!

ここまで一気に評価いただけたのも皆様のおかげです!改めて感謝申し上げます!!

これからも頑張ってまいります!

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― 新着の感想 ―
簡単な素材と調合で作れる代理神薬みたいなもんだしなぁ…味と見た目と色々なものが犠牲になってるけど
絶対後悔するだろうけど一度飲んでみたい。
[良い点] お茶の材料嫌すぎる……
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