大浴場の地獄と極楽
エシェルは自分の容姿について、感慨を抱いたことは無かった。
正確には考える余裕なんてものがまず無かった。
幼少期は、実家で殆どの間虐められ、いたぶられていた。友人達と話す機会も殆ど無い。故に比較する対象がまず居ない。そもそもそんな余裕が無い。
天陽騎士に入ってから、同僚から子供と侮られる事が多くなった為、化粧を覚えたが、正直あまり上手く出来たとは思えなかった。カルカラがしてくれるときは綺麗になったが、別に自分でやったって、大して違うとも思えなかった。
実際は、随分と酷い状態だったらしく、影で同僚に笑われることも多々あったが、やはりエシェルはあまり気にしなかった。無頓着だったのだ。官位持ちの少女というにはあまりにもらしからぬ価値観の持ち主だった。
が、そんな彼女も、ここの所その価値観を大幅に変更しつつあった。
「まあ、ディズ様。髪の毛ツヤツヤでございますねえ」
「ジェナが良いオイル使ってくれてるからねえ。シズクの方がすごいと思うけど。肌」
「ラストで良い薬液を見つけまして。魔術研究者でも、美容は気にされるらしいのですよ」
目の前で、金色と銀色のキラキラが揺れている。
湯煙の中、肌を晒し、揺れる彼女たちの姿は、何やら同性であっても官能的だった。自分の真っ赤で、あまり手入れもされていない髪では、ああもキラキラゆらゆらはしない。
「エシェル様?」
と、シズクがコチラに近付いてくる。銀色のキラキラがゆらゆらする。それと目の前に大きな塊がゆらゆらとしていた。
「どうなさいました?」
「…………シズク」
「はい」
「どうやって育てたのこれ」
「はい?」
エシェルは目の前のおおきなゆらゆらを両手で引っ掴んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【竜吞ウーガ】大浴場
その存在を確認したのは、ウーガを解放して間もなくの頃だった。
都市の住居区画に聳え立つそれは、ハッキリ言って贅の極みとも言える代物ではあった。ウーガには迷宮の遺物と思しき、放置すれば無尽蔵に水が湧き出る【真海水晶】なる水源が存在する。とはいえ、水晶から零れる水は無尽蔵ではあるが、大量ではない。少量の水が少しずつ溜まり続けるのだ。
故に、水は節制すべきものだし、身体や衣服の汚れを落とすなら、浄化魔術を使えば事足りてしまう。
にもかかわらず、大浴場などという大量の水を消費する場所が存在する理由は、恐らくはここの設計者、カーラーレイ一族の意向だろう。
ウーガを王の居住区とするにあたって、自分達の慰安の場所を欠かすはずが無い。内装の豪華絢爛っぷりを見てもそれは明らかだった。
そして現在、ウーガの利用者はウル達だ。正直、その華美な贅沢品は持て余しているところもあった。
が、折角あるものを利用しない、というのもまた、惜しい。そもそもウーガの稼働確認をする上で、この施設の使用の具合も見ないわけには行かない――――という建て前を多くの者達が並べた。実際は身体の清潔の維持は浄化魔術だけである程度は事足りるが、大浴場を使って身体を癒やしたいという希望者が居たのだ。
議論の結果、一週間に一度、浴場は開かれることになった。
今日はその日だ。ウーガに住まう名無しも従者達も白の蟒蛇も、更には駐留しているエンヴィー騎士団の連中も、勿論ウル達も、この広い広い大浴場に集合し、そして身体を癒やしている。
その大浴場の一角にて、エシェルはシズクの乳をひっつかんだ。
「エシェル。止めときなさい」
「はっ!」
二房の乳を鷲づかみにしているエシェルをリーネが止めた。掴まれていた方のシズクは特に恥じるでも困るでも無くニコニコと笑っていた。
「特に育てようとした覚えはありませんが」
「何もしていないで育つならどうして私達の乳はこうなの?」
「巻き込まないでくれる?本当に巻き込まないでくれる?」
リーネはこの知能の低い会話から距離を取ろうとした。
「でも、リーネは小人って種族を考えるとむしろかなりスタイル良い方じゃない?」
《そーそー、びしょうじょよびしょうじょ》
そこに浴槽の縁に腰掛けるディズとアカネが楽しそうに指摘して、エシェルは泣きそうな顔でリーネを睨んだ。リーネは二人を恨みがましい表情で見たが、二人はとても楽しそうに笑っている。
「ふざけて混ぜ返すの止めてくださいませんか。ディズ様。アカネ様」
《うそじゃないのにー》
「いやあ、ゴメン。女の子同士の会話って楽しくて」
ディズは笑う。【七天の勇者】という彼女の偉大なる職務を考えると、その多忙さも、こうして親しい間柄で言葉を交わす機会も少なかったのだろう。アカネだって、その身体の特異性を抱えている以上、同じように苦労を抱えてきたことだろう。
そう考えると、彼女達の思いも尊重したい気持ちもあるにはあるのだが、こんな頭の悪い会話以外の時であってほしかった。
「スタイルの良さならば、ディズ様も負けてはおりません」
と、ディズの背後から、彼女の髪をずっと世話してツヤツヤにしていたジェナが、対抗するように主張した。言われて見ると、確かにディズの身体つきも美しいと言える。出るところはちゃんと出て、引っ込むところは綺麗に引っ込んでる。
だが、彼女の身体はそれよりも目立つものがあった。
「でも私、傷だらけだしねえ」
《これー、ラストのときのー?》
「ラストにお腹かき回されそうになった時だねえ」
彼女の身体は言うとおり、傷だらけだ。大小様々な傷の痕跡が彼女の身体に残っている。なかには身体の上と下を両断するような大きな傷まであるのだから、相当だ。
いかに彼女達が過酷な戦いをこなしているか、よく分かる。
「それもまた美しいのです」
ジェナは自信満々に主張する。狂信的だが、それにはリーネも同意見だ。その深く多く残った傷跡は、全てが命を賭して私達の世界を守ってきた証しだ。醜いとは全く思わない。
隣で見ていたシズクもまた、同意見なのだろう。労るようにディズの身体の傷に指で触れ、そして尋ねる。
「生業上、私も怪我は良くしますが、傷は消さないのですか?」
「キリが無いからねえ。人前に出るから顔は綺麗にしてるけど。もう少し落ち着いたら一度消しても良いかもしれないね」
傷を癒やすだけでなく消しさる魔術は勿論ある。大きい傷の治療は高価になるが、彼女の立場ならそれは可能だろう。歴戦の跡を無くしてしまうのは少し惜しくも感じるのは少しミーハーだろうか。とリーネは自分で思った。
「魔術かあ……」
「一応言っておくけど、人体の一部肥大化魔術なんて都合の良い物はないからね」
「無いの!?」
「怪我を癒やすとかなら【元に戻す】っていうシンプルな動きだけど、肉体の一部を変えるのは【人体操作】の域よ。危険過ぎるわ」
余った脂肪を好きなところに移し替えたり消し去ったりする、なんてのは男女問わずに夢見る魔術だが。もしそれが容易いなら、とっくの昔に一般化しており、この世から太っちょの者は消えていなくなっている。
一般化していないのは困難の証しだ。ラウターラ魔術学園でその研究をしている者も確かに居たが、結果事故が絶えず、生徒による研究は中止となる程だ。
「諦めなさい。というか、なんでそんなこだわるの、別に貴方そこまで悲観するような体つきじゃ無いでしょうに」
リーネが見る限りエシェルの体つきも立派に女性らしい丸みを帯びている。だらしなく太ったりもしていない。シズクのような規格外と比べれば確かに頭がおかしくなるが、そこまで卑下するようなものでは無い筈だ。
しかしエシェルは何故か元気が無い。顔を俯かせ、そしてぽつりと小さく呟いた。
「……ウル好きかなあって」
リーネは思った。いらん地雷を踏んだと。
「ええ、ウル様は大きい乳が好きなようですよ?」
連鎖爆発した。此処は地獄か。
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一方 男湯
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ウル、ロック、ジャイン、エクスタイン、ブラック
五名は、他の来客達と同じく湯船にとっくりと沈み、無言を貫いていた。会話が無いとか、気まずいとかではない。ひたすらに無言で、肉体を湯船の中に預けきっていた。口数の多いブラックすらも、今はただ身体を揺蕩わせるのみだ。
視線は虚空を漂わせ、ウルはぽつりと呟いた。
「……極楽だ」
その言葉に、その場に居た全員、沈黙のまま肯定した。
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