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集結


 三日後、竜吞ウーガ後部、搬入口。


 ウーガに乗り込む際、出入り口用のスロープとなるのはウーガの“尻尾”だ。

 まずウーガ自身が地面に潜り込む形で沈み、半ば地面と一体化する。そしてその尻尾も地面に潜り込ませ、ウーガ内の居住区画までの道とするのだ。これは大罪都市グリードの移動要塞【島喰亀】と構造が似ていた。実際、邪教徒達はアレを一部参照したのだろう。とはカルカラの説明だった。

 ただし規模は違う。地面に突き刺さったウーガの尻尾は、なだらかで大きな山のようだった。馬車はおろか、小型の移動要塞であれば容易に通行が可能であろうというくらいに、それは大きかった。


「実際、それを想定していたんだろうな。エイスーラは」


 尻尾の付け根、居住区画の入り口の前で、エシェルが小さくぼやいた。出迎えに待つ彼女は、かつてはずっと身につけていた天陽騎士の鎧でもなく、私服でもなく、神官用の式服を身に纏っていた。

 神官の制服というには少し派手だが、上品さは保っていた。お偉方を出迎えるにあたり、最低限、身だしなみに気を使う必要があるということで、彼女の姿はこうなった。化粧も以前のようにむやみに濃くなく、年齢から少しだけ大人びた印象を受ける程度に落ち着いていた。


「俺はこの格好でいいのかね」


 対してウルの格好は、普段から使用している鎧だ。粘魔王との戦いで破損した箇所はきっちり修繕したので、見た目は悪くないが、普段通りが過ぎて逆に落ち着かない。

 エシェルはそんなウルの姿を見て頷く。


魔銀(ミスリル)の鎧なら十分だ。天陽騎士の騎士鎧も魔銀製だし」

「眼帯は?厳つくないか?」

「公の場で魔眼の類いを晒すのはマナー違反だから、良いと思う」

「なるほど……ただまあ、礼儀作法には疎い。期待はしないでくれ」

「無理をせず、礼を失するような事さえなければ十分かと思いますよ」


 そうフォローするのはシズクだ。彼女は頭まですっぽりと覆う白地のローブを身に纏っている。普段使いするにはすぐに汚れてしまいそうだが、今回はウーガに保管されていたものの中からあえてそれを選んだ。

 肌の露出も少ない、デザインとしては地味なものだ。エシェルと共にある時、彼女の容姿はあまりに前に出すぎているというチョイスだった。

 それでも逆にミステリアスな雰囲気を漂わせるのだから難儀なものだった。


「お前はどんな格好でも様になるよな。シズク」


 シズクは口元を隠してクスクスと微笑む。


「取り繕っているだけですよ」

「全然そうには見えない……」

「エシェル様は私とは逆に、これから出迎える方々の前では、もう少し堂々としていなければいけません。今は貴方が此処の主なのですから」


 シズクの指摘に、エシェルは肩をがっくりと落とす。顔には自罰的な笑みが浮かんでいた。


「虚勢は、皆を此処に連れてくるときに張るだけ張って、すっかり底を尽きてしまった。大声で喚き散らしていただけだったけれども……それもどうして出来ていたんだか…」


 へし折れてへし折れて、またへし折れて、何度となく砕かれて、最後に救われた彼女の心は随分と丸くなった。が、結果失われたものもあった。ラストの神殿にて、天陽騎士としての権威を振りかざしていた彼女は、無鉄砲であったが、肝が据わっていたとも言えた。

 今の彼女に同じ事は出来ないだろう。やろうとも思わない。

 だが今は、あの時の無鉄砲さが幾らか必要な時だ。

 

「勢いなんていりません。形だけで良いのです」


 シズクはそんな彼女の肩に触れて、身体を起こさせる。そのままエシェルの後ろに回り込んだ。


「相手に嘘をつく簡単なコツは、胸を張って、姿勢を良くして、何も感じず微笑んでいることです」


 そっと背中や肩に触れるたび、エシェルの姿勢は自然と、先ほどと比べて良くなっていった。まるで操り人形のように、シズクの手はエシェルを動かしていく。


「何も、考えなくて良いのか?」

「考える必要はあります。でも感じないでください」

「難しいことを言う」

「意外と簡単ですよ。誰もが身につけている防衛本能ですから」

「防衛?」


 理解できずエシェルが不思議そうにすると、シズクは背後からそっとエシェルの頬に触れ、耳元で囁く。


「エシェル様、生きている中で、死んでしまいたいほど辛いことはありましたか?」

「…………そ、れは、あるけど」

「その時、どう耐えたかを思い出してください」


 そう言われて、暫くした後、エシェルの中から表情が消えた。

 怒りや悲しみも無い。辛い、苦しいといった感情も無かった。一切の感情が外から消え失せて、内側に押し込められた。石のようになったその顔に、シズクは触れる。


「感情を切り離して、形だけを取り繕えば、後は相手が勝手に勘違いしてくれます」


 シズクが手を離すと、意味深な微笑を湛える女が誕生していた。

 近くで変化を見ていたウルの目にも、それが古いトラウマを自分で掘り返して、悶え苦しんでいる少女の姿には見えない。全てを理解しているような、見透かされているような気分になった。


「……あの、ずっと、こうしてるの、つらい」

「その内、嫌な思い出を取り出さなくても出来るようになりますよ」


 シズクが離れると、エシェルが溜息をついて表情を戻した。その後なんども自分の顔に触れ、身体を動かす。先ほどの自分の姿の練習をしているらしかった。


「いきなり完全にやろうとしなくてもいいですよ。今日は姿勢だけにしましょう。それだけでも印象は変わります」

「お前はその技術何処で仕込まれたんだ?」


 ウルは問うと、シズクは意味深な微笑を湛えた。

 ウルはシズクの頬を引っ張った。


「いひゃいれす」

「なに遊んでんだボケども」


 そこに、ジャインがやってきた。彼も鎧姿だ。普段使いの実用性重視ではなく、見栄え重視の真新しい鎧を身に纏っていた。


「っつーかなんで俺まで出迎えなきゃなんねえんだよ」

「アンタがいないと、此処に居るのは銅級冒険者二人と、カーラーレイ一族から追放された事で生き残った小娘が一人だ。ハッタリが足りない」


 その点において、銀級、【白の蟒蛇】のジャインは相応に名の通った冒険者だ。グラドルを中心に活動してたので、通りも良いだろう。加えて、経験豊富な冒険者がエシェル側についているというだけでも、エシェル自身の緊張が和らぐ。


「てめーらも銀級になるんだろ?」

「冒険者ギルドからの連絡はまだ無い。後、単純に年齢重ねてる奴が一人は欲しかった」

「誰がオッサンだコラ」

「頼りになると言ってるんだから勘弁してくれ」


 ジャインに小突かれながら、ウルは視線をウーガの外へと向けていた。ジャインも意識は其方へと向けている。そして不意に空を見上げ、目を細めた。


「来たな」


 ウルは頷く。ジャインと話している間にも徐々に“振動と音”は聞こえていた。【血皇薔薇】を撃破し、脅威が無くなった平原に鎮座する【竜呑ウーガ】に近付く複数の巨大な影。


「ありゃ【ガルーダ】だ。【大罪都市エンヴィー】からの使いだな」


 ジャインが空を見上げる先に、空を覆うように翻す巨大な魔導機械の塊。天空を支配し、自在に移動し様々なものを運ぶ巨大飛行要塞【ガルーダ】。

 ウルの知識では全く、どのようにして、空を駆けているのか想像つかない。精霊の力にも依らず動く機械仕掛けの翼はまるで生きているかのように優雅に羽ばたき、ウーガの傍に着陸した。


「……で、陸路から来るのは【白帝馬】か。【大罪都市グラドル】の移動要塞だ」


 正面から地面を駆る、巨大な白い馬。全長十メートルはあろう、美しい真っ白な数体の馬達が、彼らよりも更に大きな馬車を引いてやってくる。グラドルのシンラ以外、使うことが許されない専用の移動要塞だ。彼らが本気で大地を駆れば、一日でイスラリア大陸を跨ぐ事も可能であるという噂がある。


「【エンヴィー】と【グラドル】……で、【スロウス】は?」

「どうでしょう?そもそも移動要塞の類いで来られるのでしょうか?」

「約束をすっぽかしたとか」

「ありうるぜ?そのほうが正直ありがたいがね」


 残念ながら、そんなことにはならないだろう。

 という、予感がこの場の一同の間で、確かな予感としてあった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「やあ、ウル、一ヶ月ぶり……なんだかものすごく疲れているね?」


 白帝馬がウーガに乗り込み、馬車からまず真っ先に現れたのは、暫くの間ウル達から離れてグラドルで仕事をしていたディズだった。本来のウルと彼女との契約、護衛の依頼は一時的に解除し、グラドルの混乱を治めるのに駆け回っていた彼女は、グラドルの時とそれほど変わっているわけではなかった。

 ただ、身に纏う鎧が違っていた。

 息を飲むほどに美しい鎧。単なる鎧としてみるにはあまりにも輝かしいそれは、一見すれば派手すぎて、実用性に欠くようにもみえる。が、勇者ディズがそれを身に纏うと不思議としっくりと見えた。


「久しぶりだなディズ。お前が癒やしに感じるよ」

「一応私、君の妹の命運握って君に金貨1000枚要求してる女なんだけど覚えてる?」

「忘れた」

《わすれんなー!》


 ぼふん、と顔面にアカネが飛びついてくる。


「久しぶりだ。アカネ。大変だったか?」

《あたしはらくだったなー、しんでんのおっちゃんらはしにそうなかおしてた》

「だろうなあ」


 グラドルの神殿は地獄だろう。ウルもこの二ヶ月の間、時折グラドルには顔を出す事もあったが、その度に神官や従者達は疲労でヤバい顔つきになっていた。此方を恨みがましい顔で睨んでくる者もいたが、流石にウルの知ったことではなかった。どちらかといえば被害者なのは自分たちの方だ。

 うにゃうにゃとウルにへばりつくアカネを尻目に、ディズはウルの隣で少し緊張気味にしているエシェルへと視線を移し、微笑みを浮かべる。


「エシェルも、久しいね。大丈夫だった?」

「へ、平気だ」

「カルカラも後から来るから安心してね」

「わかった」


 エシェルとディズの関係は、事件以降、改善に向かっている。といっても、二人の接触はほぼなく、しかもエシェルからの一方的なつっかかりであり、それも彼女の実家を気にしての事だった。それが霧散した今、悪くなりようが無かった。 

 エシェルは自分の言動を覚えているのか、若干気まずそうだがその内に自然にやり取りできるようになるだろう。


 二人の関係については問題ない。だがそもそも今回の主役はディズではない。


「勇者さん、先に行かれても困るわ。年長者を気遣ってはどうなの?」


 ディズの後に続いて姿を現した熟年の女性。グラドルの新たなシンラ。ラクレツィア・シンラ・ゴライアンこそが、今回の主役であり問題の一つだ。ウルは緊張感を高めた。


「貴方は高齢って程じゃないでしょ。ラクレツィア様。足腰鍛えなきゃ」

「余計なお世話よ」


 一見して背丈の小さな、只人の中高年の女性。神官の法衣を纏っている。衣装以外は都市内ならどこでも見かける上品な女の人、くらいの印象だった。

が、やはり、未曾有の混乱のただ中、シンラとしてグラドルをまとめる役目として選ばれただけのことはあるのだろう。ウーガという前代未聞の使い魔に降り立っても全く浮足立つ様子はない。彼女の護衛である天陽騎士の方がまだ戸惑いをみせている。ただ精霊との繋がりが強い、というだけではないようだ。


「エシェルさん、一ヶ月ぶりくらいかしら。お出迎えありがとう」

「いえ、ラクレツィア様。グラドルの神殿では随分とお世話になりました。当然です」


 今も、エシェルと言葉を交わしながらも、竜吞ウーガ全体へと視線を向け、観察を続けている。僅かでも情報を見逃すまいとしているのがわかる。その強い視線がウルへと向けられと、背筋が少し震えた。


「初めまして、と言うべきかしらね。ウルさん。何度か、神殿で見かけたけれど、こうして直接言葉を交わすのは初めてね。ラクレツィア・シンラ・ゴライアンよ」

「ウルと言います、本日はよろしくお願いします」

「そして、白の蟒蛇のジャインさんですね。噂はかねがね。ウーガの奪還の際、協力して下さったことを改めて感謝致します」

「グラドルの地に住まう者として当然のこと。お会いできて光栄です、シンラよ」


 ジャインは驚くほど流暢に挨拶を交わした。流石に慣れている。来てもらって良かったとウルは心底思った。

 そしてシズクはと言うと、ウル達から更に一歩下がり、気配を消している。単なる護衛の一人に過ぎないというように。ラクレツィアの意識からも外れている。流石に抜け目がなかった。

 ラクレツィアも特別シズクに意識を向けることはしなかった。そのまま一歩下がると、改めて、というように胸に手を当てて、恭しく彼女は一礼した。


「この場にいない皆様も含めて、改めてグラドルからお礼を申し上げさせていただきます。よくぞ、この衛星都市を、“おぞましい邪教徒の手から”取り戻してくださいました。今、グラドルが無事在るのは皆様の尽力あってこそ。感謝致します」


 彼女に従う天陽騎士達は、新たな自分らの王が、名無し達に対しても頭を下げた事実に少しざわめく。が、ウル達には彼女の言葉の意味が理解できた。


 この一件は“全て”邪教徒によるものである。と心得ておくように


 という、改めての警告だ。グラドルに出向した際何度となく繰り返された確認であるが、最後の釘刺しだろう。ウルは心に留めた。


「さて、それでは早速、と、言いたいですが、別の客もいらっしゃるのですね」

「ええ、そろそろ……」


 と、話している間にもう一組の来客がウーガの尾から乗り込み口へと上がってきた。ガルーダ内部に収納していたのだろうエンヴィー騎士団の青と白の色彩で彩られた馬車だ。

 そして、馬車の中から悪名高き遊撃部隊が姿を現した。


「失礼、お初お目にかかります。新たなるグラドルのシンラよ。エンヴィー騎士団遊撃部隊隊長、グローリアと申します」


 出てきたのは騎士鎧を纏った森人の女だ。

 森人特有の端正な容姿をしている。表情にも笑みを浮かべているが、受ける印象はどこか冷たい。言葉は丁寧だが、その目つきはラクレツィア以上に鋭く、ウーガを見つめている。獲物を前にした獣の目つきだと、ウルは思った。


「急な申し出であったにもかかわらず、ご理解いただけたこと感謝の至りです」

「【七天】の名を持ちだされたら、我々に拒否権なんて無かったと思いますけどね」

「これも【七天】の役目、世界全体の平穏のため。どうかご理解ください」

「魔術狂いのご機嫌のためではなくて?」

「魔術狂いとは、我らが主の【天魔】が聞けばお喜びになることでしょう」


 早速、というべきか、グラドルとエンヴィーの間でバチバチと火花が散っていた。

 ウーガを何とか利用したいグラドルと、【天魔】のグレーレのため、ウーガを接収したいエンヴィーの関係は明確に敵対関係なのはわかっていたが、思った以上に白熱としているようだ。

 はじめからコレでは、この先どれだけ気苦労するハメになるのだろうとウルが憂鬱に思っていると、グローリアの視線が此方に向いた。正確には、ウーガの主であるエシェルへと。


「初めまして、エシェル様。本日はウーガにお招きいただきありがとうございます」

「い、いえ。あくまで私はグラドルから管理を任されただけの身に過ぎません」

「ですが、邪教徒に奪われようとしたウーガを、冒険者達を率い、見事に守り抜いたと聞いておりますよ」


 そう言って、エシェルへと手を差し出した。エシェルも、それに応じるように右手を差し出す。グローリアはその右手をジッと見つめる。“何の制御印も刻まれていない右手”を、しっかりと確認し、握手を交わした。


「どうかその武勇伝も本日は聞かせていただければ嬉しいです」

「武勇伝、になるかは分からないが、頼もしい仲間達の話ならば、出来ると思います」


 グローリアは微笑み、エシェルもシズクに倣った微笑みで返した。

 ウルは違和感が無いように、シズクへと近づき、冒険者の指輪で彼女に触れる。直通の通信魔術を起動させた。


《あれ、【制御術式】探ってたよな》

《ええ、“お化粧”しておいて良かったです》

《魔術じゃなくて良かったのか?》 

《その方が目立つかと。》


 制御術式、ウーガ操作の要を探ろうとする動き。不穏だった。

 いきなり制御術式を奪いに襲い掛かるほど、彼らは狂ってもいないだろうが、やはり警戒するに越したことは無いらしい。


「あら、私には握手をしてくれなかったのに、森人というのはやっぱり“若い女の子”が好みなのかしら」


 森人が長く若々しいのは、若い女の生き血を啜るからだ。

 吸血鬼と呼ばれる不死者の亜種と、森人が同一視されていた時代の噂の一つを用いて、ラクレツィアがグローリアの挙動を皮肉る。ラクレツィアもグローリアの探りには気づいているらしい。そしてその皮肉には流石のグローリアも少し、表情を強ばらせた。


「随分古い迷信を持ち出すのですね。数百年も前の栄誉に今もしがみつくグラドルらしいといえばらしいですが」

「あら、御免なさい。50代も半ばの小娘の戯れ言ですわ。数百も年上の年長者に、無礼を口にしてしまいましたかしら?」


 二人は微笑み会う。が、最早笑顔で体裁を保とうとしていること自体が滑稽なほど、隠しきれない敵意がバチバチに燃え上がっていた。


《……ラクレツィアさんってすげえやり合うのな》

《ディズ様がおっしゃってましたが、結構な武闘派だそうですよ》


 グラドルでは、ウル達には比較的良心的に接していたため、こうした彼女の側面を見るのは意外だった。だが、此処で戦闘開始されては話が進まない。どうするかと考えていると、助け船はエンヴィー側からやってきた。


「隊長。落ち着いてください。ラクレツィア様もどうかお許しを。我々も立場上、魔術に対しては神経質にならざるを得ないのです」


 そう言って、互いを宥めるようにして進み出たのは、グローリアと共に降りた、彼女の副官とおぼしき人物だった。只人の、柔和な笑みが似合う青年。場の空気を落ち着かせる柔らな声音で、今にも爆発しそうなその場の空気を散らしていく。

 あの火花散る戦場に平然と割って入って、あっという間に空気を引き戻してしまった。大したものだと、感心するように眺めていたウルだったが、ふと、気がついた。


《にーたん、あれ…》

「エクスか……?」


 ウルの懐に隠れていたアカネが小さく呟き、ウルも気づく。

 向こうも気づいたのだろう。一瞬だけウルを見て小さく頷くのをウルは見た。


《お知り合いですか?》

《昔の友人だ。まあ、それは後で良い》


 エンヴィー遊撃部隊副隊長、エクスタインによってなんとか場は鎮まる。が、やはり空気は良くなかった。双方のトップに影響されるように、グラドルの天陽騎士も、エンヴィーの騎士団も、互いに互いをにらみ合っている。

 ウーガが二国間の奪い合いになる可能性は事前に考えてはいたが、想像以上に露骨な状況に、ウルは軽く冷や汗を掻く。この調子でこれからウーガを案内していくのか、と、憂鬱な気分になっていると、ふと、思い出した。


「……結局、最後の連中はまだ来ないな」


 この場の空気を散らす目的で、ウルはそれを声に出した。

 ウルの指摘に、ラクレツィアは思い出したくないものを思い出したというように顔を顰める。対してグローリアはウルの言葉に不審そうな顔をした。


「まだ、別の勢力が来ると?」

「急だったため、エンヴィー騎士団の方々には連絡が間に合わなかったのですが、貴方がたと同じく来訪が決まった方が……」


 エシェルがそう説明する。が、しかし、その最後の一組は影も形も無い。二勢力のように移動要塞を使うのであれば、遠方からでもその気配はすぐに感じ取れるが、それもない。


「……すっぽかされたかな?」

「だったら最高だな」


 ウルの言葉にジャインが鼻をならす。


「元々、予定に無い部外者も部外者だ。何も困らん」

「まあ、確かにそうだ」


 エンヴィーのようにウーガそのものを目的としているならまだしも、それすらも怪しい相手だ。取り扱いに困りすぎる。


「燃料の扱い間違えて腐っちまったのかもしれないぜ。元々、まともな脳みそしてるかすら、怪しいところだが――」

 


「おいおい、失礼なこと言うんじゃねえよ。ジャーイーン」



 がしりと、なんの予兆もなくジャインの肩に手が置かれた。

 当然、それは隣にいたウルではなかった。彼とウルとの間に、もう一人。真っ黒で、大きな獣人が立っていた。巨体である筈のジャインに並びながらも、彼のほうが小さく見えるほど、体躯以上に強烈な存在感があった。

 ジャインは目を見開く。ウルも同じだ。先ほどまで気配は全くなかった。


「……アンタ」

「よお、28年ぶりだなあ、ジャイン。あんときゃ目ぇギラついた生意気そうなクソガキだったのにデカくなって、ジジイは嬉しいぜ」


 ラクレツィア、グローリアも、男の姿を見て驚愕に顔を歪める。二人を守る騎士と天陽騎士は一斉に臨戦態勢に入った。魔物と対峙したときでもそうはならないだろうというくらいの警戒具合だ。

 しかし、男は無数の敵意を向けられても全く気にすることもなく、そのまま気安く騎士たちを従える二人に手を振る。


「よお、ゴライアンの末っ子お嬢ちゃんは相変わらず賢そうな顔してんな?」

「……お嬢ちゃん、と、呼ばれる年ではないのですがね」

「グローとは50年ぶりかね?昔は可愛らしかったけど、すっかりいかつくなったなあ」

「…………貴方は恐ろしく変わりありませんね。森人より老けにくいようだ」


 そんでもって、と、そのまま彼の視線は横にずれた。ラクレツィアの隣で、自然と彼女を最も守れる位置に移動していた金色の少女、ディズへと。


「よう、勇者。相変わらず可愛いね。他の七天に虐められちゃいないか?辛くなったら相談に乗るぜ?」

「悩むことがあったとしても、貴方にだけは相談できないな」

「おいおい酷いな。女性には紳士的で通ってるんだぜ?これでも」


 そんな風に冗談めかして笑って、最後に、ウルへと視線が移った。


 全く高齢とは思えない、艶のある顔立ち。一目に一品と分かる黒い毛皮から、香料でも使っているのか、甘い匂いが鼻をくすぐる。両目は髪色と同じく黒く、十字の印のようなものが眼の奧に刻まれていた。魔眼であるのか定かではないが、見ていると引き込まれそうになった。その二つの瞳が、ウルをじっと睨み、そして笑った。


「【粘魔王殺しのウル】。初めましてだ。よ・ろ・し・く・な?」


 【黄金級】

 【王】

 【怠惰の超克者】


 ブラックは人懐っこい笑みをウルに向けた。


「…………………初めまして。よろしく、ブラック殿」


 死ぬほど面倒くさそうなオッサンが現れた。

 と、ウルは顔を引きつらせながら挨拶を交わした。


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