暴食都市の王
竜呑都市ウーガの問題が発生する前の事。
――――大罪都市グラドル、カーラーレイ一派を探りなさい
大罪都市グラドル、天陽騎士隊長ラークは、七天の一角【天剣】、ユーリ・セイラ・ブルースカイから下された命を緊張した面持ちで承った。相手は自分の二回りも小さい少女だが、彼女は全ての都市の天陽騎士団のトップだ。
天賢王に直接任を賜った【天剣将軍】こそ彼女である。その彼女が何故かお忍びでグラドルの天陽騎士団の自室に姿を現している。いつの間にか。しかも、自国の王族の見張りを命じてくる。
全く意味が分からない。
――――グラドル腐敗の告発をプラウディアに送ったのは貴方でしょう
ラークは少し驚きながらも、恐る恐る頷いた。自分を特定できる痕跡は残したつもりは無かったからだ。しかし間違いなく、その告発を送ったのは自分だった。
グラドルは腐敗している。
現在、大罪都市グラドルでは汚職と不正が根深く蔓延していた。政治を司る神殿。神に仕え、神に奉じるための場所で、神官達や従者達の間では金銭が飛び交う。精霊への親和性の高さを示す官位の仕組みが安易に弄られ、ただ、悪徳を肥えさせるための道具と成り果てた。粗雑な祈りの奉納は、太陽神の結界を弱めた。しかし魔物の出現数の少ない土地の影響で都市民に危機感は無く、豊富な生産都市からの食料に舌鼓を打って暢気に肥え太っていた。
グラドルがいつからそうなってしまったのか。
グラドルは【迷宮大乱立】より以前、かつて大陸中にヒトが暮らしていた頃から続いた深い歴史ある国。多くの者がそこに対して強い自負と矜持を抱えている。
だが、歴史が深いということは、そのまま腐敗と癒着の温床と化してしまう危険性も孕んでいる。グラドルはその危険性を克服できず、老い腐った大国と化してしまった。
矜持だけがぶくぶくに大きくなり、結果が伴わず、それを認められずさらに歪む。
その果てが、危険を顧みず、名無しの者達を奴隷同然に酷使した衛星都市の乱造だ。
名無し達に定住権を餌に働かせながら、実際は定住とは名ばかりの奴隷として都市の地下施設で使い潰すあまりに傲慢な乱造計画。真っ当な感性の者ならば目を背けるような無残なやり口が、当然のように罷り通っていた。
天陽騎士隊長ラークはそういった都市の暴虐、天陽騎士内部にすら及ぶ腐敗に嫌悪し、その犠牲者に心を痛めながらも、対抗する手段を持てなかった。彼と想いを同じくする同志はいるものの、そういった者達はそれ故に出世する事もままならない。誠実さは、グラドルではマイナスの要素でしかなかった。
地位も力も持てず、内部から状況を変えることもままならず、不正をただそうとすれば白い目で見られ石を投げられる。状況は袋小路だった。
天賢王のおわす【大罪都市プラウディア】に送った告発書は、苦し紛れの一手だった。
この世界がいかに【神殿】による統一支配が成されているとはいえ、迷宮により分断された全く別の場所、実質的な支配者も異なる。更には物理的な距離もある。不正がまかり通るのも、天賢王の威光が届かないところが大きい。だから、望みは薄かった。
まさか、天陽騎士のトップが直接来ようとは、思いもしなかった。
――――前提として、プラウディアは積極的にグラドルに介入することはありません。
プラウディアとグラドルの国としての力関係はプラウディアの方が上だ。しかし、グラドルという国は腐っても大国であり、そしてその力関係は絶妙なバランスによって成り立っている。
幾ら問題が発生しているからと言って、強引な干渉を行えば確実な軋轢を産み、大きな悲劇を起こすだろう。それでは本末転倒だ。
――――プラウディアが動く大義が無ければ我々の干渉は不可能です
大義とは。
そう問うと、天剣は冷え切った視線を此方に向けてきた。何をわかりきったことを、と言わんばかりだ。ラークも、彼女の言うところの大義はわかりきっている。
――――邪教との繋がりの痕跡を探りなさい。それができて初めてプラウディアは動く
神殿にとって唯一無二の敵、接触することも禁忌とされる【邪教】。彼女のその言葉は、そのままグラドルが邪教という巨大な疾患を抱えている可能性を示唆していた。
そんな、まさか、とラークは笑う事は出来なかった。官位という、神に仕えるための選定の場で、上官が当然のように金銭の詰まった麻袋を隠そうともせず懐にしまい込む所を見た時に、彼は自国に対して都合の良い幻想を抱く事を止めていた。
善処します。
――――よろしい、期待しています。
これっぽちも期待してはいないのだろう、というのは流石にわかった。が、それでもわざわざ此方に忠告と、助言を与えてくれるだけ、彼女は良心的なのだろう。
――――【暴食】の監視の責務があるので私はこれで失礼します。吉報を待っています
そう言って、彼女は部屋を出ていった。言ってる通り、この忠告は物のついでだったのだろう。嵐のように去っていってしまった。誰も居なくなった自室で、ラークは今のが白昼夢か何かだったような気すらしてた。
残念ながら、グラドルを取り巻く状況が大きく改善したとは言いがたい。後ろ盾とはとても言えない。だが、少なくともゴールと、そこに至るまでの手段は見えた。
どのみち、自分には守るべき家族もない。出世も望めない。ならばやるだけ――
――――言い忘れていました
おお!?
と、ラークが驚くのを無視し、【天剣】はなにやらつまらなそうな、何故か少し不服そうな顔をしながら戻ってきていた。その顔は、正直幼い子供が駄々をこねているようにも見えた。間違ってもそれは口にしなかったが。
――――もし、万一自分で対処できない事態になった時は【勇者】に助けを求めなさい
勇者?七天のですか?
――――アレは、力を持たないが故に、我々より身軽です。精々こき使ってやりなさい。
何かやたらぞんざいな言い方であった。そして、その勇者の窓口との連絡手段だけ口頭で彼女は説明し、今度こそ去って行った。
【勇者】、実を言うとラークはあまりその存在を把握していない。七天に属する事は勿論知っている。ラークや、そして【天剣】と同じく形式的には天陽騎士所属であることも。しかしその実情はあまり把握していない。噂では、各都市の傭兵のようなまねごとをしている、なんて噂まである。実は存在しない、名前だけの存在であるとも。
ラークたちの間で届く彼女の情報はそんな扱いなのだ。
が、ともあれ、どのみち雲の上の存在に違いない。七天の助けが得られるならば、なんだって構わない。ラークはすぐさま勇者に連絡を取った。間もなくして、返信があり、手紙のみのやりとりだが、コネクションを得ることに成功した。
以降、ラークは、一方的であるが、グラドルの情報を勇者に流していた。
意味があるかも分からないが、万が一、自分が志し半ばで倒れたとき、後を引き継いでくれる者がいるかもしれないという希望だけを胸に。
その最中だった。【ウーガ】の噂を聞きつけたのは。
都市建造の情報を集めていた彼には、すぐその都市が、他の建造中の衛星都市と比べて異常である事がわかった。確かに現在、複数の都市建設を抱えるグラドルは慢性的な神官不足を起こしている。だが、いくら何でも、まともな神官としての役割を果たせる者が1人しかいないなどと、異常が過ぎる。
他にも神官の従者達も、不出来な者達をあえて選んだ、としか言いようがない選出もあり、すぐに「コレは何かある」と気づくことが出来た。
そして、実際に事は起こった。
グラドルへの竜の襲来、それに伴う金級冒険者の招集、更に建設途中の衛星都市に波及した呪い。当然、警戒は大罪都市グラドルに集まったが、ラークは、最も注意すべきは【ウーガ】であると読んだ。本件の中心地は此処であると。
故に、“竜呑都市ウーガ浄化作戦”に自ら参加したのだ。あわよくば、プラウディアに示せる証拠を掴むことが叶うのではないか、というかすかな希望を抱いて。
そして、結果として、腐敗、不正の痕跡は見つかった。
だが、見つかりすぎた。彼の想定を大幅に上回るほどに。
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大罪都市グラドル、グラドル天陽騎士団。
彼らは今、大罪都市グラドルの“元”衛星都市、竜害によって巨大な魔物と化した【竜呑都市ウーガ】の“浄化”のため、ウーガを包囲していた。その包囲を指揮する対策本部にて、天陽騎士団はこの前代未聞の事件の解決のため、話し合いを行なっていた。
「許されることではありません…!あれでは虐殺ではないですか!!」
「既にその説明はしたではないか、ラーク騎士隊長」
ただし、話し合いとして成立しているかは怪しく、場の空気は最悪だった。
設営された天幕には本件の責任者を任せた騎士達が集っていた。グラドル天陽騎士団のトップ勢、更にグラドルの神殿から派遣された神官達。大罪都市グラドルの中枢とも言える者達が揃っている。
「全く騒がしい。折角英気をやしなっていたというのに……」
「都市の外、太陽神の加護無き場所のなんと汚らわしい事か」
「君ね。もう少し、年配を敬う事を覚えてはどうかね」
が、大層な肩書きに反して、この場に揃った面子に、英気の類いはまるで感じなかった。
既に剣を握ることも無くなって久しい騎士、だらしなく肥えた身体を晒す神官達は、若き天陽騎士の陳情を疎ましそうに聞いている。
現場指揮を執っていたラークは、自分の言葉が全く彼らに届いていない事実に戦慄を覚えた。今はそんな、旅の疲労の愚痴をまき散らしている場合では断じてない。
「我々が聞かされたのは竜に汚染された建設途中の都市の浄化作業です!」
「そうだとも。そしてその建設に携わった作業員も、汚染の疑いが強いとして、浄化せねばならなかった。何ら、我らのお役目として誤ってはいまい」
「逃げてきた者達の状態も確認せず、殺すことが浄化!?」
今回の包囲作戦は、竜呑都市の汚染への対処のため必要だった、というところまでは納得も出来る。神殿に仕えし天陽騎士なのだ。竜の呪い、それそのものを侮ったことはない。
だが、限度というものがある。無抵抗の、なんら戦う備えも持っていない非戦闘員を一方的に斬り捨てる。こんなもの、天陽騎士のやることでは断じて無い。
「しかもグラドルの騎士ですらない者達が部隊に紛れている!私は何も聞かされていない!」
「傭兵だとも。今回は非常に危険な案件だ。貴重な神官、天陽騎士達の代わりに矢面に立ってもらう者が必要だったのだ」
「神官でも、騎士でもない者に天陽の紋章を与えたのですか…?!」
ラークは絶句した。
本件はあまりに異常だ。だからこそ、進んで今回の作戦に参加したとはいえ、ラークは自分の判断を後悔しそうになっていた。
「まあ、ウーガの従者が死んだとしても、気にすることはあるまい。あそこにやった者らは不出来な者達ばかりだ」
「従者を出した家も、半ば厄介払いのようなものであったというではないですか」
「案外、此処で死ぬことで、竜の呪いも家の恥もまき散らさずに済んだと、ご家族もお喜びの事だろう」
死人の話をケタケタと笑いながら話すこの者達は、イカれている。
殺した事を、悔いも、恥じらいもしていない。そして、そうなることが当然だと、そう思っている。彼らの道徳は肥え、腐り果てている。分かっていたつもりだったが、目の当たりにすると、頭痛がした。
だが、それよりも解せないのは、彼らは何一つ、“驚きもしていない”という点だ。
大罪都市グラドルとその周辺国への竜襲来は異常事態だ。都市まるごとが魔物化する事も、竜害に汚染された非戦闘員を斬り捨てることも、経験した者など誰も居ないような大事件だ。歴史を紐解いても類を見ないだろう。
だが、それに対してこの落ち着き方はどうか。
いくら腹の中が真っ黒に淀んでいたとしても、竜襲来に畏れを覚えない者はいない。都市に住まう者、神殿の神官達なら更に尚のことだ。太陽神に与えられし安寧と力、それらを脅かす危険性のある唯一の悪意なのだから。
なのに怯えの一つも見せない。
彼らは知っていたのだ。この事態を。こうなることを。
「…………失礼します」
ラークは、彼らに道徳を説く事を諦めて、頭を下げる。
現在のグラドルの腐敗の集約が此処にあるのは確信できた。ならば後はせめて、此処で何が起こるのかを掴み、そして僅かでもこの悪徳を叩くための手がかりを手に入れなければ――
「ああ、待ちたまえ、ラーク隊長」
「は?」
眼中に無い、という態度を包み隠さなかった上司に呼びかけられ、思わず呆けた声をだしてラークは振り返る。
そして、自分の鎧の隙を縫うように、剣が自分の腹に突き立つのを目撃した。
「――――な!?」
自分の目の前には自分と同じ天陽騎士の鎧を身に纏った男がいた。音も無く忍び寄っていた彼が、自分を突き刺したのだ。全く反応も出来なかった。
「我らの制止を無視し、避難してきた従者達を殺戮した責任者として君を捕縛する」
嵌められた。
彼がそれに気づくにはあまりに遅すぎた。身体の力が急速に抜け、ラークはその場に倒れ伏せた。
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「――それで?首尾良くネズミは捕れたのだろうな?」
「ええ、ええ!無論で御座いますとも。エイスーラ様!!」
本件の包囲網を指揮する、名目上の代表である天陽騎士団の大隊長は、真のこの場の支配者である男を前に、媚びるような笑みを浮かべ結果を報告していた。
端麗な容姿、緋色の長髪の獣人。エイスーラ・シンラ・カーラーレイ。グラドルの王家、カーラーレイ家の次期当主。この【竜呑都市ウーガ】の包囲を指揮するトップ。そして、本件の真の計画の立案者でもある。
「愚かしいことだ。よりにもよってプラウディアに尻尾を振るとは」
騎士隊長、ラークの暗躍を彼らは既に把握していた。泳がせていたに過ぎない。結局、ろくな情報を漏らさなかったため、プラウディアの動向はロクに探ることも出来なかったが、しかし最後、都合の良い捨て駒としては役に立った。
ものは使いようとはよく言ったものだ。
「お恥ずかしい。騎士団からそのような愚か者が出ようとは……」
「所詮、天陽騎士団そのものが、プラウディアの干渉を受けるシステムということだ。私が王になった暁には、騎士団そのものを作り替えねばなるまい」
「おお、流石ですな!」
天陽騎士団は、神殿直属の武装組織であり、当然、天賢王の指示もなしに、勝手にその仕組みを変える事など決して許されることではない。
それを当然のように口にする事を咎めるものは此処にはいない。そして間もなく世界中からいなくなるのだという確信が彼らにはあった。
「くだらない茶番は此処までだ。【聖獣】の準備は進んでいるな」
「え、ええ!無論ですとも!」
聖獣、その言葉に一瞬だけ、大隊長は言葉を詰まらせる。
「術者の言では、既に【羽化】の段階に入っているとのことです。貯蔵された大量の魔石を素材に術式を奔らせ、発動に至るとの事」
「時間は」
「今より、およそ半日までには」
「素晴らしい……」
エイスーラは恍惚とした表情で、その報告に笑みを浮かべた。
対照的に、大隊長は媚びた笑みを浮かべつつも、僅かに表情を引きつらせる。だがソレも当然だ。遠方からの包囲網からでも見える、“元”衛星都市ウーガのおぞましい変貌。聖なる獣と呼ぶ事に躊躇いを覚える分だけ、大隊長の感性はまだ最低限マトモだった。
それを恍惚とした表情で、聖獣と呼ぶ、グラドルの次代の王の感性が狂っていた。
「聖獣が完成すれば、一帯の穢れは全て焼き払われる。愚かなる天賢王の僕たる勇者、そしてカーラーレイ一族の汚点もだ。なんと喜ばしい日だろうか」
「いやあ全くですな……しかし、勇者めが、術完成の妨害をしないでしょうか?」
少し探るように確認する。
彼らも勇者の脅威は認識している。この状況で唯一、未だ残り続ける懸念材料だ。
【七天】の1人、他の七天達、天賢王の加護を与えられしバケモノ達と比べれば、まだ比較的マシではあるが、しかし疎ましいことに変わりない。
ちょろちょろと動き回り、各地の魔物や脅威、そして不正や腐敗の温床を潰していく。つまり彼らにとってこのうえなく疎ましい存在だった。
「“陽喰らう竜”から、術式の中心点の護衛は偽竜が果たしていると連絡はありましたが……本物の竜でないというのなら、勇者には敵わぬのでは」
「下らん心配だな」
しかし、エイスーラは大隊長の懸念を鼻で笑う。
「都市全てを使い、莫大な量を溜め込んだ魔石で発動した魔術の完成を半端なところで阻めば、いかな結果を生み出すか、分からぬ勇者ではあるまいよ」
「ど、どうなると……?」
「迷宮を模して、出現した魔物たちにかき集めさせた膨大な魔力だ。ウーガが消し飛ぶだけでは済まぬ。勇者は立場上、その選択を取ることはできない。滑稽よな」
都市規模の魔術、蓄積された莫大な魔石、既に術が完成間近な状態で阻止しようとすれば、起こるのは周辺一帯全てを巻き込んだ破綻なのだ。大隊長はそれを想像し、そしてスッと血の気をひかせた。彼等は怯えた。その破綻が自分たちにも及ぶ可能性があることを彼等は理解したのだ。
「案ずるな。私の加護がある限り死ぬことはない」
「は、ははあ!!流石でございます!」
エイスーラの言葉を聞いても、大隊長の表情は優れない。汗水をダラダラと垂れ流している。自分たちがしていることの危険性を全く認識できていなかったらしい。その様子を、エイスーラはつまらなそうに眺めていた。だが、そのまま何かを口にするよりも前に、彼の私兵である天陽騎士が姿を現し、跪いた。
「王よ。失礼致します」
「なんだ」
「魔物の襲来でございます。第三級、【火炎猩猩】かと」
火炎猩猩。炎を纏う強靭なる大猿だ。
獣のような機敏な動きと、触れたものを焼き尽くす身に纏った火炎。更に気性が極めて荒く好戦的。一度荒れ狂えば周囲一帯を火の海に変える強大なる魔物だ。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNN!!!!』
「ひい!?」
同時に凄まじい獣の雄叫びが響いた。大隊長は目に見えて動揺した。此処は都市の外、常にあらゆる魔物に襲われる危険性を秘めている。ヒトが集まれば当然だった。その脅威に対処する覚悟も、大隊長は出来ているようには見えなかった。
一方で、エイスーラはその獣の雄叫びに全く興味なさそうに鼻を鳴らした。
「下らん、お前等で始末できるだろう。それがなんだ」
「彼等に王の力を示す好機かと」
そう言って天陽騎士は大隊長に視線をやる。侮蔑の視線だった。立場上、大隊長の部下であるはずだが、とてもそんな態度には見えない。当然と言えば当然だ。彼はエイスーラの直属の私兵部隊だ。彼らが従うのはエイスーラのみである。
みっともなく狼狽えていた大隊長は彼のその視線に不愉快げに表情を歪める。が、大隊長が何かを口にするよりも早く、エイスーラは動いた。
「ッハ」
玉座に腰掛けたまま、パチリと指を鳴らした。彼がしたのはそれだけだ。
しかし次の瞬間、その場に凄まじい激震が走った。大隊長は悲鳴をあげ、周囲を見渡し驚く。だがエイスーラと、跪いた天陽騎士は身じろぎもしなかった。
「な、なんだ!?」
大隊長が天幕から外に飛び出す。そして目を見開いた。
外に、先程まで存在していなかった“巨人”が出現していた。
巨人である。サイズにして数十メートルはあろう土塊の巨人。何も無い場所から突如山が出現したかのようにすら見えた。見上げるほどの巨人は、大樹よりも太く大きな腕を地面に突いて停止しているように見えた。
それが、足下に存在していた火炎猩猩を、拳で叩き潰したのだと理解するのに、大隊長はしばらくの時間を有した。
巨人の拳の周辺に広がる血が、それを物語っていた。大隊長は身震いし、そして慌てて天幕に戻ると、再びみっともなくエイスーラの前に跪いた。
「お、おお、おお!さ、流石!流石で御座います!」
先ほどのような、わざとらしい媚びの売り方とは違う。必死だった。脂汗と恐怖を滲ませていた。目の前の男が、自分という存在を、指先一つ鳴らすだけで肉塊に変えることができるバケモノであると理解したのだ。
その無様から吐き出される称賛を聞いて、エイスーラは満足げに顔を歪めた。
「おお!!我らがシンラ!!【大地の精霊ウリガンディン】の力を授かりし者よ!!」
大地の化身に愛された男は、自らの勝利を確信し、笑うのだった。
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