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回想 勇者との密談③ / 捕縛


「アカネに仮都市周辺を見回らせてね。んで、隠蔽術がかけられた地下空間を発見したので、見張らせてたら、不審な会話をキャッチした」

《きいたよー》

「アカネは凄いなあ」


 変幻自在の身体を持つ彼女は、そういった活動に思ったより向いているらしい。考えてみればウルも昔、変幻自在の彼女を顔に貼り付け、変化させ、変装をしたことがあった(クソ親父の借金取りから逃れるためだったが)


「全身に隠匿の術をかけて、出入りの時も徹底して痕跡を残さないようにしていたらしく、個人の特定は出来なかったけど、でも、話している会話はわかったって」

《みっけたあとに2かいくらいきてなー?だれかとずっとはなしとった》

「誰かと。それでなんて話してたんだ?」

《1かいめは、“うか”させるとか。“いそぐ”とか、ディズのはなしもしてたなあ。2かいめはにーたんがしにかけたあと。“せいこう”“あとしまつ”“ひとりのこらず”》

「……なるほど」


 アカネの説明はひどく断片的だったが、単語の一つ一つはあまりに露骨だ。タイミング的にも、今回の首謀者の会話とみて間違いないだろう。


「ウーガのあの変化が起こった時点で、区切りがついたんだろうね。黒幕さん達の目的は第二段階に移行して、この仮都市は不要になったんだね」

「都市の使い魔で此処の連中を皆殺しにする気か?」

「私も含めてそうする気なんだろう。いけると踏んだらしい。仮病の甲斐があったよ」


 ディズは微笑む。怖い笑みだ。この状況をつくりだした黒幕に向けての殺気のこもった笑顔だ。


「余裕だな」

「そうでもないよ。正直、都市規模の使い魔とやらは流石に私も想定の外だ。どれだけ脅威かも分からない。周辺の被害を無視すればやり合えないことは無いカモだけど…」

「最低限の保障があるのは良いことだが、最終手段だな」


 精霊への祈りを捧ぐこと以外殆どなにもできない従者達、それ以上に何も出来ない名無し達がこの仮都市には存在している。あの巨大な都市がまるごと使い魔になったとして、それが暴れたらいくらディズであっても確実に巻き込む。


「そうだね。だから、私としては、使い魔完成阻止、その前に非戦闘員は逃がしたい。でも多分、この仮都市からの逃走経路は、潰されているだろう。皆殺しにするなら、逃げられては困るだろうからね」

「逃走経路の確保が必要?」

「そうだね。ただ、その前に、敵の情報源を断つ」


 ディズがそう言って、待機しているジェナに目配せする。彼女はそのまま馬車奥へと姿を隠し、暫くすると戻ってきた。何やら仰々しい代物を手に抱えて。


「どうぞ、ウル様」

「それで、泳がせていた連中を捕まえる」


 ウルが渡されたソレは、禍々しい形状をした一本のナイフだった。


「ウル。隙を見て、カルカラにソレをぶっさして」

「殺せと…?」

「それ、捕縛用の魔道具だよ。突き刺すと、その対象の魔力全てを使って封印術式が起動する。そうすれば魔術も精霊の力も使えず身じろぎ一つ取れなくなる。使い捨ての高級品」

「大層だな」


 ディズが高級品と言うのだから相当だろう。しかも使い捨て。それを、正直戦闘能力があるとは思えないカルカラに使用して欲しいというのは大げさに聞こえた。

 だがディズは首を横に振る。


「精霊の力を操れる神官が本気で抵抗して暴れたら、えらいことになるよ?」

「ああ……」


 その精霊の力に、エシェルにウルは命を救われたばかりである。

 ウル達が一瞬で壊滅寸前までいった“竜もどき”のブレスを反射してみせたエシェルの力。カルカラも神官であるなら精霊の力は使えるだろう。なるほど、決して大げさな話ではない。


「本当に一切反撃の余地がない不意打ちを狙ってね。精霊の力は魔術と違って詠唱も必要ない。隙を見せたら終わるよ」

「努力するよ……それだけでいいのか?」

「いや、可能ならアカネが捕捉した奴も捕まえる」


 ディズはアカネを指先で撫でる。アカネはこそばゆそうに首を振った。


「目星はついてるのか?アカネも確認できたのは会話だけだったんだろ?」

「そこまで徹底して姿を隠そうとする時点で、ある程度推測は立つ」


 前提として、容疑者は仮都市に住まう誰か、ということになる。

 そして、徹底して姿を隠蔽し、誰にも見られないようにするということは、見られたら困る顔だということだ。その条件で考慮すると“名無し”は候補から外れる。彼らは数多くいる上、流動的だ。昨日までいた者が居なくなることも、居なかった者がいつの間にか別の都市から流れてくることもある。必要以上に顔を隠さずとも、すぐに紛れることは可能だ。


「なら個人を特定しやすい、神殿の従者か」

「カルカラとも距離が近くなるしね。密かに情報交換も容易い」

「だが、従者も結構いるぞ」

「そこで確認したい。ウル、疑わしい従者は居なかった?」


 わかるかんなもん。と、ウルはぼやいた。ウルは従者達に注意などまったく払ってはいなかったのだから。やる気の無い連中だなあという感想を抱いたに過ぎず、殆ど接触すらしなかった。


「“敵”の目的は竜呑都市ウーガそのものの使い魔化というのはハッキリした。そうなると、白の蟒蛇のような上層での魔石漁りをする発掘者は兎も角、君たちが深層へと潜り迷宮調査に向かうのは疎ましかったはずだ」


 大規模極まる魔術儀式だ。可能な限り不確定要素は排除したかった筈だ。


「最初、飛竜が出現したタイミングで、真っ先にロックとリーネが狙われたのは、まあそういうことなんだろうな」


 飛竜が“竜に似せた模造品”使い魔の類いなら、ウル達を真っ先に狙った意図は明確だ。物理的な排除、よしんば殺すことが出来なかったとしても、竜とおぼしき存在に襲わせて、恐れさせ、本件から手を引かせるつもりだったのかもしれない。


「君たちへの竜の急襲は此処に来てすぐだった。早々に君たちを追い払いたかったのかな。焦りが見える。でも、そのために“偽竜”まで使うのは少し手札の切り方が雑かな?いや、そもそも切れる手札が少ないのか」


 コツコツと、ディズが寝転んだまま、指先で馬車の壁を叩く。乾いた、心地よい音だった。そして徐々に徐々に、姿形もなかった“奴”の輪郭が見えてくる。


「そして、折角その使い魔を使ったのに、ウル達に撃退された。ビックリしただろうね。勇者(わたし)に警戒してたら、その護衛の冒険者もアレだったんだから」

「アレ」

「使い魔を慌てて引っ込ませて、ウーガの中核に護衛として戻した。ウル達を直接排除する手段を失った。困っただろうね」


 コツン、と、高い音がした。ディズは指を鳴らすのをやめて、ウルへと視線を向ける。澄んだ瞳、金色の光が綺麗だった。


「ウル、竜との戦闘以後、君たちに接触した従者はいなかったかい?向こうからの干渉だ。理由はどうあれ、()()()()()()()()()()()()()()()()はいなかった?」

「――――あ」


 ウルの脳裏に、エシェルに同情し、労り、そして親切心から諦めるように促してきた従者の顔が浮かんだ。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 時間は今に戻る。


「【心魔封印】」


 ウルはディズから借り受けていたナイフをカルカラに突き立てた。

 正直、見た目も完全にナイフであったし、それを相手に突き立てるのは躊躇いが生まれそうだったので、思考を停止させ、ただ振り下ろした。

 ナイフは真っ直ぐにカルカラの心臓に突き立った。驚くことに、肉を割くような感覚は一切無かった。


「――――――え?」


 彼女らしからぬ気の抜けたような声がカルカラの喉から漏れた。

 同時に、彼女の胸からまるで生えたようになっているナイフの柄が赤黒く脈動した。途端、帯状に術式の輝きが広がり、そしてすぐに彼女の身体へと収束した。

 ナイフの封印術が起動したのだ。驚きに目を見開いたカルカラは、そのまま身じろぎ一つ出来なくなったのか、どたんと地面に倒れ伏した。


「な!?」

「か、カルカラ?!」


 エシェルが驚きの声を上げるが、ウルは今は無視した。まだ終わっていない。


「【【【大地よ唄え】】】」


 シズクは既に詠唱を完了していた。対象を大地に縛り付ける重力の魔術を放った。

 それは、先ほどまでエシェルを気遣い、亡命場所を提供までしてくれており、そして今、カルカラの封印を見た瞬間、逃げるようなそぶりをしていた“カラン”へと叩きつけられた。


「っか!?」


 自分の身体が軋む音と共に、彼は地面にへばりついた。しかし、そうなったのは一瞬だ。彼の顔からは驚愕も、そして先ほどまで浮かべていた筈の柔和な笑みも消えて失せた。


「ぬ、う、う、ぅぅぅあああああ!!」


 どこにそんな力があるのか。相当の負荷がかかっているにもかかわらず、彼はその身を軋ませながら、立ち上がった。そして術者のシズクへとかけだした。


「――――侮るなあ!冒険者如きが!!」


 開かれた口から飛び出たのは、物腰柔らかな優男の印象はもうない。あるのは自身への攻撃に対する怒り、暴かれた罪を前にまだ足掻こうとする罪人の見苦しい憎悪だ。だが、


「はい。侮っていません」


 シズクは場の空気を一切読まぬ、愛らしい笑みをカランへと向けた。ほんの一瞬、彼女のその美しい微笑みにカランは気が削がれた。そしてその一瞬で全てが終わった。


「うん、お疲れシズク」


 部屋の扉が突如として蹴破られる。扉から現れたのは金色の少女だ。かけられた魔術の解除にやっきになっていたカランでは、反応するだけで手一杯だっただろう。シズクへと手を伸ばした彼の腕は、次の瞬間、宙を舞った。


「は?!」

「悪いけど手荒く行くよ。殺しはしないから安心してね?」


 紅の剣をいつの間にか抜き、いつの間にか振り抜いていた金色は微笑む。カランは、その笑みを前に、あらん限りの憎悪を込めて、叫んだ。


「勇者ぁぁぁあああああああああああああ!!!!」

「うん、知ってる」


 緋色の閃光が無数に奔る。

 太陽神の下僕の皮を被った邪教徒の男は、その本領の一切を発揮する間もなく、再起不能となるのだった。




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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] はえー。 予想できなかった敵の正体に驚きました。 面白い。 そしてミシェルが不憫すぎて泣けた。
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