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竜吞都市ウーガの冒険③


 土竜蛇は死んだ。

 生成した毒を、ウルが目の前を通過しようとしていた土竜蛇の巨大な大口に瓶を放り込んだ数十秒後、凄まじい断末魔の咆哮と、激しい地響きが響き、更に数十秒後静かになった。確認しに向かうと、土竜蛇が死んでいた。


「……本当に死んでる?」

「死んでます。既に迷宮による肉体の分解吸収が始まってます」

「効くかもとは思っていたが、ここまでとは……」


 ウルがその結果に驚く傍ら、エシェルは自らの策が上手くいったというのに驚愕の表情で固まっていた。


「なんで……こんなデカイのが死ぬんだ?」

「毒が効いたんだろう」

「強い奴には効かないって言ってたろ」

「コイツが強くなかったって事だろう」

「【解析】できましたが、どうも階級は十一級でした」


 宝石人形よりも下の階位の魔物だったのだ。解析したときは目を疑ったが、考えてみれば道理ではある。魔物は魔力によって生まれる、世の摂理に反したバケモノではあるが、その強さに関しては、摂理に則っている。

 魔力を吸収し、強くなるには時間が必要なのだ。


「で、この迷宮は生まれて間もない。つまり成長する時間もなかった」

『図体だけがいっちょまえってとこカの?なら、まともにやりあったら勝てたかものう』

「ガタイのデカさは本物だったからな。あの速度で突っ込んでくるデカブツ相手に、まともに戦うのは事故が起こりかねん」

『そらそじゃの……っと、みつけたぞ』


 ゆっくりと崩れていく魔物の体内を探っていたロックが声をあげる。魔物を倒した以上、魔石を取得しなければならないのだが、“回収鞄”が魔石に反応しなかったため、ロックに様子を見に行ってもらっていたのだ。

 ディズが用意してくれた回収鞄は万能ではなく、物理的な障害によって回収し損ねることがある。しばらくすると“引き寄せの魔術”も効力が切れるので、直接回収しなければ、放置された魔石は迷宮にそのまま吸収されてしまう。


 故に、ロックの発見の報告を聞いてウルは安堵したのだが、ロックが運んできたソレを見て、ウルは少し顔を顰めた。それはロックが持ち帰った成果に不備や不足があったわけではなく――


「…………魔石、()()()?」


 成果が、過大だったのだ。


『これ、確か“怪鳥”の時くらいありゃせんかの』


 ロックが両手に抱えるようにして持ち帰った魔石は、確かに多い。途中砕けたのか、大小様々な魔石があるが、全て集めれば階位が九級だった賞金首【毒花怪鳥】規模のサイズだ。魔力の質にもよるが、金貨1枚分にはなるだろう。かかった労力と比較すれば大もうけと言える。

 が、ウルの表情は優れない。エシェルは不思議そうに首を傾げた。


「なんだ、喜ばないのか。良いことじゃないか」

「見合わない成果ってのはあまり喜ばしいもんじゃない」

「プラスでもか?」

「ロクに結果も出せていない仕事にバカみたいな報酬出されたらどう思う」


 ウルがそう言うと、エシェルは少し想像するように黙り込み、そしてその後額に皺を寄せた。


「…………気持ち悪いな」

「だろ」


 これがその例えと全く同じかは不明だが、能天気にそれを受け取って話を終わらすのはいささか楽観的すぎる。

 一先ず魔石は鞄に収納し、再びウル達は水路を戻り、白王陣に腰を据えた。


「十一級で間違いなかったんだよな。シズク」

「間違いなく。もしかしたらこの魔石は元々一つではなく、バラバラのものが一カ所に集まっていただけなのかもしれません」

「というと?」

「この魔物は水路の魔物を喰い漁っていました。その分の魔石が此処に集まったのでは?」


 シズクの言葉にウルはなるほどと頷く。元より、この魔物の挙動は通常の魔物のそれと比べておかしかった。魔物が長く生きると野生化し、独自の行動を取り始めるというのは【大罪迷宮ラスト】で思い知ったが、ひたすら同胞の魔物を積極的に食い荒らす、というのは野生化とはまた印象が違う。

 この土竜蛇が最初から、他の魔物を喰らう習性があったのだとしたら、なるほどシズクの意見にも納得がいった。


「でも、それなら、なんで他の魔物を喰って魔石を回収した上で、蓄えていたのかしら。肉体の維持のために消費するでもなく、魔石として貯め続けるのは、ヘンだわ」

『喰っておる途中だったのかもしれんぞ?単に消化が遅いのやもしれん』

「“その線は考える必要はありません”」


 情報が錯綜する最中、シズクが響く声で告げた。ウルは首を傾げる。


「というと?」

「それが正解なら、我々が得しただけです。我々が想定すべきは最高ではなく最悪です」

「……それは、道理ね」

「最悪を想定した場合、一つ思い当たる事があります。何故大量の魔石を周囲の魔物から回収し、しかし全く消費しなかったのか」


 シズクは土竜蛇のいた方角に視線を向ける。


()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()


 沈黙が場を支配した。その言葉には不穏さ以外何も無かった。


「用途」

「勿論、それが何かは分かりませんが、しかしどこに集められたかは推測できます」


 シズクが【新雪の足跡】を広げ、唄う。魔本が輝き、頁が空中に浮遊し一帯の地図が浮かび上がる。元々の水路の上から発生した肉の根の迷宮がウル達の目の前に姿を現す。

 地下水路は複雑に入り組んでいるが、途中で道が塞がっている様子はない。曲がりくねりながらも、最終的には全てが中心に向かって延びていく。


「此処かと」

『こんだけの魔石を集め続けた場所、のう?』

「……………行かねえ選択肢は無いんだが、なあ……」


 行きたくねえ。

 ウルは何度目かになるぼやきを心中で口にした。




               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 中心へと向かう、と決めて、移動を開始してから何体かの土竜蛇と、その土竜蛇から逃れた魔物達との幾度かの戦闘をウル達は繰り返した。結論から言うと、最初の土竜蛇から得られた魔石はかなりの“大当たり”だったらしく、以降、土竜蛇を倒すことが出来ても得られる魔石はまちまちだった。


 無論、“当たり”の時もあるにはあるのだが、他の魔物との戦闘中に土竜蛇が突然襲来してくるリスクを考えると、狩り場としては良しとは言い難い。そうであったなら、白の蟒蛇の連中は地上ではなく地下を狩り場にしていただろうから、それも当然と言えた。


 こうして、何度か苦労を重ねながら、徐々に行進を続け、竜吞都市ウーガ5層水路の中心部にようやくウル達は到達した。


「……さて、全員警戒準備」


 ウルは一度足を止め、全員にそう呼びかけた。


『この先に迷宮中の魔力が集中し、あの土竜蛇がわざわざ同胞を食い殺してでも集めた魔石が集められた場所があるんじゃのう』

「滅茶苦茶萎えるから事実を並べるのやめろロック」

『じゃがいくしかなかろ?』

「わーかってるっつの……エシェル様」

「な、なんだ!」


 ウルは明らかにガチガチになっているエシェルに声をかける。反応は返すが、とてつもなく緊張している。正直あまり状態としてはよろしくない。

 無論、ウルとて緊張はしている。だが今日まで酷い経験を繰り返したお陰、ないし所為で、緊張と脱力を同時にする技術は身につけつつあった。エシェルはそれができていない。


「今日はあくまで偵察だ。無理をしない範囲で情報は集められれば良しとする。ヤバそうなら即逃げる。いいな」

「わ、わかってる!そんなこと……」

「危ないと思ったらちゃんと助けを呼んでくれ。なんとか助けるから」


 コクコクコクと何度もエシェルは頷く。あんまり大丈夫に見えないが、此方の言うことを素直に受け入れているだけ状態としてはマシだろう。出来れば、ウルだって助けてほしいものなのだが、それを今彼女に言うのは酷というものだ。


「いくぞ」


 再びウル達一行は前進した。間もなく肉の根の通路が終わり、この水路の中心部が、竜呑都市ウーガの中心点が露わとなった。




               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 “仮都市”の何処かにて。


 そこは、太陽神、世界を遍く照らす絶対神の庇護も届かぬほど、暗く、淀んでいた。


 この世界に暮らす者の多くは闇を嫌う。天に輝く太陽こそが神の象徴であるが故に、その光の届かぬ場所は叶う限りは生み出すまいとするのだ。

 都市はその土地の制限故に地下空間も利用するが、居住区は必ず地上に作られる。地下に暮らす事を望む者はいないために。都市の内に住まえぬ名無しですらも、好んで光の届かぬ場所で生活を望もうとはしない。

 この世界の闇とは、本能的に避けるものである。実入り多い迷宮探索も、地下深く潜ることも多いが故に忌避する者も決して珍しくはないほどだ。


 だから、闇に望んで潜むような者は、後ろ暗い事がある者だと言われる。

 太陽神の目から逃れ、悪事を企てようとしているのだと。


 “悪徳の華は闇に咲く”とは都市民の間で囁かれる警句だった。


《アレの進捗はどうなっている》


 そして今、闇の中で言葉を交わす者はまさに、悪徳の華を咲かせようとしていた。

 闇に隠れ、光ささぬ部屋の中で、通信用の水晶から聞こえる言葉に耳を傾けているフードを被ったその者は、紛れもなく、悪徳に身を染めていた。


「順調に進んでいます。間もなく()()が始まるかと」

《……………………遅い》


 ぽつりと、通信相手は呟く。


《どれほどまでに時間がかかるのだ。着手してから数ヶ月にはなるのだぞ》

「ご容赦を。卵が割れるには時間が必要なのです。易き道はありません」

《【勇者】が来ている。あの忌々しいネズミが》


 相手の説明、言い訳を無視するように、通信相手が言葉を続ける。声を荒立てるようなことはなかったが、勇者、と呼ぶその声には強い苛立ちが込められていた。


《太陽神の加護を与えられなかった小間使いのクセに、ことあるごと、“勇者”は我らの邪魔をする。此度の一件もようやく成就すると思った矢先にだ。どれもこれも“あの愚物”が余計な塵を呼び寄せたからだ》

「心中お察しします。しかしアレは此方に来てから一度たりとも自分の馬車の中から動きません。先日、偉大なる七王の竜によって負った傷が癒えていないのかと」

《――――今のうち、始末できぬのか》

「油断は出来ませぬ。下手に刺激し、計画が気取られるのも危険です」

《忌々しい》


 改めてそう吐き捨てる。水晶には相手側の顔も姿も映さないが、さぞかし渋い顔をしているであろう事が容易に想像できる声音だった。


《良いか、勇者に決して邪魔をされるな。必ず成し遂げろ。さもなければ終わりと思え》

「承知しました」


 水晶の通信が切れる。水晶の輝きが収まり、部屋はさらなる暗闇に包まれた。小さなランタンの魔光の明かりのみが揺らめく中、しばしの沈黙の後、小さく呟いた。


「小物め」


 水晶を疎ましそうに手で払う。八つ当たりされた哀れな通信具はコロコロと地面に転がり落ちた。それを拾うこともせず、その者はゆらりと音もなく明かりを落とし、部屋を出る。


「あの男が臆病風に吹かれ逃げ出す前に、始末を付けねば」


 その言葉とともに扉は閉められ、部屋は真の暗闇が訪れた。光一つ射さぬ真っ暗な空間を見通せる者は居ない。


《…………………………あやしーな》


 当然、部屋の天井裏からそっと、その会話を盗み聞いていた、粘魔のような姿となっていた金紅色の精霊憑きに気づく者は誰も居なかった。




               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜呑都市ウーガ、地下五層


「………………なんじゃこりゃ」


 ウルは眼前の光景に絶句していた。ウル以外の面々も大小アレ反応は同様だ。

 地下水路の中心地、恐らくこの竜呑都市ウーガの中心地にたどり着いたウル達の目の前に現れた光景は、覚悟していたものとは全く違ったものだった。


「【真核魔石】……かしら?これ……」


 リーネが自分で言って、自分で疑わしそうに“ソレ”を指摘した。ソレは確かに強い魔光を放った結晶であり、ウル達も見慣れた迷宮の核、【真核魔石】のようにみえなくもなかった。

 だが、根本的に違うところがある。明確な違いだ。【真核魔石】は乱暴な言い方をしてしまえばただの凄い魔石の塊に過ぎない。

 断じて、その表面に“人工的な術式が幾つも刻み込まれたりはしない”。


『……いや、なんじゃいアレ』

「俺が知るわけないだろ。エシェル様は?思い当たるか?」

「知るわけないだろ!なんなんだコレは…どうしてこんなものが地下水路の真下に…」

「……………コレって」


 水晶に目を奪われる、ウル、ロック、エシェルに対して、リーネはその周辺の状態を眺め、撫でるようにして触れていく。大陸一の魔道学園の飛び級の卒業生である彼女だ。思い当たる節があるのかとウルが尋ねようとしたが、それよりも速く、“左目が疼いた”。


「構えろ!」

「来ます!」


 ウルとシズクは同時に叫んだ。そして


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 結晶の影から、ウル達がずっと追っていた飛竜がその姿を現した。



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今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

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