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竜吞都市ウーガの冒険②


「――――っ!!!!」


 エシェルはあまりの驚きによって自分の悲鳴が引きつった喉に潰されるのを感じた。水路から出現したその魔物、巨大な、あまりに巨大な、ぶよぶよとした肉の塊が、なにやら恐ろしい勢いでこっちに向かってつっこんでくるのだ。

 大地を揺らすような轟音に反射的に銃を構え、引き金をすぐさま引こうとして


「エシェル、動くな!」


 と、ウルの指示でぴたりと動きを止めた。


「なんでだ!!」

「“こっちを視認しているかわからん!”不用意に攻撃するな!」

「こっち来てるんだぞ!?」

「わかってる!!ロック!!リーネの回収準備!!」

『邪魔したらあとでキレられそうじゃのう!』


 未だ白王陣に集中しつづけるリーネの前にロックが立つ。

 ウルは道具類を全て背負い、武器をしまう。迷ったが、もし本当に接敵した場合、あのお化けじみた土竜蛇に適当な攻撃がどれほどの効果をもたらすか分からない。逃げ足に集中した方がマシだ。


「シズク!不可視と静音の結界はかかってるよな!」

「持続中です!」


 言っている間にもどんどんと土竜蛇は近づいてくる。あの巨体で、どのようにして動いているのか全く分からないが速度は凄まじい。遠方でも大きく見えていたその不気味な肉の塊は、近づくと壁に近い。


「ああ、くそコレきっついんだがな…!」


 ウルは左目の【黒睡帯】を取り、左目の魔眼を見開く。この上なく扱いづらい、使いあぐねている【未来視の魔眼】を使用する。


「……!」


 視界が多重にブレる。情報の処理に脳みそが激しく混乱する。やむなく右目を塞ぎ、情報を数秒先の未来に収束させる。土竜蛇の動きを先取りし、自分たちの行動を決定する。


「――――よし、()()()!!!」


 その瞬間、

 そしてその壁の前には、魔物が数体、同じく此方に向かってきている。影狼数匹に毒爪鳥が数羽、決してサイズとしては小柄なタイプではないのだが、迫る土竜蛇と比較するとまるで羽虫のように見えた。


 その、羽虫のような魔物達が、ウル達の立っている上層の通路へと飛び込むようにして――――


『BOOOOOOOOOOOOO!!!!』


 その前、土竜蛇がそれらの魔物を一瞬で、なぎ払うようにして食い散らかした。そして、そのまま、“まるでウル達を避けるように”その進路を横にそらして、土竜蛇はウル達の前から離れていった。


「…………………はああ……」


 長い胴が通路の闇に隠れ見えなくなり、地響きが聞こえなくなってから、ウルはようやく大きく息を吐き出した。他のメンバーも同時にぐったりと肩の力を抜いた。エシェルなどへたれこむようにして地面に座り込んでいた。


「………………」


 唯一、リーネだけは一切なにもなかったかのように一心不乱に【白王陣】を刻んでいるのだった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一時間後


「……んじゃ、作戦会議はじめんぞ」


 白王陣の中に座り込み、煮込んだ干し肉を食い千切りながら、ウル達は作戦会議を開始した。全員、ウルへと顔を向けつつも目の前の食料を口に放り込む。迷宮の特徴か、体力、魔力が恐ろしく摩耗していた。

 ウル達も迷宮には慣れてきていたし、身体も強くなっていた。数時間なら集中力も体力も切らさず戦うことも出来るようになっていた筈なのだが、ここでは1時間も持たない。思った以上に厄介な迷宮だった。

 だが、だからこそ白王陣の結界は非常に役に立っていた。


「この中だと、この迷宮の“吸魔”の影響は受けないのですね」

「そうよ。あがめたてまつりなさい」


 リーネは無愛想なツラながら、鼻高々にふんぞり返っている。ウル達はありがたやと足下に広がる精巧なる【白王陣】に感謝を告げた。実際ありがたい。不可視と魔除け、更に他からの魔術の影響を完璧に遮断する複合結界だ。オマケに魔力は迷宮から奪い吸収するので消耗も無い。事前準備に恐ろしく時間が掛かることを除けばほぼ万能となる休憩所だった。


「その分、作成時のリーネ様の消耗は凄まじいですが」

『完成した瞬間ぶったおれたからの』

「魔力欠乏と栄養失調で死にかけたからな。マジで気をつけろよ」

「気をつけるわ」


 リーネは真顔で頷いた。白王陣の完成のためなら絶対同じ真似をすると思った。次から陣作成中にでも口に携帯食ぶちこもうと決めた。


「でも、今回、陣作成自体は楽だったわ。邪魔が少なかったもの」


 通常、この結界に限らず【白王陣】を生み出す場合、時間稼ぎに幾多の魔物を迎撃しなければならず、相応の消耗を強いられるのだが、今回はそうでもなかった。


「魔物の数が少ない場所でよかった……っつーのも、原因は、アレなわけだが」


 あれ、とウルが名指すのは、先ほどウル達の眼前にまで迫った巨大な、あまりに巨大な土竜蛇の存在だ。接敵した事を思い出したのか、エシェルがぶるると身体を震わせた。


「あんなもの、どうすれば……」


 あの土竜蛇がこの水路の迷路をうごめき、動く者全てを食い尽くしている状態を前に、ウル達は立ち往生を強いられていた。というのも、避けて通るルートがない。

 上の管理用の通路は所々が砕けていた。あの肥大なる土竜蛇が水路を通過する途中で、砕いてしまったのだろう。今ウル達が立っているこの入り口を除いて、まっとうな通路は残されていなかった。


「まずはそもそもこの先を進む理由があるかってところだが。シズク」

「飛竜の気配かはわかりませんが、この水路の中心地に魔力が集中しています」

「真核魔石かしら?」

「不明です。肉の根が魔力の流れや音の反響を乱しています。魔力が集っているとしか」

『手がかりはそれだけカ……なら、いくしかあるまいのう?』

「……」


 先に進む必要がある。コレは確定だ。では次。


「あの土竜蛇だ。さてどうするか」

「今現在、再び停止状態ですが、魔物が、というよりも生物が、でしょうか?水路、肉の根の通路に出現するたび、動き出して、それらを飲み込んで、停止を繰り返しています」

「逆を言えば、水路にさえでなければ、此方を知覚してこない」

『目んたまもないからのう?』

「実際は、無数の目玉があるらしいぞ。土竜蛇。すげえ小さい上、機能してないらしいが」


 一定のエリアに侵入すると、途端に活動的になる魔物。あらかじめ動きを決められている人形の動作が近いだろうか。そのため、安全な場所にいれば害はない。が、問題は、目的地である中心部に向かうには水路を通らざるを得ないということだ。


「追われたら逃げられるか?」

「厳しいでしょうね。移動強化の魔術も、この迷宮では効果時間は短く、万全の状態でもあの土竜蛇は、速いです」

「ロックなら?」

『速度なら負けんが、いつまで持つかわからんぞ?ただでさえ魔力の消耗が爆速じゃ』

「結局、この迷宮そのものがネックか……」


 体力、気力、魔力、魔術効果、全てを急速に奪う厄介すぎる迷宮だ。白王陣で迷宮中を覆うなんて真似は出来ない以上この問題はずっとついて回る。


「エシェル様、意見はあるか」

「へぁ!?」


 途中から、上手く話に入れなかったのか、ずっと押し黙ってたエシェルにウルが話を振る。突然話を振られたエシェルは挙動不審になりながら手に持っていた干し肉のスープを少しこぼした。


「わた、私は、とにかく、あそこを突破しなければ話にならないわけでだな」

「それで、どうすれば良いと思う」

「……………それは…………」

「別に、思いつきでも構わないぞ。どうせ今のところ、ろくな意見がないんだ」


 エシェルは考え込むように黙った。ウルもそれにあわせて黙った。シズク達もウルに従い口を閉じた。少しの沈黙、その間、遠方で土竜蛇が蠢く音と魔物達の悲鳴以外何も聞こえなかった。


「……か、隠れて……進むとか」

「シズク、どうだ?」

「土竜蛇が今現在、どのようにしてこちらを知覚しているのかわかりません。しかし、“肉の根”で埋まった水路を利用している以上、肉の根を一種のセンサーにしている可能性があります」

「つまり?」

「我々がいくら姿や音を隠しても、水路を移動するしかありませんから、見つかる可能性が高いです。見つからなくとも、水路は土竜蛇の通り道です」

『コッチを狙ってなくとも、轢かれるかもしれんの?』


 単純に姿を隠すのは困難だということだ。エシェルはむむむと眉間に皺をよせた。


「空を飛ぶのはどうだ!」

「魔術でですか?一行全員を浮遊させる高等魔術は習得していません」

「私の白王陣も、強化付与で出来ないことはないけど、持って数十秒よ。この迷宮だともっと速いわ」

「私の個人携帯の移動要塞!」

『あーあの空飛ぶやつカの?あれどんだけ魔力持つんじゃ?あとこのせっまい空間をどんだけ正確に飛べるんじゃ?』

「……………」


 黙ってしまった。顔は非常にむっすりとしている。折角頑張って考えた意見がことごとく潰されて機嫌を損ねたらしい。が、意見交換の場で機嫌取りのためによいしょしても無駄なので仕方が無い。


「結局、土竜蛇をどうにかしないまま、中心地に向かうにはリスクが大きいです」

「…………何よ、結局戦わなきゃいけないんじゃない」

「だが、正直戦うにはリスクとコストが大きすぎる。そんでリターンも怪しい」


 そもそも土竜蛇は、今回の迷宮探索の目的でも何でもない。賞金首でもない。迷宮の主でもない。ただの、障害物に近いのだ。たとえ倒しても精々大きな魔石がとれるかもしれないくらいだろう。まったくもって払う代償に見合わない結果だ。

 まともに戦うだけ損なのだ。


「だったらまともに戦わなきゃいいでしょ!毒殺でもなんでもしちゃいなさいよ!」


 エシェルはキレ気味にぶちまけた。どうせ自分の意見はすぐに否定されるに決まってると、そう言わんばかりの態度で口走った。彼女自身、それで上手くいくとは到底おもってもみないという顔だった。


 だが、ソレを聞いたウルとシズクは違った。


「「…………なるほど」」 

「………え?」


 予期せぬ返事に、エシェルの顔は再び呆けるのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 魔物に対する薬毒は、決定力に大きく欠くのが通説である。その理由は幾つかある。


 ・そもそも魔物は飲み食いを必要としないものが多く、経口服毒は期待できない。

 ・魔物の種類は多様であり、その魔物に合わせた毒が必要となる。

 ・よしんば用意できたとして、効果が現れるほどの毒を用意できるか。


 挙げていけばキリがない。魔物と一言で言い表せない程の多様性が、毒殺という手法そのものの大きな壁となっている。誰も使わないから、発展も、普及もしない。結果、廃れてしまった。ヒト相手につかうものであれば兎も角として。

 それ故に、エシェルのやけっぱち気味に口走った「毒殺」という手段は本来であれば論外として片付けるような話だった。本来であれば。


 だが、ウル達には武器が、毒がある。以前の賞金首との決戦の際得た毒が。

 【紫華の槍】

 あの怪鳥の爪から錬成された竜牙槍の刃。毒の属性と魔力を有したこの槍は、毒性の魔力を産む。不完全なヒトの毒でなく、魔物が生み出した、万物を呪い爛れさせる毒を。


「…………こんなのが、上手くいくのか?」

「さあ」

「ちょっと」

「わからんから試すんだ。危ないから離れてろ」


 ウルは手ぬぐいで顔を覆いながら、竜牙槍を握り、先端を地面に固定した空のガラス瓶に差し込んだ。そして柄を力強く握りしめる。魔力を注ぐという行為に筋力は必要ないが、ウルにとって魔力を注ぐスイッチがそれだった。


『ほぉー毒々しいのう……』


 ロックはガラス瓶を両手で固定しながら目の前に垂れてくる毒性の魔力の雫を、集めていく。跳ね飛んだ雫がロックの身体にすこしかかり、そこがじゅうじゅうと溶けていった。


『……こんな危ないモノ振り回してたのか、貴様』

「魔力を大量に注ぐような真似しなきゃ、精々刃に触れると焼け爛れる程度らしいんだがな。魔力を過剰に注ぐと、刃を媒介して、魔力が毒に変化する……らしい」


 魔力は万能物質で、万物に流転する。で、あれば毒にも勿論なり得る。極めて強い触媒を介すればそれは可能、と、これを作り出した錬金術師の言葉だ。彼としては「故に魔力を注がないよう注意しろ」という意味で言ったのだろうが、早速悪用する羽目になってしまった。


「……ただ……そこまで強い毒でもない……らしいんだがな」


 急速に喪われていく魔力から生まれる虚脱感をこらえ、歯を食いしばりながらウルは説明を続ける。口を動かして疲労を誤魔化していた。額に浮かんでくる汗はシズクが甲斐甲斐しく拭ってくれていた。


「物質から錬成したものじゃない魔力そのものだから……相手の魔力量に影響されてしまう、らしい」

「……つまり?」

「単純に言うと、強い魔物には効かない」


 格下専用、と言ってもいいだろう。大量の魔力を身体に宿した相手にこの毒を服用させても、対象の魔力の影響を受け、すぐその性質を変えてしまう。故に意味は無い。魔導核の傍にあれば毒性は最低限保たれるので、刃として振るう方が良い。【紫華の槍】の本来の使い方はそちらである。


「じゃあそんなの、あのデカブツに効くわけ無いじゃないか」

「……どうかな」


 エシェルの抗議を聞きながら、ウルは槍を握る手を緩めた。魔力の放出はとまり、瓶には毒に変質した魔力がたっぷりと溜まった。ロックはそれをキッチリと蓋をする。ソレを見届け、ウルはゆるゆると腰をおろす。手放した竜牙槍から毒は既に漏れていない。あくまでも毒質をもった魔力であり、ウルが手放せば無害な武器に過ぎなかった。


「……しんど」


 ぐったりと身体を休めているウルへとリーネは水筒を手渡す。


「それで、これを使うの?」

「いや……もうあと数本作る。半端に効いて暴れられたら事だ」

「私が代行しましょうか?」


 シズクがウルを気遣ってか確認する。確かに、竜牙槍はウルの装備だが、別に魔力を注ぐだけならシズクにも可能だろう。魔術も扱う彼女なら、ウルよりよほど上手く出来るだろう。しかしウルは首を横に振った


「いや、いまんとこ、ウチで魔力に余裕があって、用途が無いのは、俺だ」


 シズクはオールマイティにあらゆる魔術を扱える。魔力はいくら温存していても足りない。リーネは白王陣でからっけつ、エシェルも魔力を注ぎ銃を放つ戦闘スタイル。ロックにいたっては魔力が尽きれば身動き一つ取れなくなる。

 つまりウルが唯一の適任だ。魔力消耗による幾らかの脱力は、筋力でフォロー出来る。


「っつー訳で、次の用意頼む。ロック」

『そりゃ構わんが、倒れるんじゃないぞ?』

「土竜蛇も倒れてくれるなら上々だよ」

『カカカ!そう上手くいくわけなかろ』


 そりゃそうだ。とウルは力なく笑った。冒険者になってから日は浅いが、その間、容易い魔物などろくにいやしなかったのだから。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 一時間後


「土竜蛇死にました」

「うそお」


 ウルは巨大な土竜蛇の死体を前に眼を疑った。


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― 新着の感想 ―
意外…!それは毒殺……!!えっ、マジに成功したの?
哀れなり土竜蛇。
土竜蛇「解せぬ」
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