白の蟒蛇と残念な騎士③
【衝突】
迷宮に突入する冒険者一行が、五人以上の人数で連れ歩かない一番の原因。
魔物はヒトを襲う。その習性はヒトが多いほどに強くなる。迷宮を探索する際の限界数がその五人だ。ではソレを越えるとどうなるか?その地点に周辺の活性化した魔物達が一斉に突撃してくる。
冒険者同士の、あるいは冒険者と魔物の“衝突”、そういう意味でこの現象は名付けられた。総じて魔物は凶暴化し、通常時以上の魔物の数と戦闘になる可能性が高いため、この事故が発生した場合、行動選択は1択となる。
即座に逃げる、だ。逃げなければ、衝突を起こした冒険者達がその場を離れなければ、無尽蔵に魔物を引き寄せるのだから。
「撤退!!」
「逃げるぞ!!!」
二つのギルドの二人のリーダーから出される指示は明確かつ、同じだった。
『GB――――GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG』
「地下から粘魔アホほど溢れてきてるっすよ!!“王”がいるかもしれないっす!」
「【【【氷よ唄え、穿て、連なれ】】】」
獣人の指摘と、シズクの魔術の詠唱もまた、同時だった。宙に発生した巨大な氷柱が、出現と同時に重力に沿って地面へと落下する。発生した亀裂に連続して叩き込まれた。
「うわ、はや!多!!」
「コレでしばらくは持つかと。今のうちに撤退を」
兎の獣人が驚きの声を上げる中、シズクはのんびりとウルに声をかける。言われずとも、黒沼鰐は氷柱によって進路を塞がれたが、粘魔は僅かな隙間からぬるぬると湧き出てくる。間もなくこっちに襲ってくるだろう。
【歩む者】と【白の蟒蛇】の長たる二人は一瞬顔を合わせる。
「南出口へ行く」
「こっちは東だ。コチラに逃げてくるなよ」
「そうしよう」
同じ場所に逃げて再び衝突が発生しては元も子もない。
「情報の取引に関しては、帰還後に頼む」
「そっちが死んでないならな」
衝突の責任の所在についてウルは口にしない。
本当に衝突を警戒するならウルはあの話を中断してとっとと背中を向けて逃げ出していた。あの時、白の蟒蛇との接触を受け入れ話を進めたのはウル達だ。その時点でこの状況は織り込み済みだ。故に判断は早かった。
「では」
「ああ、最後にアドバイスだ」
「は?」
背を向けこの場から逃げようとしていたウルが振り返ると、ジャインは足下に這ってきた黒鰐の首を手斧で搔き切ると、体液を払い、その斧でウルの背後を指した。正確には、衝突で突如として出現した魔物の衝撃に恐怖しすくんでいるエシェルを。
「その女はとっとと切り捨てた方が良いぞ。グラドルから見捨てられたような女だ」
言うだけ言って、ジャインはその巨体に似合わず素早く跳躍し、彼の部下達も後から続いた。ウルは、恐らくは激怒し、顔を真っ赤にしているであろうエシェルへと顔を向け、どう宥めるかと口を開こうとして――
「――――」
予想とは正反対の、真っ青になった彼女と対面した。
「どうした?」
「――――な、なんでも、ない」
なんでもない反応ではない。明らかに様子がおかしい。銃を抱きしめるようにして、硬直している。魔物達を前にしても、動こうとしない。
「おい……仕方ないか」
ウルは溜息をつくと、身じろぎもしない彼女を肩で担いだ。ほぼ荷物扱いな事に、エシェルは文句を言わなかった。
「ロック。先導頼む。シズクとリーネはロックを援助」
『騎士殿はワシが守らなくて良いんかの?』
「もうこの状態で銃暴発させる事はしないだろ。いくぞ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
同時期。
白の蟒蛇達もまた、都市の外への撤退を恙なく行なっていた。時折飛び出して襲ってくる魔物達をたたき落としながらも、その連携に淀みはなかった。ジャインは建築物の間の横道から突如飛び出してきた目の無い大蛇を叩き割りながら、ちらりと後ろについてくるラビィンをみる。
「駄兎。アイツらどうだった」
「銀髪やべーっす。なんすかあの魔術展開速度と回転速度」
「見ればわかんだよあの女は。他は」
ラビィンはぴょんと砕けた建築物を飛び越えながら、うーんと唸る。
「あの兜被った騎士は、なんか音が変。獣人とかでもないと思うっす」
「銀髪の使い魔かなんかに鎧でもかぶせたか…?他は」
「小人は魔術師、多分魔道具専門?あとウルってリーダーもこれといってそんな特徴はなかったっすね。ひょっとしてあの銀髪の傀儡かなんかじゃないっすか?」
異常、とも言える魔術発動技術、更に威圧するジャインの間に割って入り交渉を進める度胸、あの集団において彼女が頭一つ二つ抜き出ているのは間違いない。当然の推測だった。
だがジャインは首を横に振る。
「少なくともリーダー張ってるのはウルってガキだ」
「根拠は?」
「何も考えてない、背負ってない奴の目じゃない」
傀儡であれば背負う重責は少ない。悩むことはない。与えられた役目をこなすだけで足りる。だが彼の目つきはそうではない。ジャインという存在を警戒し、計算し、苦悩し、選択しようとしている者の目だった。
そういった表情を隠せていない辺り、やはり未熟なのは間違いないが。
「で、アイツらに情報売るんすか?」
「別に、時間かけりゃアイツらでも集められる情報なんだ。腐る前に早めに売りつけるに限る。それでコッチの邪魔もしない契約もつけられるなら万々歳だ」
「守銭奴っすねえ」
「でなきゃこんな所で荒稼ぎしちゃいねえよ。てめえは要らねえのか金」
「うーんにゃ、お金大好きっすよー、稼ぐ旦那も大好きっすよー」
「死ね」
「照れ隠しっすか」
「殺す」
「斧ぶんまわすのやめろっす!!!」
二人のやりとりを他の一行は実に慣れた様子で、巻き込まれぬよう、遠巻きに眺めるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「リーネ!!符を背後に撒け!!シズクは結界を面にして同じく背後に!!」
一方ウル達は中々死に物狂いな状況になっていた。
背後から迫る黒鰐が4,5匹と続く。更に粘魔が後に続く。まるで大雨が道を流れるように、粘魔が通路一杯まで溢れ迫っていた。
あの衝突の際、出現した魔物の数を考えると明らかに白の蟒蛇との魔物の比率がコチラに傾いている。その理由は
『喰いやすい獲物の方を狙っとるんじゃろな』
「弱い方をってか!クソ!」
「あのジャインってヒト、コレ狙ったんじゃないでしょうね!!」
『魔物の種類まではえらべんじゃろし、いつも通り運がないだけじゃろ、カカ!!』
「いつも言うな!」
ウルは竜牙槍を掴み、再び咆吼を放つ。光弾が後方で炸裂する。相手の被害状態を確認することは出来ないが、背負う魔石回収鞄が自動で収集する音で、幾らかの魔物を落としていると分かる。分かるが……
「キリがない!」
「【氷結界】!」
「【雷陣符】!!」
シズクとリーネが結界を発動する。幾らかが弾かれ、凍り付き、雷に焼かれる。だがそれでも勢いは止まらない。前方で無残な姿となった仲間を踏みつけ、乗り越えて更に多くの魔物達が突撃してくる。
「ロック!出口は!」
『もうちょいじゃい!気張れ!!前は魔物が少ない!』
ロックは前方から飛びかかる魔物に骨を突き立てながら吠える。骨身であり、軽快であるロックは先んじて魔物達を討ってくれているおかげでウル達の歩みは淀みない。
だから問題は背後であり、もっといえば最後尾のウルだ。
「分かってる!クソ!」
「ひ……ひぃ…!!」
あと一歩後ろまで寄ってきていた粘魔を躱し、払いのけながらウルは進む。彼の足が遅い理由は明確だ。背中にエシェルを背負っているからだ。別に重いわけではないが、彼女を護りながら走るのは、彼方此方の動作が阻害され、大変に邪魔だ。ウルの武装が長物であるのもその動作の不備に拍車をかけた。思い切り振り回すことが叶わない。
「ウル様!!」
シズクが鋭い声を上げた。ウルは背後を注視する。波のように押し寄せる魔物の群れの中で、一際に大きく伸びる影があった。巨大な柱のような、しかしそれは“のたうち”、こちらに凄まじい勢いで迫ってくる。
瞳の無い、巨大な口の魔物。大蛇の類いとも思ったが、それはどちらかというと蛭といったほうが正確だ。魔光に照らされ鈍く輝く粘膜を彼方此方にまき散らしながら、異常な速度でこっちに突っ込んでくる。
「【【【焔よ】】】」
反響させた火球の詠唱がシズクから放たれ、3つの火球が巨大蛭に叩き込まれる。放たれた一撃に巨大蛭は声もなくのたうち、しかしそれでも真っ直ぐコッチに近づいてくる。止まらない。
ウルは冷や汗をかいた。確実に追いつかれる。そして、足が止まれば、あの魔物の波に呑まれ、踏み潰される。だが竜牙槍は充填の最中、そもそも狙って撃つために足を止めるヒマは無い。
迫る危機に、ウルは叫んだ。
「エシェル!!!」
「ひ!え?!は、わ、わた」
「デカブツを!!撃てッッッ!!」
「はっはいっっ!」
混乱する彼女を、上からかぶせるようにウルは命令を叩きつけた。
ウルはエシェルの足をガッチリと掴み、固定する。エシェルは混乱しながらも指示されるまま、魔道銃を構え、狙い、撃――
『BUOOOOOOOOOOOOO!!!』
その最中、黒鰐が一匹、魔術の嵐を飛び越えた。ただただ肉を引き裂くためにある牙がずらりと並んだ口を大きく開いて、ウルとエシェルの頭上に降りかかろうとしていた。
いかん割と死ぬ。ウルはそう思った。
「――――【 】!!!」
その瞬間、エシェルが何事か叫んだ。悲鳴と混じり合っていたためか、何を言っているのかはウルには聞き取れなかった。だが、その瞬間
『BUO!?』
「は!?」
黒鰐は、空中で奇妙な軌道を描いて地面に墜落した。まるで、ウル達の前に透明の壁でもあったかのように、弾かれたのだ。黒鰐自身、何が自分の身に起こったのか分かっていないようで、頭から墜落し身体をばたつかせた。
「ひぃ!!!」
そしてその隙に、エシェルの銃口から緋色の、細い閃光が奔る。
元より、狙い撃つ事に関して彼女は決して素人ではなく、故に、その射撃は違わず地面に落ちた黒鰐、そして巨大蛭の頭に着弾した。光熱はその頭を焼き切り、胴を引き裂いた。胴体から溢れた粘液から異臭を放ちながら巨大蛭は横に倒れ、その身体に阻まれ、後ろの魔物達もその突撃が緩まった。
『出口じゃ!!!』
竜の結界で覆われた南門の出口に、ウル達はそのまま飛び込んだ。
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