複合迷宮ソラ渓谷
風の精霊が、大日華の花畑で戯れ、花の精霊達と舞い踊る様を太陽が燦々と照らす。
イスラリア大陸は夏に突入していた。
【春の精霊スプリガル】は去り、【夏の精霊サーミィ】が顔を出す。イスラリア大陸における四季の移り変わりは穏やかであるものの、日中の太陽神から注がれる日光は肌を焼く。外を出歩けば自然と汗が額に浮かぶ。
神官達は精霊住まう神殿にて、風の精霊フィーネリアンの運ぶ花の香りに夏の訪れを知り、太陽神の最盛時期を祝う【太陽祭】の準備を始める事だろう。都市に住まう都市民達は、太陽の結界を通して降り注ぐ熱気に感謝の祈りを捧げ、夏の到来に喜ぶ事だろう。
そして、都市の外に爪弾きにされた名無し達は、照りつける熱気に焼かれながらも、必死に次の都市へと向かうため足を延ばすか、あるいは――
「きた、きたきたきたきた!!!魔物、来たぞ!!シズク!!」
「まだリーネ様の陣が出来ていません!!ロック様!」
『ッカー!忙しいのう!!』
薄暗く、じめじめとした迷宮で、魔物達と追いかけっこをしているかである。
ウル達は後者だった。
大罪都市ラストから北西部に向かった先にある大罪都市グラドルの管理地域に存在する小迷宮、今現在ウル達が探索しているのはその地下8階だ。
基本、小迷宮規模であれば、おおよそ3~8階層で終着点を迎える。最奥には迷宮の動力源たる【真核魔石】が存在し、その前には【主】が存在し魔石を護っている。これが基本だ。
そしてウル達が今居るのがまさにその場所である。つまり
『SIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAA!!!』
現在ウル達は主と対峙している真っ最中である。
敵対するのは魂喰虎。虎と名は付いているものの、異様に伸びきった爪に牙、頭部の中心にある巨大な一眼、口から吐き出される瘴気と、そのことごとくが悍ましい。虎からはかけ離れていた。
魔物の位は十級。宝石人形と同等に位置づけられる強敵である。
鎧を貫く牙に、皮膚を切り刻む爪、肺を腐らせる瘴気のブレスに、恐ろしいまでの俊敏さ。撃破の厄介さという意味で宝石人形は十級にいるが、魂喰虎は純粋な危険度の高さだ。対峙して危ういのは断然に此方である。
が、しかし、ウル達とて決して、宝石人形と対峙したときのままではない。
「ロック!!」
『よしきたあ!!』
地下通路、その奥から追ってくる魂喰虎から逃れるようにウルとシズクが退くと同時に、ロックが飛び出す。正確に言えば、彼が肉体を包み動かす戦車【ロックンロール号】が車輪を走らせ飛び出した。同時にその骨の肉体が魔力の輝きを放つ。
『骨芯変化!!』
瞬間、戦車の正面の骨が戦車から外れ、地下迷宮の通路を塞ぐ即席の壁となる。刃が伸び、突撃してきた魂喰虎の身体を刺し貫いた。
『GAAAAAAAAAA!!!』
だが、それでも尚、微塵も突撃をやめる様子はなかった。肉体を穴だらけにされながらも爪を立て、振り回し、骨の壁を叩き割らんとしている。我武者羅なその攻撃は、しかし確実に骨の壁を崩しつつあった。
『そう持たんぞ!!』
「【スマッシュ】」
「【突貫!!】」
シズクが物質操作により手繰る杖で脳天を叩きつけ、ウルが竜牙槍を胴体に叩きつける。青紫の不気味な血が噴き出し、しかし、それでも尚、魂喰虎は止まらない。骨の壁に体当たりし、ソレを越えようとする。
あまりにも必死に。
「まだかリーネ!!」
「……!…………!!」
理由はハッキリしている。その壁の向こうにいるリーネを排除するためだ。
【白王陣】から生み出される魔術の、【終局魔術】の脅威を、敏感に感じ取っているが故だ。排除出来ねば自分が滅ぼされると知っているのだ。故に、必死だ。
『おうウル!あれださんかいブァーーー!!って出る奴』
「【咆吼】ならもう出しきったわ!!充填中!」
『敵ピンピンしとるんじゃが!?』
「当たらなかったんだよ!!」
『その仰々しい魔眼は飾りか!?』
「すっげえ使いづれえんだよコレ!!飾りだわ畜生!!」
ウルはロックの罵倒に罵倒で返しながら、何度も虎の肉体を竜牙槍で突き立てる。が、まるでひるむ様子はない。それどころかその真っ黒な毛並みが針のように伸びたかと思うと、此方をズタズタにしようと飛んでくる。
魔物というのは大概がそうだが、生きているものを殺すことに対してあまりに熱心が過ぎる。真っ当な生物としての理から外れた、まさしくバケモノだ。
『壁、越えられるぞ!』
「ぐ……!!」
ウルが唸り、右腕に力を込める。黒睡帯に巻かれた腕が隆起する。竜の呪いによる狂化、そして短期間で幾多の賞金首を屠って獲得した魔力がウルの肉体を強化していた。湧き上がる力の全てを右腕に込め、左足を地面に叩きつけ、その勢いで一直線に前へと突き出す。
「ぅぅぅらああああ!!!」
『GAAAAAAAAAA!!!?』
突き立った槍から噴き出す血しぶきがより大きくなった。ウルは更に歯を食いしばり、更に抉る。貫く。臓腑を抉る。
『GA!!!』
魂喰虎の腕がもちあがり、ウルへと振り下ろされる。白王陣の脅威を前に、まず排除せねばならない鬱陶しい外敵であると認識されたらしい。それはいい。敵の攻撃を白王陣からそらすのが目的なのだから。
問題はこのままだと死ぬということだ。
「ウル様!」
その爪が振り下ろされる間に、シズクの杖が割って入る。物質操作の魔術によって操られる細身の杖は、一見してすぐにでも魂喰虎にたたき折られるほどに頼りないものだった。が、振り下ろされる爪を青白い光と共受けとめ、あまつさえ弾き飛ばす。
『GAAA!?』
「【【【炎よ唄え、我が剣に纏え】】】」
更に、詠唱と共に紅の炎が纏う。それも“三重”に。響き重なった魔術を付与された杖はまるで巨大な炎の柱のようだった。ソレはそのまま宙を揺らぎ、矢のように一直線に魂喰虎へ放たれた。
『GUUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAA!!!』
着弾した炎を纏う杖は、まるで爆発したような火力で虎を焼き尽くす。流石に耐えられなかったのだろう。魂喰虎は大きく後退した――――が、
『GAAAAAAAA………!!』
臓腑が半ばこぼれ落ち、身体が焼き焦げて尚、魂喰虎の殺意と闘志はまるで衰える様子は無かった。全身の真っ黒な体毛がざわざわと立ち上がる。それはただ、怒りを表すでなく、此方に向かってまるで矢のように狙いを定める。
飛んでくる。ウルは直感し、故に先制に動いた。
「ロック!槍!!」
『骨芯変化!!』
「【【【焔よ唄い重なり、討ち祓え】】】」
ロックが砕けた骨の壁から鋭い槍を生み出すや否や、ウルはソレを掴み、振りかぶり、一直線に投擲する。同時にシズクが炎の魔術を唱え、それを響かせ“重ねる”。虚空に生まれた三つの巨大な炎の球が一直線に魂喰虎へと叩きつけられる。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
骨の槍が更に眼部に直撃し、炎の球は肉を焼き払う。が、それでも、尚も、魂喰虎は止まらない。真っ黒な体毛の矢を瞬時に飛ばし、反撃する。ウルは盾を構え、シズクはウルの背後に逃れる。しかし、守り切れず、ウルの鎧を引き裂き、皮膚を引き裂く。
「ぐ……!!マジでぜんっぜん怯まねえ!!」
「回復を!!」
「いや……それよりも」
ウルは、背中から気配を感じていた。その身に刻まれた経験があるからこそ感じる気配、圧倒的な何かが生まれた気配。圧倒的な破壊の塊のような気配。
魂喰虎もそれは感じ取ったのだろう。あれほど狂ったように絶えず攻撃を続けていた魂喰虎が、体毛の矢の射出を抑え、じりと、後ろに一歩下がろうとしている。
だが、遅い。
「【開門】【天風ノ斬鬼・白王陣】」
戦車の背後でずっと白王陣を描き続けていたリーネがそう唱えた直後、竜巻でも発生したかのような轟風が迷宮内部で轟き、同時に、瞬きする間もなく、魂喰虎の胴体がその中央で真っ二つで両断された。
『………GA』
迷宮の主は、何が起こったかも理解できぬまま即死した。
【複合迷宮ソラ渓谷】【小迷宮イザ】の攻略完了。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪都市ラストから北西に進むと、大きな渓谷にぶちあたる。本来はアーパス山脈の側にある巨大な湖、ソラ湖から流れる大河だったのだが、迷宮の発生によりその構造は大きく変化した。
川はまるで蛇のようにのたうち、谷の如く深くなり、流れは急となる。渓谷となった谷の周囲に多数の迷宮が生まれ、それらが複雑に絡み合って一つの巨大な迷宮となった。
それが【複合迷宮ソラ渓谷】である。
【大罪都市ラスト】から北西に位置する【大罪都市グラドル】もしくは真西に存在する【大罪都市プラウディア】へと向かう全ての陸路はこの複合迷宮が進路を邪魔する。陸路から向かう場合は必ず、渓谷の何処かの腹にぶつかるのだ。
故に、【大罪都市グラドル】へと向かうウル達は必然、この迷宮の突破を強いられる。
「あー疲れた」
その迷宮の突破を行い、出口から抜け出したウルは兜を脱ぎ去り汗を拭った。後ろからシズク、馬車となったロックに、ロックの内部で運ばれるリーネもやってくる。全員一様にくたびれ果てていた。
「……ねえやっぱ、もう少し楽なルートからいくべきだったんじゃない?」
“ロックンロール号”の上部入り口から顔を出し、魔力枯渇でぐったりとうなだれながらリーネが問う。迷宮を突破してしまった後で言うのは遅すぎる話だが、言いたい気持ちも分かる。単純な通り道と言うには、【小迷宮イザ】は中々にタフだった。規模こそ小迷宮だったが、魔物達はかなり手強かった。
「難易度の低い迷宮形状を安定させたルートはあるにはあるが……遠すぎる。このルートと比べると下手すると一ヶ月は時間が変わってくる。しかも通行料まで掛かる」
「天陽騎士、エシェル様の依頼の期限にも間に合いませんね。それでは」
『【勇者】の意向にもそぐわぬしのう。ほれ、くるぞ』
暫くして、出口から更にもう一台の“馬車”が顔をだした。本来迷宮には侵入するのも困難な馬車であるが、そこを悠々とくぐり抜けるダールとスールの二頭、そして、
《にーたん!しんでないー?!》
精霊憑きのアカネがウルの顔面に飛びついてきた。ウルはそれをいつも通り受け止め、そのまま顔から引き剥がした。何時も通りの羽で空を舞う妖精のようなスタイルの彼女はウルの無事な様子を見て笑った。
「死んでないよアカネ、ジェナさん。そっちは大丈夫だったか」
《ダールとスールちょーかしこーい》
「小迷宮くらいなら、二頭は問題なく踏破できますからご安心ください」
二頭を手繰っていたディズの従者であるジェナは微笑む。
アカネに褒められて、スールはすりすりと宙を飛ぶアカネにすりよって、ダールは当然だ、と言わんばかりに鼻を鳴らした。この二頭は本当に賢く、そして強い。ロックンロール号が苦労して進んだ迷宮の踏破を事も無げに行うのだから。
そして肝心の、この二頭の主であるディズはと言うと
「ディズは?」
《ねとる》
「まだか」
「もうあと1週間は眠られるかと思われます」
《むちゃしたからなー》
馬車の中で、金髪の見目麗しい勇者は、簡易ベッドの中ですよすよと眠りについている。身じろぎ一つしない。ここだけ見るとただのお昼寝だが、この状態で彼女は既に5日以上眠り続けている。
「おい、ディズ、迷宮を抜けたぞ、わかるか?」
「……………………んにゃ………」
「ダメか」
以前彼女自身が予告していたとおり、現在ディズは大罪竜色欲に負わされたダメージを癒やすために身体を休めていた。本当に獣の冬眠のようである。
兎に角今現在、ディズはまるで動けない状態であるのは間違いなかった。つまるところ、護衛である自分たちの責任は大きいということだ。
ここまで護るよりも護られる事の方が多かったが、せめて彼女が本当に身体を休めている時くらいは、きちんと仕事をしなければ給料泥棒も良いところだろう。ウルは気合いを入れるように自身の頬を叩いた。
「……さて、と」
ウルは周囲を見渡す。此処は小迷宮を通り下っていったソラの渓谷の最下層だ。中心には川が流れている。一見して小さな川だが、周囲を見渡すと幾つかの箇所に、増水した川が流れていた痕跡が見えた。
見る限り、ウル達の身長を超える高さの水が流れていたのが窺える。ロックもそれを確認したのか、戦車の形態のまま不審げな声を上げた。
『……ここ危なくないカの?』
「あぶない。今は水量少ないがいつ増水するかわかったもんじゃない。急いで渡るぞ」
ラストの冒険者ギルドで仕入れた情報によれば、渓谷を降りてから下流の方角に特殊な“橋”があり、向こう岸に渡れるらしい。その先に“止まり木”はある。その方角へと既に歩を進めている。
「シズク、足跡……もうやってるか」
ウルが振り返ると彼女は既に新雪の足跡を開き、唄を唄っている。渓谷の谷間に彼女の澄んだ歌声が響き、反響する。不可思議な旋律が聞いていて少し心地よかった。が、リラックスするために聞いている訳では勿論ない。暫くすると彼女はパチリと目を開き、魔道書を開いた。
「ウル様、あと少し歩けば“例の橋”が見えると思います」
「なるほどありがとう」
「それと上流から鉄砲水が凄まじい勢いで」
「なるほどありがたくねえ急げロォォック!ジェナ!!!」
『ッカー!!ほんに運がないのお前さん!!!』
「此方はお任せを」
ロックが車輪を回し疾走を始め、同じくウルの呼びかけにジェナはそつなくダールとスールを奔らせた。ウルとシズクはロックンロール号に飛び乗り、アカネはダールとスールの馬車に戻る。
「魔力どれくらい残ってる!?」
『びみょーじゃの!魂喰虎の魔石喰って良いか!?』
「やべーときは喰え!!まず“橋”まで急げ!!」
激しく揺れる馬車の中で、それと別の振動をウルは感じていた。渓谷そのものが震えるような音、迫り来る大量の水流が迫る音に違いなかった。時間は無い。
「なにか見えてきたわよ!橋…………じゃ、ない!?何あれ!」
上部にいるリーネから驚きの声が上がる。ウルにも見えた、川の中央に、突如として灰色の巨大な物体が出現していた。巨大な岩のようにも見えるが、よく見れば僅かであるが動いている。
『なんじゃいありゃ!?でかい魔物か!?』
「アレだ!【大王象】!!登れロック」
『無茶言いよるの!!【骨芯変化】!』
《あたしもてつだうのよー!》
瞬間、走るロックンロール号の道先に骨が飛び出し、それがまるでトロッコの線路のようにして灰色の小山へと伸びていく。同時にアカネの紅金の身体がロックンロール号とダールスール達を結び繋げる。更に線路を補強する。二台の馬車は即席の線路を勢いよく登り切った。
「来ます!」
そして次の瞬間、破裂するような音と共に鉄砲水が流れ込んだ。
『ぬお!?』
濁流と大量の木片のようなものが流れ込み、灰色の山に遮られ二股に分かれて右を通過していく。下手な魔物よりもよっぽど怖い自然の猛威にウルは背筋が寒くなるのを感じた。
「死ぬとこでございましたね」
『はームチャクチャさせおるの全く』
《こわー》
「木片……自然のダムでも出来たのかしら。」
「聞いていた以上に、皆様トラブルに愛されていらっしゃいますね」
「うるせえ」
「くかー」
おのおの感想を述べつつ、一息ついた。だが、結果として身動きが取れなくなった。助かったとはいえ、完全に川は増水し、先ほどまで歩いていた陸面も隠れてしまった。
『で、どーすんじゃいこっから』
「……確か、橋に動いてもらう必要がある、はずだ」
「橋……って、この……コレ?」
リーネが足下にて鎮座する、今しがたウル達を救った灰色の小高い山のような塊を指さす。見ればそれはごわごわとした、灰色の毛が生えた一体の生き物だと分かる。今現在進行形で流れ込んできている鉄砲水にも微動だにしない巨体だ。二台分の馬車が乗っても全く問題ないほどにその背中(と、思しき場所)は広く大きい。
「【大王象】ですね、聞いた話によると」
「魔物?」
「いいえ。この地域特有の獣だとか。ですのでヒトに襲いかかってはこないそうです」
シズクがそう説明していると、ぐらりと足下が揺れた。つまり大王象が動き出したのだ。ゆっくりと、恐らく立ち上がったのだろう。ウル達の視線はさらに一回り高くなった。
『このまま乗っとってええんか?振り落とされんカ?』
「いや、【大王象】は賢い。俺達の存在にも気づいているはずだ。だから」
と、ウルが説明かけていると、ふっと影が差した。見上げると、灰色の蛇……ではなく、大王象の鼻が伸びて、ウル達の所に近づいていた。
《おはなおっきいのねー》
「本当でございますね」
『カカカ!すんごい生き物じゃのー!』
アカネとシズクとロックはほのぼのとした感想を述べ、
「……ねえ、この鼻、馬車も飲み込めそうなんだけど、このまま私たち喰われないかしら」
「喰われないといいなあ本当に……」
ウルとリーネは真っ当に怯えた。
しかし心配を余所に、鼻はウル達を喰おうとはしない。ふらふらと、自分の頭の上に乗っかってきた生物を探るようにして鼻先をウル達に近づける。生暖かい息が強い勢いで吹き掛かる。そして、
「……よし、シズク」
「はい、ウル様」
と、ウルの指示でシズクが取り出したのは、ロックンロール号に取り付けておいた貨物の内の一つだ。相当に大きな木箱であり、中を開くとそこには大量のリリの実が詰め込まれていた。
「リリの実、食べるの?」
「雑食だが好物、らしい。のでこれで交渉する」
ウルはリリの実の木箱を鼻の前に押し出した。大王象の鼻は、そのリリの実を鼻先で触れ、それがなにかを確認するとぐるんと、非常に器用にそれをつまみ取ると、木箱ごと運んでいった。そして、しばしのちにばりばりと、木箱とリリの実が砕ける音が聞こえてきた。
「……木箱まるごと食べてる?」
「俺達も喰われないように注意しよう」
言ってると、再び鼻が戻ってきた。鼻は再び生暖かい息を吐き出して、ゆっくりとのうたった。そして、
『はこぶ』
「喋った?!」
「賢いって言ったろ。よし全員馬車に戻れ」
言っている内に、大王象の鼻は動きを開始した。ロックンロール号とディズの馬車を囲うようにして鼻は伸び、ゆっくりと距離を狭める。
「大丈夫なの?二台もまとめて?」
基本的に、迷宮の中を馬車は通過しない。二台もの馬車を大王象に運ばせること自体、殆ど前例が無いことだろう。二台を背中に乗せて尚平然としている大王象の巨体であってもリーネは不安そうだった。
「ムリならムリで分配して運ぶらしい」
言っている間に鼻が迫る。鼻は恐ろしく長く、器用に馬車二台、更にダールとスール達を優しく、しかし確りと掴む。ロックは勿論のこと、ダールとスールも見事におとなしく、掴まれたままでいた。そしてそのまま鼻は、ウル達を掴み、ぐっと上へと上げていく。
『ぬ、おおおおおおお!?』
《わはははあー!!!すごーい!!》
「…………!!!」
ぐんぐんと伸びていく鼻が深い深い渓谷の谷を一気に持ち上げていくのは安定感がまるでなく、ウルは悲鳴が出そうになった。だが、声を上げる間もなく身体は戦車ごとぐんぐんとも持ち上がり、そして突然どしんという衝撃と共に、彼らの身体は地面についた。
顔を上げれば既にそこは渓谷の上、ウル達が向かうべき、渓谷の西側、大罪都市グラドルへの道のりである。
『はこんだ』
「あ、ああ、ありがとう……助かった」
間違えてラストの方に戻されたりはしないかと思ったがそんな心配は必要なかったらしい。渓谷の崖下からここまで伸びきった恐るべき長大な鼻から聞こえてくる声にウルは礼を告げると、鼻はぼふんと息を鳴らした。そして
『きをつけて』
「え?」
そのまま別れる、かと思いきや、続けて大王象が声をかけてきた。このように話しかけてくるなんてことは冒険者ギルドの連中からは聞かされていなかった。不思議に思っている内に“鼻”は言葉を続ける。
『そのみぎてと、おなじにおいが、このさきから、するよ』
それだけ言って、長い長い大王象の鼻は再び大渓谷の真下へと降りていった。
右手、と呼ばれたものはなにかと考えれば当然ウルになる。黒睡帯に巻かれた、竜に呪われた右手。それと同じ匂いがこの先からするという。
つまり、竜の気配が、グラドルからするというのだ。
「……まあ、“竜害”が起きているっつー確証は深まったな……」
正直言って、竜の被害が起きているという言葉には半信半疑だった。
竜がそう容易く出現する筈がないからだ。そんなホイホイと出てきてしまっては都市が幾つあっても足りない。都市を渡り歩く“名無し”ですらそうそう竜とは遭遇しない。都市の中では伝説扱いな存在である
だからそう簡単に出てこられては困るし、出てくることは無い筈、と、少しくらい甘い希望を抱いていた、が、その希望はすっかり大王象によってあっさりと崩れた。
「……………行きたくねえなあ」
「すみません、ウル様。ですが――」
「わかってる。主導権を天陽騎士に全て奪われるつもりは無い」
いつまでもグチグチと尻込みしていても仕方が無い。仮にもこの【歩ム者】の長だ。そう思い直し、自分の頬を叩き、全員に目配せする。ウルの視線に皆は頷きで答えた。
こうして彼らは大罪都市グラドルの領域へと足を踏み入れる事となる。
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