赤猫の休日⑧ 黄金の勇者の場合
勇者ディズが、その道を選ぶ事になる以前記憶は曖昧だ。
だけど時々、微睡みのなかで、古い記憶が呼び出されることがあった。
血生臭い記憶ではない。苦痛に満ちた記憶でもない。
淡い、優しい花の香りに自分が包まれる記憶だ。誰かが優しく、抱きしめてくれる記憶。
母の記憶なのだろうか、あるいは父の記憶か、どちらでもないのかもしれない。ハッキリとはしなかった。強いてその記憶を取り出そうと躍起になることもなかった。二度とは戻らない過去に執着するほど、彼女の今はヒマではなかった。
だけど時折、微睡みのなかで香りに包まれる時、安らぎを覚えるのは本当の事だった――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《おー、おきたー?》
ディズは目を覚ますと、目の前には赤色の猫の姿があった。
彼女はなにやら口元に幾本かの花を咥えて、ディズの枕元に運んでいた。優しい花の香りがした原因が判明し、ディズは微笑む。
「やあ、おはよう。朝帰りかな?」
《んふっふー、おとなのレディよ?》
昨日、深夜まで仕事をしていたが、彼女は戻っては来なかった。だからといって彼女が逃げだしたとは思っていなかったが、なにかに巻き込まれたのではと少し心配していた。
が、どうやら杞憂であったらしい。
彼女が自分の枕元に運んでいた花を手に取って顔を寄せると、僅かな土の匂いと、微睡みの中で包まれていた優しい香りがする。
《おみやげよ》
「外まで採ってきたの?」
《かえりになー、すこしもらってきたー》
「ふぅん、素敵な香りだね」
花瓶でも用意して生けておこうかと思っていると、いつの間にかテーブルには花瓶が清潔な水の注がれた花瓶が用意されていた。恐らくはジェナの仕事だろう。手早すぎる従者の仕事に笑いながら、ディズは花をそこに移した。
《あとカッコイーいし!》
「うーん、カッコイイ石だなあ……」
そこにアカネが拾ってきたカッコイイ石 (すごいギザギザしている)を並べると、ややアンバランスではあったが、まあ、これはこれで味があるので良しとした。
「それで、どうだった?」
《ん?》
「休日は楽しかった? トラブルに巻き込まれたりしなかった?」
そう聞かれて、アカネは今日……というよりも昨日あった色々な出来事を一つ一つ思い出すようにしばし唸った。そして、その上で小さく頷き、
《へーわだったわよ?》
「そ? 良かった」
アカネの回答に対して、ディズは特に疑問を零すことはなかった。寝ぼけた身体を起こすために水差しから冷えた水を飲み干し、ゆっくりと身体を伸びしながらストレッチをして、言った。
「少し休んだら、大罪迷宮ラストに向かおうか。深層の調査、可能なら今日で終わらせよう」
《りょーかい》
こうして、アカネにとって特に特筆することもない平和な休日は終わり、借金のカタ兼、勇者の相方としての日常がまた始まるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、とある酒場にて、
「聞いたか? 猫の話?」
「いきなりなんのこったよ」
「“幸運の赤い猫”の話さ」
「不幸を呼ぶ黒猫の話じゃなくって?」
「あ、オレは聞いたことあるな。なんか、最近噂になってるアレだろ?」
「そうそう、赤色の猫に出会ったら、幸せになれるとか」
「すっげー曖昧だな。なんだよ幸せって」
「オレが聞いた話だと、商売運が向上するらしいぞ」
「商売運ねえ……俺等冒険者に関係あるか?」
「まあ、冒険者って商売と言えなくもないだろ?」
「オレが聞いた話とは違うなあ」
「どんな話?」
「人生に迷ったとき、道しるべになってくれるんだと」
「道しるべぇ? なんじゃあそりゃ。お悩み相談でもしてくれるって?」
「してくれるらしいぞ」
「猫の話してんだよな?」
「俺も導いてくれえ~~」
「うるせえ……あれ? 娘へのプレゼントをアドバイスしてくれるんじゃなかった?」
「娘じゃなくて姪だろ」
「……猫の話してんだよな???」
「私が知ってるのともまた違うわね」
「アンタのはどんなだよ」
「直球よ。悪党どもぶっ飛ばしてくれるって」
「急に話の雰囲気変わったなオイ……」
「邪悪な盗賊達を吹っ飛ばす正義のレッドキャットよ」
「なに言ってんだテメー」
「ちなみに好物は氷菓だそうよ」
「本当になに言ってんだテメー……っていいたいが、それに似た話は聞いたことあるな……」
「ウッソだろ?」
「それがな、子供達が大人の目を盗んで、国の外に出ちまったんだと」
「うわー、アホなガキだな」
「アンタも似たようなことやらかしてただろ、アホ」
「うっせえ、それで?」
「炎を纏った猫が、子供達を助けてくれたんだと」
「……まさかほんとうに、精霊の使いとかじゃねえんだろうな」
「あと、すっげえ美人のねーちゃんに変身してそのガキどもの初恋全部奪ってったとか」
「また全然違う話になったな!? 初恋ハンター!?」
「……なんというか、その赤い猫、冒険者より働いてねえ……?」
「騎士団よりもな」
「……頑張るか」
「うっしゃ、いくかあ」
こうして、奇妙にして幸福なる“赤い猫”の噂に、新たに“勤労の護り猫”という情報が追加されることになるのだが、当猫の知る由もないことであった。
と、言うわけで、外伝完結です!お付き合いくださりありがとうございました!
アカネは中々本編に直接的に絡むにはタイミングを見計らう必要がある子なので書いていて楽しゅうございました。
皆さんもこれで楽しんでくださっていれば幸いです。
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