赤猫の休日⑥ 魔術学園教師の場合
大罪都市国ラストの一角に存在するカフェ、【蒼樹の木かげ】。
気品のある内装、古風だが洒落た家具、拘りの茶と菓子を提供する女性にも人気のカフェだ。
その店のテラスの一席にて、容姿の整った一人の男がゆったりと座っていた。茶と菓子を嗜みながら読書を楽しんでいるその男に、女性客の視線は集まっていた。
「クローロ先生よ」
「素敵よねえ……」
ラウターラ教師、森人のクローロはこの国では少しばかり有名人だった。
ラウターラ魔術学園の教師であり、整った容姿を持つ森人であり、そして極めて優秀な魔術師でもある。魔術大国と呼ばれる場所において、この上なく高いステータスを彼は有している。
その指導が鋭い事もあって、学園の中では生徒から怖がられることも多いが、外では黄色い声が向けられることの方が多かった。
「何読まれてるのかしら」
「そりゃあ、高名な魔術師の学術書とかじゃないの?」
「アレじゃない、最近出たミミニーア先生の新作」
「あれ、三文娯楽小説じゃないばっかねえ。アンタじゃないんだから」
「なによぉ、結構面白いのよ?」
などと、勝手な妄想を話の種にしながら、遠巻きに女性陣は彼の美貌を楽しんでいた。
一方、そんな事を話されているなどとつゆ知らず、クローロは、
――…………ミミニーア先生の新作、中々の切れ味だな。腕を上げられたようだ
女性達が“三文娯楽小説”と評した本を嗜んでいたりした。
その整った容姿と、高すぎる能力、鋭利な彼の言動から、これっぽちもこういった娯楽を嗜まない男と誤解されがちだが、クローロはそういう娯楽小説も読む。
正確には、ありとあらゆる書物を読まずに入られない活字中毒者なのが彼だった。目を通す書物には一切の分別がない。読み解くのに数日は必要とするという複雑怪奇な魔術論文から、あらゆる高名な思想家が“くだらない”と唾棄するようなオカルト誌まで、ありとあらゆるを読む。
日々の疲れを癒やすため、休みの日はこうして美味しい茶と、甘い菓子を口にしながら活字の海に埋もれるのが彼の休日の日課であった。
ここのところ学園は騒がしかったし、まだまだドタバタとするだろう。だが、だからこそかなり久しぶりの休暇をしっかり身体を休めるべく務めていた。
「……む」
そんな風に読書に集中していたクローロだったが、合間に摘まんでいたタルトが消えている事に気がついた。どうやら無意識のうちに自分が全て平らげていたらしい。
――別のものを頼むか。
クローロは備え付けてあったメニューを眺める。読書に集中した為か、更に甘い物を脳が欲しているのを感じた。ならばとクローロは〈期間限定メニュー〉とやらに目を付け、テラスを移動する店員へと手を挙げた。
「店員、期間限定トリプルチョコデラックスゴールデンパッフェを一つ」
《にゃにゃににゃなににゃにーーゃあにゃーあ、にゃーにゃにゃにゃ》
その瞬間、彼の声に被さったにゃあにゃあという声に、クローロは首を傾げた。
「……ん?」
《にゃ?》
そして、別のテーブルに座る赤い猫と目が合った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うーん、困りましたねえ。トリプルチョコデラックスゴールデンパッフェ、個数限定で、ラスト一個だったんです……! 二人分はないんですよねえ……」
二人、というよりも一人と一匹の注文を聞いた店員は、困り顔で事情を説明する。
――いや、そもそもなぜ猫が客扱いに? そしてなぜ猫の注文が分かったのだろうか?
という、疑問がクローロの脳裏に過ったが、口にはしなかった。そして、
「そうだ! クローロさん、猫ちゃんと半分こしませんか!? それが良いと思います!」
――どこらへんが良いと思ったのだろうか。
と、思いつつも、クローロがなにか口を挟むヒマも一切なく、極めてマイペースな店員はいそいそと赤い猫を抱えて、クローロのテーブルに運んできた。ぷらんとされるままに運ばれてきた猫は、現在クローロの目の前に鎮座している。
赤い猫と対峙したクローロは、腕を組み、小さく問いかけた。
「……【勇者】の側にいた猫だな」
《にゃあ》
猫は肯定するように鳴いた。
現在、ラウターラ魔術学園長、ネイテの来賓としてやってきている【七天の勇者】を勿論クローロは把握している。ネイテ学園長と親しく話す勇者の側にいた赤い猫も見かけたことがあった。
クローロはその卓越した洞察力で、この赤い猫が“普通ではない”ことは理解していた。
魔力を素体とした使い魔でもない。粘魔などをベースに作られた人造生命とも違う。魔物に近い生物ですらない。魔術的な行程を無視して変幻自在に変貌る姿。この魔術大国であるラストでも、完全なる異端の存在。
だが、クローロはそれ以上の推測を意図して止めていた。
活字中毒にして知識雑学の宝物庫とも言えるクローロであるが、時として知ることが毒に変わることも知っている。知らない方が、無知であるほうが、上手く行くことはある。わざわざ偉大なる七天の一角の懐を探る愚行を彼はしない。
「――まあ、いい。たまたま知人が同席したというだけだな」
《にゃあ》
クローロの言葉を、再び猫は肯定する。そして暫くして、
「お待たせしました-! トリプルチョコデラックスゴールデンパッフェです!」
店員がどんっと巨大な器にのった大量のトッピングのかけられた氷菓を運んできた。無数のフルーツも乗っており、凄まじい圧力である。が、見た目の割に健啖家なクローロはは、この程度の量に物怖じはしなかった。
「確か、液体なら摂取できるのだったな……氷菓も問題ないと?」
《にゃあ》
念のためクローロが確認すると赤い猫は頷く。そしてスプーンを器用に尻尾で掴むと、そのまま一番上に乗った氷華を掬い――
「まて」
《にゃ?》
「明らかに一掬いが大きいぞ」
《にゃあ……》
クローロの指摘に、赤い猫はピタリと動きを止める。双方はにらみ合った。そして、
《にゃあ》
「譲らん」
《にゃあ》
「譲らん」
《にゃあ》
「絶対に譲らん」
「クローロ先生ったら、猫と同席されてるわよ」
「指導は厳しいって聞いてたけど、動物には優しいのね」
「素敵だわ……」
猫と賢者の珍妙な争いが起こっているなどと知る由もなく、女性客達はクローロ達の姿を楽しむのだった。
「…………」
さて、そんなこの上なくくだらない争いの背後で、一人の男が周囲をキョロキョロと視線を彷徨わせながら、店の中へと入ってきた。大衆向けの店故に、様々な層の客が来店するのが常であるのだが、それでも明らかに他の客から浮いていた。
「……? あのお、お客様、どうかされましたか? 大丈夫です?」
そんな客の様子に、マイペースな店員は不思議そうな顔で近づいていく。すると男はびくりと反応し、そしてなにやら慌てるように自分の懐をあさり――
「オラァ! カネを出――」
《にゃ》
「おぶおぁ?!」
――凶器を取り出そうとした瞬間、テラスにいた赤い猫の尾が唐突に長く伸び、鞭のようにしなりながら男の足を引っかけ、
「【結べ】」
「おばぶぼえ!?」
ひっくり返った男へとクローロは杖を差し向ける。その瞬間彼の身体は光る縄によってグルグル巻きにされて、身動き一つとれなくなった。
こうして、日中に起こった恐ろしい強盗事件は、事件が発生する前に解決したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そしてその後、
「クローロさんに猫ちゃん、ありがとうございます! というわけで店長からのサービスです!」
騎士団に連行されていく不届き者を横目に、事が起こる前に助けられた店員がニコニコと運んできた“御礼の品”は、先に注文した者の更に二回りほど大きかった。テーブルの半分以上を圧迫する氷菓と果物の盛り合わせに対して、クローロと赤猫は目を合わせた。
《……はんぶんこね?》
「……いいだろう」
双方は同意し、そして黙々と一人と一匹はデザートを平らげ、
「クローロ先生、猫と会話してらっしゃるわ」
「流石ね……なんで猫がしゃべってるのかよく分からないけれど……」
「クローロ先生が素敵だからよ、きっと……」
そしてその一人と一匹を、女性客達はやはり眺め続けるのであった。
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