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赤猫の休日⑤ とある一族の場合



 大罪都市国ラストの一角に存在する店、【光鳥の巣箱】。

 量より質、少しばかり値段は張るが、それに見合うだけの商品を提供する高級雑貨店にて、


「む、むむむむむ…………」


 一人の男が、難しい表情を浮かべながら唸っていた。

 彼の名はボロン。大罪都市国ラストにて特別な意味合いを持つ【白の系譜】の一つ、レイライン一族の一人である彼は、しかし非常に難しい表情を浮かべている。

 そして暫くした後、意を決したように商品の一つを手に取った。そして、


「よし、見てくれ! トリン! レナン!」


 一緒に店に入った親戚の二人に、それを見せた。年若い女二人は、ボロンの見せる商品を前にして、首を捻る。


「……帽子?」

「そう、これから暑くなってくるだろう? 丁度良いんじゃないか!?」


 どこか自慢げに語る彼に対して、魔女帽子を被ったトリンは少しの間沈黙し、頷いた。


「……ボロンのオッサン」

「うん!」

「ダッッッッッッッッッサイ」

「おぐおぉ!」


 そして情け容赦なく、彼のチョイスを切って捨てた。


「っていうか、なんなのその帽子、このデザイン、オッサンが買う奴だよそれ」

「んぐっぐぐ」

「色も焦げ茶て……ウチの一族の髪、橙色よ? 色の組み合わせ考えて」

「ぐふ……」

「奥さんには「そういう空気が読めてないところも可愛いのよ」なんて言われてるのかもしれないけどさあ……もうちょっとなんとかしなよ本当に。奥さん可哀想よ」

「トリン」

「なによレナン」


 テンポ良く言葉という名のナイフを叩き込み続けるトリンに対して、レナンが肩を叩く。そしてそのまま、目の前で地面にのめり込むように倒れたボロンを指さした。


「叔父さんが死んでる」

「本当だ。死んでる」

「手心加えたら?」

「「年頃の子の好みは分からんから忖度ないジャッジを頼む!」って言ってきたんだもん」

「忖度なしっていうか、慈悲がない」


 そう、この情け容赦ない批評を望んだのは誰だろうボロンである。故にこそトリンも心を鬼にして評価したのだ。(まあ、ボロンのセンスが終わってると思ったのは事実だが)そして、彼がそんな風に自分に厳しくなっているのには理由がある。


「物で釣って謝ったら良いって話じゃないと思うんだけどね……リーネは」


 先日の祖母の葬式の後、レイライン一族集まってのリーネの大爆発は二人も覚えている。怒気というよりも覇気というべきオーラは、親兄弟姉妹親戚一同全員を圧倒し、彼女が新当主になることを力尽くで納得させた。


 ――あのような力強い娘なら、レイライン一族は安泰じゃ!


 などと、喜んだりしている爺様もいたりしたが、彼女が大爆発を起こした原因……というよりも切っ掛けとなったボロンはそんな風に喜んでいられなかったらしい。

 レイライン一族の改革、それを目指そうとしていた彼であるが、彼自身の性格は善良だ。それ故に彼女を激怒させてしまったことを気にしていた


 ――彼女に謝る為のプレゼント選びに付き合ってはくれまいか……?


 と、いうわけで、レイライン一族から独立した魔女トリンと、リーネの姉妹であるレナンがショッピングに付き添うことになった。のだが、


「むむむむむ……」


 しかしどうやら、叔父の買い物は結構な時間がかかりそうな様子である。

 まあ、リーネへの謝罪のためにというのなら、その買い物に付き合うのは苦痛ではなかった。彼女が憤慨した原因と責任は彼だけのものではない。一般的な女子の感性が欲しいというのなら幾らでも提供するつもり、なのだが……


「そもそもリーネを、普通の女の子基準で考えてもしょうがないんだよね……」

「普通じゃないものね……白王陣抜きにしても」

「誰に似たんだか」

「間違いなくおばあちゃんよ」


 などと雑談をしながら、叔父の苦悶する顔を遠目に眺めるのだった



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一方その頃


「ぐふう……ま、負けんぞ……!」


 ボロンは真剣に、プレゼントチョイスに苦悶していた。若い女の子達に自分のセンスをズタボロに罵られても立ちあがる彼の意地と根性がどこから来ているのかと言えば――


 ――姪っ子に嫌われるの、嫌すぎる……!!


 彼はレイライン一族の事が好きだった。親戚の事だって可愛がっていた。

 “白王陣不要論”を持ち出したのは、勿論自分の利益のことも考えていたが、それ以上にレイライン一族の今後のことを本気で憂いていたからこそだ。


 このまま先の見えない白王陣に固執しては、一族が破滅してしまうのではないか?


 そんな危機感があったからだ。故にこその提案であったのだが……その結果大事故が起こった。リーネの大噴火を真正面から受けたボロンはなんとかリーネの心を静めるべく、彼女の気に入るであろうアイテムを必死に探していた。


 ――なんとか、年頃の娘が喜んでくれるようなものを……!!

 

 もっとも当のリーネが今回ぶち切れた原因は、白王陣が()()()()軽んじられているということへの怒りであって、ボロン個人を嫌悪している訳ではない。ないのだが、その独特過ぎる感情は理解できるはずもなかった。

 そうして引き続き、リーネの喜んでくれるプレゼント探しにボロンは勤しむのだが……


「酷い」

「リーネ、小人の中でも小柄よ? 大きすぎるわコレ」

「チョイスの一つ一つから加齢臭がする……」

「どうしてコレで喜んでもらえると思ったの……?」

「とりあえずオッサンは自分の感性を殺すところから始めるべきじゃない?」

「この店、基本的に良い品が並んでる筈なのに……」

「年頃の女の子へのプレゼントって条件だけでこんな色褪せて見せるのは凄いわ。逆に」

「ない……」

「ないわー」


「ぐふ!!(致死)」


 彼のセンスは、終わっていた。

 彼は若い頃から仕事熱心だった。遊びにうつつ抜かすこともなく遮二無二働いていた為、若い女の子の好きなものなんて何にも分からなかった。彼の妻はどんなプレゼントでも喜んでくれたが、どうやらそれは彼女が優しすぎただけだったようだ。

 大変申し訳ないことをしたので、今度ちゃんとした物を贈りたいと思ったが、それは兎も角、


「一体、何をプレゼントすれば……」


 ありとあらゆるダメだしを喰らった結果、ボロンは八方塞がりに陥っていた。

 ――もう二人に選ぶの任せるか? しかしそれでは謝罪でないし叔父としての沽券に……!

 などと、大変今更な事を考えながら蹲り、頭を抱え得ていると、


《にゃあ》

「…………ん?」


 ふと、目の前で赤い尾が揺れた。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……これって、ペン?」

「ああ、魔力を注ぐとインクを補充できる、便利なもの……らしい」

「ふうん……」


 ボロンが二人の前に見せたのは、少々高価な筆記具(ペン)だった。胴軸に意匠が掘られた落ち着いた色合いの万年筆だ。それを二人はしばし眺め得た後、頷いた。


「いいんじゃないかしら? ここの職人なら品質も期待できるし」

「デザインも洒落てる……花、フラシアの模様? いいじゃん」

「リーネがこれからどういう道を選ぶにしても、白王陣の研究は続けるだろうし、携帯できる筆記具はあって困らないでしょうし」

「これくらいのサイズなら持ち運ぶのに邪魔にならないし、あの子も使い易いだろうし……うん、悪くない」


 そう言って、トリンはボロンへと笑いかけた。


「どしたのボロンのオッサン、急にセンス光ったじゃん」

「そ、そうかな?」

「見直したよ。叔父さん」

「あっはっは、そうかなあ……!!」


 二人の賞賛を受けながらボロンはうっすらと汗をかいていた。


(いやまさか、猫に助けてもらったとは言えん……!)

《にゃあ》


 彼の背後で、赤い猫がにゃあと鳴いた。

 店の中にいつの間にか潜り込んでいた可思議な毛並みをした赤い猫は、うなだれるボロンににゃあと鳴いた。それがまるで慰めてくれているようで、傷心状態だったボロンはそのまま猫に尋ねてみた。(もちろん答えが返ってくるとは思っていなかったが)


 ――年頃で、学生で、特定の魔術に異常な執念を燃やす少女が喜ぶ物ってなんなんだろう……

 ――にゃあ……


 ……無駄に面倒くさい条件ね?

 とでもいいたげな声で鳴いた赤い猫は、しかしその後、まるでボロンを導くように店の中を歩き始めた。それを追跡し、赤い猫がその尾でペシペシと叩いた商品棚にこの万年筆はあったのだ。

 結果として正解に辿り着いたボロンは、二人に隠れるようにしながらこっそりと赤い猫に耳打ちした。


「いや、助かったよ、猫くん……!」

《これからはじぶんでがんばるのよ、おっちゃん》

「ああ!! …………ところでもうすぐ奥さんの誕生日なのだが」

《んもー》


 と、そんなやり取りをして赤猫に呆れられ――


「…………おじさん、猫と喋ってるわね」

「可愛いところもあるわね、叔父さん…………というか猫、本当に喋ってない?」


 ――その背後で、姪っ子達から少し変な顔で見られるのだった。



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