赤猫の休日② とある店主の場合
大罪都市国ラストの大通り、その一角にて小さな出店が開かれていた。
ちょっとした軽食や、氷結の魔術で良く冷やされたジュースなどを販売している出店だ。その店主をしている男は、軽く額に浮かんだ汗を拭いながら、天高く登る太陽神を眺めながら、しみじみといった。
「夏が近いねえ……」
彼はこの大通りの一角で居酒屋を経営していた。そして休みの日は時折、居酒屋の前で出店を開いて、ちょっとした軽食を売ったりしている。
少し余った食材の処理にも良いし、こうした暑い日なんかは、ドリンクも結構売れて、ちょっとした小遣い稼ぎになるのだ。だがなによりも、買っていく客達の嬉しそうな顔が好きだった。
彼は元々魔術師を志していた。魔術学園ラウターラにも、実は通っていたこともある。ジュースを冷やすための氷結魔術は、その時に身につけた技術の一端であった。
しかし彼は魔術師に向いてはいなかった。
結果がいつ出るともわからない研究の毎日、
全くもって果ての無い探求の日々、
ライバル達とのギラギラとした争いの時間、
それに耐えられなかった。純粋に向いていなかったのだ。
結果として学園を中退し、家に帰って自分の情けなさに絶望していると、魔術の知識なんて全くない父親から、店を手伝うように言われた。
それが、なんというかまあ、楽しかった。
美味い料理をつくるのが楽しかった。
それを客に喜んで貰うのはもっと楽しかった。
結果として彼は父親の店を次ぐことになって、今は休みの日すらもこうしている。
――店を継ぐのがいやで飛びだしたくせに、遠回りしたもんだ……
そんなことを思い返しながら、彼は今日も出店を開いている。趣味と実益を伴った楽しい時間だ。しかし悩んでいることもあった。
――新作のジュース、どうするかな……
そろそろ太陽神が最も目映くなる季節だ。
となると、人気になるのが、魔術でうんと冷やしたドリンクが人気になる。原価は安く、そして良く出やすい。飲食店としてはこれからの季節の狙い目ではある。
しかし、それは他のどこの店も分かっていることだ。そこで、一歩出し抜いた商品を出してやろうと画策しているわけだが、中々どうして上手く行かない。
ドリンクの強みは回転率の高さだ。あまり手間をかけては意味がない。
さりとて、原材料を増やすと儲けが少なくなる。
あまり手間がかからず、原価も安く、それでいて物珍しい商品が望ましいが……
――まあ、そんな方法があれば手間はないわなあ……
ある意味商売人ならば誰もが考えるような思考回路に陥ってる自分に苦笑いしながら、彼は頭を掻いた。そうしていると、
《にゃあ》
「……ん?」
声がした。見下ろすと、猫がいた。物珍しい、真っ赤な毛並みの猫だった。一瞬、使い魔の類いだろうかとも思ったが、それとは少し違う気もする。店主もこれで、魔術師の端くれだ。そこらへんの作り物であれば、動きなどですぐに分かるのだ。
触れてみるとふわふわとしていて、あたたかみのようなものもある。生きているようにしか思えない。魔術の幻視の類いではないらしい(ラウターラ生徒でイタズラを仕掛ける奴もいた)。
「おまえさんはどこから来たんだい?」
《にゃあ》
猫は返事をするように可愛らしく鳴いた。
うむ、可愛い。まあこの国だ。少し変わった猫も出てきたりはするだろうと彼は納得した。
「悪いが今は、お前さんのおやつになりそうなのは売ってはいない……ん?」
すると、猫はなにやら自分の首にかかった袋を前に突き出す。なんだと中を見てみると、中には銀貨と銅貨が数枚入っていた。更に赤色の猫は、
《にゃあ》
と鳴きながら、出店の『キンキンに冷えたリリジュース:銅貨三枚』と書かれた看板をカリカリと引っ掻いた。
「……もしや、これが欲しいというのかい。お前さん」
《にゃあ》
「……猫にジュースは毒だったと思うが、お前さんは大丈夫なのかね?」
《にゃあ》
肯定するように赤い猫はまた鳴いた。店主は少し悩むように唸った後、木製のカップにジュースを注いで目の前で見せてみると、猫はまたも嬉しそうに《にゃおん》と鳴いた。
「…………魔術の国ならこういうこともあるか…………あるか?」
疑問に思いながらも、カップを目の前に置くと、猫はちびちびと器用に舌を伸ばして舐め始める。が、カップなのでやや猫が顔を突っ込むには不安定だった。
「あーまてまて」
店主は一度カップを回収すると店に入る。そして古くて使わなくなった平たい皿を取って綺麗にして、再び出店に戻る。そこにリリの実のジュースを注ぎ直した。
「これで……ちょっと温いか? いや猫は温い方が《にゃあ!》……冷たい方が良いのか」
なにか、若干会話が成立しつつある事実から目をそらしながらも、店主は平たい皿に注いだリリのジュースを氷の魔術で冷やし始める。しかし普段とは器が違う為か、加減が難しかった。
「と、しまったな、やり過ぎたか」
あまりにも冷えすぎた為か、ややジュースがジャリジャリと固まり始めている。これではジュースとも言い難い。氷菓にしては柔すぎる半端な姿だった。少し溶かすか。とも思ったが、
《にゃあ》
「あ」
赤い猫は、その“ちょっと凍ったリリのジュース”を舐め始めた。なにやら大変上機嫌な様子である。ふむ、と思いながら店主は自分用に注いだジュースを同じように半端に凍らせてみる。
「……ふむ……悪くない、か?」
偶然出来た、半端な冷やし方であったが、飲める程には柔い絶妙な食感が心地よい。多少調整は必要だが、できさえすれば保温の魔術で維持もできるだろう。
まあ本当にちょっとした工夫過ぎて、氷結魔術くらい誰でも使えるこの国ではあっという間に真似されてしまいそうだが……スタートダッシュである程度は儲けられるかもしれない。
と、そんな算段を立てていると、いつの間にか猫は食事を済ませていた。
《にゃあ》
「もう行くのか」
いつの間にかテーブルには必要な分の銅貨が並んでいたが、もうその程度では驚かなくなっていた。赤い猫は尻尾を上機嫌に振りながら、最後に、
《ちょーおいしかった》
と、そう賞賛してくれたことがうれしくて、店主はニッコリ笑みを浮かべ、赤い猫を見送った
「ふぅ…………………………………………………………今喋ってなかったか?」
それから、本格的な夏にさしかかった頃、店主が始めた“しゃあべっと”はちょっとしたブームになり、大罪都市国ラストの一つの名物になったのは後の話である。
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