赤猫の休日
赤錆の精霊と、名無しの少女が出会ったのは、薄汚い宿の一室だった。
少女の父親が、無駄金を叩いて手に入れたゴミクズの中に偶々偶然紛れ込んでいた不思議な卵。紅色のツルツルとした、何の魔力効果も持たないそれを、名無しの少女は手に取った。
オモチャと勘違いした、訳ではない。
物珍しくて宝石のように見えたから、という訳でもない。
どちらかというと、見た目はみすぼらしかった。輝いてもみえない。くすんでいる。なぜか、見ればみるほど汚らわしく見える。嫌悪感すら沸いてくるような小汚さ。
実際、少女の父にこれを売りつけた商人も、早々にこれを手放したいとすら思っていたらしい。だから殆ど無料でこれを手放した。
それを少女は手に取った。
――さびしい
そんな声が聞こえた気がしたからだ。
「あなた、だれ?」
だから、そう尋ねた、次の瞬間少女の身体は、赤色の卵に呑み込まれた。
それから、次に目を覚ますと、少女は紅色の、不可思議な姿に変わっていた。
心配していた兄曰く、しばらくの間巨大な卵のように変わってしまっていたらしい。が、少女にその記憶は全くなかった。
身体はぐにゃぐにゃと変形するようになり、食事はとれなくなった。水から魔力を摂取しなければならなくなった。自分の中に何かが混じった気がする。世話になっている孤児院のじいちゃん曰く人目から隠れなければ不味いことになったらしい。
つまるところ、彼女の人生はメチャクチャになってしまった。のだが――
《――まあ、いっか? しんでねーし?》
彼女は、アカネは、割と平然とそれを受け止めた。
そうして、それからも彼女は特にそれまでと特に変わりなく、ごくごく普通じゃない少女として、兄と共に大陸のあちこちをウロウロとしながら、なんだかんだと生きてきた。
時にひっそりと隠れながら
時に派手に自分の力を活用しながら
ちょっと普通ではない日々を、彼女は兄との日常を謳歌していた。
クソオヤジに借金のカタにされて売り飛ばされるまでは――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
黄金不死鳥、大罪都市国ラスト支部にて。
《むーん》
妖精の様な姿をして、パタパタと宙を浮かんでいるのは、アカネである。
赤錆の精霊に憑かれ、その身体が異形となり、更に血の繋がった父親に借金のカタにされた挙げ句、今現在、その借金取りに自分の身体をバラされるかどうかの瀬戸際にいるという、悲劇と不幸を重ねに重ね煮込んだような境遇にいる彼女は悩んでいた。
その悩みとは、不幸の煮こごりのような自分自身の先の見えない人生について――――というわけではなく、
《ひーまー》
ヒマなことに、悩んでいた。
とはいえ、別に仕事がないわけではない。現在、アカネの“所持者”であるディズから与えられた仕事、幾つかの希少な武具防具の“模倣の練習”は既に行っている。
そして最近はコツも掴めてきたのか、かなり順調に習得が進んでいた。
アカネは現在、様々なものに変身出来る。
四源の精霊が与えてくれた聖遺物、炎の剣にも、
万物を閉じることができる、恐るべき封印の短剣にも、
あるいは、竜との戦いに勝利した偉大なる男の使っていた雷の槍にも――これはまだ、ディズが資料を用意し切れていなくて、少し造りが甘いのだが。
まあそんなわけで、色々と順調なのだが、順調すぎて少々、時間が空いてしまった。
《わたし、てんさいすぎたか?》
「そうかもしれませんね」
と、そんなアカネに話しかけるのは、ありとあらゆる雑務を請け負っているディズの従者であり秘書とも言える女、ジェナであった。彼女へと、アカネは尋ねる。
《ジェナ、ディズにほかのかだいもらえた?》
「ディズ様は今は少し、忙しいようです。また明日にでも私のほうで見繕います」
《むーん》
アカネの所有者であるディズは忙しい。
本当に毎日毎日、彼女は様々仕事を行っている。義父の黄金不死鳥のサポートと、七天の勇者という立場の二つを両立させるのは並のことではないが、それを平然とこなし続けている。しかも最近は、ずっと“奥地”の探索も続けている。
それに加えて自分のヒマの世話までしろというのは流石にアカネでも憚られる。
なら、仕方ないかと、アカネは“模倣”の練習でもしようかと思っていると、
「なので、アカネ様。午後からは休暇ですね」
《きゅうか?》
休暇。中々自分の人生には聞き覚えのない言葉である。
なにせアカネは自由で不自由だ。
その特異な身体の為、まともにどこかで働くこともできない。兄の手伝いで色々とやることはできるが、基本的にはこっそり隠れて、だ。つまりマトモに働いたことはないしできない。ので、休むときは自分の好きに休むような生活だった。
しかし今はディズの元で、彼女の所有物として労働している。故に休暇が発生したのだ。というのはアカネにもわかる。が、それはそれとして彼女は首を傾げた。
《やすむべきはディズでは?》
「この上なくごもっともですが、今日はアカネ様がということで」
ジェナはしみじみと言った。
《そとあそびにいってええのん?》
「バレないようにするのなら問題ないと、ディズ様が。それと、これを」
そう言ってジェナはなにやらこちらに差しだした。小さな袋に詰められていたそれは、アカネが持つとやや重みがある。中を覗けば、キラキラとした硬貨がこちらを覗いていた。
《おかね?》
「あくまでも私の所有物扱いだから給料は出せないけど、お小遣いだそうです」
それを聞いて、アカネは悩ましそうに首を捻りながら、言った。
《ディズ、あまあますぎでは?》
「そこがあの方の可愛らしいところです」
ジェナはしみじみと言った。
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次話 9/7投稿予定




