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特別依頼 ラウターラ大図書館を脱出せよ④


「やっぱりここまで魔本の類いが集まると、魔物も産まれやすくてね。だから定期的に掃除する必要があるんだけど」


 トーマスは淡々と語りながらも杖を掲げる。

 彼の周囲には白く輝く壁、ダンラント家の有する【結界(テリトリー)】の本領、位相をもズラす迷宮化現象と似て非なる結界術。大罪迷宮ラストを封じるに至った要とも言うべき術によって自身と、そして隣にいるリーネを護っていた。


「君たちのおかげで掃除が進みそうで助かるよ」

「そりゃいいが本当にどうなってんだこの図書館!!!」

『ぬおおおおおおおおおおオオオオ!!??』


 そしてその結界の外では、空を泳ぐ巨大な大蛇に、ウルとロックが取っ組み合っていた。

 空間の変動によって形作られる複雑怪奇な立体迷宮の中を自由に泳ぎ回る巨大蛇、それに対して二人は咆哮を打ち込み、刃を叩き込む。


『SI、IIIIIIIII……!!』

「堅っ!?」


 だが、大蛇はまるで意に介さない。先のように本体が別にある守護獣とはまた違う。純粋な強度が、現在のウルとロックの武器では歯が立たない。呆気なくウル達をはじき飛ばし、二人を一呑みにせんと大蛇は空中を旋回する。

 だが、ウル達とてそれはわかっていた。故にこそ()をしている。


「【開門】」


 間もなく、トーマスによって護られていたリーネが筆記を終える。足下に拡がる精緻で美しい魔法陣が輝き、そして魔術の究極を顕す。


「【天氷ノ零度】」

『S――     』


 次の瞬間、叩き込まれた極限の冷気によって、大蛇はその巨体を一気に凍り付かせた。自在に泳いでいた身体は呆気なく地面に落下し、その衝撃でバラバラになって砕け散る。

 その結果を見て、ウルとロックはやれやれと腰をついた。


「だああ……やっと始末できた……」

『ずっと追い回されるのはキツかったのう……あんなのポンポン出たらたまらんぞ?』

「長いこと、図書館の奥に潜んでた大物だろう。あそこまでのは何匹も出ないさ……しかし」


 二人の悲鳴を軽く流しながら、トーマスはリーネへと視線を向ける。


「わかっていたけど、【結界】と【円陣】の相性はかなり良いね」

「守りと、攻撃、ですからね……ふう」

「おっと、魔力切れか。使いたまえ」


 そう言いながらトーマスはほいとそれなりのサイズの薬瓶を取り出して、リーネに手渡した。


「ありがとうございます……でも、どこから?」

「空間制御はダンラントの十八番でね」


 そう笑いながら、トーマスは自分のポケットを軽く叩いた。


『しかし、その結界も凄まじいのう? あっちゅう間に作れて、しかも堅い、持続もできる』

「褒め言葉として請け負っておこう。とはいえ無敵ではない。君たちの奮闘のおかげで、守りに集中できている。この調子で頼りにさせて貰うよ」

「カッカッカ! イケメンは乗せるのも上手じゃのう!」


 ロックはケラケラと笑う。元気なもんだと、ウルはやや疲労の蓄積した身体をほぐすように肩を回した。


「流石にそろそろ出口に辿り着きたいもんだな……」


 さっさと忘れ物を回収して帰る予定だったのに、随分と長くなってしまった。ディズから習得した短期睡眠術があるので、明日に引きずることはないだろうが、それでも速く脱出するに越したことはなかった。


「私もまだまだ仕事は残っている。できればそろそろ管理室に辿り着きたいところだが……お」


 そんな風に話していると、別行動で斥候をしていた従者メイドがひらりと飛び降りてきた。彼女はそのままトーマスへと頷く。


「トーマス様。目的地を見つけました……ですが、問題も」

「ふむ?」


 彼女から告げられた新たなトラブルの予告に、全員は顔を見合わせた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 案内のまま、いくつかの通路を曲がり、階段状になっている本棚を乗り越え、奈落のようになった場所を飛び越えて進んだ先に、従者の言うところの目的地は確かに存在した。


「あれが、管理室か」

「そうだ。やれやれ、随分と遠回りをさせられたな」


 反抗期か? などと冗談めかしてトーマスが睨む先に、その管理室へと続く扉があった。確かにあちこちに浮かんだり、異様なところに生成されている扉と比べれば、随分と造りもしっかりとしていた。


『扉を空けたら部屋が無くて奈落へー……っちゅーことにはならんカ?』

「いや、管理室は完全に独立している。位置は変わらない……しかし」

『なんぞ、その前にあるのう?』


 その管理室の扉の前を、別の階層から移動してきたと思われる”部屋の断片”があった。なにやら、輝く本を収めた台座の部屋。それが壁もなし、剥き出しで管理室の扉の前にあるのだ。

 その左右は奈落で、道はない。管理室に向かうにはその“部屋の断片”を通過するしかないという状況だ。


「……だが見る限り、そのまま素通りすれば良いように思えるが?」

「見ていてください」


 別段、道を塞がれているようにも見えずウルが疑問を零すと、従者は頷き前へと進む。ウルの言うように、そのまま台座のある場所を素通りしようとする。が、


《――――――》

「っ」

「……これは」


 次の瞬間、台座の本が輝き、光が放たれる。その光がなにやらもやもやとした形を作り、それが彼女の身体はゆっくりと“押していく”。そのまま元の位置に戻った彼女はため息を吐いた。


「……こうなるのです」

「…………()()()()()()()()


 言葉の通り、まるで巨大な掌にゆっくりと押し返されたように彼女は戻ってきた。斥候を請け負っていたように、相当な身体能力を有する彼女が為す術もなくだ。

 

「……でも、それだけ?」

「ダメージはありません。呪いの類いもナシです」

「ふむ……」


 次はトーマスが進み出て、杖を振るう。ここまで邪魔な壁があった時、先が奈落で道を失ったとき、トーマスは杖を振るうと、指揮者に従うかのように、彼の前に新たな道が創り出されていた。

 だが、今回はトーマスが杖を振るっても、“部屋の断片”はびくともしない


「これは、興味深いな」


 その手応えのなさに対して、トーマスは逆にどこか楽しそうな表情をした。


「この図書館はダンラントの【結界】そのものだ。中の物で、掌握出来ていないものはない筈なのに、動かせない。歴代のダンラントがこれまで一度も把握していなかった未知の空間が、今回の混乱によって表出したようだ」

「つまり?」

「困ったな!」


 トーマスは軽快に言い切った。大変わかりやすくてよろしい。

 それから、ウル達も試しに進もうとしているが、結果は従者と同じ事だった。ひたすらに容赦なく押し返される。ウルなど冒険者としてそれなりに超人的な身体能力を有しているにもかかわらず、これっぽっちも抵抗できなかった。


『上はどうじゃ? 乗り越えてみるカの」

「こうなりゃ全部試すか……」


 真正面からは不可能、ならばとロックは自らを階段状に変型させ、ウルは一度後ろに下がって距離を取った。そして、


「いくぞ」

『おっしゃこい!』


 そのまま一気に掛けだし、階段状になったロックを駆け上り、一気に跳躍した。部屋の断片を一気に飛び越え、そのまま管理室に着地しようと試みる。が、


「うおっ」


 次の瞬間、足下にむにょん、というような奇妙な違和感が起こり、同時にウルの身体は一気にはじき飛ばされる。しかも、着地どころが悪かったのか、そのままウルの身体は右側の奈落へと放り出されてしまった。


「ウル!」

「む」


 リーネは叫び、トーマスは杖を構えウルを助け出そうと動く――――だが、それよりも速く、


《――――――》

『お?』


 奈落へと落ちるよりも前に、ウルの身体はふわりと宙を浮いた。

 一瞬ウルは何が起きたのかは分からなかったが、自分を支えているのが、先ほどからウル達を押し返しつづけていた奇妙な力だと気がついた。そしてそのまま、ウルの身体は皆が居る場所まで運ばれて、そっと降ろされる。


「…………どうなった、今?」

『見たまま言うならば、あのふわっとした力に助けられた感じじゃのう?』

「感謝すべきなのかなんなのか」


 どうやら、思った以上に親切な魔術が働いているらしい。とはいえ、その魔術の所為でこんな場所で立ち往生させられているとも言えるのだが……


「……試したいんだけど。構わない?」


 すると今度はリーネが挙手した。ウルは少し躊躇いながら尋ねた。


「……時間は」

「一時間」

「だよなー」

「お茶でも煎れましょうか」


 リーネが作業を終えるまでの間、何処からか従者が取り出したティーセットと共に、お茶会が行われた。出されたお茶も茶菓子も美味しかった。


 そして、一時間後、


「【開門・天火ノ煉弾】」


 リーネが発動させた巨大な火球が一直線に、“部屋の断片”輝く台座に向かい、そして直撃した。衝撃は距離を取り身構えていたウルでも吹っ飛びそうに成るほど凄まじい。道中の魔物達も一撃で粉砕してきたその威力は疑いようもないものだった。

 だが、


《――――――》

「……無事じゃのう」


 光の掌は平然と、リーネの終局魔術を受け止めた。

 あまりにも呆気なく白王陣を防がれた事実に、ウルは思わずリーネの方をちらりと見た。白王陣への狂信者な彼女だ。その結果に怒り狂ったりしやしないかと思ったのだ。


「……やっぱり」


 しかし、リーネは平静だった。それどころかどこか、清々しい納得のような表情まで浮かべている。その表情の意味をウルは理解できなかったが。


「うん、最初は確信はもてなかったが……」


 その結果に、トーマスもまた納得したように頷いた。白の系譜の二人が、自らの力が全く通じないことに納得する理由。それは、


()()()()()()()()、これ」

「間違いないな」


 リーネは確信したように断言し、トーマスも同意する。


「しかし、それってこの国にとっちゃ伝説の、凄い魔女だろ? それにしちゃ……」


 白の魔女は大罪迷宮ラストの浸食を食い止め、この大罪都市国ラストの興りともなった尋常ならざる魔術師だ。リーネの魔術も、トーマスの魔術も凄まじいが、その原型(オリジン)とも言うべき魔女の魔術というのには、なんというか……


『すんごい地味じゃのう?』

「もう少し濁せ……」


 とはいえ、ロックが言ったことはウルも思ったことだった。

 やってくることは、掌で押し返してくるだけで、加害性が欠片もなさ過ぎて、地味が過ぎる。それが伝説の魔女の魔術と言われても違和感はあった。

 しかし、そんなことを、その魔女に深すぎる敬意を払ってるリーネが聞いたらやはりブチ切れ無いかとも思って、再び恐る恐るウルはリーネを見たのだが、


「誰も怪我しないようにしたのでしょうね」


 リーネは、やはりこれっぽちも怒ってはいなかった。むしろ誇らしげだ。


「白の魔女様は、大変お優しい方だったそうだから」

「ああ。私もそう聞いている」


 トーマスも同意する。白の魔女の弟子、その子孫達には納得でしかないらしい。


「強い言葉を使う方でもなくて、仕方なし、ちょこちょこと箔を付けられてたり」

「ラウターラは、《研鑽に励み、民達を救え》って、白の魔女さまの言葉を理念にしてるけれど、それも『あんな風に魔女様はおっしゃってなかった』とかなんとか」

「ああ、私もそれは聞かされたな。ウチの初代が解釈違いとかなんとかいって初代学園長に怒っていたという話まであるよ」


 白の系譜二人がしみじみと白の魔女トークに花を咲かせているのは楽しげではあった。が、


『それは兎も角、結局どうやって突破出来るかという話なんじゃが』


 ロックが話を戻す。

 あの不思議な掌の魔術が伝説の魔女の力だったとしたら、本当にこのまま立ち往生になりかねないという問題がある。このままではヘタすると図書館の中で餓死だだ。


「いえ、ここまでの動作でおおよそ理解はできたわ」


 だが、そんなウルの不安を拭うように、リーネが前に進み出た。


「要は術者以外を寄せ付けない為の術式、なら術者であると誤認させれば良い」


 そう言って彼女が掲げるのは、先ほどから使っていたレイラインの一族が初代から代々受け継いできた、伸縮自在の不可思議なる杖だ。


「なるほど、【流星の筆】。元の持ち主は確かに白の魔女だった」


 その意図を理解したトーマスへと振り返り、リーネは頷いた。


「手伝っていただけますか。ダンラント」

「勿論、レイライン」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから、更に一時間後、

 再びウル達は掌に挑んだ。しかし今度はウルでもロックでもなく、白王陣以外では無力なリーネが前へと進み出る。だが、そのままただ直進するわけではなく、


『ごっついのう』


 リーネの身体をトーマスが施した立方体の結界が覆っている。更にリーネも自分自身に白王陣を刻み込んでいた。ロックの言うとおり、どこかごちゃごちゃとした姿のリーネは、そのまま自らが握る【流星の筆】を掲げながら一歩ずつ前へと進んでいく。


「【円陣】と【結界】の合わせ技、と言ったら聞こえは良いけど、ゴリ押しだな。偽装と隠蔽で流星の杖を除いた魔力的な情報を限りなくゼロにした……さて」


 一歩、更に一歩とリーネは進む。やがてこれまでなら“掌”に押し返されていたであろう場所まで辿り着く。さてどうなるとリーネ以外の全員は見守るが、


「……何も起こらないな」


 掌は沈黙を続けた。リーネはそのまま更に進み、台座で輝く本に触れる。すると次の瞬間、ウル達の道を散々塞いでいた掌は呆気なく溶けるように消え去ってしまった。


「やったな」

「おお……」


 試しにウル達が進んでみても、先ほどのように掌が生成されることもない。つまり、ようやく管理室への扉への道が開かれたのだ。

 しかし、そのまま全員で管理室へと向かうことはなかった。その前にどうしても、気になる物が目の前にあったからだ。


「コレがさっきの掌の核ってことか……?」

「ええ……つまり、()()()()()()()ってことになるわね……」

「間違いなく、ダンラント家も把握していない。未発見の代物だね」


 全員の視線は、目の前の本に集中していた。

 伝説の白の魔女、偉大なる白の魔女。

 魔術大国ラストにおける全ての始まりとなった魔女の本、となると、部外者であり、魔術については門外漢であるウルでも確かに気にはなった。まして、白の魔女に対して強い信仰のあるリーネにはその比ではないだろう。


 リーネは本そのものを傷つけたりしないように、恐る恐るページを開いた。


「読めるかい……?」

「大分劣化してるけど」


 そして、パラパラとめくり、そこに書いてる内容を読み上げた


「…………『今日は、□□がケーキを作ってくれた。美味しかった。□□スにも食べさせたかあった。あと、□ーナが食べたそうにしていたので分けてあげた。でももっと食べたかった。残念』」

「「「「ん……?」」」」


 その場の全員は首を傾げた。


「『今日は集会が□った。私が喋ろうとす□と「威厳なくなる□ら黙っててください」って□□□に怒られた。酷いと思う。私、喋るのヘタだけど』」


 再び全員が首を傾げた。


「これは…………」

「実は暗号で書かれていたり」

「そういう痕跡もないわね……」


 パラパラとめくりながら、リーネは首を横に振る


「…………じゃあこれは、ただの、日記?」


 首を傾げたまま、ウルはそう言った。そう言う結論にならざるをえなかった。だが、そうなると


「さっきの防衛術は……つまり」

『恥ずかしいから見んとってくれ、っちゅーことカの?』


 ロックが軽い物言いが、妙にしっくりときてしまった。とんでもない大発見への期待が、突如として、隣人の隠していた秘密をウッカリ暴いてしまったような気まずい空気に変わった。


「……まあ、ある意味、彼女を知る為の貴重な資料、と言えなくもないが……」


 トーマスが少々迷いながら言う。

 確かに、偉人の日記の類、というのは重要な資料として残されることはないではない。純粋な歴史資料としての書物はあまり多くはないが、このラウターラ図書館にも保管されているらしい。

 ならば、これも正式に保管され、多くに閲覧して貰うのが正しくも思えるが――


「……ウル、貴方はどう思う?」


 そう思っていると、不意にリーネがウルへと問うた。


「俺かよ」

「私達は白の系譜だから、どうしても余計な感情が交じってしまうのよ。貴方どう思う」


 部外者のつもりでいたところに投げられた質問に、ウルは腕を組み悩んだ。とはいえ、別にリーネも思慮深い意見を求めてるわけではないだろう。ならばと、ウルは今感じていることをそのまま言葉にした。


「………自分の日記は、あまり余所様に読んで欲しくはねえな」

『カッカッカ! そりゃそーじゃ!』


 ケラケラと笑うロックに「だろ?」と頷き、更に続ける。


「広げられて飾られて、皆に読まれるなんてゾッとする」


 本当に、ただ思ったままの感想をそのまま告げる。するとリーネとトーマスは、


「道理ね」

「ごもっともだ」


 両者とも、同意してくれた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その後、“白の日誌”を台座に戻し、ウル達は管理室に到着した。

 トーマスはすぐさま部屋の中心で作業を再開し、急速に図書館の整頓を再開した。中々の激しい音が連続して響く中「君たちに気付かずこれに巻き込まむことがなくて良かった」とトーマスは笑った。

 そうしてしばらく続いた騒音が止まり、ウル達が外に出ると、そこは最初にウル達が入ったときに訪れたロビーだった。つい先ほどまで管理室の前に存在した“部屋の断片”はどこにもない。恐らく、誰にもわからないような図書館の奥に再び隠れてしまった。とのことらしい。

 こうして、なにはともあれ、ウル達は図書館からの脱出に成功した。


「太陽神様おはようございますっと……やれやれ」

『ッカー、灰になりそうじゃわ!』

「君が言うと洒落にならないね。使い魔くん」


 外に出て、出迎えてくれた太陽神(ゼウラディア)の光に、ウルは目を細めてため息を吐いた。随分と時間を掛けてしまい、すっかり夜は明けてしまったらしい。


「学園に図書館の整備が終わったことを伝えてきます。それと、あの子のお仕置きを」

「お手柔らかにね……さて」


 握り拳を作りながら立ち去っていく従者を見送った後、トーマスは改めてこちらに向きなおる


「皆、迷惑をかけたね。助かったよ。何か謝罪と御礼でもしたいのだけど」

「……ウチの魔術師(シズク)が色々と世話になってるみたいだし、構わない」


 正直、断片的な情報だけでも相当、シズクは学園で暴れに暴れているのは見えているので、これで貸し借りナシ、ということにしてくれた方がウルとしてもありがたいのが正直なところだった。


「そう言ってもらえると助かるな」


 そんなこちらの意図を理解してか、トーマスはくすりと笑い、そして改めて一礼した。


「では、私もまだまだ仕事があるからこれで。冒険者諸君、そしてレイライン殿、君たちのこれからの活躍を祈っているよ。」


 そう言って、トーマスは颯爽と去っていく。彼も自分達と同じく徹夜したはずなのに、まるでそれを感じさせない後ろ姿だった。


『爽やかなアンちゃんじゃのう』

「噂に違わぬ、できた男だったな……」


 しみじみとそう思ってると、ふと、リーネが随分と静かなことに気がついた。そちらを見ると、なにやら考え込むようにして俯いている。


「……リーネ、流石に疲れたか?」

「――いいえ、ただ……」


 そう言われ、リーネは首を横に振る。

 彼女の頭にあったのは、先ほど目にした白の魔女の日誌のことだった。あくまでも個人的な日誌であると気づき、それ以降はあまり目を通さないようにとしたつもりだったが、最後のページに書かれていた文章だけは、自然とリーネの目に留まった。


 ――どうか、子供たちが、幸いでありますように


 革新的な魔術の断片でもなければ、偉人としての格言でもない。どこまでもただただ純粋なまでの、優しい祈りだった。勿論、それに触れたからとて、新たな力が芽生えるだとか、そんな都合の良いことが起こることなどないのだが――


「――少し気合いが入っただけ」


 自分の目指していることが間違っていないのだと、そう言ってもらえたようで、リーネには嬉しかった。


『カカカ、ただでさえ暴走気味じゃのにそこに気合い入れたら燃え尽きそうじゃの!』

「喧しいわよ、骨」

「元気だなーほんと……」


 突発的に始まった夜の大図書館の冒険は、こうして終わりを迎えたのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




【ラウターラ大図書館(整備中)を脱出せよ:リザルト】

 報酬:白の日誌の閲覧(返却済み)


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