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特別依頼 ラウターラ大図書館を脱出せよ③

「彼等は侵入者ではないよ。お疲れ様、眠っていなさい」

『――――』


 開かれた(ページ)に映る、小さな蝙蝠の守護獣に優しくそう言って、ウル達の目の前に現れた青年トーマスは優しく本を閉じる。そして改めてウル達へと、向き直った。


「さて、改めて始めまして。私はトーマス・グラン・ダンラント。この図書館の管理者を努めさせて貰っている。彼女は私の従者だ」


 従者の女性はトーマスの一歩後ろに下がって無言で頭を下げる。


「白の系譜、それも第三位(グラン)……」


 情報をかみ砕きながらも、ウルは、なんとなく、その名前に聞き覚えがあった。しかし一方でトーマスもまた、こちらを興味深そうに見つめてきていた。


「小人……冒険者、そしてその杖は……成る程、君はレイラインか」


 そう言うとリーネは頷き、丁寧に頭を下げた


「お初お目にかかります。ダンラント様。リーネ・ヌウ・レイラインです。彼等は私が所属している一行の冒険者です」


 彼女の同級生、メダルよりも下の第三位グランであるが、態度は彼とは雲泥の差だった。まあ、アレと比べたら気持ちも分かると思いながら、ウルとロックも同じように頭を下げる。

 するとトーマスは手を振った。


「かしこまらないでいい。堅苦しいのは嫌いでね。敬語も必要ないよ」

「トーマス様」


 気安すぎる彼の発言に従者メイドは咎めるように口を挟んだが、トーマスは笑った。


「良いじゃないか、我々以外誰もいない夜の図書館だ。太陽神様ゼウラディアもお目こぼしくださるさ」


 なんというか、フランクなヒトだった。そういう所も、あのメダルとは大分違う、良くできた人物であるらしい。


「さて、図書館は現在整備中だった訳なんだけど、どうして入ってきたんだい?」

「忘れ物を取りに来ただけだったのですが……整備中?」

「ああ、やっぱりか」


 リーネの返事に対してトーマスは納得したように頷いた。一方で彼の従者は心底ばつの悪そうな表情でため息を吐くと、こちらへと深々と頭を下げた。


「あの子はお仕置きです……! そして申し訳ございませんレイライン様。冒険者の方々も。私どもの不手際です」


 なんとなく、状況は理解できてきた。つまるところ、本来入ってはならないタイミングで入りこんじまった結果、トラブルに巻き込まれてしまったらしい。


「最近また、新たに大量の魔本を抱える事になってね。その整理していた最中だったんだ。迷惑をかけてしまったね」


 その結果が、現在の図書館の混沌とした状況らしい。

 今も、ウル達の“周辺”は絶えず変動を続けている。本棚や通路が動き、迫り出し、そして陥落する。迷宮で起こる変動よりも更に激しく、活発だった。この図書館という空間そのものがバラバラのパズルになって組換わっていく、そのまっただ中に放り込まれてしまったかのようだった。


「ダンラント家の秘法の一端……凄まじい光景ですね」

「整理の最中だったからね。管理室に戻って、急ぎ整備を完了させなければね」

「こっから帰れるのか? 俺達……」


 ウルが思わず不安を声に出すと、トーマスはまるでこちらを勇気づけるようにニッコリと微笑んだ。


「なに、私はここの主のような物だ。大船にのった積もりでいるといるといい――」


 その直後、トーマスの身体は横から追突した本棚に直撃し、奈落へと落下した。


『落ちたのう』

「トーマス様ー!!」


 従者が慌てて回収しに飛び降り、ウルは本当に無事帰還出来るか、不安になった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「やあ、死ぬところだった!」

『軽いのう』

「このように、ここは油断ならない場所だ。皆、細心の注意を払っていこう!」

「説得力が凄い」


 それから、なんとか回収されたトーマスの先導の下、混沌と化した図書館の探索が再開された。初っぱなにとんだ事故を起こしてしまったトーマスであったが、そこは流石図書館の主と豪語するだけあり、彼の進む先々で、迷宮の混沌は沈静化していった。

 時折奈落のようになった所も、彼が杖を一振りすると、本棚が集まってまるで橋のようになっていく。少しウッカリしているが頼もしい。と、トーマスを見ると、向こうもウルのことをなにやら興味深そうに見つめていた。

 なんだろうかと思っていると、


「ところで、使い魔の彼と一緒に居るということは……もしかして、ウルくんかな?」

「……ロック、知り合いだったのか?」

『ま、直接は話ししてはおらんがの、()()は』


 その物言いに、ウルは何かを察して顔を引きつらせた。トーマスも同意するように頷いた。


「シズクさんと、友人として親しくさせて貰っているよ」

「………………それはそれは、とんだご迷惑を」

『謝罪から入ったのう』


 ウルは頭を下げた。


「心配せずとも、彼女とは適度な友人でいるつもりだよ……時々油断ならないけれど」

「とんだご迷惑を」

『二度言ったのう』


 ウルは頭を下げた。


「しかし……と言うことは、君は彼女のことは()()()()()()()()……凄いな」

「珍妙な褒められかたをされてしまった」

「本心だよ。中々できたことじゃない」


 トーマスからの本気の敬意の視線がいたたまれなかった。トーマスだけでなく、彼の従者(メイド)からも「マジか」という視線が向けられている気がする。というか、あの女(シズク)は一体学園でなにをしているのだとウルは頭が痛くなった。


「面白い一行に入ったんだね。レイライン殿」

「いえ……」


 そのまま彼はリーネに視線を向ける。リーネは先ほどからかどこか大人しい。時折ちらりとトーマスへと視線を向けては複雑そうな表情で目をそらす。そのややおかしな様子を見て、ロックは首を傾げた。


『なんじゃ、気まずそうじゃの』

「ダンランド家は官位こそ第三位(グラン)だけど、それ以上にこの国に貢献してきた家だから……」

『それに引き換え自分は冒険者なんぞになって迷宮突貫しとる訳カ!そら気まずいわカカカ!』


 爆笑するロックの膝をリーネは蹴り飛ばすのを眺めながら、トーマスは笑った。


「君が冒険者を志していることは人伝に聞いていた。それを責める気はないさ」


 思い切ったなとは思うけどね? と付け加えて、そのまま更に彼は続ける。


「冒険者達もまた、この国を維持するのに貢献してくれているのは間違いない。魔石の採掘は、魔術を多用する我が国では特に影響も多い」


 そう言ってウル達へと視線を向ける彼の目には、確かに侮蔑の類いはなかった。口にした言葉にも世辞のようには思えず、本心で語ってるようだ。神官、官位持ちのなかには冒険者なんぞと憚らず公言するものもいるが、彼は本当にどうやら“できた男”らしい。


「それに、実際になりたいとまでは思わないが、私にも心のどこかに奔放なる冒険者への憧憬のようなものもある。迂闊にこの国を離れられないからね」

『はて、なんでじゃ? なんぞややこい法が、っちゅー話は聞いておるが……』

「それもあるけど、一番の理由はこの図書館かな」


 杖を振るい、目の前の道として移動させた本棚の上を歩きながら、彼はどこか遠い目になった。


「この図書館を創った私の祖先がちょっと……いや、割と……大分……」


 なにやら、彼の人柄にしては珍しくごにょごにょと言葉を濁し、そして、


「イカれてて」

「大分言葉選ばずに言ったのう」


 思い切りぶっちゃけた。


「この世の全ての英智を物理的に学園に納めるのだとか、螺旋図書館に負けるわけにはいかないのだとか色々言い出して、思いつくのはいいとしてその管理を僕ら子孫に丸投げしてくるんだから本当にもう、ねえ?」

『恨みが滲み出てるのう』

「白の系譜の術式はうっかり公開もできないから、管理とか僕らがやるしかなくってさあ!」

「ブチギレてんな」


 その後もこの図書館がいかに七面倒くさく、手間のかかる代物であるかと言うことをトーマスは早口で饒舌に語り続けた(その間も図書館の整備と変動は淀みなく、歩みは順調ではあった)。そうしておおよそ語り尽くした後、深呼吸をするようにトーマスは大きく息を吐いた。


「……いや、すまないね。身内の愚痴とか部下達の前ではあまりウッカリ言えないものだから」

「最近は少し働き過ぎでしたからね。帰還後は休みを入れましょう」


 なんというか、順風満帆に見える男にも苦労があるようだった。

 

「まあ、学生達が安全に利用して貰うために、影の仕事が一杯あるということだよ。例えば――」


 トーマスが言い切るよりも速く、彼の従者が前に進み出て小剣ダガーを構えた。ウル達も異変に気付く。トーマスが制御した図書館を構築する“断片”のなかで、こちらを睨み付ける視線が幾つも見えた。


『k、ktttttttttttttttttttttt』


「話が通じない相手の対処、とかね」

「守護獣……じゃないわね。魔本に住み着く魔物、【紙喰い】よ」

『カカカ! ま、荒事ならワシらの仕事じゃなあ!』

「精々働くか……!」


 襲い来る魔物達を迎撃すべく、ウル達は武器を構え、突撃した。



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