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特別依頼 ラウターラ大図書館を脱出せよ②


 ラウターラ大図書館の奥には、一般の利用者が立ち入れない場所がある。

 符合を有する“管理者”のみが立ち入る事の許されるその場所は、この大図書館を維持するための特別な場所だった。

 迷宮化現象すらも利用して、限度を超えた拡張が施された大図書館の、繊細なバランスを維持するための“総合管理室”。壁や地面に術式が刻み込まれ、魔導機が脈動する。そこに男と女が立っていた。


「【――――】」


 男はラウターラの制服を纏った青年だった。部屋の中心に立ちながら杖を構え、目を閉じながら小さく詠唱を繰り返していた。従者メイドの姿をした女は男の背後に控えていた。

 だが、暫くすると、


「…………ふむ」


 青年は唐突に目を開く。彼の側に控えていた従者(メイド)は、主の変化に疑念を覚える。

 彼の集中力は凄まじい。一度“仕事”が始まればよほどのことがない限り作業に没頭する。こちらから呼びかけることもなく中断するのは珍しい。


「どうかなさいましたか」

「誰かが図書館に入ってきたね」

「また盗賊の類いでしょうか」

「正面の扉から入ってきたようだ。盗人にしては堂々としすぎだな」


 主の言葉に、従者はなにかを察したように額を抑え、ため息をついた。


「……あの子、ちゃんと封鎖するように言ったのに……申し訳ございません」

「反省は後にしよう。その前に、迷い込んでしまったヒト達を救助しようか」


 そう言う男の指示に「承知致しました」と従者は音も無くその場から姿を消した。主の意思に従って、闖入者の捜索に向かったのだろう。全くもって頼りになる従者に青年は微笑んだ。


「さて、私も急ごうか――――怪我人を出してしまったら、ダンラント家の名折れだ」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「すっげえな……」


 ラウターラ大図書館に足を踏み入れたウルは感嘆の声をあげた。

 外観でも、大した施設なのだろうと想定はしていたつもりだったが、実際に中に入ると、ウルの想定などこれっぽちも届いてはいなかった。

 広く、大きく、そして立体的。

 そして上下左右どこに視点を彷徨わせても、多量の本が視界を埋め尽くす。

 圧巻だった。コレまでの人生でそこまで書物というものにふれてきた訳でもないウルでも、吸い寄せられるような魅惑があった。まるで知識の宝物庫だった。


『ほー、こりゃ壮観じゃのう』


 ウルの隣でロックもまた、楽しげな声をあげる。だが、ふと気になってウルは首を傾げた。


「……そういや、どうみえてんだ? 目玉ないだろ?」

『ふむ、生前の記憶がないからハッキリとは言えぬが、そこまで普通と変わりなく思うぞ?』


 当然ながら肉眼でみるものとは違うらしいが、肉体がなくとも、景観やらなにやらの光が像を結ぶのだという。シズクが死霊術の知識を深めると共に、最近では紙に書かれた文字や絵すらも見えるようになってきたらしい。


『並んでおる本も見えるんじゃが、ちょいちょい異様な形しておるのがある』

「魔本によっては、開かずとも影響を与える物があるから気を付けて」


 リーネの警告に、ウルとロックはキョロキョロと見回すのを止める。ひとまずは忘れ物として回収されていないか、受付へと向かうことになった、のだが、


「無人」

『留守じゃの?』


 そこには誰の姿も見当たらなかった。


「夜間は職員が少ないから……先に置きっぱなしになってないか確認するわ」


 そう言って今度は一般利用者に開放されているフロアへと向かう。いくつかの椅子と机、無数の本棚が並ぶ広間の隅っこにぽつんとある椅子に、やや使い古された小さな鞄が掛けられていた。


「あった」


 それを発見し、リーネは小さく安堵したように息を漏らす。鞄の中には確かに彼女が借りたという本が収まっていた。


「見つかったのか」

「ええ、付き合って貰って悪かったわね」

『なーんじゃ、散々脅されて肩透かしじゃの?』


 呆気なく目的が達成されたことに対してロックは不満を漏らす。やはりというべきか、何かしらの問題(トラブル)が起こる事に期待していたらしい。ウルは呆れたようにため息をついた。


「肩透かしでいいっつーの。さっさと帰る――――」


 そう言いながら振り返り――――そこでピタリと動きを止めた。


「…………ここ、壁だったか?」

『なかったのう?』


 ウル達の目の前には、巨大な本棚が鎮座していた。

 確か、この先は、この広間に向かうために通路があったはずなのだが、なぜかそれと換わるようにして巨大な本棚が道を塞いでいる。不慣れ故の勘違いだろうかとも思ったが、


「……これは」


 勝手を知るはずのリーネも困惑を露わにしていた。

 ウルは、嫌な予感がしていた。この、唐突に本来知る道順が捻れ狂うような感覚には身に覚えがあった。普段自分が生業としている()()では馴染み深い現象、迷宮の変動現象に大変にそっくりだ。

 ならば、ここから更に起こるのは――


「……なんか音しねえ?」

『するのう?』


 ウル達はゆっくりと、音のする方角に視線を向ける。

 それは大きかった。一見して五メートルはあろう巨躯。それが本棚を四肢で掴みながらこちらを睨んでいた。爪に牙、逆立つ毛に立つ分かれた尻尾。


『s、yyyyyyyyyaaaaaaaaa!!』


 巨大なる大猫が、牙を剥き出しにしながらこちらを睨み付けていた。


「で…………っかああ!?」


 次の瞬間、巨大猫は凄まじい形相と共に飛びかかってきた。ウル達は一気に飛び退くが、巨大猫は見つけた獲物を逃すつもりはないらしい。毛を逆立て、再び跳躍の姿勢に入った。

 ウル達は顔を見合わせ頷き合うと、背を向けて一斉に逃げ出した。


「なんじゃありゃあ!?」

『ッカ-!! とんでもない猫じゃの!?』

「守護獣!」


 リーネは息を切らしながらも、背後から迫る巨大な怪物の正体を言い当てる。 


「本を護る為に創り出されてる使い魔よ! 魔物じゃないけど、侵入者には魔物よりも執拗!」

「一般エリアは問題ないんじゃなかったか!?」


 普通に忘れ物を取りに来ただけなのに侵入者扱いはあまりに酷い。


「アレがでるのは禁書エリアの筈!」

「つまり!?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「何故!?」


 リーネの出した結論に、ウルは疑問を叫んだ。


「わからないけどそうなるの! 恐らく、図書館の空間を拡張する結界が異常を――」

『考えとる場合じゃない、のう!』


 リーネが結論をだすよりも速く、ロックは動く。背後に迫った巨大猫の守護獣に対して、その身を変えた刃を構え、一気に振り抜く。


『gyaaaaaaaaa!!』

『ぬう!』


 一方で巨大猫はその爪を大きく伸ばして刃を防ぎ、つばぜり合いになる。その体格故か、やはり単純な力勝負では守護獣の方が上であるらしい。徐々に押し込まれていくロックを見ながら、ウルは竜牙槍を身構えた。


「リーネ! 咆哮(ハウル)は使っていいのか!?」

「本棚の本は守護術式で護られている筈……!」


 ウルは念のため、尋ねると同時に顎を開放し、魔導核を起動する。巨大猫の身体は大きく、狙いは付けやすかった。そのまま一気に柄を捻る。


「【咆哮(ハウル)】!」

『gya――――   』


 魔光は巨大猫に直撃した瞬間、その身体を容赦なく貫き、焼き払った。悲鳴と共に巨大猫は地面に倒れ伏して、そのままハラハラと身体をチラしていった。 


『なんじゃあ、呆気な――――む』


 あまりにも感嘆に倒された巨大猫にロックは首を傾げる。が、次の瞬間ロックは再び身構えた。ウルも気付く。目の前で呆気なく倒された巨大猫、その身体から散った光が再び収束していくのを。そして、


『syaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!』


 全く何事もなかったかのように、巨大猫は復活した。ウルは顔を引きつらせる。


「どうなってる!!」

「恐らく魔本から産み出された守護獣よ! つまり本体じゃない!」

『幻覚みたいなものカの?』

「ウル、ロック! 相手しておいて!」


 リーネはそう言うと、護身用に用意した流星の筆を握りながら走り出した。

 当然、今から白王陣を用意しても時間がかかりすぎる。だが、通常の魔術に制限があっても、魔力の流れを感知するという魔術師の技能は【制約】と関わりはない。その技術でもって、リーネは守護獣から伸びる魔力の線を見極めていた。


「あんな大きな守護獣、本体である魔本と距離があるとは思えない……!」


 彼女の推測の通り、迷宮の如く立ち並ぶ本棚の通路を進んでいくと、魔力の流れの終着点はあった。本棚とは別の台座に設置された本が光り輝きながらページを開いている。その光はよく見れば、小さな猫の姿が形作られていた。


「あった!!」


 その魔本にとびつく。リーネの姿に小さな猫は慌てたような動きを見せたが、そのまま一気に魔本を閉じると、途端輝きは失われた。この魔本によって産み出されていた守護獣の姿も消えただろうという事が分かった

 間もなく、ウルとロックがこちらにやってきた。リーネは安堵して、手を上げた。


「二人とも無事だった――」

「『上!!」』


 だが、返ってきた二人の鋭い警句に、リーネはぎょっとなって見上げる。


『kyyyyyyyyyyyy!!』


 本棚、ではなく天井に、巨大な影があった。赤い瞳を輝かせたそれが、巨大な蝙蝠であると気付いたときには飛び立って、一気にリーネに向かって襲いかかってきた。


「ッ!!」


 どうすることもできずリーネは身体を強張らせた。間もなくその凶爪がリーネの小さな身体に迫らんとした――まさにその時だった。


「【白の庭よ】」


 リーネの周囲に唐突に現れた“白い守り”が、新たな守護獣の突撃を防いだ。リーネは驚き目を見開く。そしてその結界がリーネを護っている隙に、ウルとロックが一気に大蝙蝠へと武器を振るった。


『kyyyy!?』

「いまの、は……!?」


 二人にはじき飛ばされた大蝙蝠は、反撃に驚いたのかそのまま飛び去っていった。一方で大蝙蝠を追い返したウル達もリーネも、何が起こったのか分からず戸惑っていた。


「君たち、無事かな?」


 すると、ウル達がやってきた反対反対の通路から人影が現れた。

 姿を見せたのは、リーネと同じ制服を身に纏った学生だ。年齢はウル達よりも上の好青年といった風情だ。握った杖を見るに、先にリーネを結界で助けてくれたのは彼のようだった。


「助かったが……どちらさん?」


 ウルが問うと、彼が答えるよりも先に、リーネが少し驚いたような表情をしながらも、その疑問に答えた。


「トーマス・グラン・ダンラント。【結界テリトリー】を有す白の系譜の一人よ」


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