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特別依頼 ラウターラ大図書館を脱出せよ


 それは、毒花怪鳥との戦いに備え、戦車の作成に取りかかっていた最中の事だった。


「やらかしたわね……」


 各々、毒花怪鳥との決戦に向けて準備を進めていた最中、不意にリーネが思い出したように顔を顰めた。


「どうかされましたか? リーネ様」

「学園で借りたはずの魔導書忘れてきたの……油断したわ」


 シズクが問うと、リーネは自分の失敗にため息を吐いた。


「【白王降臨】は完全に戦闘特化の上、用途が尖りすぎてあまり使われてこなかったから、他の強化術も参考にもう少し調整したかったのだけど……」

「まあ明日にでも取りに行けば良いだけじゃねえの?」


 ここのところリーネは殆どこちらで寝泊まりしているが、ラウターラ魔術学園とこことで離れているわけではない。一時間ほどで取り戻れるはずだ。それほど大きな問題には思えないが……


「明日、実戦に向けて迷宮での演習でしょう? 直接ここから迷宮に向かうはずだったのに……取りに行くしかないわね……」


 どうやら今から学園に戻るつもりらしい。

 だが、今は既に日が暮れている。これから一人で学園に向かい取りに行くというのはあまり感心しない。まあ、危険という意味では、迷宮の賞金首を目指している今の方がよっぽど危険といえばそうなのだが……


「なら俺も付き合うよ」


 ウルがそう提案すると、リーネは少し驚いたように反応する。


「いいの?」

「丁度、今は手が空いてるしな」

「助かるわ……本当」

「そんな感謝することでもねえだろ」


 水くさい反応だとウルは笑うと、リーネは立ちあがった。


「あまり時間も無駄にしたくないし、今から行きましょう」

「了解」

「武器の準備、忘れないでね」

「了解」


 すぐに返事をして、暫くした後、ウルは首を捻った。


「……………………武器?」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 太陽神(ゼウラディア)が沈んだ後、夜の魔術学園ラウターラは威圧感があった。元々は色欲の迷宮に対抗するための前線基地。夜は魔性の時間であり、その魔性に抗うための場所であったことを考えると、今のその姿こそが本領であるとも言えた。

 そんな学園へと訪れたのはウルとリーネ、そして――


「で、お前までなんでここに来た」


 ――カラカラと愉快そうに笑う人骨、ロックである。夜の学園の雰囲気も相まって、顔を隠しているとはいえ人骨の鎧騎士は中々様になりすぎていた。


『カカカ! ええじゃろ? 学園で肝試しなんて楽しそうじゃ!』

「お前はむしろ肝試す側じゃねえのか、人骨。っつーか忘れ物取りに行くだけだっての」


 そんな長居するようなことではない。ささっと回収して帰るだけの話だ。楽しいこともなにもあるわけがない――と、そう思っていたのだが、


「ロックまで来てくれたのは、ありがたいわ」

「『ありがたい……?』」


 なにやら不審な物言いにウルとロックが揃って首を傾げるが、確認する間もなく、彼女はそのまま門前の守衛のところへと向かった。守衛は学園の制服姿をしたリーネを見つけると、少し眉を顰めた。


「こらこら、門限は過ぎてるよ。寮長に怒られてしまうぞ」

「いえ、外出許可を貰って外泊中です。ただ、学園に忘れ物を思い出して」


 それを聞いてああ、と納得して、彼は顔を緩めて頷いた。


「忘れ物か。ちなみにどこで?」

「……図書館」


 次の瞬間、優しげだった守衛の表情は急激に険しくなった。


「…………夜の、図書館、か……!」

「ええ……」


『ものっそい、顔しておるのう……』

「忘れ物を取りに来た顔じゃねえなあ……」


 どこか緊迫した雰囲気を漂わせる二人を遠目に見ながら、ウルとロックは少し引いていた。ウルは軽い気持ちで付き添いを請け負ったが、早まったかも知れないと思い始めていた。


「それと彼ら、万が一の為の護衛。銅級の冒険者」

「おお、それならまだ安心かな」


 安心とは? と思っている間に、守衛はウル達に近づき、そして強く肩を叩いた。


「学生の同伴で護衛というなら武器は没収しない。だが少年、気を付けたまえよ」

「気を付ける」

「今の時期ならば危険性は少ないはずだが、警戒は常に怠らないように」

「嫌な予感がどんどんしてきたな」

「万が一の時は決してその場から動こうとはせず、救助が来るのを待つのだ」

『遭難の心得かの?』


 怒濤のように押し寄せてくる嫌な予感にウルは顔を引きつらせていると、そんなこちらの不安を見取ったのか、守衛は「おっと」と肩から手を離しておどけるように手を振った。


「まあ、()()()()()()()()()()()()滅多なことにはならないさ。それに……」

「それに?」


 守衛は力強く親指を上に立てて、ニッコリと笑った。


「おじさんは守衛のベテランだからね! 遭難者は何人も発見してきた! 安心していいよ!」

「発見っつった?」


 ウルは帰りたくなった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 散々脅されはしたが、流石は大陸一の魔術学園と言うべきか、校舎の中は魔灯(ランプ)で照らされて明るく、ロックの言うところの肝試しの雰囲気からはほど遠かった。「なーんじゃつまらん」というロックの言葉を無視しながら、ウルはリーネに尋ねた。

 

「学園の施設には()()()()()()()ってのは聞いたが……そんなにヤバいのか? 図書館……」

「無駄に怖がらせてしまったかもだけど、しょっちゅう死人が出るとかいう話ではないわよ」

『しょっちゅうではないが死人はでてるっちゅー事カの?』

「……」

『黙ったのう』


 リーネはコホン、と咳払いして仕切り直すように話を続けた。


「ラウターラの大図書館は特に、魔本とかが多く納められている場所だから、トラブルも起こりやすいの。貴重な書物も山ほど在って利用者も多いくってね」

「まあ、利用者が多けりゃそりゃ、問題も起こりやすいわな」

「特に、太陽神(ゼウラディア)が隠れる夜はね。さっきも言ったけど高価で貴重な書物も多くて、禁書エリアから盗み出そうとするバカもでたりするものだから……」


 無論、そういう輩には制裁を加えるだけの迎撃術式(セキュリティ)がふんだんに仕込まれている。結果として、死人がでるようなこともないではない、という事らしい。


「だから夜は立ち寄らないのが基本」

「危なっかしい時間なのは間違いないが、その割にヒトの気配は結構あるな」


 廊下を進む最中、ちらほらと教室を横見に見ていると、教師は生徒が授業を行ってる姿や、何かしらの研究を行っている姿が見えた。


「夜間だからこそできる授業や実験もあるから」

『カー、みんな真面目じゃのう』


 そう言いながら、ロックは複数人の声が聞こえてくる教室を覗き見る。ウルも釣られてそちらへと視線を向けると――


「うおおお!! 見ろ! 教授が脱いだぞ!!」

「さっすが教授だ!!」

「あったま悪いぜぇ! 最高だあ!!」

「今宵は誰も寝かせねえぞ! 魔術の深淵までついてこいゴミ屑どもぉぉおおおお!!」


 ――なにやら、異常なテンションの雄叫びが廊下まで響き渡った。


『――…………』

「真面目……か?」

「気にしないで。寝てないせいでハイになってるだけだと思うから」


 リーネは特に気にする様子もなくスルーした。どうやら彼女にとってそれほ珍しくもない光景であるらしい。

 そうして幾つもの教室を横目に先へと進んでいく。途中校舎を抜け外に出た後、ウル達の前に目的の場所が姿を顕した。


「ここがラウターラ大図書館よ」

『ほーでっけーのう……』

「すげえ所だな」


 巨大なラウターラ魔術学園の領地の中にあっても、【ラウターラ大図書館】の大きさはとてつもなかった。先ほどまで通った学園の校舎とも遜色がないほどに大きく、またこれもまた城塞のようですらあった。

 しかもこれらが全て、ただひたすら本を収めるためだけにあるというのだから凄まじい。


「この建物だけでも収まりきらないから、内部空間をダンラント家の【結界】広げてるの」

「広げてる、か」 

「さっき、守衛が脅してきたのもそれが理由。でもちゃんと一般用のフロアを利用すれば何の問題もないから」


 だからとっと回収して戻りましょう。とリーネは慣れた様子で図書館の扉を開き、中へと入っていった。ウル達もそれに続き、間もなく扉は小さく軋む音を立てながら、ゆっくりと閉まっていった。








 そうして、三人が図書館の中へと入った後、


「ふう! よかったー! まだ誰も入ってきてないよね!」


 使用人の格好をした一人の獣人の従者(メイド)がドタバタと走りながら図書館の前までやってきた。そして周囲を見渡した後、扉に何やら張り紙を貼り付ける。


「こ、れ、で……ヨシ! まーたメイド長に怒られちゃうところだった!!」


 危ない危ない! と、そうニッコリ笑って、彼女は立ち去っていく。その彼女が貼り付けた張り紙には、大きくハッキリと、



     ――現在図書館整備中、関係者以外絶対立ち入り禁止!!!――



 そう、書かれていたが、無論、既に中へと入ったウル達には知る由もないことだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




               特別依頼(クエスト)発令


        [ラウターラ大図書館(整備中)を脱出せよ]




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