【番外編⑤】兄の人生も、わりと波乱に満ちている
元々彼は実直で馬鹿正直な類の人間である。そして目的の為に努力を厭わない。騎士団で尚一層鍛練に集中した結果、めきめきと実力を上げて行った。
努力の甲斐あり、その年の剣術大会では上位8名の中に入れた。翌年の大会はかなり運も味方してくれたようで、なんと3位入賞まで果たした。
「今度の祝賀パーティーでは酒も出るが、セーブルズ、お前もう問題を起こすなよ。推薦する側の人間の顔を潰すことになるからな」
「は……?」
上司からそう言われたアイルトンは一度はぽかんとしたが、すぐに気がついた。かつてアマリアのピンチに狼藉者を殴った際には少々の酒を召していた事、そして今回の功績で自分に昇進の可能性がある事を匂わされたのだと。
「勿論です! 酒が有ろうとなかろうと変わりません。そのために努力してきましたから」
彼は鍛錬と平行して、最近は仲の良し悪しを問わず騎士団の人間とのコミュニケーションを取るように努めてもいる。苦手なタイプの人間を避ける事は副隊長を目指すなら許されないから。上司はその事も把握しており評価してくれているようだ。
「うん、まあ信頼してはいるんだがな。ところで誰か祝賀会に呼ぶのか?」
「あっ……いや、家族はまだ領地復興に追われていて、社交を控えているので」
そう言いながらアイルトンの頭の中にエミュナの姿が再生される。
「あの、でも招待したい人がいたら呼んでもいいですよね?」
◇
セーブルズ領が洪水に見舞われてから約一年半。まだ完全に復興はしていないがだいぶ落ち着いてはきた。それでアイルトンもアマリアに頼みごとをするくらいなら大した迷惑にはならないだろうと思い手紙を送ったのだ。だが妹からはあまり色よい返事はかえってこなかった。
『一応提案はしてみるけど……多分無理よ? エミュナは玉の輿を狙ってるもの』
それを見たアイルトンは目に見えてガッカリした。
「そうか……そうだよなぁ」
男爵令嬢とは言え王子妃の傍仕えで、その王子妃にも引けを取らないほどの美人。であれば引く手数多に違いない。だが未だに婚約者も決まらないとなれば、相当の優良物件でない限り首を縦に振らないのだろう。少なくとも親友の兄でヒラの騎士団員程度のポジションではどうにもならない。
昇進もあくまでも可能性の話だから、まだエミュナはおろか妹にも打ち明けてはいけない事ぐらいアイルトンにもわかる。
しかし、運命は彼に味方した。なんとエミュナは了承の手紙を寄越したのである。
「だって3位を取った人がその祝賀パーティーにパートナーも家族も連れず独りで出るなんて恥ずかしいじゃない? 他に頼れる人もいないんでしょう? 可哀相だから今回は付き合ってあげるわ」
如何にも仕方ないといった雰囲気でこう言われ、アイルトンは嬉しさ半分、悲しさ半分で妙な気持ちになった。
◇
しかし口ではそう言いながら、エミュナは祝賀会のパーティーをとても楽しんでいたと思う。アイルトンは彼女を男爵家の屋敷に送り届け、別れ際に思い切って言ってみた。
「あのっ、また夜会があったらご一緒していただけませんか?」
エミュナは目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。あの、王城の玄関口の時とは違う、とても魅力的な笑みだった。
「そうね。でも、私結構忙しいの。時間の都合で断る事もあると思うわ」
アイルトンは帰りの馬車の中で快哉を叫んだ。
彼女の言葉は多分遠回しの断りではない。寧ろ好意的だ。「もしも断る時があってもそれは都合が合わないだけだから気に病まないでね」と言われたのだと解釈した。
もしこの事を誰かに喋れば楽天的な彼らしい考えである、と笑われたかもしれない。でもアイルトンは今までエドガーやメリーに感じた嫌な感じを一切エミュナの言葉に感じなかった。彼の野生の勘は結構頼りになるのだ。
◇
頻度はそんなに高くはなかったが、何度か彼はエミュナをエスコートして夜会に参加した。ただ、エミュナのガードは予想以上に固い。
「私は貴方の騎士団員というツテを使って、素敵な男性を探しているだけよ」
冗談か本気かわからないニュアンスで、こんな事を言われた時もあった。アイルトンが彼女を口説こうと甘い雰囲気を出そうものなら直ぐにでも逃げ出しそうだ。まあ、彼も女性好みの甘い雰囲気を出す事は得意ではなかったのでそれはそれで好都合だったのかもしれない。
二人はあくまでも友人、そして妹の親友繋がりというスタンスだった。
それが壊れたのは意外なきっかけによる。
「ではコナー子爵、夫人。ごきげんよう」
ある夜会で彼のすぐ後ろから誰かが言った離席の挨拶。それを聞いたアイルトンは思わず振り返った。視線の先にいた女性もすぐにこちらに気づき、彼と同様にぎくりと身を強張らせる。
メリーは知らない男性と連れ立っていた。おそらく婿養子を取り、その男がコナー子爵となったのだろう。ところがそのコナー子爵らしき男は同様にこちらに気づくと、エミュナを見てでれっと鼻の下を伸ばしたのだ。
メリーの機嫌が悪くなったのがアイルトンにはわかった。
「……お久しぶりですわね。セーブルズ伯爵令息」
「あ、ああ、お久しぶりです。コナー子爵夫人もお元気なようで何より」
「貴方がこういう集まりに興味があるとは思いませんでしたわ。それも随分と派手なお相手を連れて」
普段、傍仕えの仕事をしている際は地味な姿をしているエミュナだが、それでも「可愛い」と噂になるほど美貌が目立つ。今はその美貌を余すことなく引き出した髪型とドレス姿だ。勿論人目を引く華やかさがある。ただ、美しさゆえに人目を引くだけであって、決して下品な格好をしているわけではない。
それなのに、メリーはまるでエミュナが下品な女だと言わんばかりの口調だ。アイルトンはむっとした。しかしその彼の袖をツンと引く手がある。
「ねえ、アイル、ご紹介してくださる?」
エミュナに見上げられ、アイルトンは驚きながらも紹介をする。
「えっ、ああ。こちらはコナー子爵夫人で……」
「初めまして。私はアイルトン・セーブルズの婚約者のエミュナと申します」
「「「えっ」」」
アイルトン、メリー、メリーの夫の三人から同時に声が漏れた。












