49.目の前の彼を見ていればわかる
「は……」
サミュエルのかすれるような声を最後に、談話室の中に静寂が訪れた。アマリアは恥ずかしさと気まずさのあまり、途中からは自分の手に目を落としていたので彼の顔は見えていない。
「……」
「……」
だがあんまりにも無言が続くので、アマリアは少しサミュエルの様子が心配になってきた。もしかして自分がエドガーやルミナスの本性を知った時のようにショックを受けすぎて倒れそうになったり、泣いたりしているのではないだろうか。
「あの……」
恐る恐る顔を上げて正面を見たアマリアの目に飛び込んできたのは、再び茹でダコの貴公子になっているサミュエルだった。
「閣下?」
「……嬉しい」
「え」
「嬉しい。夢ではないだろうか。セーブルズがずっとときめいていたと言ってるが……なあイアン、これは現実か?」
キューテックはぶはっと吹き出し破顔した。今は秘書の態度を完全に脱いでいる。
「ああ。間違いなく現実だ! 良かったなサム」
「……ああ!」
サミュエルは唐突に叫ぶと、まだ朱い顔を両手に埋めた。
「神よ! 人生で初めて、この顔に生まれたことに感謝します!」
「あははは!!」
「ふふっ、くすくす」
その言葉に、当事者のアマリアとサミュエル以外の全員が笑いだした。
「え……?」
アマリアは戸惑い、ポカンとする。笑いの波がひとしきり引いたところでまだ顔を覆ったままの彼に話しかけた。
「あの、閣下。私に幻滅なさったのではないのですか?」
サミュエルはぱっと手を外し、もどかしそうに言いつのる。まだ興奮で白い肌が桜色に染まっているがそれがまたキラキラして見える。
「幻滅だなんて! 君はやっぱり強く美しい人だったのに」
「え、でもさっきショックを受けていたじゃありませんか」
「それは確かにショックだったよ。君を救ったのがあのルミナスだったなんて……でも、君を守れなかった俺が言える立場じゃない」
「そんな、さっき閣下は私をちゃんと守ってくださいましたよ」
カメロン・リバワーム嬢が奮ったナイフから、身を挺して。
「……そのあと、君は結局あのエドガーを投げ飛ばしていたけどな」
「なっ」
今度はアマリアが茹でダコのように顔を朱くする番だった。
「あれは見事だった……そして俺は君を守るどころか、君に守られてしまったんだ。すまない。そしてありがとう」
サミュエルは一旦頭を下げた。そして、顔を上げると微笑みながら問う。
「俺の方こそ幻滅されたと思っていたんだが。正直、顔と身分くらいしか取り柄がなく、臆病で卑怯な弱い人間だから」
「いいえ」
アマリアは即座に答えた。
「閣下の下で働くようになってわかりました。普段は女性に冷たくしてるように見えるけれど、それは好かれないように身を守っていただけで本当は優しい方なんだって」
アマリアを無理やり手に入れなかったのもそうだし、彼女が泣いてしまった翌朝に紅茶を用意してくれたり、夜会へのトラウマを克服できないかと心配してくれたりもした。それに優しさはアマリアに対してだけではない。
ハーゲン地方への支援で身を切ることも覚悟していたし、リバワーム伯が過去を反省して私財を全て売り払っていれば罪を軽くしたのにとも言っていた。
「だから……優しい閣下だからこそ私は……ときめいたのだと……」
「……ああ!」
サミュエルはもう一度感極まった叫びを漏らす。アマリアは焦った。やっぱり彼は彼女のことを良く見すぎていやしないだろうか、と。
「閣下、本当に私でいいんですか? 私は閣下の思うような気高い人間ではありません。男性を投げ飛ばすような粗暴なところもありますし、女神だなんて崇拝されるようなものじゃないんです!」
一気に捲し立てながら、アマリアは自分で気がついた。サミュエルを出来るだけ傷つけないように現実の自分の姿を見せないと、と思っていた気持ちに嘘はない。
けれどもそれが彼女の気持ちの全てでもなくて。何だかんだ言っても、アマリアは彼に幻滅されたくはなかったのだ。ちゃんと等身大の自分を見てほしいし、その上でまだ自分のことを好きでいてくれたら良いのに……と、心の底では願っていたのだと。
その願いは、叶う気がする。
目の前のサミュエルを見ていればわかる。
彼は立ち上がり、ポケットを探った。そしてアマリアに歩み寄ると跪き、手の中に納めていた小さな箱を開く。中には見たこともない大きさのアクアマリンとダイヤがあしらわれた指輪が入っていた。
「まだ早いかなと思っていたけど、用意しておいて良かった」
サミュエルは照れ隠しのように微笑む。
「君のような素晴らしい女性は他に居ない。少なくとも俺にとっては女神に等しいくらいの存在だ。でも、女神に求婚するのはタブーかな?」
彼女は首を横に振った。胸がいっぱいで言葉がなかなか出てこない。やっと一言、絞り出した。
「……いいえ!」
そして薄紫色の目にうっすらと涙を浮かべながら笑顔になる。その顔を見てサミュエルは蕩けるような目付きになった。
「やっぱり君は美しい」
アマリアの心臓がどくんと激しく揺れたが、目は潰れなかった。少しは彼のキラキラに慣れたのかもしれない。そのキラキラの元は、アマリアの左手を取ると薬指に指輪をはめた。サイズは何故かぴったりだった。
な~んで指輪がぴったりだったんでしょうね?(にやにや)
最後に少しだけエピローグを書いて本編は完結します。そのあと、補足的な「キューテックの日記」を公開するつもりです。












