48.アマリアは全てを打ち明ける
◇◆◇
「……」
アマリアは、公爵家の談話室でサミュエルの話を聞いていた。口を挟まず実におとなしく。……というか、どちらかと言うと絶句していたと言っていい。更に、この場に居たキューテック夫妻、ディケンズやエミュナ、途中から合流したアイルトンから見れば、百面相にも見えていたかもしれない。
レナとエドガーの話を聞いて顔を青くし、その次はサミュエルが自分を好きになったきっかけを聞いて顔をほんのり赤らめ、夜会の事件は彼のせいだったかもしれないと聞いて目を丸く、更にセーブルズ領へは名前を伏せて支援していたと聞いた時は息を飲んでいた。
最後に、中庭で男を投げ飛ばしたのを見られていたと知った時は再び恥ずかしさで顔が朱くなったのだが、続くサミュエルの言葉で顔色が段々と抜け真顔になった。
「君は気高く、強く、美しい……心の強さだけでなく、身体の強さまでを兼ね備え、完璧な女神だ……。弱い俺なんかの言葉や誘いにも反応しないのは当然だと思った。だから君が俺の言葉に反応して耳を朱くしてくれた時、どれだけ嬉しかったか……」
うっとりとそう語るサミュエルこそとても美しいのだが、今はそれに見惚れている場合ではない。アマリアの頭の中が急速に冷えていく。
(閣下のこの態度……まるで)
アマリアにはこの様子に既視感がある。まるで鏡の中の自分を見ているようだった。かつてエドガーやルミナスの外側だけを見て舞い上がり、中身も素晴らしい完璧な人間なのだろうと勝手に思い込んでいた過去のアマリアと同じ。
今の彼なら、たとえアマリアの鼻から鼻毛が飛び出していたとしても「その毛も可愛い」と言いそうな勢いだ。
“いやだ、救うなんて大げさだからやめて頂戴”
唐突に約一年前の、掃き溜めの中に居たルミナスの記憶が蘇る。アマリアは今なら少しだけ彼女の気持ちがわかる気がした。サミュエル一人からこんなに絶賛されるのでも気まずいのに、ルミナスはその何十倍もの人々に女神だと崇められていたのだ。
「閣下、待って下さい!」
まだまだアマリアへの賛辞を語り足りないといった様子のサミュエルを止める。彼は口をつぐみ、彼女を甘く見つめた。アマリアはそのキラキラに(うっ)となりながらも、必死に真面目な顔を保つ。
「どうやら大きな誤解があるようですね。私は閣下の思うような素晴らしい人間ではありません」
「……え?」
サミュエルは少しだけ戸惑ったが、またすぐに笑みを作る。
「ああ、謙遜をしているのか。君は本当に慎ましくてそういうところも美し……」
「違いますったら! 待って下さい」
アマリアは眉根を寄せる。嗚呼、何が悲しくて「自分は大したことない」とサミュエルに言わなくてはいけないのか。
でも彼は全てを話してくれたのだ。格好悪いところも、弱いところも情けないところも包み隠さずに。だから自分も同じように誠実に真実を語るべきだと思う。
けれども、これを聞いた後のサミュエルはやはり過去の自分と同じように、相手に見ていた理想や夢が壊れてショックを受けてしまう懸念がある。
(どうしたら閣下を出来るだけ傷つけないですむかしら……)
ちらりと彼を見ると、目があったことに嬉しそうにされた。まるで「待て」をされている犬のようにアマリアの次の言葉を懸命に待っている。
ダメだ。回りくどい言い方ではきっと埒があかないだろう。つい先程のように「謙遜をしている」と思われてしまう。
アマリアは覚悟を決め、事実をストレートに告げることにした。くっと顎を上げ、まっすぐにサミュエルを見て口を開く。
「閣下。始めてご挨拶をした時に私が強いと思われたのでしょうが、そもそもそこから間違いなのです。私はあの時既に婚約を解消していて、別の方に夢中になっていましたから、その方への想いを心の支えにして生きることができたのです」
「……っ、それは、失恋の相手か?」
アマリアは更に眉根を寄せた。
「はい……まあその失恋と言うのも誤解なのですが。今ここに居るエミュナを覚えておいででしょう? 私が泣き出した時に付き添ってくれていた友人です」
「ああ、確かに」
「私が泣いたことを心配したアイルトンに本当のことを言えなかったので、エミュナは咄嗟に『失恋したようなものだ』と説明したのです」
「では……まだ失恋はしておらず、君はまだその人のことを想って……?」
「いいえ、確かに私があの方に寄せていた想いはほぼ恋に近い憧れでした。だって宝石を偽物だと見抜いて私の窮地を救ってくださったんですから。当時はあの方がいらっしゃれば男性なんて必要ないと思い込むほど夢中で、崇拝していると言っていい状態でしたわ」
「は」
サミュエルの表情が変わる。「男性なんて必要ない」というアマリアの言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう。だがその真の意味までは察していないようだった。
「私が憧れて、まるで恋をするように夢中になっていた方はルミナス様です」
「はぁっ!?」
サミュエルの美しい目が驚きで大きくまん丸になる。
「る、ルミナスって、まさか俺の従姉の!?」
「ええそのまさか。ルミナス・グリーンウォール様です」
「だってルミナスは……!」
サミュエルはハッとして続く言葉を飲み込んだ。ここにはキューテック夫妻も、アイルトンも居る。流石に人前で国王陛下の愛妾を怠惰やぐうたらだと貶す(貶すも何も事実なのだが)わけにはいかないだろう。アマリアも言葉を選んだ。
「はい。あの日、私はミシェル妃殿下のお供でルミナス様のお部屋に招かれました。そこで現実を見て憧れが壊れ、泣いてしまったんです」
「ああ……部屋の中に入ったんだな」
サミュエルは何を見たのかすぐに理解してくれたらしい。
「ええ。自分が勝手に思っていただけとはいえ、現実は物凄くショックでしたわ。だって3年もの間、ルミナス様を崇拝することで数々の辛い時期を乗り越えてきたんですもの。確かに、失恋したくらいの衝撃と悲しみでした」
「……」
サミュエルの白皙の肌が、さらに色が抜けて凍りついたかのように青白くなった。自分の女神だと思っていた女性が、自分が見下しているルミナスに憧れていたという事実をきちんと受け止められずにいるようだ。アマリアは更にダメ押しをする。
「あと、閣下はご自身の美貌に靡かない強い女性がお好みなのでしょうけれど、私はそこでも不合格なのです。私の元婚約者や、ルミナス様のお顔を見ればわかるでしょう?」
「え」
「私、実は酷い面食いなのです。以前は男性を信用できなかったので閣下を見ても心が動くことは無かったのですが……」
アマリアは恥ずかしさに顔が熱くなった。思わず顔を伏せる。さんざん恥を晒した後にこれを言わなくてはならないなんて。……でも順番としてはこれが正しい筈だ。先に言ってしまったらサミュエルはますます舞い上がり、その分落ちて叩きつけられるショックが大きくなってしまう。
「ここ何ヵ月かは、閣下が笑顔を私に向けられる度、段々ときめくようになっていたんです。顔に出さないようにするのに必死でしたわ」












