46.(回想・サミュエル視点)彼はミシェルに借り(?)を作る
「落ち着いて考えてみろ。彼女へ縁談を申し込まずに、ただ支援だけをする大義名分がない。ドーム公爵家とセーブルズ伯爵家には何の所縁もないのだから」
「ですから罪滅ぼしだと」
「何の罪滅ぼしと言う気だ? まさかあのレナという女に騙されたことを公表し、自分の為に発言したことがセーブルズ伯爵令嬢を庇ったように誤解されたと皆に言うのか」
「……っ」
宰相は苦笑し続けている。苦笑だ。悩みの種だった独身の息子が女性に興味を持ったのだから、この機会を逃す気は無いのだろう。
「そもそも、令嬢達の嫉妬はお前ではなくグレイフィールド公爵家のほうが原因かもしれない。それなのにドーム公爵家が見返りなしで支援したと知られたら、今度こそセーブルズ伯爵令嬢は妬みの的になり、何を噂されるかわかったものではないぞ」
「……」
「お前もいい年だ。覚悟を決めろ。なあに、政略結婚なんて当たり前なんだから、結婚してからゆっくり愛を育めば良い」
「……嫌です。そんなもので彼女を縛りたくない。きっと彼女は俺の事を好きにはなりません」
父は愛する妻によく似た息子の顔を眺め鼻を鳴らす。この顔を持ってしても落とせないと言うのなら、どれだけ中身に自信がないのかと言いたげだ。
「じゃあ諦めろ」
「父上!」
「表向きは王家からの支援でセーブルズ領を救いたいのなら完璧な書類と財務大臣の承諾……つまり財源が必要だ。まだ俺の後を継いでいないお前個人の資産では、全額は補填できまい。足りない予算をどこから捻出するか考える必要がある上に、万が一お前が支援したと外に漏れた時の大義名分まで用意しなければならぬ。どっちにしたって今は手詰まりだ」
「……わかりました。なんとかして見せます」
サミュエルは厳しい顔で後ろを向き、執務室を出ようとする……その瞬間、扉が反対側から開けられ、先ほどの彼と同じような勢いで淡い赤毛の女が飛び込んできた。
「宰相! セーブルズ領に支援をお願い致しますわ! でないとわたくしの親友が汚らしい狸親父に嫁入りすることになってしまいますの!」
宰相は、ミシェル・グレイフィールド公爵令嬢の闖入にこれ以上ない程に目を丸くし、次いで軽く笑った。
「ははは……サム、お前は運が良いな。大義名分が向こうからやってきたぞ!」
「は」
「何の事ですの? それよりも支援の話を!」
「ミシェル嬢、今まさにその話をしていたんですがね。支援をしたくとも無い袖を振れないのですよ。貴女がお願いすべきはグレイフィールド卿の方ではありませんか?」
ミシェルはギリリと音がしそうな程に歯噛みする。
「宰相、なかなかに意地が悪いですわね。わたくしの父は、娘の親友の窮地に対して見返りを期待せずにポンとお金を出すような人間ではないとご存じでしょう?」
「はは、確かに。私も同意見です。息子に見返り無しでは支援できないと言ったばかりでして」
ミシェルはキッとサミュエルを睨んだ。
「どういう意味? 貴方、まさか支援にかこつけてアマリアを……」
「いや、違う! それは無いと言っていたんだ。ただ、セーブルズ領を救いたい気持ちは同じだ」
「そう? じゃあアマリアが他の人を好きでも構わないわよね?」
「えっ!?」
ミシェルはニィと目を細める。
「あの子は婚約解消した後、ある素敵な方に心を捧げているのよ。叶わない恋だから決してお相手に想いを告げたりはしないけれど、ね」
「……!」
サミュエルは凍りついた。ミシェルは意地悪そうに彼を眺めながら言う。
「だから貴方のような冷たい殿方なんてお呼びじゃないのよ。それでもアマリアを助けたい? 男に二言はないわね?」
「……も、勿論だ」
あの人が叶わぬ恋をしながらも強く生きているのなら、自分もそれに準じた生き方をしたい。
「父上、やはり見返りは無しで俺の個人資産から支援をします。大義名分は表向き、このミシェル嬢からの支援ということで」
「……仕方ないな」
父はつまらなそうに眉をしかめた。
「だが、足りないぶんはどうする? ミシェル嬢が出してくれるのか?」
「……王子妃予算を」
「え」
サミュエルは再びミシェルを見た。第三王子の婚約者は淡い赤毛がチリチリと逆立ちそうな勢いだ。ブルーグレーの瞳は猛獣の如く光りサミュエルを睨み付けている。
「貴方なんかに借りを作りたくないわ! 宰相、結婚式には相当のお金がつぎ込まれるはずよ! それをカットして、全て支援に充ててくださいまし」
「ほう。みすぼらしい結婚式になってしまうと思うが?」
ミシェルはつんと胸をそらした。
「たとえ一粒の宝石も身につけず、何の飾りのないウェディングドレスを纏ったとしても問題ないわ! わたくしの美しさがあれば!!」
サミュエルは彼女の矜持にたじたじとなりながら、多少は自分も支援をさせてくれとミシェルを説得した。これはミシェルに貸しを作るのではなく、自分の名前を出したくないのだからむしろ借りだ、とさえ言って。
「じゃあ支援を理由にしてアマリアに迫るなんて絶対にしないわね?」
「しない、絶対にしないと約束する」
「そう、ではこのお話は受けさせていただくわ。でも、わたくしは貴方なんて認めないから」
こうして、セーブルズ領への支援はきちんと書類さえ用意できれば可能だと話が纏まったのだった。
◇
サミュエルはその後、20歳の若さで公爵位と宰相職を父から引き継いだ。ただし。
「未来の公爵夫人も決めておいた。お前は将来第三王女殿下を娶る」
「どういうことですか!?」
第三王女はまだ7歳だ。確かに以前お目にかかった時は彼女はサミュエルの見た目を気に入ったようだったが。
「どういうも何も。お前がいつまでも相手を決めないから、遂に妙な噂まで飛び交い始めたらしいぞ? 実は幼女趣味だとか。ならばいっそその噂に乗ってしまえば良いだろう?」
「馬鹿な!」
「馬鹿な話を生み出したのは誰が原因だ!?」
急に父は厳しい顔になった。
「いい加減にしろ。お前はこのままでは宰相職が忙しいと言い訳をして相手を決めないだろう。王女殿下との婚約が嫌ならさっさとセーブルズ伯爵に縁談を申し込んでこい」
「無理です! 俺と彼女は一度しか話したことがないんですよ!! それにセーブルズ領は今復興に向かっているところで、彼女は忙しいんです!」
「では他の女を探せ」
「……」
サミュエルは父を睨む。
「王女殿下の話は内々の打診でしょう? この話が表に出るのはいつですか」
父は嬉しそうに笑った。
「ははは。それに気づけないようでは宰相は務まらんからな。他国から王女殿下への婚姻の申し入れが無いかを加味すれば期限は3年あまりと言うところだろう。そこまでお前にも殿下にも何もなければこの話は公になる」
「3年……」
「これでも親心で充分な猶予と、上手く行かなかった場合の始末の付け所を与えてやったつもりだが」
「いえ、ありがとうございます」
サミュエルは頭を下げた。セーブルズ伯爵令嬢には想い人がいるのだ。3年もあれば彼女を諦める気持ちの整理もつくだろう。
◇
そこから1年半ほどの間、サミュエルは父の予想通り仕事に追われて他の女性を探すどころではなかった。秘書の代替わりがあったが、イアン以外の秘書のやる気がなく仕事が溜まりがちだったのだ。ある日、そのイアンがニヤニヤしながら言ってきた。
「なあ、アマリア・セーブルズ伯爵令嬢を雇ってみないか? 秘書を探してるってアイルに相談したら妹はどうかと言われたんだ」












