44.(回想・サミュエル視点)そして新しい恋の予感が訪れる
お待たせしました。やっとアマリアとの出会いです。場面は「14.(回想)心の中に居るのはルミナス・グリーンウォール」~以降の話です。
◇
レナはあの直後、騎士の隙を見て指輪に仕込んだ毒を煽ったそうだ。元平民の男爵令嬢がそんなものを持っている事自体、ただごとでない。もう彼女から事情を問いただすことは永久にできないが、おそらく他国から送り込まれ、貴族たちを誑かす任を受けたスパイだったのだろう。
エドガーもレナに誑かされた一人かもしれない。だが、彼女と共に積極的に宝石偽造にもかかわっていた時点で情状酌量の余地はなかった。
「はあ……」
サミュエルはしばらく抜け殻のようになっていた。それを見た父、ドーム公爵は厳しい顔で彼に言う。
「お前の好きにさせた私が間違っていた。きちんとした家の娘を見つけるから早々に結婚しろ」
父は自身が恋愛結婚で妻を娶ったこともあり、息子が18歳になっても婚約者が居ないことに今まで何も言ってこなかった。だがその結果、網を張りめぐらし獲物が引っ掛かるのを待つレナに息子は危うく絡め取られるところだったのだ。
「待ってください父上!」
サミュエルは必死に抵抗し、ドーム公爵も最後までは厳しさを維持できなかった。もう女性を信じられなくなっていた彼に、すぐに別の女性と結婚しろと言うのは流石に酷い。
「……ならば上位貴族しか集まらない夜会に出て花嫁を探せ。それなら女の身元はある程度保障されるからな。勿論、後日調査もするが」
「……」
彼は渋々夜会に参加する。ルミナスと連れ立ったがそれでもかなりの数の令嬢たちが群がってきた。おおかた、ドーム公爵が「息子は花嫁を募集中だ」とでも言ったのだろう。ルミナスは面倒くさそうに離れてしまい、サミュエルの周りは余すことなく令嬢で囲まれる。色んなタイプの女性がいるが彼はその気になれずうんざりしていた。
と、その女たちを器用にかきわけ進み、挨拶をしてくる男性がいる。その横には胸に橄欖石のブローチをつけた若い令嬢も連れており、二人で深々とサミュエルに向かって頭を下げた。
「サミュエル様、この度は調査にご尽力いただき、誠にありがとうございました。お陰で娘は救われました」
彼は二人がセーブルズ伯爵とその娘だと気がつき、うっとおしく感じながら返事をする。
「ああ、俺は父を手伝っただけだ……」
彼の中にレナの苦い思い出が蘇り、二人にさっさと消えてくれと思う。そして次の瞬間、彼はあることに気がついてハッとした。
セーブルズ伯爵とその娘を見る周りの令嬢達の冷たい視線。割り込まれた事に腹を立てたのかとも思えるが、幾人かの令嬢の顔には嘲るような表情が浮かんでいる。
イアンに止められた為にサミュエルはレナの事を他の誰にも話していない。ルミナスは気づいていたようだが言いふらしたりはしないから、彼がレナに恋をし、騙されかけた事は公になっていない。珠に傷はつかなかったのだ。
一方、セーブルズ伯爵令嬢はエドガーと婚約をして偽の宝石を掴まされていた事が公になっていた。今や彼女は陰で嘲笑を受ける対象らしい。
(この差はあんまりだ。俺と彼女はほぼ同じ立場なのに)
彼は思った。せめて自分だけは慰めの言葉をかけてあげたい、とも。
「……ご令嬢は、さぞかし辛かったろう」
サミュエルがそう言うと、セーブルズ伯爵令嬢は顔を上げ微笑む。彼女は一見儚げにも見え、実に女性らしい――――如何にも男に頼らねば生きていけぬような――――容姿だった。が、よく見ると美しい薄紫の瞳には、彼に媚びるどころか挑むような強い意志が煌めいている。
「ええ、でももう大丈夫です。私は今回の事で多くを学びました。強く生きていきたいと思いますわ」
サミュエルはその瞳に、その言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。レナの事を引きずる自分は如何に弱い人間なのかと思い知らされて。
「……そうか。それは、良かった」
「お気遣いありがとうございます。では」
彼女は颯爽と去って行った。その背中をサミュエルは眺める。男の集う輪に入り込んだので新しい恋の相手を探して気を晴らすのかと思ったが、彼女は男性ではなくルミナスに話しかけていた。
(なんて強い女性なんだ……彼女こそ、真の美しさを持つ女性かもしれない)
サミュエルは初めて「美しさ」に価値を見出した。その価値観はちょっと他人とは違っていたかもしれないが。
◇
それからも、サミュエルは父から度々「私の名代として行ってこい」と、園遊会や夜会に参加するように命令された。それ自体は嫌だった。女性避けとして頼みの綱だったルミナスが国王陛下の愛妾になってしまい、社交の場に出なくなったのも大きい。
だが小さな楽しみもできた。セーブルズ伯爵令嬢の姿を時々遠くから眺めることが出来たからだ。それはまだ、彼の中では恋と呼べるものではなかったからイアンにさえ秘密にしていたが。
彼女は最近、ミシェル・グレイフィールド公爵令嬢のお気に入りでもあるらしい。サミュエルは同じ公爵家同士、幼少期からミシェルを知っている。あの我の強い公爵令嬢の懐に入れるとは、セーブルズ伯爵令嬢は単に強いだけではなく柔らかでしなやかな女性でもあるのだろうと思った。
「サミュエル様、どこをご覧になって……あら?」
彼を取り巻いていた女性のひとりがサミュエルの視線の先を確認する。
「まあ、セーブルズ伯爵令嬢? あの方、偽物の婚約者と偽物の宝石がご自慢だった方でしょう」
「見た目は悪くないけど、あんな過去があるのは恥ずかしいわよねぇ」
意地の悪い顔をしてそんなことを言う女性が数人いて、サミュエルはむっとした。
「そうかな。過去のあやまちを認め、あらたに人生を歩み直そうとする人は立派だと思うが。少なくとも、それを嗤う側の人間よりずっと」
「まっ!」
女性たちは顔を赤くし、目尻を吊りあげた。今の言葉を侮辱と感じる時点で「自分は嗤う側です」と言っているようなものなのに、怒るなんて短慮だし実に醜いな、と彼は思った。
◇
それからも彼はたまに彼女を見かけた。彼女の美しさに引き寄せられて声をかける男性も居たようだが、セーブルズ伯爵令嬢はいつも微笑み、彼らを上手にあしらっていた。
(彼女はやはり気高く美しい)
そう思いながらも彼女に声をかけることはしなかった。レナの時とは違う、この感情が恋なのかわからず自信がなかったから。もしこのことを漏らせばドーム公爵は喜んでセーブルズ伯爵令嬢との縁談を纏めにかかるだろう。だが、自分の気持ちに確信が持てない内にそんな事はしたくない。
それに自分の美貌や地位に靡かない彼女ならば、サミュエルを他の男たちと同じように軽くあしらってしまうかも、という恐れもあった。 ……その考えが失敗だったのだ。ぐずぐずするうちに、あの夜会での事件が起きてしまったのだから。












