43.(回想・サミュエル視点)彼の初恋は醜く散る
◇
「俺は怪しいと思う。止めとけよ、サム」
イアンは半眼でじろりと彼を見た。親友のこんな顔は初めてでサミュエルは困惑する。てっきり彼の初恋を応援してくれるものだと思っていたのに。
「平民だったレナ嬢が突然男爵令嬢になってあの場に現れるなんて出来過ぎな話だよ」
「だからそれは彼女からのメモに書いてあったろ! 未亡人だったレナ嬢の母親を男爵が見初めて再婚したから、彼女も正式に男爵家の養女になったって!」
「それが出来過ぎだって言うんだよ。大体、お前は彼女のどこが好きなんだ」
「どこってそれは……」
自分の美貌によろめかないところだ、というのはあまりにも傲慢な言葉のような気がして、サミュエルはそれを呑み込み黙る。
「おおかた、超美形のお前にも、一般人の俺にも変わらない態度を取る裏表の無いところ……とか言うんだろう?」
「そう、それだ!」
イアンの上手い言い回しにサミュエルは飛びつく。だがそれは親友の罠だった。
「それだよ。本当に裏表の無い子ならもっと舞い上がるはずなんだ。お前は女心がわかっちゃいない」
「え?」
「今まで平民だった女の子が突然貴族になり、ドレスアップして王宮での夜会に初めて行く。そうしたら店に何度か通っていた客が実は公爵令息で自分に微笑みかけてくれた。気分は物語のプリンセスだよ。普通なら喜び勇んでお前に話しかけるだろう」
イアンは難しい顔で、レナの書いたメモをつまみ上げる。
「だが実際には、彼女は咄嗟にメモを書き、女性に囲まれていたお前じゃなく俺に託したんだぞ。舞い上がるどころか実に冷静で……そして逆にお前を舞い上がらせてた」
「え?」
「お前はレナ嬢に会えない間に恋心を募らせていたんじゃないか? それが思わぬところで彼女に再会し、興奮してる。彼女が貴族なら結婚できる! ってな」
サミュエルは唇を噛み、美しい顔を苦悩に歪ませた。興奮していると言われたのは気に入らないが、イアンの言葉は的確だ。だが。
「……俺には、やっぱり彼女に裏があるなんて思えない!」
「思いたくない、の間違いだろ。とにかくこの事はお前の親父さんに報告させてもらう。間違ってもレナ嬢に今すぐ求婚したり、他のやつに彼女が好きだとべらべら喋ったりするなよ」
親友は冷たく言い放つ。サミュエルは小さな頃から育んできた友情を疑いそうになった。しかし、すぐに思い直す。きっとイアンは親友だからこそ心配して苦言を呈してくれているのだと。
その判断は正解だったと後に……そう遠くない未来に知ることになる。よりにもよって、彼が「怠け者」だと見下しているルミナスがきっかけで。
◇
「サム、ご機嫌よう。お邪魔致しますわ」
宰相の執務室の手前、秘書とサミュエル達が働いている事務室に突然やってきたのは、彼と同い年の従姉だった。
「何の用だ。こっちは見ての通り忙しいんだぞ!」
「ちょっとこちらをお目にかけたくて。サム、これに見覚えがあるでしょう?」
彼女がハンドバッグから取り出したのはハンカチでくるんだ装飾品だった。大きめの橄欖石を優美な曲線の金細工が囲んでいる。ルミナスの言う通り、サミュエルにはそれに見覚えが確かにあった。驚いたことにレナが夜会でつけていたものにそっくりだったのだ。
「……ルミナス! お前、彼女に何をした!」
彼は顔を怒りで赤くし詰め寄ろうとするがイアンに止められる。光の女神と世間では謳われているらしいルミナスは、サミュエルの剣幕に全く動揺せずけろりとして言った。
「何にもしてないわ。むしろ向こうが何かしてると思うの。だってこれ、多分偽物よ」
その爆弾発言で事務室は大混乱になった。宝石の偽造は大罪だ。ディケンズが慌てて奥の部屋の宰相へ報告に行き、ルミナスは緊急で宰相と面談した。10分もしないうちに彼女は部屋から出てきて、微笑みながらこう言ったのだ。
「サム、この件を貴方に調べて欲しいわ。叔父様も同意済よ」
◇
ルミナスが見せた装飾品はレナの物ではなく、セーブルズ伯爵令嬢が婚約者から贈られた品だそうだ。その証拠に、見た目はよく似ていたが裏側は髪飾りではなくブローチだった。ルミナスと連れ立って宝石商に見せた結果、石はやはり良くできたガラスだと鑑定された。
サミュエルは躍起になってその婚約者、エドガーの事を調べた。彼はかなり素行が悪く、婚約者の名前を勝手に使い金を借りている。それだけではなく他の女性を幾人も騙しているようだ。レナもその被害者のうちのひとりかもしれない、と考えるとサミュエルの胸は引き裂かれそうだった。
調査には約一カ月を要したが父の秘書も手伝ってくれ、彼が入り浸る怪しい社交場を遂に突き止めた。どうもその店はエドガーだけではなく貴族階級を水曜日に集めて良からぬことをしているらしい。
「次の水曜、現場に乗り込め。この機会に『堕落』した貴族を一網打尽にする」
「俺……私がですか、閣下?」
荒事が得意でないサミュエルは宰相の命令を聞き返した。
「容疑者の逮捕や拘束などは同行の騎士団に任せる。お前は俺の名代として現場の責任者を務めろ。その目で何が起きているのか見てこい」
もうその時、宰相は大体の裏事情を把握していたのだろう。その怪しい社交場は言葉巧みに貴族階級の男性を引き込んでは娼婦や酒、薬物などで骨抜きにし『堕落』させることも、実質的に裏で経営していたのはレナの義父である男爵と言うことも。
サミュエルは騎士団と共に現場に飛び込み、エドガーと、彼とベッドで同衾していた女性を逮捕した。娼婦だと思っていた麦わら色の髪の女性はサミュエルの顔を見た途端に叫ぶ。
「これは違うの、サミュエル様! 助けて!」
レナが自分に向かって媚びた顔を初めて見せた瞬間、彼は彼女に裏があるのだと漸く認識した。
「……連行しろ」
サミュエルは氷の彫像のような冷たい顔で騎士に命令する。レナはその途端に顔つきがガラリと変わった。
「ちっ!」
回想が長くてすみません。次でやっとアマリアが登場します。












