41.(回想・サミュエル視点)彼は氷の貴公子と渾名される
ここから47話迄はサミュエルの視点です。お話は幼少期の回想から始まります。
◇◆◇
「はあ……」
サミュエル少年は目の前の光景を見て馬鹿馬鹿しくなり、作っていた愛想笑いを脱いで冷たい表情になった。
「私の方を見て挨拶したのよ!」
「いいえ! サミュエル様が笑いかけたのは私にだわ!」
「違うわよ、私こそ本命だったら!」
先ほどから言い争っている三人の少女。彼が三人に向かって「こんにちは」と微笑みかけると、彼女らはぽうっと朱くなり、次にそれが自分に向けられたものだとそれぞれが主張し喧嘩を始めたのだ。
「いこ、イアン」
「えっ、サミュエル、でも……」
「いいんだよ」
実はこういうことは初めてではない。三人はそのうちヒートアップして「サミュエル様、私のことが好きですよね!?」と詰めよってくるだろう……と経験則が彼の中で警鐘を鳴らしている。そうなる前にこの場を離れるのが賢明だ。
彼は園遊会の会場をまっすぐ横切り、騒ぎの場所とできるだけ距離を取る。その間も、白晳の美少年である彼に目を奪われ振り返る人の多いこと。大人も子供も関係ない。
「はぁ~凄ぇなあ。お前のモテっぷりは異常だぜ」
横にいた親友のイアン・キューテックが羨ましそうに言ってくる。だが彼は同時に面白がってもいるようだった。
「これが世に言う美しさは罪、ってやつかな?」
「美しさ……そんなものに価値なんて無いのにな」
サミュエルの言葉にイアンは軽く引く。
「うえっ、そんな事言うの、世界でお前ひとりだけだと思うぞ?」
◇
サミュエル・ドームは生まれた時から美しいものに囲まれて生きてきた。
公爵家の調度品や衣服は贅を尽くしているが同時にセンスもあり、調和が取れていて美しい。使用人たちは皆、手本のように洗練された動きをしている。彼の母親は国一番の美女だ。そしてその美女の血を確実に自分も従姉も引いている。
どれひとつをとっても他人から羨ましがられる美の極致なのだが、本人としてはこれが普通だし特別価値を感じるものでもなかった。
それに、美しければ美しいほど汚点が目立つというものだ。「珠に傷」などという表現があるが、それは殆どの場合「傷さえなければ」という意味で使われるのである。
「ええ~、そんなのわからないわぁ。ディケンズ、貴方にまかせるわね!」
「かしこまりました」
ドーム公爵夫人である母は今日も他家から届いた贈り物を見て、それを返すべきか、御礼状を出すべきか、それともお返しの品を選ぶのかという選択を早々に執事に丸投げしている。国一番の美女はなかなかに能天気だった。しかも外では難しい話を避けて美しく微笑んでいるだけで周りが誉め称えるのだから、この本性を知るのはドーム公爵家と実家のグリーンウォール侯爵家だけなのだ。
勿論、父は母のそう言うところを知ったうえで結婚している。……というか、いつも忙しくピリピリしているドーム公爵にとっては、美しくて能天気な母の存在が癒しなのかもしれない。
だがサミュエルは納得がいかなかった。何故なら母譲りの美貌を持っているにも関わらず、彼は微笑んで全てをやり過ごすことは許されないからだ。将来ドーム公爵を継ぐ存在であるサミュエルは毎日厳しい教育を受けている。それなのに。
「サム、そこの絵本を取って」
「ルミナスの方が近いだろ」
「え~面倒くさっ。サムのけち」
遊びに来ていた従姉のルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢は、渋々とお目当ての絵本を自分で取った。ちなみにその絵本は彼女が寝そべっていた長椅子のすぐ横に置いてあったので、身体を起こせば簡単に手に取れるのにそれすら面倒くさがっていたのである。
ルミナスはグリーンウォールの女の良いところと悪いところをドロドロに煮詰めて固めたような少女だった。つまり、サミュエルの母を将来越えるかもしれない程の美貌を既に備えていながら、母の軽く数倍を越える怠け者の性質を内包していたのだ。
しかもルミナスは母よりもその内面を上手く隠している。今も使用人は下がらせてサミュエルと二人きりだから本性を余すことなく出しているが、誰かが部屋に入ってきたら瞬時にお行儀よく椅子に腰かけるだろう。そういう女なのだ。
(ルミナスはいつも外では誉められてる。見た目の美しさがなければ、いつかボロが出て本性に気づく人も居るかもしれないのに)
一方、サミュエルも誉められてはいるが、それは殆どが彼の美しさに対してだ。彼は厳しい教育にもめげずに努力しているのに、その努力を認めてくれる人はごく僅か。外面だけが良く内面を磨かないルミナスと同じ扱いを受けることに不服を感じていた。
(美しさなんてものがなければ、人はもっと平等に評価されるのに)
彼はいつしかそう考えるようになった。美しく着飾りお上品に振る舞う令嬢達が、サミュエルを見ると目の色を変えて寄ってきたり、先程のようにヒステリックに喧嘩をするのを見たりするうちに、その考えは彼の中でどんどん大きくなっていく。
◇
サミュエルはもうすぐ18歳になろうとしていた。ここまで領地経営や法律についての厳しい教育を受け、公爵位を継ぐ資格は得ている。だが国を率いる王の片腕、宰相の地位にそれだけでは不十分だ。既に父の補佐に入り、仕事を覚え始めている。
彼の素晴らしさはその地位や頭脳だけではない。白皙の美少年はため息が出る程の美しい青年に変化していた。銀色のさらりと揺れる髪にアイスブルーの瞳を持ち、完璧に整った顔立ちは物語に出てくる王子様のようである。だが、その内面は王子様というよりも……
「よっ、『氷の貴公子』サマ!」
「イアン、お前までそんなことを言うのか……」
「しょーがないだろ? サムがご令嬢達に氷のように冷たく接するのが悪いんだぜ?」
近寄ってくる女性全てに冷たい態度を取ってきた結果、いつの間にかサミュエルには「氷の貴公子」という渾名がついていたのだ。
「あれだけ女の子がいるんだからさ、ひとりぐらい気に入った子がいないのかよ?」
「女なんて皆同じだよ」
社交に出れば彼の周りにはいつも女性が集まる。誰も彼も美しく着飾り化粧を施しているが、その下には醜い内面を内包しているとサミュエルは感じていた。我先に近づこうとする女や、他の女性の悪口を平気で言う女などをうんざりするほど見てきたからだ。
「あ、やっぱりあの女神ルミナス様以外は目に入らないって?」
「……イアン、お前もか……!」
自分のことをよく知る親友でさえもルミナスに欺かれていると知り、サミュエルは頭が痛くなった。彼女は今、一部で正義の使者だの光の女神だのと言われ、令嬢達の憧れの存在らしい。あのルミナスが!!
「ん、俺? 俺はルミナス様には惚れてないよ? 知ってるだろ。可愛~い婚約者がいるんだから!」
「いや、そうじゃなくてだな、なんで俺がルミナスなんかを」
「え? だってお前もルミナス様も未だに婚約者がいないじゃん。実はお互いを好きだからじゃないか、って噂になってるよ?」
サミュエルが悪魔を見たような顔をしたので、イアン・キューテックは「あっ、違うんだ?」と察してくれた。












