39.アマリアは逃げ、サミュエルは距離を詰める
遂に閣下が壊れて暴走を始めました。
「ああ、可愛い。可愛い。綺麗だ。セーブルズ」
「えっ、ちょ」
「なんでこんなに美しいんだ。そのドレスも似合いすぎて他の男の目に毒だろう。今すぐ誰にも見えないところに閉じ込めたい」
「か、閣下!?」
「もう我慢できない。俺と結婚してくれセーブルズ。愛している」
「ぎゃあああ! なにを言ってるんですか!?」
朱く染まった顔。潤んだ瞳。震える唇。間近で手を握りながら求婚してくるサミュエルのキラキラ破壊力はすさまじく、アマリアは平静を装う事も出来ずに思わず叫んだ。
そして今更ながらに気がつく。サミュエルは「どっせい」の声に恋に落ちていたではないか。さっき自分は彼の前でその声を披露してしまった!
「ま、待ってください! これは何かの間違いです! 違うんです!! 私は中庭の声の主じゃ」
手を離そうと引っ張りながら慌てて言いつくろうアマリアをサミュエルは離さずがっちり捕まえている。その手だけではなく、言い訳すらも自由にさせない気だ。
「何も間違ってない。君が俺の運命の女だ。中庭で大声を出した事も最初から全部知ってる」
「ふぇっ!? 全部知ってるって……話が違うじゃないですか!!」
「ぶぷっ……あはははは!!」
たまらず大笑いを始めたキューテックをアマリアは真っ赤な困り顔で睨んだ。
「キューテックさん、何笑ってるんですか! 助けてください! 閣下がおかしくなっちゃいました!!」
「ははは……すいませんセーブルズさん。サムがおかしくなってしまったのはその通りかもしれませんがね。でも嘘は言ってないですよ」
「それって……」
キューテックの方を向いたままのアマリアの耳元にサミュエルが顔を寄せる。
「セーブルズ。こっちを向いて」
「きゃああああ!? なんっ、やめてください!」
甘い声で囁かれてびくっとし、真っ赤になって距離を取ろうとするが、依然として手を繋がれたままなので二人の両腕ぶんまでしか離れられない。そしてその腕の長さの距離を、サミュエルがずいと踏み込んで詰める。
「嫌だ。君が俺の言葉に反応して朱くなってくれて嬉しい。すごく可愛い」
「ちょっ、待って、何がどうして」
「今日は特別綺麗だセーブルズ。お願いだから俺の妻になってくれ」
「つ、つつつ妻って! 無理です!!」
手を繋がれたまま離れるアマリア、詰めるサミュエル。それを繰り返す様は滑稽なダンスにも似ている。
「閣下、冷静になってください! 何故突然こんなことを」
「突然じゃない。俺はずっと君に惹かれていた」
「ふえっ!? ずっとって……」
「俺達が初めて会った時だ。君があの男と婚約解消になり、俺に挨拶に来た時に……」
「そんなに前から!?」
アマリアは父と共にサミュエルにお礼を言った時の事を思い出す。だがあの時の彼はやはり氷の貴公子で、他の令嬢と同様に彼女へは冷たい態度だったはずなのに……と考えたがサミュエルは話し続けるので考える時間すらもくれない。
「だから一年前、君が俺の下で働くことになった時に神が俺にチャンスをくれたのだと思った」
「ち、違います! 私は一生独身でいるつもりで勤めに出たんです!」
「だけど次々と君を狙う男がいるじゃないか。最初は中庭で、次は若手の文官。園遊会でも他の貴族に声をかけられてた。おまけに今日は元婚約者だ」
「それは……」
たまたまです。エドガーに至っては自分を好きなのではなく、ただ閣下への攻撃材料に利用しようとしただけで……とアマリアは言おうとして口をつぐむ。真正面からサミュエルの顔を見てしまったからだ。
彼は真剣な面持ちだが、アイスブルーの目にはすがるように愛を乞う表情がはっきりと見てとれる。その姿は息が止まるほど美しい。
「このままでは、また君を奪おうとする男が現れてしまう。その前に君を俺だけのものにしたい」
「ひ、ひええぇぇ……」
アマリアはそのキラッキラの刺激が強すぎる姿に目が潰れ腰が抜けそうになった。よろめいた所を、サミュエルが背中を抱き寄せ支える。まるで本当にダンスをする為に組んでいるような格好だ。
「かっ、閣下、離して。離してくださいぃ……」
「いや、セーブルズ、ふらふらじゃないか。大丈夫か?」
「誰のせいだと思ってるんですかぁ……」
「俺のせいって事かな? それなら嬉しい」
真っ赤になり力が抜けているアマリアに向かって、彼は性懲りもなく甘く囁いてくる。アマリアの心臓はぎゅうぎゅうと締め付けられているようだった。頭を支えられず首がガクリと折れて世界がまっすぐ見えないが、目の端に映るキラキラは公爵邸のシャンデリアだろうか、それともサミュエルの美貌だろうか。もうわからない。
「これじゃ……説得力がないじゃ、ありませんか……」
言いながら遂にアマリアは気を失った。こんな目に遭わされているのに、それでも最後の言葉までサミュエルの立場を案じて。
それは、アマリアが彼の愛人だなどと言う名誉毀損を完全否定しようとしたのに、サミュエルが彼女を口説いていたら説得力が無いではないか……と言いたかったのだろう。だがそんな心配は無用だった。
後に、全てを見ていたエミュナはニマニマしながらこう言ったのだ。
「あの場でアマリアを閣下の愛人だの不適切な関係だのと思う人は居ないでしょうよ。真っ赤になって逃げ回る貴女と、それをやっぱり真っ赤になって追っかけ回す閣下の姿はインパクト抜群だったもの!」
その横に居たアイルトンもニヤニヤしながら言った。
「どう見ても宰相閣下は女慣れしていないし、お前は男慣れしていないもんなぁ。愛人や恋人どころか、初めて口説いた男と口説かれた女って誰だってわかるさ。エドガーの敗因は、閣下があんな、ど……」
兄は言いかけた言葉(恐らく酷い表現だ!)を呑み込み、軽く咳払いをした。
「こほん、閣下があんなウブだと知らなかった事だな」












