33.ドレスをここで作らないと困る?
◆◇◆
「ねえ、エミュナ。私やっぱり帰るわ」
「えっダメよ!」
「だってこんなところ、私には不釣り合いだわ」
ため息の出るような店内。
マネキンに着せられた斬新で美しいドレスたちがあちこちに飾られている。それだけではない。カーテンや装飾品、ふかふかの絨毯から窓枠や壁紙、ひいては室内に漂う香りに至るまで、全てが計算されバランスが整えられてひとつの「美」が構成されていた。これらを見るだけでここの店主はセンスが良いのだとわかる。……そして、この店でドレスを作れば結構なお値段になることも。
「大丈夫よ! 言ったでしょ? リデルの紹介で来てるんだから……」
エミュナは急に声を潜めてアマリアの耳元で囁く。
「……特別に割り引きして貰えるって。だから私もここでウェディングドレスを作り直すことにしたの。このあいだのあの店は酷かったから」
休みの日に遊びに出掛けようとエミュナと約束していたアマリアは、行き先も知らされずに馬車に乗せられた。着いた先は新進気鋭で有名なドレスメーカーの店だったのだ。
「で、でも、やっぱり私には過ぎた贅沢だわ」
「そんなこと言って、パーティーに出るようなちゃんとしたドレスを持ってるの!?」
「ううっ」
それを言われると弱い。もう夜会に出ることも無いだろうと全部売ってしまったのが仇になっている。
「この間ミシェルに貰ったドレスがあるから……」
「本気で言ってないわよね? あれはイブニングドレスじゃなくて昼間用でしょ!」
「だって、私は閣下の秘書だから使用人と同じ扱いでしょ。だから地味なドレスで……」
「閣下の秘書だからこそ、その場に合わない変な格好をしてたら閣下の恥になるでしょう!」
「……」
まさか礼儀に関して微妙な評価のエミュナにやり込められてしまうとは。でも彼女の言うことが正論だ。イブニングドレスを手に入れないと公爵家のパーティーには出られない。
実は恥を忍んでキューテックには「夜会に行くドレスがないから参加できない」と言ってはみたのだが、彼はにっこりと笑んでこう言ったのだ。
「では、サムの奢りでドレスを作りましょう。仕事ではなく個人的な用事にセーブルズさんを付き合わせているのですから必要経費ですよ」
アマリアは全力で固辞し、自分で何とかするから、と言う羽目になったのである。
「で、でもやっぱり中古の安いドレスで充分よ。それかお義姉様に借りて」
「いいから! ここで作らないと困るのよ!」
「えっ?」
エミュナはパッと口を押さえ、一瞬黙り込んだあと、また話し始めた。
「えっと、公爵家のパーティーの次は、私達の結婚披露パーティーがあるでしょ? だから結局必要になるのよ! ねっ?」
「うう……」
そうなのだ。兄とエミュナの結婚式は来月の末。夏の終わりから秋の入りの季節だ。パーティーはやはり季節柄暑いので夜である。そこにアイルトンの妹でエミュナの親友でもあるアマリアが欠席するわけにいかないし、変なドレスを着るわけにもいかない。
そうこうするうちに、店のマダムが店員を数名連れてやって来た。
「はじめまして。セーブルズ伯爵令嬢。この度は当店にお越し頂きまして誠にありがとうございます」
「は、はい……」
マダムに店のカードを渡される。これまた美しいデザインで素敵な香りがした。
「もし失礼でなければ、アマリア様とお呼びしても? 当店ではお客様をお名前でお呼びしておりますの。身近な存在となることで、よりお客様にあったドレスを作るためですわ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。アマリア様のような清楚でお可愛らしい方がお客様になって頂けるなんて嬉しいですわ。ドレスの作りがいがありますもの」
(清楚って、褒めるところが無い時に使えて便利な言葉よね……)
咄嗟にこういう褒め言葉を繰り出してくるのは流石だなとアマリアは感心した。
「エミュナ様、お待たせ致しました。準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
「はーい。じゃあアマリア、また後でね!」
エミュナはアマリアにそう声をかけると、仮縫いが出来たウェディングドレスの試着の為、奥の部屋へさっさと行ってしまった。
「ではアマリア様はこちらへ」
店員は彼女を別の部屋へ案内する。そこでアマリアは身体の採寸をすみからすみまで行われた。
「引き締まっていて素晴らしいお身体ですわ。何か運動を?」
「はあ、まあたまに……」
メモを取りながら質問する店員の言葉を彼女は曖昧に受けながす。流石にエミュナは護身術の事をミシェル以外には話していないようだ。そう言えばルミナスの本性も他人には話していないし、お喋り好きだけれども案外に大事なことは口が固いのかもしれない。
(まあそうよね。そうじゃなければアイル兄様と結婚しないわ)
アマリアとはやや方向性が違うものの、やはり兄妹だけあってアイルトンも実直で真面目な人間だ。元々ノリが軽いエミュナが、もしも口まで軽く何も考えないような子なら選ばなかっただろう。それに自分だってここまで親しくならなかったと思う。
(私、人を見る目は無いけれど、家族と友人には恵まれてるわ。運が良いのね)
そんなことを思いながら店員に身を任せ、採寸が終わりそうな頃に、エミュナの方へ行っていたマダムがやって来た。
「まあ、やっぱり思った通りアマリア様はスレンダーで美しいお身体ですわね!」
「はい、どうも……」
これまたスレンダーとは、ものは言いようだ。マダムの褒め言葉の引き出しは相当あるらしい。完璧なスタイルのルミナスやリデル、豊かな胸を持つミシェルなどと比べるとアマリアの胸は実に慎ましやかである。
「そうねえ。これだけ肩から二の腕が美しいのだから、それを見せない手はありませんわ」
「あ、あの、露出は控えめでお願いします」
「勿論。肩を出す代わりに首から胸周りは隠す方向に致しましょう」
そう言うとマダムはサラサラとデザイン画を描いていく。
「如何でしょうか」
見せて貰ったデザイン画はなかなか斬新だった。上半身は身体にぴったり添う形で肩は丸出しだが、胸元が完全に隠れているせいかいやらしい感じがしない。下半身は後ろの方だけスカートを膨らませている。全体的にはシンプルだが、首回りと後ろ側にレースをあしらい、派手すぎず地味すぎずのバランスを取っているのもアマリアの好みに合っていた。
「素敵だと思いますけど、私に似合うかしら?」
「アマリア様のために考えたデザインですもの。絶対に似合いますわ」
マダムはにっこりと請け合った。
どうでもいい補足です。
アマリアは自覚がないですが、清楚で可愛いと言うのはわりと当たっています。
現代で言うとクラスで一番か二番目に可愛いぐらいのレベル。
ただし、周りが皆すごい(エミュナもミシェルも芸能人になれるレベル。ルミナスお姉様は勿論女神クラス)ので、判断基準がおかしくなっています。












