28.エミュナは婚約者と仲睦まじくしている(?)
エミュナは何故かニマニマしている。
「ふーん、そっかあ……。良かったわねアマリア。ミシェル様と宰相閣下のお陰で貴女注目されているわよ!」
「注目は……あんまり」
ミシェルの手前、「目立ちたくなかったのでありがた迷惑だ」とはいえなかった。でも確かにこれからは眼鏡を外して人前に出ても、約4年前のエドガーの話や夜会の騒ぎよりも今日の話が出てくるだろう。それに大事な友人の気持ちが嬉しいことには違いない。
「お心遣いありがとうございます。妃殿下」
第三王子妃に向かって礼を述べると夕陽色の髪を持った彼女はにっこりと微笑んだ。……にっこり、なのだろうか……?
「まあ、わたくしとしては賭けがどっちに転んでも良かった訳だしね」
「賭け?」
「あの陰険冷徹宰相と賭けをしていたのよ。リバワーム伯が9年前に王家から得ていた特別支援金を着服して私腹を肥やしているだろうと。宰相は調査員を派遣して詳しく調べ上げていたからかなり自信を持っていたけれど、あの人たちが断罪の場に自ら飛び込んでくるかは賭けでしかなかったもの」
「わ! じゃあミシェル様と宰相閣下があの場所にいたのはリバワーム伯爵を釣るエサだったんですか!?」
「エミュナ! ちょっと言葉が過ぎるわよ」
リデルに窘められたエミュナは首をすくめ「えへっ」と誤魔化そうとした。ミシェルは笑っているが流石にそれを流すほど甘くはないだろう。
「エミュナ、わたくしを釣りのエサよばわりはいただけないわね」
「ご、ごめんなさぁい……」
「まあでも、下品な言い方をするならそういうことよ。わたくしたちに近づきたい人間は山ほどいるものね」
「……では、リバワーム伯爵とそのご令嬢が出てこなかったら賭けはどうなったのですか?」
リデルの質問にミシェルは楽しそうに笑みを作る。細めた目が吊り上がり、狐を思わせる表情だ。
「その時は、賭けはわたくしの勝ちね。アマリアが立派な女性であることを皆に知らしめてから、秘書を辞めさせてわたくしの下で働いてもらうことになってたと思うわ」
「えっ!?」
「アマリアは知っているでしょう? 宰相が負けたなら、ひとつなんでもわたくしの言う事を聞く約束だったと」
「ああ、確かに……」
グレイフィールド公爵にサミュエルはそう約束した。リバワーム伯爵を断罪し、処罰として私財か領地を売り払い特別支援金の返却と追徴金の支払いをさせれば、グレイフィールド公爵とドーム公爵の負担は半分以上に減るはず、とあの時点ですでに予測済みだったのだろう。それができなければミシェルの「お願い」を聞くことになっていた。
「だから『負けた時はアマリアを辞めさせる』と言った時の、宰相のあの顔! 傑作だったわ」
うふふふと楽しそうに笑うミシェルを見て、彼女はやっぱり少しいじわるだわ、とアマリアは思う。
「へえぇ、アマリアが辞めると宰相閣下はそんなに困るんだぁ」
またもエミュナがニマニマしている。アマリアはちょっと恥ずかしくなりながら答えた。
「自惚れかもしれないけれど、少しはお役に立てていると思うわ。閣下もキューテック様もそう言ってくださるもの」
「いいなあ! 私はそういうのできないもん! 誰かに必要とされてみたぁい!」
「あら、エミュナはアイルトン様に必要とされているでしょう?」
「……うーん。まあね。アイルは騎士の時にはカッコいいんだけど、普段ちょっと抜けているところがあるから私がしっかりしないと」
憎まれ口をききつつも、えへへとエミュナは薄く頬を染めて可愛らしく笑った。
◆
園遊会も終盤に近付き、元『ズルいお姉様被害者の会』のメンバーはまた会う約束をして解散をした。と言っても、アマリアの傍にはピッタリとエミュナがくっついている。彼女は出会った頃も自他ともに認める美少女だったが、19歳となった今もその可愛らしさは衰えていない。時々男性が声をかけてくるが、彼女は「私はアイルトン・セーブルズ伯爵令息の婚約者、エミュナです。こちらは義理の妹ですわ」と自己紹介しつつさらりと受け流していた。
「エミュナはやっぱり今でも人気ね」
そう言うと、彼女の目が丸くなった。
「アマリア……今の男性は貴女目当てよ!」
「えっ」
「だから言ったじゃない。注目されてるって。……はぁ。鈍感なのねぇ……」
「で、でも、私みたいな平凡な女が」
「平凡じゃないわよ。充分可愛いし、仕事もできるなんて魅力的だもん」
「でも、嫁き遅れだし……」
「それ、たった1歳しか違わない私に言う?」
「エミュナはもうすぐ結婚するじゃない」
「そう、だからアマリアもすぐ結婚したらいいわ!」
「はい?」
エミュナの顔が輝く。そう言えば彼女は他人の恋愛話が大好きだった。
「ね、そろそろ新しい恋をしてみる気はない? 一生独身なんて勿体ないわよ」
「エミュナは知ってるじゃない……私が、もう誰にも恋をできないのを」
「それは高いレベルの美形しか目に入らないってだけでしょ。要は美形が相手ならいいんだから、宰相閣下はどう?」
「なっ……閣下は」
アマリアの頬にさっと朱が挿した。先ほど彼に言われた社交辞令が、ありありと脳内で甦る。
『今日の君は随分と……う、美しい』
アマリアはその幻聴をかき消すように声を張り否定した。
「……違うわ! ただの上司だもの!」
「へえぇ、ただの上司かぁ。勿体なーい。私ならあんな超美形が側にいて仕事してたらドキドキしそうだけどなぁ?」
そう言っていたエミュナは、またもにんまりしていた気がする。
◆
園遊会が終わり、馬車に乗ろうとするとエミュナは突然「アマリアはお義父様とお義母様と一緒の馬車に乗って」と言い出した。
「帰りはアイルと二人きりになりたいの」
「お、おい、エミュナ……」
「良いわよね? アイル。二人でじっくり話をしたいわ」
何故かアイルトンは嫌そうにしていて、エミュナは有無を言わさない迫力がある。少なくとも園遊会に向かう行きの馬車の中では仲睦まじかった2人の関係が、今は少々違うようだ。アマリアは素直に頷く。
「わかったわ。じゃあまたねエミュナ」
「アマリアっ、助けてくれっ……」
「フフフフ。アイル。全部聞くまで帰さないわよ!」
怯える兄をアマリアはあっさり見捨てて両親の馬車に乗り込んだ。何かあったのだとしたら多分悪いのは兄の方な気がするからだ。
そして、本当に何があったのかは知らないがアイルトンはだいぶ遅くなってから帰ってきた。げっそりと窶れ、大きな身体がふた回りも小さくなった気がする。
「もうやだ……だからあいつには言いたくなかったんだよ……」












