23.再び『ズルいお姉様被害者の会』の皆が集まる
「やあこれはドーム卿。先程はなかなか刺激的な余興を見せてもらいましたよ……」
恰幅のよい中年の紳士がやってくる。確か権力のある高位貴族のひとりだ。アマリアとキューテックは宰相の一歩後ろに引き、目を伏せる。
「そちらの第二秘書のお嬢さん、まさかセーブルズ伯爵家の方だったとはね」
「ああ、彼女には普段手紙や嘆願書の処理を担当してもらっています」
サミュエルの言葉に合わせ、アマリアが頭を下げると中年の紳士はこう言った。
「しかしこんな綺麗な女性を隠していたとはね……これは悪い噂も立つわけですな」
「先日も言ったようにその噂は悪意の塊から生まれたもので、事実無根です」
「まあそうですな。その気になれば隠す必要もない。しかし卿のような方がいつまでも独身でおるから妙な噂が立つのですぞ。うちの娘などは如何でしょう?」
彼の大きな身体の後ろから、一人のまだ年若い令嬢が頬を染めて現れる。その瞬間、サミュエルの顔が冷たく凍りついた。完全に氷の貴公子モードに入っている。
「ああ、折角のお申し出だが、今は宰相の仕事で手一杯なのでね」
「まあ、そう言わずに少し話を」
無理やり令嬢を押し付けられたサミュエルを周りから熱く鋭い視線が幾つも狙う。今、横にいる娘の話が終われば次は自分が話をしようと考える令嬢たちだろう。じわり、じわりとサミュエルを中心にドレスの塊ができつつあった。
それを横目にキューテックはアマリアに話しかける。これ以降は宰相にではなくサミュエル個人にしか用のない人間しか集まらないので、最早秘書として傍にいる仕事は終わったと判断したらしい。
「ああ、セーブルズさん、僕の妻を紹介します」
キューテックがそう言うと、彼の横にいたふっくらとした可愛らしい女性が恥ずかしそうに挨拶をする。
「は、はじめまして……」
「はじめまして。アマリア・セーブルズと申します。キューテックさんにはいつも大変お世話になっております」
「あっ、こちらこそ主人がいつもお世話になってます! なんだか聞いていたイメージと違って、凄く可愛い感じの方なので驚きました!」
「え? ……え?」
「いつもピシッとされてて、優秀で仕事も早いと聞いていたので、キリっとした感じの美人さんを想像していたんですけど、とっても女性らしくて可愛いので……」
ふにゃっと癒し系の笑顔でそう言われ、アマリアは照れた。
「そ、そんな、奥様こそお可愛らしい方です……」
「え、や、やだ。お上手ね」
「そちらこそ」
二人で照れあってると、いつも以上にキューテックが愛想良くニコニコとこちらを見てくる。予想はしていたがやっぱり相当の愛妻家のようだ。
「あー! いたいた! やっと見つけたわ。アマリアったら勝手に離れちゃうんだもん。ミシェル様が戻ってきてってお呼びよ!」
エミュナがアイルトンを連れてやってきた。そして宰相と第一秘書に簡単な礼をすると「彼女をお借りしますね!」とアマリアの腕に手をかける。
「なら俺も」
「あ~ら、宰相閣下はお忙しいでしょう? ほら、そこに閣下にご挨拶したい方が列を成しておいでですわ」
「でも」
「あ、もしも話し相手が必要なら、代わりに私の婚約者が務めさせていただきますので!」
何故かエミュナはアマリアを引っ張っていく代わりに、その場に婚約者であるアイルトンを置いていったのだ。
「え、エミュナ? 兄様は……?」
「ここから先は女同士のお話だからいいのよ。キューテック様はアイルのご友人だし、宰相閣下も知らない仲じゃないでしょ」
「それはそうだけど」
「久しぶりに『ズルいお姉様被害者の会』が全員集まったのよ! 今までずっとこういう交流に出なかった貴女が欠けたんじゃ意味ないじゃない」
「もうその会は解散したでしょう!?」
「解散したけど私たちの友情は続いてるはずよ? アマリアったら、もう私のことは友達だと思ってくれないの?」
「違うわよ! 大事な友達に決まってるじゃない」
「じゃあ問題ないわよね?」
ぐいぐいとアマリアを引っ張りながらエミュナは小さく呟いた。
「ミシェル様もアイルも、こんな面白いことを黙っていたなんてヒドいわ! 後で色々聞き出してやるんだから!」
「え? エミュナ、今なんて言ったの?」
「なんでもないわ。ひとりごとよ~」
ミシェルは再び、奥の木陰に設えた席に戻っていた。第三王子は席を離れており、リデルの夫も側には居ないので本当に女性だけのテーブルだ。
「ミシェル様! 連れてきましたよ!」
「いい子ねエミュナ。ご褒美にこのお菓子をあげましょう」
「わーい♪……って、ごまかされませんよ! 私を仲間外れにして! 私、怒ってるんですからね!」
「あら何のことかしら」
「さっきのリバワーム伯爵の断罪劇! なんだか騒がしいなって人が集まってる方に行ってみたらあんな騒ぎになってるし」
「ああ、あれね。だって貴女は関係ないじゃない」
「私はセーブルズ伯爵令息の婚約者ですよ。ばっちり関係者じゃないですか。それに、それに……ルミナス様もいたじゃないですかぁ!!」
どうも言い方からしてエミュナの話の本題はルミナスの方のようだ。
「ズルいです! 私もルミナス様を近くで見たかったのに! なんでアマリアとリデルだけ呼んで、私は仲間外れなんですかぁ!」
「だって今の貴女は私の傍仕えじゃないんだもの」
ミシェルは悪びれずに言う。
「アマリアのように文官として立派に働いてるわけでも、リデルのように社交界で注目されている訳でもない、ただ顔がわりと良いだけの男爵令嬢を特別扱いしてご覧なさい。どうなると思う?」
「え、どうなる、って?」
きょとんとして愛らしい顔を斜めに傾げたエミュナ。リデルは言いづらそうに彼女を諭す。
「エミュナ、察して……」
そうしてアマリアの方を見る。アマリアは未だ察することができずに首を捻るエミュナに苦笑し、答えを教えてあげた。
「妃殿下は貴女が周りから嫉妬されて私の二の舞になることを懸念されているのよ。妃殿下のせいではないけれど……もしもを考えると恐いもの」
ミシェルは威厳ある微笑みを維持したままきっぱりと言った。
「ええそうよ。だからあの場は4年前に傷つけられたアマリアの名誉を回復する為の茶番だったの。そこにエミュナが混ざったら話がややこしくなるでしょう」
「う……確かに……でもぉ……やっぱり久しぶりだからルミナス様の近くに行きたかった……!」
リデルも苦笑……というより、呆れたように眉を下げながらもくすくす笑いをする。
「エミュナは今でもルミナス様に憧れているのね」
「だってあの美貌よ! 憧れないわけにはいかないでしょ。もう『お姉様』ではないけれど……やっぱり見てると最高に美しいもの! リデルもそう思わない?」
「う、うーん? 私は夢が覚めてしまったわ。それに今は私」
リデルはポッと目の周りを朱に染めた。
「……旦那様と結婚できて幸せだから」
「きゃあぁ! 惚気だわ! ご馳走様!」
エミュナは他人の恋愛話が大好きなのでキャッキャと喜んだあと、ミシェルに話を振る。
「ミシェル様は、私とおんなじでルミナス様が今でもお好きですよね?」
「好きと言うよりも、寧ろ親しくなったと言うべきかしらね。それまでは手に届かない憧れの存在から、身近な人間に変わったもの」
「あー、確かに。あの中身なら親しみやすいというか……」
エミュナは口を濁す。そして最後までその件に関してはアマリアには話題を振らなかった。彼女がルミナスの本性を知って愕然とし、ひどく落ち込んだのを知っているからだ。
その出来事からは、まだ一年も経っていない。












