20.秘密を暴露するミシェルとサミュエル
青く晴れた空は視界をクリアにしてくれる気がする。
アマリアにはサミュエルの輝く銀の髪が、初夏の明るい陽射しを受けてなお一層美しく輝いて見えた。
夜会では憮然としているイメージの彼が愛想笑いとはいえ柔らかく微笑んでいるのは、彼の本当の笑顔を知らない令嬢達からすれば十分に目の保養だろう。周りの女性がうっとりと彼を見つめている様子があちこちで見受けられる。
「私からも是非お礼を言わせてください! ミシェル妃殿下、ドーム公爵閣下、この度はハーゲン地方にご支援をありがとうございます!」
「あの……! 私、以前から妃殿下に憧れていたんです!」
ミシェルとサミュエルを遠巻きに囲んでいた人の輪が突如一部崩れ、そこから少し腹の出た中年男性と、その娘らしき令嬢が躍り出て来た。男性は揉み手をしているし、令嬢の方はかなり興奮しているようだ。
(二人とも機嫌がよさそうな今がチャンス! 二大公爵家とご縁を!)
(ミシェル妃殿下やサミュエル様とお近づきになれるチャンスを逃してなるものですか!)
……と顔に書いてある。ミシェルは令嬢の毒々しいピンクのドレスをチラリと見た。
「あら、貴女……」
「は、はい。私はハーゲン地方を治めるリバワーム伯爵家の長女、カメロンと申します」
「そのドレス、とっても目立ってるわね」
「あ、ありがとうございます!!」
(え?)
アマリアは思わず隣のリデルをもう一度見た。艶やかで大胆な赤いドレスを身に着けた彼女は、まさにこの会場の「花」や「中心」と言っていい。だが王子妃は先ほどリデルに「そのドレス、なかなか良いわ」と言った。あれはミシェルなりの絶賛であろう。ならば。
(『目立っている』ってどういう意味? 多分、誉め言葉じゃないわよね……)
確かにカメロンのドレスは上質な絹とレースをふんだんに使い、小さな宝石すら縫いつけられていて派手さではリデルにも負けないが……あまりセンスがいいとは思えないとアマリアが考えた瞬間、その答えはすぐに王子妃の口から出された。
「あら、わたくしは褒めていないわ。とってもお金がかかってそうね、って意味でしたのに」
「……え」
周りからざわり、と動揺の声が密やかにあがる。
「ああ……がっかりだわ。わたくしが3年前に支援を表明したセーブルズ伯爵家はね、洪水で農地も家も流された領民の為に私財のほとんどを投げうったのよ。そちらのセーブルズ伯爵令嬢なんて宝石もドレスも全て手放して、今日まで社交界から引退していらしたのに」
ミシェルが手に持った扇子でアマリアを指す。園遊会に参加していた貴族たちの視線が一斉に矢のように彼女に突き刺さった。
「え……あっ」
アマリアはどうしていいかわからず、取り敢えず頭を下げ礼を取る。
「この娘はね。とっても健気なの。結婚を諦めても一人で生きて行けるように自身の知識と教養を磨き、今では女だてらに文官をしているのよ。少しでも身分の高い裕福な男性と結婚したいからと、着飾ってばかりのひととは大違いね」
「……あ」
カメロンは漸く、ミシェルが何を言いたいのか悟った。だが王子妃はにこりと笑顔で彼女を制し、口を挟ませない。
「しかもね、彼女は領地が復興してもまだ贅沢を控えているのよ。平民に間違われるほど地味なデイドレスしか持っていなかったから今日の園遊会の出席も辞退しようとしたくらいなの。だから今日彼女が着ているのは、わたくしが公爵令嬢時代に持っていたドレスなのよ」
「!!」
「なんと!? 妃殿下より下賜されたドレスを!」
「ミシェル妃殿下直々に……?」
ミシェルの言葉で会場のざわめきは完全にどよめきへと変化する。アマリアは頭が痛くなった。
(酷い……。まさかドレスを貰った事を大勢の前でバラすなんて!!)
これで自分は完全に「第三王子妃のお気に入り」のレッテルを貼られてしまうではないか……いや、事実お気に入りなのだろうし、バラすなとも言っていなかったのはアマリアの落ち度でもあるが。
この状況をどう収集をつければいいのか……と悩むアマリアのすぐ近くで小さなくつくつ笑いがする。パッと振り向くと、いつの間にか黒髪を撫でつけた宰相閣下の秘書が女性を伴ってすぐ近くに居た。
「キューテック、例のものを」
「はい、閣下。こちらに」
第一秘書は滑らかな手つきでジャケットの内ポケットから一枚の書状を取り出し、上司に手渡す。
「これは私が派遣した調査員による、ハーゲン地方の洪水に関する調査結果だ。水害には心より同情するが、それだけでただ支援が受けられるとでも思ったか?」
「……は」
サミュエルの言葉を聞いてリバワーム伯爵とカメロンの顔から同時に血の気が引いていった。宰相は書状を開くと読み上げる。
「『宰相閣下、誠に残念なことをお知らせせねばなりません。9年前、王家からハーゲン地方に支給された特別支援金は治水対策には一切使われていないと断言できます。11年前の洪水も、今回も全く同じ個所の堰が決壊し洪水が発生していますが、その堰は地元の農民が自分たちで土を盛っただけで領主様は何もしてくれなかったという証言を複数得ました。また、それ以降にリバワーム伯爵夫妻や伯爵令嬢の個人的な買い物が増えた証拠もあり――――』」
「う、嘘だ!! それは誤解です!」
サミュエルの言葉を遮り、青い顔の伯爵が叫ぶ。禿げ上がった頭からは脂汗がだらだらと垂れていた。
「……ほう。噓か。私が直接選んだ優秀な調査員に間違いがあると?」
「え、いや、でも、あの」
やや暑い筈の庭園の空気がざぁっと冷えた気がした。サミュエルは氷の目つきで薄く嗤う。
「前ドーム公爵から宰相の座を引き継いだばかりの青二才の目なら誤魔化せると思ったか? せめてセーブルズ伯爵家の様に、洪水が発生した時に貯め込んだ私財を全て手放して園遊会を辞退していれば大目に見たものを。まさか着飾ってのこのこやって来るとはな!!」
「ひ、ヒェッ……」
「あ、あああ……」
氷の貴公子は今や美しい氷の悪魔とも言うべき表情でリバワーム親子を凍らせる。二人はがくがくと震えていた。
「……支援金の横領は立派な『堕落』だ。重い処罰が下ると覚悟しておけ」
サミュエルの言葉とキューテックの腕の振りを合図に衛兵がどこからともなく現れる。兵は二人を庭園から連れ出していった。
「……は、はぁ」
めまぐるしく起きた一連の出来事に固まっていたアマリアは、漸く息を吐きだした。だがその途端に今度はひゅっと息を吸い、むせそうになるのだ。パチパチと上品な拍手と共に、天使の笛の音のような声が聞こえてきたから。
「ふふふ。お見事ねミシェル妃殿下、宰相閣下。きっと国王陛下もお喜びになるわ」
嗚呼、その声は誰の物か姿を見ずともわかる。あの時から3年間、ずっと聞きたいと願い続け恋焦がれていた声だから。アマリアは苦く切ない想いが自分の中に蘇るのを感じながら、声のした方を恐る恐る見る。やはり彼女だった。光の女神だと憧れてやまなかった淑女。そしてこの国で間違いなくNo.1の美形。
国王陛下の愛妾、ルミナス・グリーンウォールが輝く笑顔でその場を支配していた。












