19.園遊会では茶番が繰り広げられる
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数日後。空は高く何処までも青い色が続いている。まだ夏の盛りは迎えておらず、やや暑さはあるが爽やかな陽気の日だった。
アマリアは例のラベンダー色のドレスに、母が実家から受け継いだ真珠のネックレスを借りて身につけている。「これは元々はセーブルズ伯爵家のものではないのだから」と、洪水の時もアマリアが売るのを反対した唯一の品だった。
エドガーから慰謝料としてもぎ取った橄欖石のブローチは洪水の時に既に手放してしまっている。あの石にはルミナスとの想い出もあったので当時は強く躊躇ったけれど、今なら気軽に売り飛ばしたかもしれない。
実はミシェルに「宝飾品も貸すわ!」と言われていたのだが、全力で固辞した。派手な彼女が身につける宝石など、考えただけで恐ろしい金額のものだろうから。真珠は小ぶりなので派手すぎず自分には丁度良いと思えた。
伊達眼鏡をかけるべきか、外すべきかについてはとても悩んだ。あの夜会の事件があってからアマリアは出来るだけ人前に出ぬ様にしていたが、それでも暫くは噂の的になっていた。自分の薄紫色の瞳が特徴的なので、事件を知る貴族階級に出会うと「ああ……」とか「もしや」と言われてしまうのだ。
言われる度に恐怖が甦り、更に傷つく彼女を家族は心配した。そんな時、あの眼鏡を作ってみようかとガラス職人に提案されたのだ。職人はエドガーに騙されていたとはいえ、精巧な偽物を作ったことで厳しい処罰を受けるところだった。が、セーブルズ家が減刑を王家に願い出たことで救われ、彼らに恩義を感じていたそうだ。
アマリアは眼鏡で瞳の色を茶色に誤魔化すことで誰にも気づかれなくなり、安心して外に出られるようになったのだ。それがなければ宰相の秘書という仕事に就くことも無理だったかもしれない。
(でも……ミシェルに会ったら、絶対に外せって言われるもの。それに事件からは4年も経っているし、もうあの時の噂をする人もきっといないわ)
アマリアは渋々、伊達眼鏡を諦めた。
今日の園遊会は基本的に領地を持つ貴族同士の情報交換と交流が主な目的である。よって両親と長兄も招待されているが、あまり派手な集まりが好きではない長兄は領地から出ず、アイルトンに代理を頼んだ。
アマリアは両親とは別の馬車を用意して貰い、アイルトンと共に乗り込む。途中でエミュナの家に寄って彼女と三人で園遊会の会場である迎賓館に向かう。アマリアとエミュナはミシェル直筆の招待状を持っているのでこの方が都合が良いのだ。
「アマリア! エミュナ! こっちよ」
見事な庭園には幾つものテーブルがしつらえてあるが、中でも奥の木陰の席に第三王子と共に居たミシェルに手招きをされ、近づいた三人は挨拶をする。中でもアイルトンは緊張でガチガチの挨拶だった。
「セーブルズ伯爵家次男、騎士団第三隊所属のアイルトンと申します! い、いつも我が妹アマリア、並びに婚約者のエミュナが大変お世話になっております! また、3年前の洪水の時には妃殿下に……」
「まあ、今日はそんなに堅苦しくしなくても良くってよ」
長口上を述べようとするアイルトンを制し、ミシェルはくすりと笑みを見せた。
「甘いものはお好き?」
「は、まあ、其れなりに」
「今日はエミュナの大好きな菓子も用意させたのよ。あっちのテーブルにあるから見ていらっしゃったら?」
「えっ! ほんとですか!? ミシェル様、ありがとうございまーす!」
「あっ、おい、エミュナ……!」
エミュナはご機嫌でアイルトンを引っ張って行った。アマリアは二人についていくべきか悩んだが、即座にミシェルが釘を刺す。
「アマリアは私の傍にいてね。もうすぐ素敵なゲストが来る予定なの」
「え」
王子妃は隣の夫に何かを囁く。第三王子はにこやかに「行っておいで」と言うと彼女の頬に口づける。見ているこちらが朱くなりそうなラブラブぶりだ。
「さ、行きましょ。特等席で茶番を見なくっちゃ」
ミシェルは不思議なことを呟くと、日傘を持つ侍女を連れ歩きだした。庭の中心に向かうようだ。アマリアもついていく。少し歩くと進行方向から囁きや感嘆のため息が上がり、その数の多さから会場の空気が変わった。
「ミシェル妃殿下、お久しぶりでございます」
周りの視線を集めるその人は、抜群のスタイルを斬新なドレスで包み、派手なメイクをした元子爵令嬢。今は伯爵夫人となったリデルが夫と共にこちらに近寄ってくる。
「リデル、久しぶりね。そのドレス、なかなか良いわ」
「ありがとうございます。本当は派手なので少し恥ずかしいんです……でも、夫がどうしてもこれが良いと」
彼女は横にいた夫を見上げる。彼は美しい妻を見せびらかす事が出来て実に誇らしそうだったが、近くにいたアマリアには、リデルがきつめに引いたアイラインの目元をうっすらと朱く染めたのがわかった。彼女はプロポーションのみならず姿勢も良いため、傍目には堂々として見えるが元来は控えめな性格なのだ。
リデルの夫は信奉者とも言えるほど妻を溺愛していて、着せ替え人形のようにいろんなドレスを作らせては着せている。またそれがいちいち良く似合うものを選ぶので、彼女は社交界ではドレスの流行に影響する存在になりつつある。最初の頃こそ「ミシェル妃殿下はなぜ子爵令嬢なんかに」と陰で言われていたが、今ではそんなことを言う者は誰もいない。
「リデル!」
「アマリア!? 3年ぶりかしら!」
「会えて嬉しいわ! 素敵なゲストって貴女の事だったのね!」
「え?」
リデルはきょとんとした。 アマリアもそれを見てきょとんとし、二人でミシェルを見る。第三王子妃はにっこりしたままだ……良く見ると目の奥がニヤニヤしているような気もするが。
「そろそろ茶番が始まる頃かしら……ね。この辺に居ましょうか」
ミシェルはアマリアとリデルを横に従え、次々と挨拶をしてくる貴族を適当に受け流していた。そうしているとまた会場の空気が変わる。
「きゃあ、閣下よ」
「今日も素敵……!」
ひそひそ声だが、そんな言葉があちこちから漏れ聞こえてくる。遠くからでもアマリアにはそれが誰のことかすぐにわかった。こちらを目指すかのようにまっすぐに歩いてくるのは、美貌の宰相、彼女の上司、そして氷の貴公子であるサミュエルだ。彼はミシェルの前まで来ると挨拶をした。
「ミシェル妃殿下、貴女は本日も大変にお美しい」
愛想笑いでも割とキラッとしている。周りからは彼に対する賛辞のため息が聞こえてきたが、ミシェルは眉ひとつ動かさない。
「わたくしが美しいのなんて当たり前でしょ。しかも貴方が言うなんて本当にイヤミだわ」
「いいえ、妃殿下は身もお心も本当に美しい御方です。ハーゲン地方にご実家より支援をする件、他の王族や貴族に先駆けてのご提案でした。以前もセーブルズ伯爵家の洪水被害にも支援を表明されておりましたし、なかなかできることではありません」
「ふふ、まあね。でもわたくしの提案に乗った貴方も立派ってことになるわね」
(ああ!)
茶番とはこのことか、とアマリアは納得した。仲の悪い二人がどうやって示し合わせたのかは謎だが、先日のグレイフィールド公爵との約束をこの場で果たすつもりなのだ、と。
――――裏では腹黒い二人が、もっと別のことを考えていたなど、アマリアは知る由もなかった。












