18.拷問? ご褒美?……な、お昼ご飯を摂る
嵐が去って暫くしてからやっと、アマリアは事態を飲み込んだ。そして宰相に平謝りをしたのだ。
「閣下! も、申し訳ありません……!」
「何がだ、セーブルズ」
「あの、でも、私が提案したせいで、ドーム公爵領の街道整備費を削るなんて。そ、それも4割も」
アマリアは財務関係では無いからその予算額については門外漢だが、セーブルズ領を建て直した時の支援金を考えれば結構な金額のはずだ。
「ああ。それは良いんだ。グレイフィールド卿の言う通り、本来はこちらで全部持っても良かったんだから」
「え?」
「ハーゲン地方はこの国のどこにあるかわかるだろう」
「はい。かなり東でそこから先は険しい山が……あっ」
アマリアはひとつ思いついたが、自分の意見に自信はなかったのでおずおずと言った。
「あの、ハーゲン地方から王都に向かおうとすると、他の領地を幾つか通りますよね……ドーム公爵領も」
「ああ、今回、更に整備し通行が楽になる予定だった街道を通ってな」
「ということは、ハーゲン地方の農産物の取引も領内であるでしょうし、いっそのこと復興後は通行税を取ることも……?」
「まあ、今のところ通行税を取るほどこちらは困っていないが、恩を売っておいて後で回収する方法もあるな。卿と違ってこちらは全く所縁が無いわけでも無い」
「ああ。そうですか……」
アマリアはホッと息をつく。
「それに他のメリットも幾つか考えているしな」
「え?」
「まあ、財務大臣とは調整中だから、来年度になればもう一度街道整備の予算を組み直してくれる可能性もある。気にするな」
(あ、そういうこと……ん? それはメリットじゃないわ。マイナスをゼロに減らすだけだもの)
とても自然に話をはぐらかされたような気もしたが、気にするなと言われればそれ以上食い下がるのも無粋だ。アマリアは素直に頭を下げた。
「承知致しました。では仕事に戻ります」
◆◇◆
……とまあ、炎の嵐には吃驚させられたり肝を冷やしたりしたアマリアだったが、そこから先の毎日は割と平穏に過ぎて行った。平穏すぎたくらいだ。気のせいかもしれないが、城内で他の男達からのニヤニヤした目線やヒソヒソした声を浴びなくなった気がする。
尤も、間近で宰相のキラキラを浴びながらお昼ご飯を食べるという拷問……じゃなかった、ご褒美……でもない、まあそんな出来事は毎日あるのでそこだけは平穏とは言い難いけれども。お陰でだいぶ宰相とテーブルを一緒にするのは慣れた。
「そう言えばセーブルズさん、今度の園遊会には参加されるんですか?」
「えっ? ……あ」
一緒に昼食を摂っている時、キューテックに突然話を振られたアマリア。気まずそうに目を左右に泳がせてから渋々答える。
「はい……ミシェル妃殿下直々にご招待を受けておりますので」
数日後に開催される園遊会は大勢の貴族が招待される大きなイベントのひとつだ。
王家主催で、城内ではなく王都内の迎賓館の広い庭と建物を使い、領地の秋の実りを祈るという名目で行われる。最初はやっぱり断ろうとしたのだが、ミシェルは「招待した親友が来ないだなんて、王族の一員としてあり得ないとわたくしが嗤われるのよ!」と何が何でもアマリアに参加するように言っているのだ。
(まあ、エミュナとはアイル兄様絡みでたまに会うけどリデルとは久しぶりだものね……)
アマリアは遠い地の旧友と会えることもあり、仕方なくではあるが参加を決意したのだった。
「じゃあこの間のような美しいセーブルズさんが見られるわけだ。僕の妻も園遊会を楽しみにしてるんですよ」
「えっ、キューテックさんも?」
「一応僕も貴族の端くれですからね。まあ、領地を持たない僕など閣下のオマケとして呼ばれているに過ぎませんが」
(え……じゃあ閣下も)
そちらにそうっと目を向けると、サミュエルは「ん?」と微笑んでアマリアを見る。
(ひえっ!)
アマリアは目が潰れないよう、急いでまた自分の皿に視線を戻した。いくら同じテーブルにつくのは慣れたといっても、間近でキラキラを浴びるのはまだまだ慣れない。慣れようにも心臓がドキドキしてしまうのだから、それを悟られないようにするので精一杯だ。
更に(アマリアにとって)宜しくないことには、最近の宰相閣下はやたらとにこやかである。きっとこの間の「声の主の夢を見た」というのがよほど嬉しかったのだろう。すこぶる機嫌が良さそう……つまり、彼女は毎日、嫌でもキラキラ攻撃を喰らっている訳なのだ。
「そ、そうですか。閣下もいらっしゃるんですね。では会場でお見かけするかもしれませんね」
よく考えれば王家主催の園遊会に、宰相であり公爵であるサミュエルが出ないわけがないのだ。彼に質問するまでもなかったなと思いながらアマリアがそう言うと、横のキューテックが恐ろしいことを言い出した。
「あ、サム、今回もどうせひとりで行くんだろ? じゃあセーブルズさんをエスコートしたらどうだ?」
「「! それは無理……」」
サミュエルとアマリアの声が重なる。二人は互いの顔を見てハッとなり、そして鏡のようにそれぞれが反対方向を向いた。
「……イアン、悪ふざけも大概にしろ。セーブルズが困っているだろう」
「ああ、すみませんセーブルズさん。でも困るんですか?」
「は……」
先輩秘書にそう問われて、アマリアは固まった。どう答えたものか、正解がわからない。
相手は上司で身分も遥かに上の男性なのに「困る」と言うのは失礼だ。でも下手に「そんな事ありません」なんて言おうものなら、キューテックは悪ふざけの冗談を本気で推し進めるかもしれない。先日サミュエルに馬車まで送って貰っただけであんなに動揺したのに、エスコートなんてされたら心臓が破れる自信がある。
「……」
彼女はたっぷり30秒は無言で考えた結果、最良と思われる答えを絞り出した。
「困ります。私はミシェル妃殿下のゲストなので」
「? なんでそれが困る理由なんですか?」
「その……」
これも言っては失礼だろう。何も言わなくてもサミュエルが察してくれないかと横目でチラリと伺うと、彼は片手で目の辺りを覆って天を仰いでいた。ダメだ。多分察していない。言うしかない。
「……あの、閣下と妃殿下は、あまり意見が合わないようですので……」
互いを嫌いあってるだろうから、とは流石に言えず、マイルドな表現にしたせいで第一秘書は最初目を丸くした。だがすぐに意味を理解したらしい。
「あー、ああ! そういう事ですか! ……確かにサムとミシェル妃殿下は、相性が宜しくないようですねえ」
何が面白いのか、キューテックはくつくつと笑いだす。そして「うん。うん。確かに」とひとりで勝手に納得しているようであった。












