14.(回想)心の中に居るのはルミナス・グリーンウォール
この国で偽物の宝石を他人に販売や贈答をする事はタブーであり、大罪だった。
事件の約6年程前、王家所有の山地から広大な宝石鉱山が発掘され、この国は世界でも有数の宝石産輸国となったからだ。宝石を国外に輸出する事が主産業になった以上、国内で精巧な偽物を作れば輸出品の真贋も疑われてしまう。
話が大事になったが相手は宰相の令息と侯爵令嬢。元々その二つの家と親しいわけでもなく、片田舎の伯爵家で強い力を持つわけでもないセーブルズ伯爵は、ルミナスの提案に逆らえず流れに身を任せた。
結果としてそれは良い選択だった。エドガーは予想以上にクズだったのだ。怪しい社交場に出入りをし、ギャンブルに嵌まり、女遊びをし、大量の借金を作りながらも「もうすぐセーブルズ伯爵令嬢と結婚するから、何かあればそちらから取り立てろ」と言って更に金を各所に借りていた。
ドーム公爵家の力がなければそこまで突き止めることはできなかったかもしれない。もしも証拠がなければ、口の上手いエドガーは宝石が偽物だった件だけを謝罪し「俺も宝石商に騙されていた」と被害者ぶって伯爵とアマリアを丸め込もうとしただろう。
だが彼は実際にはレナという女と結託して腕の良いガラス職人を騙し、宝石の偽物を作らせていたそうだ。その手口は本物の橄欖石を敢えて見せておき、
「泥棒除けにこれとそっくりなイミテーションを作ってほしい」
と言う。ガラス職人は「本物があるのだから、偽物を売る目的ではないだろう。二つを見比べれば偽物はわかるだろうし」と信じてしまった。
「前回のをうっかり落として割ってしまったからもう一度作ってほしい」
「イミテーションが知人に好評で、彼も泥棒除けに作りたいと言っている。この間のとデザインが少し違うんだができるか?」
そう言われた時も人の好い職人は疑わず、幾つか偽物を作ってしまったそうだ。実際にはエドガーはそれを数人の女に「俺の色を身に着けて」と思わせぶりに贈っていた。引っ掛かった女たちの中で一番金がありそうだったのがアマリアだったから彼女と婚約したに過ぎない。
宝石が偽物だと知った時には軽いショックを受けただけのアマリアだったが、流石にこの事実には衝撃のあまり倒れかけた。自分がいくら美形が好きだからって、あまりにも男を見る目が無さすぎる……と落ち込むと共に、家族以外の男性を信じられなくなった。
まあ、男性不信になった理由はそれだけではない。彼女は益々、光の女神ルミナスに心酔した。ルミナスがいなければアマリアは何も知らずにエドガーと結婚して恐ろしい目に遭うところだったのだから。
「お姉様……次はいつ逢えるかしら……」
アマリアはうっとりと目を閉じ、瞼の裏に憧れの淑女の姿を浮かべる。それはもう、ほぼ恋に近い憧れだった。
◇
アマリアはエドガーときっちり婚約を解消し、慰謝料として本物の宝石と幾らかのお金を用意して貰った。更に、彼には王家から離島での強制労働という厳しい処罰が与えられた。後に『堕落と浄化』と呼ばれる、王家が王族や貴族階級を厳しく取り締まった出来事の先駈けである。
後日、ある夜会に父親と参加したアマリアはそこにルミナスとサミュエルも参加しているのを知った。セーブルズ伯爵はサミュエルに群がる令嬢たちを器用にかきわけ進み、公爵令息に挨拶をする。
「サミュエル様、この度は調査にご尽力いただき、誠にありがとうございました。お陰で娘は救われました」
「ああ、俺は父を手伝っただけだ……」
伯爵に合わせて頭を下げていたアマリアは彼の美しい顔を望むことは出来なかったが、その声には迷惑そうな雰囲気が漂っていると感じた。が、その雰囲気が突然ふっとかき消される。
「……ご令嬢は、さぞかし辛かったろう」
アマリアは顔を上げ、微笑んだ。目の前には冷たい眼差しの素晴らしい美形がいる。だがどんなに美形でも男は男だ。もう男なんかに騙されない。それに彼はNo.2なのだ。アマリアの心の中にはNo.1の完璧に美しい女神が既にいる。だからサミュエルを見ても心は全く動かなかった。
「ええ、でももう大丈夫です。私は今回の事で多くを学びました。強く生きていきたいと思いますわ」
サミュエルのアイスブルーの大きな瞳がもう一際大きくなる。
「……そうか。それは、良かった」
「お気遣いありがとうございます。では」
アマリアは颯爽と去って行った。彼女の背中を意味ありげに眺めるサミュエルと、その彼の様子を見て、嫉妬の目を向けてくる周りの令嬢たちには全く気づく事なく。
(お姉様……!)
もうアマリアの頭の中には一刻でも早くルミナスに逢うことしかなかったから。
今度は男性が群がっている中に入り込み、その中心にいる光の女神に声をかける。
「おね……ルミナス様、先日はありがとうございました!」
「あら……可愛らしいスミレさん、ご機嫌いかが?」
「はい! もうすっかり大丈夫です!」
だって私の心はもう貴女のものだから、と心の中で付け足す。ルミナスはバサっと音がしそうな程長く濃い睫毛を伏せ、アマリアの胸元のブローチに目を留める。慰謝料として用意して貰った例の宝石だ。
「それは良かったわ。やっぱり貴女には本物のブローチの方が良く似合うわね」
そう言ってにっこりと女神は微笑んだ。キラキラと光が舞うような美しい笑みの破壊力は凄まじく、アマリアだけではなく周りの紳士たちも全員心を蕩かされていた。
◇
「なんですって!?」
そのニュースを聞き、アマリアは今度こそ倒れた。なんならそのまま寝込み、一日中ベッドで泣き濡れていた。
「お姉様……お姉様にもう逢えないなんて……なんて国王陛下は残酷なの……」
ルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢は国王陛下の愛妾として召し抱えられたのだ。
側妃ではなく、愛妾。つまり後宮に引っ込み、本人が夜会などの参加を望まない限りは滅多に表舞台に出てこない。今まで遠くから見つめ声を聞くだけでも満足だったのにそれも許されないのだ。かと言って大っぴらに不満も言えやしない。国王陛下に対して下手なことを言えば不敬罪だ。相手が悪すぎる。
恋しい女神を奪われ王宮の奥深くに隠されてしまった事実に、アマリアは家族も心配するほどゲッソリとやつれた。
「アマリア、何があった!?」
当然両親や兄達に理由を聞かれるが、女性の身でありながら「美しい女性への恋煩いで寝込んでいます」とは流石に言えなかった。ごにょごにょと誤魔化すうちに、エドガーの件のショックが後から来たのだろう……と勝手に誤解して貰えたのでそのままにしておいた。
◇
ある日、アマリアは手紙を受け取る。差出人は公爵令嬢のミシェル。先日まで第二王子の婚約者だったが、その王子が大失態を演じ「浄化」の処罰を受けた為婚約を解消。改めて第三王子の婚約者となった女性だ。交流が無いどころか身分が高すぎてアマリアにとっては雲の上の人なのに、何故自分に手紙が来たのだろうと首を傾げながら封を切る。
そして中身を読んだ瞬間、理由を察した。アマリアには志を同じくする味方が居たのだ!
『ズルいお姉様被害者の会』
『ご参加希望の方は、ルミナスお姉様がどんなにズルかったかご記入の上、ご返信くださいませ。内容を確認し、追ってお返事致します』
国王陛下に対して下手なことを言えば不敬罪だ。相手が悪すぎる。
だから、表向きは「ズルいお姉様被害者の会」と偽るが、その実は令嬢たちの心を捕えて離さないルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢の事を語り合い、極秘裏に国王陛下への愚痴を言う会なのだ……と、アマリアには理解できた。彼女は早速ペンをとり、ミシェルへの返信を綴った。綴った。綴りまくった。
ズルいほど美しい、ルミナスお姉様への愛をびっしりと込めた便せんの数は4枚にもなった。
「ズルいお姉様被害者の会」の詳細は↓のランキングタグ部分にリンクが貼ってあります。短編コメディーです。












