13.(回想)アマリアは苦い思い出に浸る
いよいよルミナスお姉様が登場です。
この話を含み、三話は回想シーンになります。
馬車に揺られ、アマリアは昔を思い出していた。
◇◆◇
彼女が15歳の時には、まだサミュエルは宰相でも公爵でもなく公爵令息の立場だが、既に「氷の貴公子」として有名だった。降り注ぐ雨の色にも似た銀の髪に青空とも海の色とも違う澄んだ青の瞳は噂に違わぬ美しさだ。美形が大好きなアマリアは、当然、彼の姿をうっとりして眺めたこともある。
が、それは遠くからそっと見ていただけの話だ。
サミュエルの周りにはいつも令嬢たちが群がり、そしてそれを鬱陶しそうに冷たく切り捨てる彼の姿が怖いと思ったのもあるし、それに何より……。
「やだなあ、俺以外の男を見つめたりしてさ。妬けるな」
そう言って、いつも視界を遮るように彼が入ってくるからだった。
「エドガー……」
彼女を見つめてくるのは橄欖石グリーンの煌めく瞳。明るい栗色の髪は美しいウェーブがついている。金髪でこそないものの、絵本の中にいる王子様のように美しい青年だった。そしてエドガーは本当に理想の王子のように振る舞ってくれたのだ。
「俺の愛しいお姫様。俺だけを見て」
そう言って爽やかな笑顔を見せ、アマリアの手を取ってごく自然にダンスに誘う。彼女は周りの令嬢がエドガーの容姿や甘い言葉を羨ましそうに見ているのに気づき、内心で鼻を高くしていた。
「勿論、貴方しか見ないわ。エドガー」
あの時。何も疑う事のない少女の頃が、アマリアの人生で一番幸せな時期だったと思う。偽りの幸せだと後に知るのだが。
「これ、受け取ってくれる? 俺の色を身につけて欲しいんだ」
「ありがとう……! 凄く嬉しい!!」
見事な大きさの橄欖石のブローチを彼から贈られ、アマリアは天にも昇る心地になった。彼の家は立派な宝石を用意できるほど裕福という触れ込みだったが、爵位は男爵家だから彼女とは身分差があったのだ。しかし、エドガーに夢中だったアマリアは両親を説得してなんとか婚約にこぎ着けた。
16歳を迎え、いよいよエドガーと結婚秒読みの段階で。とある大規模なお茶会に参加した時に事件は起きた。
「まあ、なんて素敵なブローチ」
「ありがとう。婚約者から贈られたものなの」
「良いわねぇ、私の婚約者はこんな小さな石しか贈ってくれなかったわ」
同じテーブルに座った令嬢に羨ましがられ、得意気だったアマリアのもとに光の女神が近づいてきたのだ。
「本当に素敵ね」
その声は天使の奏でる笛のように美しく。
「貴女の薄紫色の眼と併せると、スミレの花を思わせるわ」
紡がれる言葉は詩的で柔らかくて。
「……ねえ、良かったら」
その顔と身体は神が造りたもうたに違いないと思わせる完璧さで。
「向こうで少しわたくしとお話を致しませんこと?」
にっこりと笑顔で言ったその人は、ズルいほど美しい。人生で出会った中でも間違いなくNo.1の美形、ルミナス・グリーンウォール侯爵令嬢だった。
「は、はい!!」
アマリアは一も二もなく快諾し、頬を染め立ち上がる。同じテーブルの令嬢達がいっそう羨ましそうな顔をした。ルミナスはアマリアに限らず、多くの令嬢達の憧れだったのだ。
国一番の美しさに傲ることなくその立ち居振舞いも完璧で、更に様々な知識を持つ才媛。噂では、密かに婚約者を虐げていた男を言葉巧みにやり込め、化けの皮を剥がして令嬢を救いだした事もあるとか。
だがその話を聞こうとしても「なんのことかしら?」と誇る事もせずに微笑むのだそうだ。まさに正義の使者、輝く光の女神だ。女神を人間が娶ることなどできないだろう。彼女には求婚者が列を成したそうだが未だ成功した者は居ない。
ルミナスはアマリアと二人きりになると、優しく微笑んだ。
「お願いがあるの」
真正面から見つめられ、美形が大好きなアマリアは夢見心地だった。彼女の眩しさに包まれるようだ。
「は、はい……私にできることなら」
「そのブローチを少しの間だけ、わたくしに貸して頂けないかしら?」
「えっ」
一気に夢が醒める。いくら『憧れのお姉様』からのお願いでもそれだけは聞けない。
「これは、私の婚約者から贈られた大切なものなので……」
ルミナスはにこりと笑む。
「貴女のような可愛らしいスミレを手に入れることができた男性はそれだけで幸せ者ね」
「……は」
その瞬間、アマリアは悟ってしまった。彼女が「それだけで」に含みを持たせたことを。グリーンウォール侯爵家ほどの家柄なら、この橄欖石と同じものくらい簡単に手に入れられるはずなのに、何故わざわざ二人きりでこの話をしたのかを。
ルミナスはもう少し声をひそめて言葉を続ける。
「でも、婚約者から贈られたというなら尚更どうしてもそれを貸してほしいの。必ず返すから。わたくしが懇意にしている宝石商に見せる間だけよ」
「……はい」
アマリアはブローチをハンカチにくるみ手渡した。もうその時には彼女の心は侯爵令嬢に完全に掴まれていた。ルミナスの声が耳にこびりついて離れない。
“貴女のような可愛らしいスミレを手に入れることができた男性はそれだけで幸せ者ね”
ルミナスの言葉に比べれば、エドガーの振舞いがいかに陳腐なものだったか思い知らされる。
“俺の愛しいお姫様。俺だけを見て”
なんてわかりやすい単純明快な甘い言葉。しかもそれを公の場で、わざわざ他の女性にも聞こえるように言っていた。彼は自分の顔の良さをわかっていて、それを最大限見せつける行いをしていたのだ。
(ああ、なんて浅ましいの……)
彼も、それを誇っていた自分も。
◇
翌日の夕方には、グリーンウォール侯爵家から使いが来てブローチは返却された。鑑定の結果、ブローチの緑の石は橄欖石ではなくガラスだと判明した。ガラスは「素人ではすぐに気づけない」と宝石商も感心するほど見事な出来映えだったそうだ。しかし女神ルミナスの目は誤魔化せなかった。
アマリアはそれほどショックを受けなかった自分に驚いた。でも多分、ルミナスに言われた時から何となくわかっていたのだ。エドガーが本当に自分を愛しているのなら、彼の妻になるそれだけで幸せなはずだ。小さな橄欖石を贈り、人目の無いところで愛を囁くだけで充分気持ちは伝わるだろう。
偽物を用意し騙したのは……アマリアが嫁入りする時の持参金と、伯爵家へのコネが目当てなのだと見当がつく。アマリア自身の心もエドガーから離れかけ、あの美しくキラキラと輝く女性に心酔するようになっていた。
だからショックは少なかったのだが、その輝く人が書き(字まで美しかった!)、ブローチに添えられた手紙には大いに動揺した。
『この件についてはわたくしの従兄弟に相談しているから、婚約者とお話をするのはもう少し待って頂けないかしら』
アマリアとセーブルズ伯爵は手紙の内容に震え上がる。
「こ、この、従兄弟というのは、まさか……」
「まさかじゃない! ドーム公爵令息のサミュエル様だろう」
社交界で……いや、この国でNo.1とNo.2の美形が従兄弟同士なのは有名な話である。サミュエルの母はかつて国一番の美女と謳われ、グリーンウォール侯爵家からドーム公爵家に嫁入りしたのだ。二人とも婚約者が居ない為、時にはサミュエルがルミナスをエスコートして夜会に出ることもあった。アマリアは青い顔で父親に問う。
「ドーム公爵家って……宰相閣下のお家よね? お父様、なんでそんなに話が大きくなってるの……?」
セーブルズ伯爵は歯軋りをした。
「……アマリア、覚悟しておけ。宝石の偽造はこの国では非常にまずい。大きな罪に問われるかもしれん」
「えっ」












