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第四話「誰がために企画はある? 1」

「ここが彩ちゃんの新しい職場……。お邪魔しま~……」


 キャリア開発室……私の今の仕事場に入るなり、真宵くんは黙ってしまった。


「どしたの、真宵くん?」

「ここが追い出し……じゃなかった、キャリア開発室かぁ。いろいろヤバいね」


 ヤバい……?

 うん、まあみんな元気がないと思う。

 椅子に座ってずーっとぐるぐる回ってる人もいるし、机の下で丸まってる人もいるし、壁に向かってブツブツ言ってる人もいる。


「……あの、皆さんは何やってるの?」


 そう言って、真宵くんは部屋の中央に目を向けた。

 仕事机の上にはたくさんの段ボールが積み上げられ、何人かの人たちが黙々と作業をしている。

 手に持っているのは膨大な量のパソコンのキーボードだ。


「えっとね、機材管理室から送られてくるキーボードのほこり取りとか、LANケーブルの断線の有無を調べたりとか、他にも……」

「ごめん、もう大丈夫……。みなさんの元気がない理由、すごくわかるよ」


「え、みんな元気がなかったんだ?」

「なんだと思ってたの!?」


「えっと……ほこり取りに熱中しすぎて静かって。だって、けっこう楽しいんだよ! 意外とキーボードごとに個性があって、毛くずの多い人とか飲み物のシミがついてる人とか。シミもコーヒーとかジュースとかいろいろな匂いがあって!」

「オーケーオーケー。彩ちゃん、それぐらいで!」


 真宵くんは頭を振りながら、私の言葉を遮ってしまった。

 すると、「うう……ううう……」とゾンビみたいにうめく人が近寄ってきた。


「ひ、ひぃぃ……!」

「大丈夫だよ。その人はゾンビマニアさんだから」

「そんなわけないでしょ! 心が折れてるんだよー!」


 真宵くんはゾンビマニアさんに寄りかかられながら、ひぃぃと悲鳴を上げ続ける。

 すると、部屋の奥から女の人の声が響いてきた。


「はいはい。怖がってるから、そのぐらいにしてあげな!」

「うう……あぅぅ……」


 ゾンビマニアさんはうめいた後、すごすごと退散していく。


 声の方を見ると、ロングヘアで眼鏡のお姉さんがニヤニヤしていた。

 彼女の席の上にはひな壇の上に飾られた、多種多様な駄菓子が並んでいる。


「ありがとうございます……。って、お菓子屋さん?」

「あ、このお姉さんは駄菓子屋の田寄(たより)さん」


 私がお姉さんを紹介すると、彼女は眼鏡をきらんと光らせながら足を組みなおした。


田寄(たより) (しき)だよん。こんな僻地(へきち)にエリートクリエイター様が来ちゃぁ、ダメじゃ~ん」

「いや、ただの新人プランナーですよ……。彩ちゃんの同期で、真宵(まよい) (まなぶ)です。よろしくお願いします」

「あいよー。とりあえず菓子でも買っていけば? カップ麺もそろってるよ~」


 田寄さんは商品棚をぽんぽんと叩く。

 棚を見て、私の好物があることに気が付いた。


「あ、今日はビッグカツが入荷してる! 好きなんです~」

「彩ちゃん、好きだね~。買い占めるもんだから、多めに仕入れといたよ」


「あの、何してるんです?」

「なんだい、エリートくん。見りゃわかるだろ?」

「いや、ここはゲーム会社ですし……」


「エリートクリエイター様と違って、出社後は自由にコンビニに行けないからさ。せめて憩いの場を作ってやろうというありがたーい心意気なのさ」

「そう……ですか」


 真宵くんは言い淀みながら、暗い表情になる。

 田寄さんは大げさにため息をついたかと思うと、真宵くんの背中をバンと叩いた。


「な~に暗い顔してんの! 同情でもしてんの? そんなのいらないし! ……ほらほら、用事があるなら済ませて、出てったほうがいいよ~」

「そう……ですね。じゃあ彩ちゃん、はじめよっか」


 そう言って、真宵くんは部屋の隅へと歩いて行った。



   ◇ ◇ ◇



 仕事部屋の隅に椅子を移動させた後、私たちは打ち合わせを始めることにした。

 一応は秘密の会議なので、真宵くんとしては隅っこで静かにやりたいらしい。

 私もちょっと真剣な気持ちになり、お気に入りの抱き枕をギュッと抱きしめた。


「とりあえず僕らのゲーム企画をどうするかだけど、まずは何が求められてるのかの説明が必要だよね」


 真宵くんはポケットから小さなメモ帳を取り出すと、開いて見せてくれる。

 そこには簡単なメモが書かれていた。


「これが前提条件なんだ」



・スマートフォンを含むマルチプラットフォーム

・メインターゲットは日本国内に住む小学生高学年男子

・運営型の対戦アクションゲーム

・開発予算は五億円(プロモーション費用含まず)



「五億円!? 多っ!!」

「彩ちゃん、声がおっきい」

「ああぅ、ごめん。……でも、すごく多いね」


「いやいや、これでもかなり小規模なほうだよ……。広告宣伝費を含めるといくらになるか……。最近の大型タイトルだと五十億とか百億とか使うみたいだし」

「目がまわってきた……」


 五億円だとすると、私の大好きなビッグカツが五十円だから……一千万枚買えるのか!

 ……すごい。

 毎日食べても減る気がしない。


「昔は数千万円で作れた時代もあったみたいなんだ。今はハードのスペックや画面の解像度が上がってきたから、よりクオリティが求められるようになってきて、予算が膨らんでるんだって」


 真宵くんがいろいろと説明してくれるけど、私の頭の中では札束とビッグカツがぐるぐる回ってるだけで、気が遠くなるだけだ。

 ゲーム作りにそんなにお金がかかるなんて、知らなかった。


「いったい、何にそんなに使うの? ものすっごいコンピュータとか?」

「確かに機材費はかかるけど、ゲーム作りはほぼイコールで人件費だよ」

「人件費? お給料を五億円ももらう人がいるの?」

「いやいや。……まあ、そのあたりの説明は長くなるから、また今度ね」


 気になって仕方がないけど、まあ確かに驚いてばかりいるわけにはいかない。

 打ち合わせをすすめなきゃ。


「あ、そうだ。部長さんはどういうゲームをつくろうとしてるの?」

「剣と銃で戦う3D対戦アクションゲームみたいだよ。子供向けのデフォルメが効いててポップな絵柄だったかな」

「もしかしてカラフルな街の中で戦うゲーム?」

「そうそう。知ってるの?」


 そのことを聞いて、以前の仕事場のことを思い出す。

 そう言えば周りにいた何人かのデザイナーさんはそういう雰囲気の絵を描いていた。

 イラストのチェックと修正作業が大変だったので相談した時も、井張さんからの依頼があって余裕がないと断られたんだった。


「みんな忙しそうだったなぁ……。締め切りが近かったりするの?」

「……実は、あと二週間後に企画会議があるんだ」


「二週間!? あと十四日かぁ」

「違う違う。土日出社は厳禁だから、営業日は十日だけなんだよ。……っていうか彩ちゃん、まさか今まで土日も仕事してたのっ?」

「えへへ……。お仕事がいっぱいあったから」


 まだ何も取り掛かっていないのに、あと十日しかないのか……。

 能天気に真宵くんを焚きつけちゃったけど、ちょっと不安になってきた。



 その時、顔を上げると田寄さんがすぐそばに立っていた。


「なに? ゲームの企画書を作ってるの?」

「そうなんですよ、田寄さ~ん。私が一緒にやろうって言ったんです。でも時間がないので大変だねって話してて」


「若いねぇ。でもやめときなよ。頑張るだけ意味ないって。握りつぶされてポイってオチだよ? 高額の予算を使ってゲームをつくるなんて、お偉いさんにしかできないんだから」

「……ですよね。五億なんてお金、僕みたいな新人に任せてくれるはず、ないし……」


 また真宵くんは暗くなってしまった。

 彼はいろいろと深く考えるのは得意だけど、悩みすぎて立ち止まってしまうところがある。

 以前も「悩みすぎて進めないのが悩みだ」って言ってたなぁ。


「まずは気楽に考えようよー。真宵くんはどんなものを作りたいの?」


「……うぅ。……ぜんっぜん何も浮かばない……」

「真宵くん……」


 深刻そうな顔を見て心配になる。

 そんな私の空気を察したのか、真宵くんはハッと顔を上げて笑った。


「あ、ごめんね。さすがに急な話だから、なんの準備もしてないだけなんだ。まずはイメージを膨らましてみるよ」

「じゃあ私も何か絵を描く!」


「ありがとう。……じゃあ、とりあえず彩ちゃんが作ってみたいイメージについてネタだししてくれるかな。明日にでもすり合わせてみよっか」

「合点承知!」

「ははは。じゃあ、ちょっと自席に戻るよ。いつまでもいないと怪しまれるしね」


 そう言って真宵くんは部屋を出て行ってしまった。

 真宵くん、大丈夫かな?


 ……まあ、私は悩んでいても仕方がない。

 とりあえず『追い出し部屋』に与えられた雑用に戻ることにする。

 汚れたキーボードを掃除しながら、漠然と自分がどんなゲームを作りたいのか考え始めてみた。



 すると、田寄さんがニヤニヤしながら横に立つ。


「彩ちゃんも、頑張るだけ損だって~。……ああでも、彩ちゃんだったらチャチャッとなんでも描いちゃいそうだよね」

「ふぇ? 私が絵を描くこと、知ってるんですか?」


 田寄さんには私がデザイナーだと説明してなかった気がする。

 そもそも彼女とは、このお部屋に来た時に初めて会った気がするのだ。

 でも、彼女は「ははは」と笑いながら答えた。


「彩ちゃんって、神野さんのチームにいたでしょ。当時の会議でも話題になってたよ、新人でうまい子がいるって。神野さんも『僕が採用したから、間違いないんだ』って言ってた言ってた」


 そんなことを言われてたんだ。

 ……嬉しい。

 神野さんに憧れて入社したので、その言葉は何よりも嬉しかった。


「もしかして、田寄さんも同じチームに?」

「いたじゃん! 彩ちゃん、もっと周りを見なよー」

「モノづくり以外、あんまり興味がなくって……」


「はぁ~~。本人はあんなに有名人だったのにね~」

「有名!?」


「なんか抱き枕を抱えて仕事してる変わった子がいるって、有名だった。可愛いから男性社員がチラチラ見てたけど、気が付かなかった?」

「かかか可愛い? なに言ってるんです?」


「背がちっちゃくて、ショートボブで、抱き枕を抱えて歩いてるんだよ? これが可愛くないといえようか!」

「背……背が低いのは気にしてるので!」


 ……言われながら、困ってしまう。

 ネットで自分の作品を褒められることは多かったけど、自分自身が可愛いだなんて言われるのは初めてだ。

 ちょ、ちょっと待って。心の準備が!

 私は恥ずかしくなって、枕に顔をうずめるしかなかった。


「いやぁ懐かしいなぁ。神野さんがいた頃は忙しかったけど、楽しかったよね」


 ふと見上げると、田寄さんはどこか遠い目をしていた。

 彼女につられて、去年まで存在していたチームのことを思い出す。


 神野さんのチームは優秀な人ばかりだった。

 やる気に満ち溢れていて、尊敬に値する人ばかりだった。

 そのチームの中で、この駄菓子屋お姉さんもバリバリ働いていたわけだ……。


 他人に興味がないながらも、なんとなく気になり始めていた。

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