第三十一話「真実の扉を開こう 3」
「良くない集金方法……。それはね、もう色々あったよ」
神野さんはそう言うと、指折り数えながらつぶやき始めた。
「……『あえてシナリオを途中で止めて、追加シナリオをバラ売りしては』って言われたでしょ? 他にも『ゲーム内にガチャシステムを実装しては』とか、『敵を強くして回復を課金にしては』とか、『経験値やチートコードを売っては』とか、『一部の機能の利用を課金制にしては』とか……。もちろん、課金額が多いユーザーから搾り取るために抽選確率を操作するっていうアイデアも含まれたなぁ」
聞けば、よくもまぁそんな手法を思いつくものだというバカげた手法だった。
田寄さんは元々知っているのだろう。苦笑している。
「はは。今まで追加課金不要で成り立っていたRPGシリーズの、しかもナンバリング作品でそんなことをやったら炎上するに決まってるのに、ホント浅はかだよね~」
「ね~。しかも『指示』じゃなく『お願い』っていう形で言ってくるから面倒くさかった。それなのに追加課金要素を仕込まないと審査が通らないとか、どうかと思ったよ。開発が長く止まってると開発メンバーが他の部署にとられそうになったから、泣く泣く全部の課金要素を導入したけど……」
そこまで聞いて、彩ちゃんが不思議そうな顔をする。
「あれ、でも製品版にそんな要素はなかったですよ?」
すると神野さんと田寄さんは顔を見合わせて笑った。
「実はね、勝手に外しちゃったんだよ~。そんな不誠実な要素、入れるわけにいかないもんね。従うフリだけしてて、最初から入れるつもりはなかったんだ」
「あーっ! 審査会用の嘘ROMをつくるの、めんどくさかった~~!」
『ROM』とは『Read Only Memory』の頭文字から取られた言葉。
昔のゲームは読み取り専用の記憶装置にゲームのデータをインプットしており、今でもゲームのファイルデータをROMと呼んでいる。
うちの会社は審査会の時にその時点のデータを提出するわけだけど、わざわざ嘘のROMをつくるなんて、その本気がうかがえた。
「いやぁ、本当にタヨちゃん様様でした。……で、上層部を嘘ROMでだましつつ、マスターの提出ギリギリでROMを差し替えて、品質管理部に根回しをして、そのまま発売しちゃった。……そしたら取締役会に呼び出されて、大変だったなぁ……」
神野さんは遠い目をして窓の外を眺めた。
マスターROMと言うと社内外のデバッグチームがチェックするはずで、上層部にバレないようにすり替えるなんて、なんて危ない橋を渡るんだろう。
神野さんの肝の据わりっぷりに驚くしかなかった。
「……そうだ。話を戻しますが、『お願い』ってどんな形でくるんでしょう? やっぱり指示書があるんですか?」
僕が尋ねると、思い出そうとしているのか神野さんは中空を見つめる。
「書面は……記憶の限り一度もなかったなぁ。たいていは部長会で、そういう話が雑談と称して盛り上がるんだよ」
「部長会……ですか?」
「そう。当時は僕も部長だったから参加してたんだけど、怪しげなサロンみたいになってたな。赤字プロジェクトの部長たちがお互いに慰め合いながら、お金儲けのやり方ばかりを提案しあっててね。……儲かりそうなアイデアが出ると局長が満足そうにうなずいて、それが『採用の合図』っていうことだった。僕がおかしいと発言すれば『会社の利益を考えないのは会社員にあるまじきだな』って言われる始末でね……」
「神野さん、怒っていろんなプロジェクトに殴り込みに行ってたよね~。で、怪しい仕様書を見つければじっくりと説得しててさ」
田寄さんが懐かしそうに言うと、神野さんは眉間にしわを寄せる。
「お金儲けばかり考えてユーザーをないがしろにするなんて許せなくて……。でもね……」
「でも?」
「……部長のひとりが急にノイローゼだと訴え始めてね。その部長に訴えられたことと、ゲームのマスターROMを勝手に差し替えたことが原因で、解雇されてしまったというわけなんだよ」
明らかに怪しい。
僕は思った。
神野さんを訴えた人物。その何者かがわかれば突破口になり得ると感じた。
「あの……。その話に出てきた『局長』と『ノイローゼになった部長』って、誰なんでしょう?」
「鬼頭局長と碇部長だよ」
……思いもよらない人物の再登場に、僕は意表を突かれた。
部長職を剥奪された上に外注会社に出向になっている碇さん。
まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。
「いやいや、碇部長、全然ノイローゼじゃなかったですよ! むしろ僕の捨て企画に嬉々としてダメだししてて、すっごく元気でした」
「うん。あの人のことだから、そんなことだと思ったよ……。でも当時は迫真の演技で弱ったフリをしててね。さらにどこから持ってきたのか、医者の診断書まで用意されちゃって……」
碇元部長が誇らしげに言っていたことを思い出す。
「神野を辞めさせたのは俺の功績だ」
……その功績とやらが鬼頭局長にしっぽを振って偽の診断書を用意することなら、なんてカッコ悪い人間なんだろう。
僕はあの人を心から軽蔑する。
すると、彩ちゃんがふと僕を見上げた。
「鬼頭局長さんって……もしかして受容性調査でものすごく怒ってた人?」
「そうそう! 彩ちゃん、よく覚えてたねぇ」
「むむぅ。真宵くん、バカにしてるぅ? さすがにあんなに目立つ人、忘れないよぉ……」
「ごめんごめん」
彩ちゃんは他人への興味が希薄なので、名前と顔が一致してるのは凄いことだ。
それだけ、鬼頭局長の印象が強かったということだ。
「ふふ。ヤスミンは相変わらず可愛いねぇ」
「こらこら神野さん。若い子にすりすりしない! ……ま、そんな色々があって神野さんはクビになったんだけどさ。それがわかりやすい見せしめになったんだろうねぇ~。社内で局長に逆らう人間はいなくなったのさ~」
局長に逆らう人間はいない?
いや、神野さんが理不尽に解雇されたなら、抵抗はいっそう強まったはずだ。
その火種を消し去るために用意されたのが『キャリア開発室』なのだろう。
そして、これで確証が得られた。
僕らの真の敵は鬼頭局長なのだ。
「……あの。鬼頭という人間は、何者なんですか?」
僕の問いに、神野さんと田寄さんは顔を見合わせ、そして自嘲気味に笑った。
「ユニゾンソフトの金庫番……かな」
「金庫番……ですか?」
「ユニゾンソフトって、昔は開発主導でバリバリに物を作ってた会社だったんだけど、経営は本当に未熟だったんだよね。ゲームブームの時代が終わるとみるみる弱っていったんだよ。そんな時に開発に現れたのが鬼頭という男だった」
「財務部出身だったっけ?」
「うん。社長お抱えの金庫番。まあどこ出身でも問題ないんだけど、モノづくりに敬意のない人間が局長の椅子に座り、開発に口出すようになったのが始まりだったな……。家庭用ゲーム事業が下向きな隙をついて、支配を広げていった」
神野さんと田寄さんの話によると、開発畑ではない鬼頭にはクリエイターのモラルというものは通用しなかったらしい。
成果が出るのに時間がかかるゲーム開発に、劇薬ともいえる施策を次々に打ち出していった。
……もちろん鬼頭からの直接的な指示ではなく、部長たちの自発的なアイデアという体裁をとり、鬼頭自身に責任が生まれないように。
やがて国内にスマートフォンを用いたソーシャルゲームが浸透し始めると、鬼頭は『ネットワークゲーム開発局』を立ち上げて従順な部下を局長にし、ユニゾンソフトの主要タイトルを次々とソーシャルゲーム化していった。
もちろん悪質な集金のためだろうと、神野さんたちは言う。
「鬼頭はたぶん、お客さんを自分の財布としか考えてないんだよ。怪しいからネットワークゲーム開発局を調べようとしたんだけど、首にされちゃった……」
「もしかするとさ。その時の神野さんの動き、バレちゃってたのかもね……」
神野さんの正義感には頭が下がる想いだけど、さすがに目立ちすぎたんだろう。
鬼頭の恐ろしさが感じられた。
◇ ◇ ◇
一通りの話を聞き終わり、帰り支度を始めるころ。
彩ちゃんがふと顔を上げた。
「ずっと引っかかってたんだけど、いいかな? ……私と真宵くんって、会社に逆らってたわけじゃないのに、どうして追い出されたんだろう?」
「……あ、確かに」
彩ちゃんは長時間残業や泊まり込みをしてたけど、それは当時の上司の責任なわけで、いまだに冷遇される理由がない。
そして僕こそ、神野さんに関わっていたわけでもなく、会社に背いていたわけでもない。
企画を立ち上げたこと自体は碇部長に背いたことではあるものの、審査会の場でしっかりと容認されていたはず。
すると、田寄さんが口を開いた。
「まず真宵くんのことだけどさ。たぶん伊谷見さんの勝手な行動だと思うな~。客観的に聞いてても理由が分からないしさ、伊谷見さんの出世欲の犠牲になったんじゃないかな?」
「……そう言われると、ものすごく腹が立ちますね」
「そうだね~。まあ憶測だから、うのみにしないよーに」
そうは言われても、あの伊谷見さんの偉そうな顔を思い出すと、あながち憶測とも思えない。
やたらと『ディレクターであること』を強調していたし、たぶん正解なんだろう。
僕が納得していると、田寄さんは彩ちゃんの方に向き直って、神妙な顔になっている。
「そして彩ちゃんのことだけどさ。……実は怪しい噂を聞いたことがあるんだよ」
「ふぇ? 怪しい噂……?」
「どうやらキャラクターデザインやシナリオみたいな花形のポストに、積極的に外部の有名作家を起用する動きがあるみたいなんだよ。……鬼頭の主導でね。無名の社員に描かせるより、ネームバリューと実力が備わってる作家先生に頼んだ方が効率的だってさ」
「あ~、あったあった。ドラゴンズスフィアでもそういう横槍を入れられたよ。無視したけど」
田寄さんと神野さんの話を聞いて、彩ちゃんはなんだか涙目になっている。
「……えっと。じゃあデザイナーはいらないよってことですか?」
「少なくとも鬼頭はそう考えている……って事みたいだね」
「ふぇぇ……」
あ、あ。彩ちゃんの目が潤み始めてる!
これこそ理不尽の極みだ!
鬼頭は企画書の絵を見て彩ちゃんの実力を知ってるはず。
調査の時の反応も目の前で見ていた。
それなのに、いまだに追い出し部屋から出さないなんて、鬼頭の目はなんて節穴なんだ!
片地さんが「クソ鬼頭」と叫んでいた気持ちが痛いほどわかる。
クリエイティブをなめんなと、僕も言いたいっ!!
「彩ちゃん、あんなクソ鬼頭のことで泣く必要ないよ!」
「……真宵くん?」
「彩ちゃんほどの神絵師、世の中にいないんだから!」
すると、神野さんが微笑んだ。
「ヤスミンって、イロドリさんでしょ?」
「ふぇ!? 知ってたんですか?」
「あ~神野さんも知ってたんだ? アタシは息子に言われるまで気付かなかったのに!」
「当然だよ。僕が作品選考で選んだんだから。巷の中高生に超人気のイラストレーター『イロドリ』先生……。そんな大物がうちに来てくれるなんて思わないじゃない?」
さすがは神野さん、最初から気付いてたんだ。
……実を言うと、この僕も新人研修の時に彩ちゃんの絵を見て、一瞬でイロドリ先生だって気が付いた。
だって、僕は学生時代から先生のファンだったから。
彩ちゃんがそうだと気づいた時から、彼女は僕の女神になっていたのだ。
クソ鬼頭が外部作家を優遇する男だとしたら、自分が追放した相手が引く手あまたの神絵師だと知った時、どんな顔をするだろうか?
「先生、お願いします」と頭を下げてきたとき、「もう遅い」と突っぱねたらどんなに気持ちがいいだろう。
純粋な彩ちゃんにこんな黒い気持ちは見せられないけど、僕の怒りは噴火寸前の火山のようだった。





