第十九話「老兵の夢 1」
「はぁぁ……。おかしいと思ったんだよね~。プリプロ審査に向けた打ち合わせに行ったら、君たちがチームを外れたって言うし……」
そう言って、プロデューサーの阿木内さんは頭を抱えていた。
私と真宵くんは今、煌びやかな光に囲まれて、広いフワフワのソファに座ってる。
ここはルーデンス本社のエントランス。
もう夜なので、近くに人はほぼいない。
私たちはエントランス脇に併設されたミーティングテーブルで密談しているところなのだ。
本当は問題が起こってすぐに阿木内さんに連絡が取りたかったけど、会社だと追い出し部屋に入る時点で電子機器を預ける上に、自由に外出もできないから連絡できなかったのだ。
退勤時刻になってスマホを受け取ったところ、ちょうど阿木内さんから連絡がきたわけだ。どうやら退勤時間を狙ってかけてきたらしい。
うちの会社の人に見つかるわけにもいかないので、ルーデンス本社で会うことになったわけだ。
「名刺に書かれてる真宵くんの電話番号、つながらないと思ったら社用電話が没収されてたわけだねぇ」
「はい。電話どころかパソコンも何もない状態なんです……」
「もらった名刺に夜住さんの個人電話の番号が書いてあってよかった~。はは。永遠に会えなくなるとこだったね」
怖いことを言われるけど、実際にそうかもしれない。
会社は私たちを隔離したいのだ。本当なら閉じ込めて出したくないに違いない。
だけど一応は法治国家の日本。就業時間が過ぎれば解放されるわけで、こうしてプロデューサーさんと会えている。
「……で、君たちは無理やりチームから外され、何もできなくなったわけだ。はぁぁ。分かってたけど今のユニゾンさん、本当に無能ぞろいだなぁ~。クリエイティブな現場でクリエイターを外すなんて意味わかんないよねぇ~?」
「……まあ、僕も理不尽だなって思います」
「ユニゾンソフトと言えば、元々は老舗のメーカーだったのにね。何年か前から家庭用は赤字続き。頼みの『ドラゴンズ スフィア』にも経営層が横槍を入れ続けて現場は大混乱。結果、今はルーデンスの子会社ってわけだ」
経営層が横槍……?
その話が少し気になった。
私は『ドラゴンズ スフィア』シリーズ最後の作品の開発末期に参加してお手伝いしただけだったから、会社で何が起きてたのか、正直よくわからなかった。
真宵くんが言うには、表向きには『ドラスフシリーズの終了』は発表されてないけど、社内的には打ち切りということらしい。
去年の神野さんは疲れ切ってたけど、それでも新作を作ろうと頑張ってたことを思い出す。
……結局はなにかの責任を取らされて辞めることになったわけだけど……。
私が悶々と考えてると、阿木内さんは気だるそうに顔を上げた。
「そんな会社、辞めちゃいなよ~」
「……僕はまだ、辞めたくありません。なんか腹が立って……。このまま辞めるとただの泣き寝入りですよ」
真宵くんは即答するけど、阿木内さんは汚いものを見る目で窓の外を向く。
その方向にはユニゾンの本社ビルがのぞき見えた。
「ボクならそんな会社、さっさと見切りつけて辞めちゃうんだけどな~」
「でも僕らの企画書に頬ずりされて奪われたんですよ!? あのイヤミったらしい奴らが僕らの企画を勝手に使うなんて嫌すぎるっ。だから僕は独自にプリプロダクションを進めてやるんだ!」
「夜住さん。彼はこう言ってるけど、君はどうするの~? ボクは君を評価してるし、今すぐにでもルーデンスは歓迎するよん」
「ふぇぇ? そ、そんなことを言われても困ります……」
阿木内さんが急に変なことをいうので、私は声が上ずってしまった。
真宵くんは急に情けない顔になり、私のほうを見る。
「彩ちゃん……行っちゃうの?」
「ほらほら、彼女は神絵師だし~。真宵くんも将来性はありそうなんだけど、もうちょっと結果がほしいとこだね~」
「ぐぅぅ……。それはそうですよね、彩ちゃんは最高だもの……。僕は一人でもやりますよっ!」
うわわ。勝手に話が進んじゃってる!
私は必死に否定した。
「いやいや、私だって真宵くんと一緒にやるよぉ~っ。子どもたちに今回の作品を届ける義務があるんだから!」
そうなのだ。
調査の時に聞いた子供たちの声が忘れられない。
「この作品は覚えておくんで、ゲームで出たら絶対に買います!」……そう言った子が、変わり果てたゲームを見てガッカリする顔を見たくないのだ。
「はぁぁ青いねえ。ほ~んと青い。でも、そういう青さがユニゾンさんに足りないのかもね。『うちにはうちの流儀があるんだ。口を出さないでもらおうか』……これ、誰の言葉か知ってる?」
「えっと……。わかんないです……」
「あの怖~い鬼頭さん。鬼頭局長のお言葉だよ。老舗メーカーのプライドってやつかねぇ? プリプロの予算をウチからもらってるくせに、凄い態度だよね~」
そして阿木内さんは真剣な表情になって、私たちを見据えた。
「プリプロ審査はちゃんと作れるかの審査の場だから、ちょうどいい。本当にやるんなら、その伊谷見チームに勝ってごらん。ボクらルーデンスは勝ったほうに本制作の予算をつける」
「はい、頑張りますっ!!」
――その後、別れ際に阿木内さんから意味深なことを言われた。
「ま、プリプロ審査までの辛抱だよ~。本当に君たちが力を示せたなら、世界はまったく違うものになってるはず。今はあえてユニゾンに任せてるだけだから」
そして「じゃあね~」と手を振って去っていく阿木内さん。
その言葉が妙に気になるのだった。
◇ ◇ ◇
「田寄さん、お願いがあるんです!」
「なんだいなんだい。そんな真剣な目をしちゃって~」
翌日、私たちは追い出し部屋に入るなり田寄さんの元へ駆け寄った。
何も持たない新人の私たちが頼れるのは、彼女しかいないからだ。
だけど、駆け寄るなり驚いて立ち止まってしまった。
そんなに広くない追い出し部屋の中に、どどんと場所を占領するように機械が置いてある。
機械にはブラウン管という丸みを帯びたモニターがはめ込んであり、いくつかのボタンとレバー、そしてコインを入れる穴。
それはゲームセンター用の大きなゲーム機だった。
「あれ、何をしてるんですか?」
「昔のアーケードの筐体のお掃除だよ。会社のどっかに飾るってことで、古い倉庫から引っ張り出してきたんだってさ」
「外側が木でできてるんですね! 絵もレトロでいいなぁ~。もしかして、田寄さんが作ったものなんですか?」
「そこまで歳とってないよ! アタシが業界に入った頃には、これはすでに骨とう品だったからね」
田寄さんは笑いながらゲームの筐体を見る。
「これはね、日本のゲーム業界の黎明期の筐体だよ……。昔はいろんな会社がアーケードゲームを作ってて、それを家庭用のゲーム機に移植してたんだ。その後、家庭用は移植以外にもオリジナルタイトルが増えて、ゲームブームを引っ張っていったんだよね」
「へぇぇ~。私は家のゲーム機で遊んでばかりだったから、こういう機械は新鮮ですっ」
「……まあ今ではアミューズメント施設も経営が大変で、なかなか新しい台も売れないんだけどね~」
田寄さんは機械の蓋を閉めると、「よっこらしょ」と立ち上がった。
「それはそうと、どうしたのさ?」
「あ、そうでした。……僕たちもプリプロをやりたいって言ったじゃないですか。でも、確かに僕らは新人で、何にもできないんです。……だから」
真宵くんがモゴモゴと遠回しに言おうとすると、田寄さんは歯を見せてニカッと笑った。
「ふふ。助けてほしいって言うんだろ?」
「えっ……はい。……そうです」
「いいよ~~」
「ふぇっ? 田寄さん、ほんとに!?」
「実はね。アタシら『追い出し部屋組』全員、その気持ちなんだ。……なんていうか、君たちみたいな若い子が元気なのに、アタシらが落ち込んでられないよね」
「やった~~っ!」
なんて話が早いんだろう!
聞けば私たちが孤立無援なのに企画書を作りきり、しかも審査会を通過したことで全員の目に光が戻ったらしい。
みんなそれぞれに「情けなくてごめんな」と言うので、逆に恐縮してしまうほどだった。
そんな感じで私たちが盛り上がっていると、真宵くんが恐る恐る手を挙げた。
「あの、でも……。水を差すようで悪いんですけど、開発機材がないとどうしようもないっていうか……」
「そっか。ゲーム作りには必須だもんね。……あ、自宅のパソコンを持ってきたらいいんじゃない!? それか、自宅で作るの!」
会社が用意してくれないなら、私たちが勝手に持ってくればいいのでは?
そう思ったけど、田寄さんがさえぎった。
「彩ちゃん、ちょいとお待ち。仕事としてやるつもりなら、それだけはやっちゃいけないよ。……そんなことをしたら会社のデータを外部に持ち出したなんて疑われるし、実際にセキュリティ的にも弱くなる。作るんなら、まっとうな方法で作らなきゃダメなんだ」
「あ……。ご、ごめんなさい……」
「わかればいいさ。……でも困ったもんだね。せめて機材管理室に入れれば、知り合いに頼み込むぐらいはするんだけど……。あそこはアタシらのIDじゃ入れないし、扉に監視カメラもついてるから侵入も難しいんだ」
そう言えばそうだった。
だからこの追い出し部屋は何もできないわけで、田寄さんたちも今までどうしようもなかったのだ。
盛り上がった空気が再び重く沈み込む。
その時、「あっ」と声が上がった。
振り返ると、真宵くんがゲームの筐体を見つめている。
「僕にちょっとしたアイデアがあるよ」
「ホント!?」
「彩ちゃんにしかできないことなんだけど、頼めるかな?」
「ふぇ? なんで私!? ……私にできることならなんでもやるけど。お絵描きだと嬉しいな……」
機械に詳しくない私が何をできるというのか。
さっぱり見当がつかなかった。





