足を引っ張るやつ
「ティニヤ、他に気配はないか?」
「にゃ! あいつ一匹だけにゃ!」
「じゃあ安心だな、ヨル、クウ」
「がってん!」
「くー!」
石肌蛙。
背中や頭部の皮膚が石そっくりというか、半ば石化した魔物だ。
その外見を利用した特技<擬態>で、獲物が近づくのをじっと待つ習性を持つ。
気配の消し方がほぼ完璧なため、初遭遇時にエタンさんやパウラも見抜けず、石を足場にして遊んでいたヨルとクウがうっかり飛び乗って仲良くぶっ飛ばされた事件があったほどだ。
石肌のせいで物理防御力が高く、先端が石化した舌の攻撃も間合いが広く厄介この上ない。
いわば頑強な砦に、速射が利く大砲が備わっているようなものだ。
その上、舌が届かない範囲であっても――。
「ノエミ、スライムを下げなさい!」
鋭い声とともにパウラの鞭がしなり、再び高速で撃ち出された石肌蛙の舌を打ち払う。
ゲコリと喉を鳴らした魔物の姿に、パウラが即座に飛び退った。
次の瞬間、地面からいきなり伸びたのは、尖った石の柱であった。
寸前までパウラが居た場所に現れたその突起は、俺の腰の高さまで伸びたかと思うとバラバラになって崩れ落ちる。
蛙のもう一つの特技、<石棘>だ。
任意の場所に石の棘を生み出すこの魔術は、刺突攻撃に弱いスライムには致命的である。
赤スライムの代わりに前に出たノエミさんは、パウラと同じく鞭を振るってヨルとクウの援護に回った。
さらにいつの間にか蛙の背後に回ったティニヤも、黒い刃で懸命に斬りつける。
魔物使いの二人が鞭や<魅惑>で石肌蛙の攻撃を引き付け、その隙に上空や側面、背後からヨルたちが攻撃を仕掛ける。
息のあった役割分担である。
頑丈な石の外皮に守られた魔物も、袋叩きにはさすがに耐えきれなかったようだ。
クウの飛び蹴りで石の肌にとうとうヒビが生じ、そこへナイフがねじ込まれると一気に血が吹き出した。
そうなると、後は卵の殻を割るようなものである。
「かちどきー!」
「くー!」
「にゃー!」
元気に勝利の声を上げるヨルとクウにティニヤ。
陰の功労者である魔人種の美女二人も、目をあわせて静かに笑みを浮かべあった。
うん、これなら新しいチームも大丈夫そうだな。
と安堵しつつ、蛙の死骸からアイテムを回収する。
「にゃあ、何がとれたのにゃ?」
「蛙の肉と舌の先っぽだな」
「にゃっ! お肉は嬉しいにゃ!」
「ちそうー!」
「くー!」
石肌蛙の舌先も防御強化薬の素材となるため、密かに美味しい魔物でもある。
もっとも見つけ出すのが大変なのが難点だが。
一応、骨子ちゃんたちで部屋中の石を残らず叩いて回るという手もあるが、時間がかなり掛かる上、二匹以上居た場合は一匹しか反応しない時もあるのだ。
スケルトンは生き物ではないという情報が、仲間全体に伝わってしまうのかもしれない。
そういった点でもティニヤの<看破>は、物凄くありがたい特技だ。
「よし、もう一つも見つけてもらうとするか」
「にゃあ。呼んだにゃ?」
「ああ、次は通路を警戒してくれるか」
「わかったにゃー!」
次の通路へ向かった猫耳の少女だが、暗い通路を覗き込んだ瞬間、耳の先を震わせながら後ずさった。
「にゃ、にゃんか居るにゃ!」
「お、やっぱり居たか」
「……本当に便利なのね、あなた」
「ノエミ姐さんは気づくの遅すぎるにゃ。こんな凄いうちを、もっともっと大切にするべきなのにゃ」
「じゃあ、ちょっと誘き出してくれるか?」
「にゃ! ぜんぜん話聞いてないにゃ!」
「お前の素早さなら、パッと行ってパッと出てくれば大丈夫……のはずだ」
「にゃお! そっちの鳥っ子のほうが空飛べるから向いて――」
クウを名指ししかけたティニヤだが、俺の体にまたもピッタリとくっつく二匹の姿を見て言葉を止めた。
首を小さく横に振ったかと思うと、やれやれと言った感じで息を吐いてみせる。
「怖がってるちびっこにやらせたらティニヤ姐さんの名折れにゃ。ここはうちに任せるにゃ!」
「かたじけないー!」
「くぅぅ!」
二匹の声援を受けた斥候士の少女は、胸を張って白照石のランタンを持ち上げる。
そしてゴクリと唾を飲み込んでから、そろそろと暗がりに足を踏み入れた。
「にゃあ、なんか居るけど、どこかよく分からないにゃ……」
そのまま慎重な足取りで、通路を進んでいくティニヤ。
が、急にその耳先がびびびと震えた。
同時に数メートルの距離を一気に後方へ飛び退ってくる。
「うにゃにゃにゃ! 足になんか触ったにゃ!」
叫びながら少女は、ランタンを前方へ掲げる。
その明かりに浮かび上がったのは、通路の地面から突き出た誰かの手であった。




