潜みしもの
地上から十一番目の階段を下りてすぐは、そこそこ大きな部屋となっていた。
奥行きや幅は十メートルほどで、部屋全体は円形をしている。
天井の高さも三メートルは超えていそうで、上を向くとまばらに生えた白光草が薄ぼんやりと光っているのが見えた。
地面や壁は固い土に覆われており、指の力では掘り返すのも難しいほどだ。
さらにそれなりの広さとは言ったが、膝の高さほどもある石が部屋中に転がっており、狭苦しい上に歩きにくい場所であった。
「にゃあ、なんだか好きになれそうにない場所にゃ」
「ええ、見通しが悪いわね……」
湯気から遠ざかったせいで、新人二人のテンションは今ひとつのようだ。
しかし、常に攻略の最前線を一緒に歩いてきたパウラは、さすがに違っていた。
落ち着いた様子で部屋の中を確認しながら、俺に今日の方針を仰いでくる。
「あなた様、今日はどちらへ行かれますか?」
「そうだな……」
パウラの問いかけに、俺は部屋から伸びる三本の狭い通路へ視線を移した。
そっちには白光草が生えていないため、闇に閉ざされており見るからに怪しげである。
階層ボスを目指すなら、おそらく最短距離である北通路。
地図の完成を目指すなら、まだ行っていない西通路。
前回のリベンジなら、東の通路だな。
「魔物に慣れるために、前と同じ東からにしよう」
「分かりました。ティニヤは先駆けをお願いしますね。ノエミはその後方で、赤スライムの二匹をすぐに動かせるよう待機してください」
「了解にゃ! 先頭はうちに任せるにゃ」
「心得ました、お嬢様。行きますよ、アカス、ライム」
さすがはカリスマ性の高い貴族の御令嬢だけあって、パウラの指示には女性二人も素直に従うようだ。
頼もしいと思いつつも、なんとなく疎外感を感じてしまう。
とか考えていたら、足元の青スライムの上でぽにょぽにょ跳ねていたヨルとクウが、俺の腰に急に抱きついてきた。
そのまま脇腹を上り、胸と背中にしがみついてくる。
「あるじどのー!」
「くー!」
慰めてくれるのかと思ったら、顔をうずめて首を横に振ってくる。
どうやら違うようだ。
少し怯えた二匹の様子に、俺は心当たりを思い出す。
「ああ、そうか。前の時にびっくりしたせいか。大丈夫、今回はティニヤが居るから安心だぞ」
「あんのん?」
「くー?」
「うん、きっとすぐに見つけてくれるから、そんな心配しなくてもいいぞ」
十一階での罠の発見ぶりから、この階でも同じように期待できるだろう。
俺の言葉に小さく息を吐いた二匹は、そのままよじよじと肩まで上がってくる。
顔の左右から髪を掴んでひっついてくる二匹をそのままに、俺は三人の後をゆっくりと追いかけた。
ちょっとばかり重いが、そんなに距離はないからな。
実際、暗く細い通路は十歩ほどで終わる。
少し明るい光とともに視界に入ってきたのは、先ほどとほぼ変わらない景色であった。
そこそこ広い円形状の部屋に、地面に転がる大きな石たち。
壁にはポッカリと空いた次の通路の入口。
ただし、この部屋の出入り口は二つだけのようだ。
そこ以外は最初の部屋と全く一緒のようだが、決定的な違いはもう一つ存在していた。
「むむむ、なんかいるにゃ!」
<危険察知>がさっそく反応したらしく、ティニヤが鼻先を持ち上げてうごめかす。
そして石が並ぶ部屋の奥を指差して鋭く叫んだ。
「にゃ、そこにゃ! うちの鼻はごまかせないにゃ!」
「…………何も居ないっぽいわよ」
ノエミさんの言葉ももっともである。
一見すると、五、六個の石が並んでいるだけで、それらしい魔物の姿かたちは見当たらない。
石の背後に潜んでいたとしても、このくらいの距離ならば、魔物使いならそれなりに気配が分かるのだそうだ。
「にゃあ、ほんとにいるにゃ!」
「本当に? ただの虫とかじゃないの?」
二人の実力を確かめるため、実はこの階層の魔物の情報については事前に何も教えていない。
だが、斥候士は見事にその本領を発揮したようだ。
「うそじゃないにゃー! 信じてにゃ……」
「ああ、俺は信じるぞ。まあ、確かめたほうが早いな」
「にゃっ! 近寄ったら危ないにゃ!」
「大丈夫。任せておけ」
そう言いながら俺が取り出したのは、古ぼけた呼び鈴だった。
一緒に出した犬の骨を地面にばらまいて鈴を鳴らすと、たちまちむっくりと骨がくっつきあって立ち上がる。
「にゃあー! なんなのにゃ!」
「し、屍術士様だったのですか!?」
「いや、この鈴の力だよ。頼んだぞ、骨子ちゃん」
俺の命令に小さく顎骨を動かしたスケルトンは、ゆっくりと奥の石へと近寄っていく。
そしてあと三歩ほどの距離に達した瞬間、腰骨が砕かれてその場に崩れ落ちた。
「えっ!」
「にゃあ、やっぱり居たにゃ!」
骸骨のメイドを一撃で仕留めたのは、石の一つから飛び出してきた長い鞭のようなものであった。
その持ち主が、擬態を解いてのっそりと動き出す。
潜んでいた魔物の正体は、石そっくりな大きなカエルであった。




