第二回事業会議 その四
「くくー!」
「めしとったりー!」
「にゃー、空から探すのズルいにゃぁ!」
「ティニちゃんいたよー」
「え、どこどこ?」
「屋根の上にかくれてたってー」
窓の外から響いてくる騒ぎ声のせいで、よく聞き取れなかったのだろう。
皆の反応の薄さにそう判断した俺は、もう一度ゆっくり分かりやすく説明してみる。
「これは、なんと汚れた水がたちまち綺麗になる――」
「あなた様、ちゃんと聞こえておりますよ」
どうやら瓶の中身は、しっかり伝わっていたらしい。
なのに、反応は相変わらず芳しくない。
「あ、大丈夫ですよ。これ一瓶で、普通の池程度なら綺麗にできますから」
少ししかないのが懸念されたかと思ったのだが、これも違うようだ。
またも違うといった感じで、首を横に振られる。
「そうか。材料でしたら青スライムの体液だから山ほど余ってますし、心配せずともたっぷり作れますよ」
さらに首を大きく横に振られた。
生産量やコストが問題でもないらしい。
何がダメなのか分からず困惑する俺に、素早く目を合わせたパウラとノエミさんが小さく頷き合う。
そして押し負けたのか、やや間を置いてからノエミさんが発言を申し出た。
「コホン。ご意見をよろしいでしょうか? ニーノ様」
「はい、なんなりと聞かせてください」
「この薬剤があれば、濁った水が綺麗になるということですよね」
「はい、即座にすっきりさっぱりですよ」
「この一月ほど、ハンスさんと西部一帯を周りましたが、どこも水の汚れに関しては酷い有り様でした。それと原因がよく分からず、何かの呪いに違いないという噂を何度も耳にしました」
「ええ、これからもどんどん増えていきますよ」
あの月が出ている限りと付け足しかけたが、そこは自重しておく。
破壊の龍の話は、そうそう信じてもらえないからな。
俺の反応を窺っていたノエミさんは、困ったように小さく息を漏らした。
そして静かな口調で、言葉を続ける。
「そんな中、こんな奇跡のような薬を持ってこられたらどうお思いますか?」
「そりゃ喜んで――いや、待てよ。その前に……」
「はい、素直に感謝する人間も居るでしょうが、水源の持ち主の多くは疑いを持つと思います」
「……なるほど。そりゃそうだな」
汚染の原因が判明しないまま水を綺麗にしてやるから金を出せと言われたら、十中八九そんな怪しい品を売りつけに来たやつの仕業ではと思うのも当然だ。
「それに効き目が素晴らしいとなれば、まず間違いなく王宮が動きますね」
「……そ、それも不味いな」
水源の異常は、作物の育成に影響が大きいからな。
国の根幹に関わってくることだし、支配階級が本気を出すのも当然か。
「そうなるとレオカディオ様でも、提供者を秘匿するのは不可能かと」
「うん、売りに出すのは止めておこう」
困った人たちの助けになるかと思って錬成してみたが、それでこっちが危険になるのは本末転倒である。
ゲームだったら、単純に素材を集めて作って売ればクエストは解決であった。
だが現実化したこの世界だと、様々な要因が絡み合って話がややこしくなってしまうというわけか。
まあ為政者側からすれば、役立つものは取り込みたいと思うのも仕方がない。
しかしそれが結果的に国そのものの危機に繋がっていくのは、皮肉が効いているとしか言いようがないな。
「まだ見つかったり、捕まるわけにはいかないしな。大人しくしておくか」
「とても便利そうなのに、残念ですね。私どもの村で使おうにも井戸も川も綺麗ですし……」
「それは青スライムたちが、暇な時に綺麗にしてくれているんですよ」
「そうだったのかい。そういや、最近洗濯物の汚れがよく落ちるようになったんだけど、もしかしてそれも関係あるのかい?」
「はい、青スライムの体液は汚れ落としに効果抜群で……。そっか、これなら!」
テーブルに置きっぱなしであった蜜蝋の存在に、俺は新たな商材をひらめいた。
まず白羽花を取り出して、薬効というか主に香り成分を<抽出>する。
この花は五階の西の池周りに咲いていたやつで、鎮痛作用がある薬材だが香草茶にもなるため使わず置いておいたものだ。
それと翡翠油を蜜蝋入りの蟹の甲羅皿に加え、さらに水質浄化薬を流し込む。
そして<混合>からの<昇華>、さらに<凝固>。
出来上がったのは、甘ったるい香りを放つ蜂蜜色の塊だった。
「これはなんでしょうか? あなた様」
「お、上手くできたな。これは石鹸だよ」
詳しい成分はさっぱり分からないが、青スライムの体液にアルカリ的な物でも入っているのだろう。
ヒロイン陣の好感度を上げるプレゼントとしてドラクロ2では定番のアイテムであり、何度も作ったせいでレシピも完璧である。
俺の何気ない説明に、テーブルの面々の目が一気に輝きを帯びた。
「これが石鹸なんですか? 素晴らしい匂いがしますが……」
「うん、これはいいんじゃないかい!」
「ああ、これはいいものですな。ニーノ様」
なぜか村長たちの反応は上々である。
視線を向けると、パウラとノエミさんが大きく頷いてきた。
「これは間違いなく売れますよ! なるほど、これを見せるための前フリだったのですね」
「さすがです、あなた様」
そういうことにしておいた。
というわけで、やっと長引いた会議も終わりである。




