第二回事業会議 その二
白照石と翡翠油。
地下迷宮から豊富な素材が日々産出されているにもかかわらず、現在この二種類しか現金化できていない。
今後も様々な物資が必要となってくるので、お金に関してはいくらあってもありがたい。
そこで新商品をどんどん開発して、売りさばいていこうというわけだ。
まあ、あまり派手にやりすぎるのは迷宮を秘匿したい現状とは相反するが、そこは王都のレオカディオさんになんとか濁してもらうしかない。
「まずは何が採れるかから始めましょうか」
俺の言葉に、アドバイザーであるノエミさんが静かに頷いた。
レベル上げのため地下迷宮の探索には何度も同行してもらったが、浅い層は足早に駆け抜けてしまったのでほとんど印象がないのだろう。
「地下一階の魔物は水属性の青スライムですね。よく使われているのは外皮部分で、水などを持ち運ぶのに向いています」
今さらだが属性というのは、六つの魔素のどれを好むかという分類だ。
これはだいたい鳥や獣といった種で固定されており、虫なら地属性、屍系は闇属性といった感じである。
それをわざわざ言い足したのは、スライムに関しては全属性が存在するためだ。
話がそれるが種族不明のヨルとクウは、雷を使いこなすのでおそらく風属性と思われる。
「あと一階の水場で採れる迷宮水苔は、活力回復薬と魔力回復薬の材料になりますね」
「あの、よろしいでしょうか?」
「はい、ノエミさん」
「調合はどなたが行っておられるのですか?」
「俺ですね」
答えると、にこやかに笑いながら首を斜めにかしげられた。
回答が意味不明というわけではなく、続きを待っているようだ。
「ああ、すみません。錬成術士は俺だけなんですよ」
今度は逆方向に首が曲がった。
表情から、ちょっと混乱しているのが見て取れる。
「よく分からなかったのですが、お一人で調合されておられると……」
汎人種の場合、高度な錬成は龍の加護がないため行うことはできない。
そのため仕上げに関しては、別の担当が居ると思っていたようだ。
実はその辺り誤解されがちであるが、材料の<解析>や薬効の<抽出>、それらを薬品に加工する<凝固>や<混合>などは全て初級の魔術錬成なのである。
だから俺のように初級だけでも六属性を極めた錬成術士ならば、薬品だけなら一人でもなんとか作れたりするのだ。
それと適した錬成が使えずとも、器具を用いれば質は落ちてしまうし手間もかかるが同様の調合は可能だったりする。
もっともノエミさんが不思議に思うのも無理はない。
俺と同じように全属性を極めた錬成術士などこれまで一度も出会ったことはないし、器具に頼ったにしてもそういった専用の工房を使用している形跡は皆無なのだ。
ちらりと隣のパウラに視線を移すと、なぜか勝ち誇った顔をしていた。
いや俺の秘密を打ち明けるべきかを確認したかったんだが……。
と思ったら、妖しい美貌を誇る女性はいつもの微笑みを浮かべて俺に頷いてみせた。
そして戸惑うノエミさんに、優しく声をかける。
「ねえ、ノエミ」
「はい、お嬢様」
「我が君の御力に疑問を抱くなど、あるまじき行いですよ」
「し、失礼いたしました!」
一瞬で顔色が変わってしまったノエミさんの姿に、俺はやれやれと肩をすくめた。
有無を言わせない貴族社会のやり方は、確かに情報の秘匿には便利ではある。
だが、これはこれで何かと問題が出そうでもある。
「続いて地下二階ですが――」
以下の会話内容をざっとまとめると、このようになる。
地下一階。
青スライムの皮はスライム袋に、迷宮水苔は魔活回復薬へ。
あと長らく放置してきた青スライムの体液だが、これを今回の議題の目玉にしようと思っている。
地下二階。
骸骨犬の骨は初期は武器に転用していたが、現在は上位の素材が多いため全部骨粉にしている。
コウモリの肉は食用。翼もなめして翼革として利用。
それと貴重な肥料となるコウモリの糞尿石も忘れてはならない。
地下三階。
大ミミズの肉はハンバーグなどに加工して食用。
針尾ネズミの尻尾は針金とほぼ同じなため、矢尻や柵の固定などあちこちに使われている。
白照石は照明器具として、各家庭に配ったが余り気味に。
銅鉱石も魔青銅に加工して台座とかに使ってみたが、これも現在余り気味だ。
地下四階。
虫こぶはなめし素材として需要が高い。
妖精の鱗粉は幸福水にして、大芋虫の糸袋は<分解>して絹糸回収と。
地下五階。
ここは採取物や加工品がかなり多い。
まずゴブリン第一村だが、コウモリ肉、うさぎ肉、恐鳥肉、羊肉などの干し肉作りが進んでいる。
それと持ち込まれた柔らかなコウモリの翼革やうさぎ革、頑丈な恐鳥の革に滑りやすい狼革などを、用途に応じて衣服に仕立てている。
さらに蟹や亀の甲殻を加工した防具の製作や、弓矢などの武具の製作なども。
細かく上げてみると、装備品に関してはこんな感じだ。
風属性のコウモリの翼を使ったため、素早さが上がる三角帽子と手袋にケープ。
着心地がいいだけで防御力はちょっぴりな、兎革の上着と帽子と手袋と短靴。
丈夫だが柔軟性に欠ける、恐鳥の革鎧と革の下履き。
表面に残った黒い毛で回避が上昇する、黒毛狼の帽子に手袋、長靴にマント。
次に部位装備だが、固く軽い大蟹の肩当てや胸当て。
とても頑丈だが重量が厳しい大亀の甲羅盾。
防刃性に優れるが、ずっしりと重い鉄甲虫の兜などもある。
弓はまだ短弓のみであるが、矢の種類も増えている。
森カラスの爪を矢尻に使った麻痺矢。
夢見草から作った睡眠薬を狼の牙の矢尻に塗った睡眠矢。
大目玉蛾の鱗粉から作った暗闇薬を同じく牙に塗った暗闇矢。
軍隊蜂の毒針を使った痛毒矢。
あとは鉄の矢尻を使った少し重めの普通の矢と。
また飼育中の大芋虫が提供する絹糸や、十階の曲角羊から採れる毛糸の加工も行われている。
こちらの衣服製作が形になるのは、もう少し後になるだろう。
採取物は体力回復薬の材料となる迷宮大蒜に、翡翠油の原料となる翠硬の実。
にんにくは栽培中のため、近い内に大量に収穫予定である。
オリーブオイルそっくりな翡翠油の生産量は、現在一日に小樽三個。
収穫量が上がった理由については、八階で後述する。
それ以外は野うさぎの角が、攻撃強化薬の材料となるな。
あとは採取物ではないが、妖精銀の冠とゴブリンの護符も手に入ることがある。
地下六階。
この階層は大人気な蟹肉と亀肉の産地だ。
また蟹の甲羅は日用品に、亀の甲羅は建材としても優秀な素材でもある。
さらに迷宮塩まで作れるので、狭いが非常に重要な階と言えよう。
地下七階。
ここは逆に外れ階と言えるかも知れない。
持ち帰れるのはスケルトンどもが落とすなまくらな鉄剣か、ボロボロの木の盾。
あとはボススケルトンが落とす、使い物にならない魔黒鉄製の片手剣と鎚矛と短剣。
剣は鋳潰して鉄材として流用しているが、木の盾は残念ながら焚き付けくらいしか用途がない。
魔黒鉄製の武具は白魔石塊を使えば<復元>できるが、そう数がないため今は保管だけしてある。
地下八階。
黒毛狼の皮は回避性能が高いため、現在は防具の主流素材になりつつある。
またまっすぐに尖った一部の牙も、非常に固いため矢尻へ。
同様に森カラスの爪も麻痺矢の矢尻に、尾羽根は矢羽にそれぞれ使われている。
採取物のメインはキノコで、妖精たちは好むが舌が痺れてしまう痺れ茸。
甘い香りを放つ風味のよい杏平茸に、素晴らしく美味いが希少な黒岩茸。
食感が鶏肉によく似たそこそこ美味しい腰掛け茸など。
あとは木渋が採れる黄綿花の木に、香辛料となる迷迭花。
甘酸っぱくて、すぐに取り合いになる青すぐりなど。
これらは量はあまり多くないが、使い勝手のいい素材たちだ。
それから枝を回収して判明したのだが、巨木たちの名前は皇寿杉という名前であった。
樹齢が百歳を軽く超えていく木で、耐朽性が高く建築素材におあつらえ向きらしい。
なのでばんばん燃やすのは惜しい気がするが、炭に加工中なので消費量は落ち着いてくれるだろう。
それと新たな燃焼剤も見つかったことだしな。
次に家畜化を試みている曲角羊であるが、羊乳の搾乳量はじょじょに上がりつつある。
今はまだ立ち寄った際に喉を潤せる程度だが、本格的なバターやチーズ作りも視野に入ってきている。
最後に枝角鹿だが、一頭放し飼いにしていた五階で驚くべき結果が出た。
むしゃむしゃと葉を食べられてばかりの翠硬の木だが、気がつくと背丈がメキメキ伸びていたのだ。
恐るべし唾液の成長効果である。
おかげで実の収獲量も上がったというわけだ。
なのですっかり妖精たちの乗り物と化した枝角鹿だが、最近は食事時に口の端に容器を当ててもらって唾液の回収もこっそり行っている。
そんなには採れないが、外傷回復薬と植物成長薬の材料が確保できるようになったのは僥倖だ。
地下九階。
ここはまず鉄甲虫の甲殻だな。これはそのまま装備品へと加工される。
そしてワーラットたちの集める鉄鉱石と銀鉱石。
普通の鉄の供給に関してはスケルトンの武器で事足りているので、現在は全て保管中である。
入り口付近で製作中の鍛冶用の炉が完成したら、一気に需要も増えるだろうしな。
地下十階。
ここも素材は大量だ。
崖に生える夢見草からは睡眠薬。虫除け花からは魔物忌避薬。
さらに曲角羊からは羊毛と肉と盛りだくさんだ。
剣尾トンボの羽はほぼ硬化ガラスだし、大目玉蛾の鱗粉からは暗闇薬。
軍隊蜂からは毒針に、女王蜂を倒せば通常の蜂蜜に加え女王蜂の蜜さえ手に入る。
まあ女王討伐は未だに、十人以上居ないと厳しいが。
「そうだ、十階は豆リンゴもあるな。そのままで食べても美味しいけど――」
「うちの酒場の新しい名物。林檎酒も忘れてもらっちゃ困るわね」
よほど地元の酒ができたのが嬉しかったのだろうか。
ことあるごとに林檎酒を宣伝してくるウーテさんだった。
このお酒だが豆リンゴを皮ごと潰して果汁にした後、長く放置すると発酵して美味しいお酒になる。
発酵の際に二酸化炭素が発生して、しゅわしゅわの泡となり口当たりも非常にいい。
と、普通は三ヶ月ほどかかるこの工程だが、<浄化>、<粉砕>、<腐爛>の三錬成でまたたく間に出来上がりである。
最上級たる魔導錬成の<腐爛>を、こんなことにほいほい使ってる錬成術士もあんまり居ない気もするが。
「あ、そういやこれもあったな」
俺が取り出した素材に、皆の注目が集まる。
「これは……、蜂の巣の一部ですか? あ、もしかしてアレですか?」
「さすがはお詳しいですね、ハンスさん」
蟹の甲羅皿を取り出した俺は、その上で軍隊蜂の巣の欠片を<加熱>する。
たちまち甘い匂いが漂い、形を失った巣はどろりとした塊となった。
いわゆる蜜蝋というやつだ。
「蜂蜜と一緒で限られた箇所からしか回収できなくて、ちょっと見つけるのが遅くなっちゃいましたけど、これも使い途はいろいろありそうですね」
さて、一通り説明が終わったわけだが……。
ノエミさんに視線を向けると、食い入るように俺の手を見つめていた。
そういえばこの人の前で、アイテム一覧の機能を堂々と使ったのは初めてだったな。
次に俺の顔をまじまじと凝視してから、ノエミさんは目を閉じて首を何度か左右に振りだす。
いろいろと葛藤があるのだろう。
「あの、ちょっとだけご確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「その大量に動物の皮が捕れるのは分かりましたが、皮革への加工はどのように?」
「ああ、それも俺がやってます」
「うっ。あと魔青銅はどうやって入手を――」
「それも俺ですね」
何か言いたげに口を何度もパクパクするノエミさんだが、声に出さないと決めたらしい。
ちらりと微笑みを絶やさないパウラへ目を向けてから、大きく息を吐いてみせた。
「それでどうですか? ノエミさん」
「私としちゃ林檎酒がおすすめなんだけど、ここらへんリンゴの木なんて一本も生えちゃいないし不味いわよねぇ」
「麦の収獲が安定すれば、もう少し売りに出せるかもしれませんな」
「そういえば、赤羽根さんに干し肉をまた売ってきてほしいと頼まれているんですよ。高く売れると嬉しいですな」
口々に意見を述べる村の代表者たちに、ノエミさんはもう一度大きく息を吐いた。
そしてテーブルを見回してから、呆れたように言葉を発した。
「いや、もうなんと言ったらいいか……。売れる物だらけじゃないですか!」




