目論見の成果
小さいコミュニティには、小さいなりに様々な利点があるものだ。
例えば以前に情報伝達の速さから、地下迷宮をあっさり見つけられて感心したことがあった。
狭いがため情報の共有が早く、互いをよく知ることで関係が強化され、共通の価値観も形成しやすい。
そうやって構築された村という社会は、まさに堅固な砦のようなものだ。
維持された状態を崩そうとする異物に対し、徹底的な排除を行おうとする。
もちろん俺やパウラも、その異物ではあった。
だが、コミュニティにもたらす変化の方向が上向きであれば、そうそう問題は起きない。
俺の場合、錬成術士という肩書があったことが特によかったのだろう。
そして次々と利益を供与することで、コミュニティに有益な人間だと認識され迎え入れられることに成功した。
一度、中に入ってしまえば簡単である。
あとはその内部で立場を強めていき、コミュニティに必要不可欠な存在であると示していくだけだ。
そうやって村での地位を確立した俺は、次に城壁の厚みを増すことを試みた。
わざわざ村人たちを巻き込み、レベルを上げてもらったのはそのためでもある。
人は石垣という名言どおり、強固に結束した人間関係は外敵に対し素晴らしい防壁となる。
同時に内部での秘密は完璧に保護され、外部に漏れる心配は格段に減っていく。
まさにこの"はじまりの村"は、地下迷宮を守る最初の番人におあつらえ向きであったのだ。
そして今回。
その作り上げた防御機構が、少々過剰に働いてしまったらしい。
「どういう状況でした?」
俺の問いかけに酒場の主であるウーテさんは、ゆっくりと頷いて事の顛末を話してくれた。
この汎人種の男たちが村にやってきたのは、昼もかなり過ぎた頃合いだった。
かなりの距離を歩いてきたらしく、服はホコリまみれで疲れ切った様子であったと。
村人に案内されて酒場に来た男たちは、カウンターにつくと酒を頼み世間話を始めた。
ちょっと田舎のほうに足を伸ばしてみた。
この村を見つけられて幸運だった。
今日、泊まれる場所はあるのか?
ここらへんの名物はなんだ?
等々。
その他にもいろいろと話しかけてきたが、のらりくらりとしたウーテさんの返答にとうとう本題を切り出したらしい。
「実は俺たち、近々この辺りにも商売の手を広げたいので見て回っているんだよ。だからまあ、商売敵が居ちゃ困るんでな。なあ、ここらまで来る物好きな行商人なんていないよな?」
と。
その言葉でウーテさんは、怪しいと確信したらしい。
男どもの服装はよくある旅装束で、武器らしいものは見当たらないが荷物は背負い袋のみ。
馬車も売り物もない行商人なぞ、聞いたことがない。
で、酒を勧めながら話を続けたところ、こっそり混ぜてあった幸福水が見事に効いたようだ。
ゲラゲラと笑いながら、口が軽くなった男どもはいろいろと話し出したらしい。
本当は自分たちが王都から来たこと。
実は依頼を受けて、ある商人を追いかけてきたこと。
さらにある男を見つけたら、金貨を弾んでもらえること。
探しているそいつの名前は、ニーノという錬成術士だということ。
そこまで聞いた時点で、控えていた若者たちが怒りに任せて背後から二人の首を軽くひねり、このような結果になってしまったと。
どうも先日のティニヤが起こした逮捕騒ぎのせいで、思った以上に過敏になっていたようだ。
「なるほど、そういう経緯ですか。このことを知っているのは?」
「私と青年団の三人。あとは村長とあんたらだけだね」
「……この者たちに見覚えはありますか? あなた様」
じっくり見てみてたが、知り合いではなさそうだ。
売り払った白照石のランタン辺りからハンスさんを特定しようとする動きはまだ分かるが、俺までたどり着くとはさすがに想定外である。
あまり疑いたくはないが、錬成工房時代の知り合いが絡んでいる可能性もあり得るな。
死人たちは下っ端だったのか、依頼人の名前までは知らされていなかったらしい。
それと死んだ男たちの体を確認したところ、懐と足首から短剣が見つかったとのことだ。
そこそこヤバい連中が出張ってきているようである。
「いかがされます? ニーノ様」
「そうですね。今はまだ無理に皆に知らせることもないでしょう。あまり疑心暗鬼になりすぎるのも危険ですし。ただ酒場での警戒は引き続きお願いします」
「ああ、分かったよ。こいつらはどうすんだい?」
「地下迷宮に置いておけば、魔物が片付けてくれますよ。青年団の三人にお願いしていいですか?」
重々しく頷くウーテさんに、俺も小さく頷き返した。
人を殺した罪について、今さら道義的なことを論じる気はない。
社会的な混乱を引き起こす罪も、相手がよそ者ならセーフという狭いコミュニティならではの最強ルールがあるしな。
まあ、どのみち三年後にはダンジョン外は皆死ぬのだ。
それがちょっと早まっただけと思うしかない。
「似たようなことが今後もあるかもしれませんから、一応これだけは決めておきましょう」
大事な点は、死体からは情報以外は決して奪わないこと。
物を漁りだすと、それが目的になってしまう場合も多々ある。
罪悪感はできるだけ減らして、夜はぐっすり眠りたいしな。
最後もう一度、俺を探したせいで死んだ男たちの顔を眺める。
まぶたを閉じてやろうと手を伸ばすと、鼻から垂れてきた血で指が汚れてしまった。
男たちの服で手を拭いながら、俺は大仰にため息を吐いた。
「これから、こんな輩がどんどん増えてきそうだな」
その言葉通りとなった。
読み返したところ、かなり言葉足らずでしたので
二章にもう一話追加させていただきます。
お騒がせいたしました。




