蠢き出す欲望
王都の遥か西。
鬼人種が治める龍首平野と、獣人種が棲まう龍背山脈との境目。
辺境と呼ばれるこの広大な領土は、古より両種族の諍いの地でもあった。
ゆえにこの要所を守る重要な役目は辺境伯と称号され、高い地位と称賛を授けられた。
ただし膨大な地所を有しながらも、その大半は石くれだらけの痩せた土地である。
地位に見合う富を。
それがこの地を治める者たちの代々の悲願であった。
領都ノルトヴェステンの中心に位置する辺境伯の屋敷。
その執務室は驕奢な飾り気がほとんど見当たらず、武骨な造りをしている。
だからこそ机の上に置かれた華やかな照明器具は、あまりにも異質であった。
「……なんとも見事な大きさですな」
「ああ、これで金貨百枚だ。褐色肌どもは本当に足元を見るのが上手だな。見習いたいものだ」
グヴィナー子爵の褒めそやす言葉に、むっつりと答えたのは部屋の主であるレーヴェン辺境伯家の当主ベルノルトであった。
口ひげを蓄えた偉丈夫で、黒髪に覆われた頭部からは強い光の加護を示す二本の角が覗いている。
今年で四十七歳となるが、その目に宿る輝きにいっさいの衰えはない。
商人たちの儲けぶりを羨む話しぶりであったが、この僻地を統治する男もそうそう負けてはいなかった。
痩せた土地での麦の栽培に早々に見切りをつけた今代の当主は、北海に面した村や町での漁業や塩業に力を入れたのだ。
さらに宮廷に金をばら撒いて、塩の専売の権利を一手に握ってしまう。
今や北西部一帯は王国を支える塩の生産拠点となり、辺境伯家の資産も着々と増え続けていた。
だがベルノルトがその程度で満足するとは、呼びつけられた子爵も考えてはいない。
次の言葉を待つグヴィナーへ、机に腰掛けていた辺境伯は持ち上げた白照石の明かりを無造作に手渡した。
「見てみろ」
「拝見いたします。ふむ、この台座は見覚えありますな」
「気づいたか」
「はい、獣人たちの細工ですな」
その返答にベルノルトは、満足げに頷く。
「あのモグラども、どうやら地下迷宮を掘り当てたようだな」
「……そのようですな」
受け取った白照石を仰々しい仕草で机の端に置き直しながら、ベルノルトは淡々と言い切る。
「近々、戦を始めるかもしれん。備えておけ」
「かしこまりました」
用件はそれで終わりだと告げる部屋の主の視線に、グヴィナーは深々と角を下げて礼を示す。
だがドアノブに手をかけた時点で、懸案を一つ思い出した子爵は振り返りつつ尋ねた。
「伯爵様、あの錬成術士はまだここに?」
「ああ、重宝しているぞ」
「……あのような者をあまり信用するのはいかがなものかと」
その忠言に対し、辺境伯の返事はもう行けとばかり振られた手であった。
足早に退出したグヴィナーは、静かに息を吐きながら考えをまとめる。
現在、獣人らのフラム首長国との国境は、半閉鎖状態で品物が行き交うような状態ではない。
となると考えられるのは、龍腕森林辺りを経由したルートだ。
「我が領を通った可能性が高いな……。なるほど、それも探しておけと」
辺境伯領の南に位置するグヴィナー子爵領は、海に面していないため塩作りや海産物で利益を出すことはできない。
そのため流通を重視して村を開拓したり道を整備してきたのだが、ようやくそこに商機が転がり込んできたようだ。
自領に戻り次第、何かしらの変わりようがあった行商人を洗う必要がある。
と、心のなかでつぶやくグヴィナーであった。
§§§
ハンスさんが村に戻ってきて三日目。
新たに仲間に加わったノエミさんとティニヤも、すっかり馴染んできたようである。
ノエミさんはパウラと同じ魔人種で、見た目も結構よく似ている。
特に胸のあたりの体型はそっくりである。
ただしノエミさんのほうは、まっすぐな赤い髪を首筋で揃えた髪型で目尻もやや吊り上がっており、クールなやり手の女性といった雰囲気である。
もっとも初めての迷宮探索の際に思わぬ表情を何度か見せてくれたので、その印象もすっかり消え失せているが。
黒髪短髪で小柄な猫耳少女のティニヤは、どうやら王都で俺をつけてきた追手だったらしい。
宿屋の前で張り込んでいたが、俺の匂いがいきなり消えて見失ってしまったとのことだ。
で、その失敗を償うため、あちこち歩き回りながら俺の匂いを追いかけてみたが、途中で路銀も尽きて行き倒れていたらしい。
そこをハンスさんに拾ってもらい、この村になんとかたどり着いたというわけである。
現在は村の豊かな食生活に満足しており、王都に帰る気はあんまりないとのことだ。
まあ本人談なので、あまり信用するわけにもいかないが。
そんな感じでハンスさんと二人のレベル上げを済ませて村に戻ると、村長とウーテさんが俺にこっそり手招きしてきた。
「どうかしましたか?」
「お疲れさまです、ニーノ様。お待ちしておりました」
「……ふう、ちょっと不味いことになってね。来てくれるかい」
二人に案内されて着いたのは、酒場の裏手であった。
指し示されるまま視線を向けると――。
そこにあったのは、顔の向きが真後ろになった二人の男の死体であった。
これにて第二章終了となります。
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