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驚きの地下探訪 中編



 大きく頑丈な甲羅がずらりと並ぶ外壁に、天に向けて高く突き出した物見櫓。

 そこは一見すると堅固な砦であった。


 だが中に一歩入れば、待ち構えていたのは様々な音や色、匂いが入り交じる活気に満ちた喧騒だった。

 開けた空間の中央に設えてあるのは、巨大な骨で組まれた祭壇だ。

 内部には赤々と火が灯され、上段に祀られた亀の甲羅からは怪しげな湯気が立ち昇っている。


 その祭壇の周りには台座がいくつも置かれ、何かの皮や甲殻がうず高く積まれていた。

 儀式にでも使うのだろうか。

 群がったゴブリンたちが、せわしなく手を動かしながらそれらを熱心に加工しているようだ。

 よく見ると、そこには村人らしき姿も幾人か加わっている。


 広場の一角では、動物の皮革を使った打楽器を熱心に打ち鳴らす一団がいた。

 彼らの信仰する神に捧げる楽曲を奏でているのだろう。

 その近くには動物の肉らしきものが、所狭しと壁に貼り付けられている。

 これもおそらく捧げ物の一種だと思える。


 不意に一人の男が、中央の祭壇へと近づいた。

 ゴブリンどもはその行いを咎めることなく、むしろ崇めるように身を低くする。


 凄まじい魔力を有する男は、湯が張られた甲羅の上へ静かに手を伸ばした。

 その所作に広場中の視線が集まる。

 そして注目する観客たちの前で、男は何もない空間から赤い何かを次々と取り出してみせた。


 それらが甲羅に投じられた瞬間、広場にひしめくゴブリンどもはいっせいに不気味な笑い声を発した。

 そのあまりの邪悪さに、ノエミは立ちくらみを起こしかけるが辛うじて耐える。

 深い深い地の底に造られた邪妖精たちの潜窟。

 そこで行われていたのは、おぞましい何かの儀式であった。

 

「にゃー、ハンスのおっちゃん、あれ何してるのにゃ?」

「お、今日のお昼は蟹肉のスープですね。これは楽しみですよ」

「え?」


 小屋の一つに入ってみると、大きな甲羅がずらりと並び、それには様々な品が盛り付けてあった。

 真っ白な塩の山に、緑色をした硬そうな木の実。

 赤い斑点を持つ毒々しいキノコや、山積みとなった骨らしきものまである。

 壁際には蔓で編んだ籠がいくつも置かれ、天井に張られた蔓縄からは肉の塊がずらりとぶら下がっている。

 これらはおそらく、邪な儀式に使う供物であろう。


「にゃー、ハンスのおっちゃん、ここはなんにゃ?」

「食料の貯蔵庫ですね。前よりもずいぶん種類が増えましたね」

「へ?」


 その隣の小屋では、ゴブリンたちが大きな鋭い爪で木を削り出していた。

 みるみる間に曲線を描き出すその手際は、かなりの熟練ぶりである。


 こちらでは赤や黒の鳥の羽や、鋭い牙や嘴がうず高く積まれていた。

 さらには何かの動物の腱も、大量に並べられている。

 

 ゴブリンたちはそれらを加工した木に、器用に貼り付けたり括ったりしているようだ。

 邪悪な儀式に使う祭具を製作しているのだろうか。


「にゃー、ハンスのおっちゃん、あれ何作ってるのにゃ?」

「ああ、弓矢を製作してるんですよ。矢の種類もこれまた増えましたね」

「あ、言われてみれば弓と矢ですね……」

「ゲヘゲへ!」


 三人の会話にいきなり割り込んできたのは、赤い羽根を頭部に派手に飾り付けた一匹のゴブリンであった。

 たちまちハンスは相好を崩し、手を差し出したかと思うと固く握手を交わす。


「赤羽根さん、ご無沙汰しております」

「ゲヒ!」

「はい、相変わらず元気にやらせていただいております」

「ゲヘヘ!」

「はは、そうは見えませんよ。ご冗談がお上手で」

「グヒヒ!」

「ええ、ご希望通りの品を仕入れてまいりましたよ。どうぞ、お納めください」


 そう言いながらハンスが鞄から取り出したのは、様々な加工用の道具であった。

 受け取った赤い羽根付きのゴブリンは、耳元まで裂けた口を歪め両の手を何度も打ち合わせる。

 恐ろしい形相と、不気味な仕草だ。


 赤羽根のゴブリンが発した物音に、たちまち弓矢を作っていた他のゴブリンたちが群がってきた。

 そしてそれらの道具を手にして興味深げに弄くりまわしだしたかと思うと、同様に甲高い笑い声を口々に上げ出す。

 あまりの光景に、ノエミはまたも言葉を失った。


 次に三人が移動したのは、砦の最奥の場所であった。

 そこは丸太の座席がずらりと並び、固く踏みしめられた地面をぐるりと取り囲んでいる。

 ここおそらくも怪しげな儀式を行う場所であろう。


 柵に覆われた舞台の真ん中に立っていたのは、ひときわ大柄なゴブリンであった。

 丈夫そうな太い骨を手にしており、その頭部には銀色の小さな冠が輝いている。

 そしてその凶悪な骨棍棒と対峙していたのは、甲羅の盾を構えた青年だった。


 まさに哀れな生贄の村人と、それを血祭りにあげようとする魔物の構図そのものである。


 大柄なゴブリンが野太い叫びを張り上げ、棍棒を盾に向かって振り下ろす。

 激しい音が鳴り響き、村人の体がたたらを踏む。


 しかし若者も負けじと鉄鉾を繰り出し、それをゴブリンが渾身の力で受け止める。

 何度も見ごたえのある盾と骨棍棒、鉄鉾の応酬があり、そのたびに詰めかけた村人やゴブリンたちから歓声が上がった。


「にゃあ、なかなかやるのにゃ。もぐもぐ」

「て、何食べてるのあなた?」

「おいしい干し肉にゃ。となりの人からもらったにゃ」


 そんな会話をしているうちに、決着がついたようだ。

 打ち負けた若者が膝を突き、大きなゴブリンが見下ろしながらニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。


 だが止めを刺そうと振り上げた骨棍棒は、いきなり宙で止まった。

 青年が取り出した銀の冠を、寸前で頭にかぶったためだ。

 しばしの沈黙の後、勝者のゴブリンはくるりと踵を返した。

 そして破れた若者は、深々と頭を下げて闘技場から退散した。


「ふう、面白かったのにゃ。ところでなんでちっちゃい人が多いのにゃ?」

「ああ、彼らはゴブリンですからね」

「にゃにゃにゃ! そうだったのにゃ。うち、ゴブリン見たの初めてにゃ」

「あなた、本当に騎士団に所属してたの……?」

「うー、お腹すいたにゃ。お昼ごはん楽しみにゃー」

「今、干し肉食べてたでしょ……」


 昼食はハンスの言葉通り、蟹肉がたっぷり入ったスープであった。

 しかも希少すぎて、王都でもめったに見かけない黒岩茸まで入っている。


 あまりの美味さに、またもすっかり言葉を失うノエミであった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] またも偏見にまみれた客観的視点が面白く。 鍛える村人の安全装置の冠ですが、寸止めさせられる方はストレス溜まりそうですね。 爆発する前に鍛え終わった青年に倒されてしまうのかもしれませんが
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