三月到来
「それじゃあ、実際にやってみますか」
俺の言葉に、ざわついていた村人たちは神妙な顔でいっせいに頷いた。
軽く説明はしてみたものの、やはり体験してもらったほうが一番分かりやすいしな。
結構、幅の広い階段なのだが、なぜか並んで一人ずつそろそろと足を踏み入れる。
そして目の前の人物がすっと消えていく姿に、驚きの悲鳴がいくつも上がった。
それでも意を決した顔で、皆は次々と階段を上っていく。
魔物たちは<従属>されていないと階層の移動は無理なため、パウラにまずはゴブリンの五匹を使役魔にしてもらう。
妖精たちは留守番である。
枠が五つも空いている理由だが、今回の女王蜂戦でパウラがレベルアップして魔力が増えたおかげだ。
もっともそれだけではなく、足止めをしてくれた剣尾トンボと軍隊蜂の分が空いたというのもあるが。
……ありがとう、ケンちゃん。
もう一度、地上に戻ると、全員がぽかんと口を開いていた。
延々と歩いてたどり着いた十階から、十数歩上がっただけで見慣れた村の近くに戻ってきたのだ。
混乱するのも無理はない。
「ああ、星がすごく綺麗だべ……」
「んだ。おら、空見上げたの久しぶりだ……」
「なんでなんで! なーんでなんで! なんで!?」
「おい、どうなってんだ! これ作ったやつでてきやがれ! すごすぎじゃねえか!」
しみじみと夜空を語る若者たちの隣で、ミアとヘイモは相変わらずである。
この変わらなさこそが、逆に強メンタルの証と言えるのかもしれない。
「よし、次行きますか。もう一回さっきの十階の部屋のことを考えてください」
「心得ました、ニーノ様」
「はい、えっと十階ですね。十階、十階……」
こういう時、すぐに素直に応じてくれる村長やエタンさんは、話が早くなるので本当にありがたい。
「では、そのまま地下迷宮に入りましょうか」
今度は馴染んだ入り口のせいか、ぞろぞろとまとまって入っていく。
というか、集中しすぎて気にする余裕もないのか。
今度も全員が中に入ったのを見届けてから、俺も後に続いた。
いつもの体がねじれる感覚とともに水の匂いが消えて、いつしか階段を下りている自分に気づく。
これ、意識してないと、段差で膝がかっくんとなるな。
十階の階段前の部屋に戻ると、皆の反応は先ほどとそっくりであった。
村人たちは、もれなく唖然と目を見開いている。
「も、戻ってきたべ……」
「いったいぜんたいどうなってるべ……」
「うわわわ、これめちゃくちゃ便利じゃん! うんうん、いいね!」
「なるほど、こりゃいろいろと捗るな! よくできてるじゃねえか!」
驚くだけの村人と違い、あっさり受け入れた上で利便性に即気づくとか、やっぱりあの二人のメンタルはおかしいな。
無事に全員がここに来れたことを確認して、俺は再び口を開いた。
「こんな感じですが、分かってもらえましたか?」
「ええ、仕組みはさっぱりですが、たいへん素晴らしいものだとは……」
「八階へ戻るのだと、ここからのほうが早くなりますね!」
「ああ、それはちょっと難しいかもしれません」
階段前の鉄格子はボスを倒さないと開かないので、復活してしまうと逆からでは通行不可となるのだ。
「ですが実は、先ほどのやり方で五階にも行けるんですよ」
「そうなんですか?!」
「まだ確認していませんが、おそらく飛べるはずです」
この龍玉の宮殿の十階だが、ドラクロ2では冒険が中断できる場所であった。
ボスを倒してここにたどり着くと、上に戻るかそのまま進むかが選択できたのだ。
さらに次からはこの十階から再開するか、五階層からやり直すかも選択できた。
なのでおそらく、五階にも一気にショートカットできるはずだ。
「ただ五階に行った場合は、歩いて外に出るか、この場所まで来る必要があるので注意ですね」
むろん地上まで戻れば、また五階や十階への選択も可能となる。
この仕組みは十階ごとにあるはずなので、次の目標は二十階の制覇だな。
それはそうと青スライムたちと、その上で就寝中のヨルとクウもばっちり移動はできていた。
階層の認識はスライムには難しいと思うので、おそらく主人たちが移動すればくっついて飛べる仕様なのだろう。
「それでは、今日は上に戻って終わりにしましょうか」
ゴブリンたちはさっき地上に連れて行った際に、<従属>は解消してもらい迷宮の入口前で待機してもらっている。
妖精たちの翅の輝きに照らされた俺たちは、意気揚々と村へ向かった。
そして朗報を待っていた他の村人たちに歓迎され、その日は一晩飲み明かすこととなった。
数日調べて分かったことだが、やはり十階の上り階段を使ったことのない人間にはショートカットは不可能であった。
その辺りは、どうしてもボス戦に参加してもらう必要があるようだ。
なので、また近いうちに女王蜂戦を開催する予定である。
まあ豆リンゴや蜂蜜は美味しい素材だし、レベルも結構上がったからね。
現在、主要メンバーはこんな感じである。
――――――――――――
名前:パウラ・アルヴァレス
種族:魔人種
職業:従魔士(レベル:25)
体力:20/20
魔力:112/112
物理攻撃力:27
物理防御力:22
魔法攻撃力:80
魔法防御力:30
素早さ:60
特技:<魔性魅了>、<下僕強化>、<魅惑>、<従属>、<解消>
装備:武器(黒革の鞭)、頭(狼革の帽子)、胴(狼革のマント)、両手(狼革の手袋)、両足(狼革の長靴)
――――――――――――
どうも総魔力量で使役魔の数は決まるらしく、現在の枠数は十一匹である。
今の使役魔はレベル23の青スライム二匹、レベル16の大ミミズ二匹、レベル18の突撃鳥二匹だ。
入ったり出たり枠でレベル22の妖精のヨーに、レベル22のゴブっちがいる。
――――――――――――
名前:ミア
種族:汎人種
職業:魔術士(レベル:25)
体力:25/25
魔力:75/75
物理攻撃力:13
物理防御力:20
魔法攻撃力:36
魔法防御力:30
素早さ:23
特技:<三属適合>、<魔耗軽減>、<火弾>、<水泡>、<風刃>
装備:武器(なし)、頭(コウモリの羽帽子)、胴(大コウモリの羽ケープ)、両手(兎革の手袋)、両足(兎革の短靴)
――――――――――――
そろそろ手頃な武器がほしいころだが、そこはハンスさんに期待だな。
――――――――――――
名前:ヨル
種族:魴コ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:26)
体力:78/78
魔力:52/52
物理攻撃力:52(+15)
物理防御力:52(+25)
魔法攻撃力:39(+8)
魔法防御力:39(+8)
素早さ:39(+8)
特技:<たべる>、<しっぽ>、<ぎゅん>
装備:武器(大恐鳥の目)、頭(なし)、胴(女王蜂の体)、両手(大鋏の手)、両足(なし)
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ボス戦の翌朝、食べるか聞いてみたところ、毒針をムシャムシャと平らげてしまったせいで、ぷよぷよボディが黄色と黒の縞模様ボディに変わってしまった。
これはこれで可愛いからよしとしよう。
――――――――――――
名前:クウ
種族:魴シ(謫ャ諷倶クュ)
職業:従魔(レベル:26)
体力:52/52
魔力:78/78
物理攻撃力:39(+19)
物理防御力:39(+18)
魔法攻撃力:52(+10)
魔法防御力:52(+10)
素早さ:39(+18)
特技:<たべる>、<ぱたぱた>、<びりびり>
装備:武器(芋虫の糸)、頭(なし)、胴(スライムの体)、両手(女王蜂の翅)、両足(大恐鳥の足)
――――――――――――
こっちは女王蜂の翅をパリパリ囓ったせいか、背中にピョコンと妖精そっくりな翅が生えてしまった。
ただ素早さがさらに上がったようで、空中での動きは段違いとなった。
従魔の二匹とも、すっかりパラメータが序盤を戦い抜いた感じの上がりっぷりである。
これまで通り主戦力として、十分に期待できそうだ。
甘味を餌にすれば、本気モードも発現できるようになったことだしな。
その他、エタンさん、ヘイモ、村長夫妻はレベル23と好調である。
青年団の若者もレベル20に達し、特技が増え戦力として頼りになっている。
弓士隊や裁縫班の魔術士のお二人も同じくレベル20で文句なしだ。
十一階以降の探索も、この調子なら順調だろう。
そして長かった二月がようやく終わりを告げ、暦は三月へと移り――。
待ちに待った行商の馬車が、村へと帰還した。
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