二つの階段
さて、勝利を拾えたものの、あまりゆっくりもしていられないな。
そろそろ誘い出した蜂たちが、戻ってきてもおかしくない頃合いだ。
パウラに目を移すと、ちょうど鉄格子が開いた先の部屋から手懐けたばかりの蜂が出てくるところであった。
先回りして安全かどうか確認してくれたようだ。
俺の視線に気づき、いつもの魅力たっぷりな笑みを見せてくれる。
頷き返した俺は、地面にへたり込んでしまった村人にすぐに声をかけた。
「よし、撤収しましょうか。ここは危険ですので、まずは隣の部屋へ移りましょう。動けない人は手伝って上げてください」
ぼんやりとしていた若者たちの目だが、俺の言葉でようやく焦点が戻ってくる。
のっそり立ち上がったかと思うと、重たい亀の甲羅を引きずりながら一人ずつ奥の部屋へ向かってくれた。
まだ虚脱状態に近いが、全員大きな怪我もなく無事なようだ。
裁縫班の女性二人は足に力が入らないようで、村長夫妻に肩を貸してもらっていた。
こちらも疲れ切ってはいるが、大丈夫そうである。
「おーい、お前ら。そろそろ撤退するぞー」
次にゴブリンと妖精たちだが、ちゃっかりと巣穴にあった蜂蜜に気づいていたようだ。
ぎっしり蜂蜜が詰まった穴に交互に顔を突っ込んでは、ベタベタの状態でゲラゲラと高笑いするゴブリンたち。
その横では妖精たちが甘い蜜に全身を浸して、うっとりと入浴気分を味わっている。
やりたい放題だな、こいつら。
まあ、たっぷり活躍してくれたので、これくらいのご褒美なら許してやりたいところだが、戻ってきた蜂が見たら激怒するのは間違いないな。
「ほら、もう終わりにしろ」
横から手を伸ばして、蜂蜜を一気に回収する。
この円柱形をしたホールの壁の約半分は六角形の蜂の巣穴に覆われていたが、肝心の蜂蜜は五箇所の穴だけであった。
それでも中くらいの樽五つほどになるので、十分な量ではあるが。
「って、重いだろ。いたたたっ! おい、痛いって!」
俺に蜂蜜を奪われてしまったゴブリンらは、頬を膨らませながら腕にしがみついてきた。
そのまま体重をかけて引っ張ってくる。
おもちゃを買ってもらえなかった子どもの駄々そっくりだが、レベルが高いだけに洒落にならない。
妖精たちのほうは俺の髪を掴んで、好き勝手な方向に引っ張り出す。
こっちはもっと洒落になってない。これ以上、抜けたらどうするんだよ、おい!
「エ、エタンさん、これお願いします。あと、こっちはみんなに食べさせてあげて下さい」
「分かりました!」
急いで蟹の甲羅の皿を二つ取り出して、心配そうに駆け寄ってきたエタンさんに手渡した。
一つはたっぷりの蜂蜜入りで、もう一つは山盛りの豆リンゴだ。
甘い匂いに誘われて、妖精とゴブリンどもはいっせいに俺から離れる。
そして皿を持って器用に走り出したエタンさんを、懸命に追いかけだした。
そのまま奥の部屋へ消えていく魔物の集団に、俺はやれやれと肩をすくめた。
「あとは、女王蜂の回収か……」
「センセー、ここいい景色だよー!」
「見ろ、オレ様の勝利だ! まいったか、この野郎!」
部屋の中央に転がる巨大な死骸に視線を向けると、いつの間にかその上によじ登っていたミアが手を振ってくる。
その横では珍しく上機嫌な顔のヘイモが、鉄鉾を掲げて雄叫びを上げていた。
かまってる暇もないので、蜂の死骸に手を触れて素早く回収する。
アイテム一覧に現れたのは、黄魔石塊の中サイズと女王蜂の蜜の二種類であった。
ともに希少度は星三個である。
「うん、これはなかなかだな」
先ほどの戦闘で手こずった女王蜂の蜜だが、蜂と人では効能が違ってくるらしい。
憶測なのはドラクロ2じゃ女王蜂は出てこなかったが、こっちの蜜だけは存在していたからである。
素材であったこの蜜には、傷を含めた全てを回復するような効果はなかった。
しかしほとんどの状態異常に関しては効き目があるため、解毒剤の効果を高めてくれる非常に優秀なアイテムなのだ。
他に忘れ物がないか見回した俺だが、目に飛び込んできたヨルとクウの姿に肝心なことを思い出した。
まだ女王蜂の上ではしゃいでいた二人に、慌てて声をかける。
「おい、そんなに暇なら手伝ってくれ!」
「どしたの、センセ?」
「オレが暇だと!? まったく、その通りだぜ! どうしたよ、アンちゃん?」
「ヨルとクウがこれ食べたがるかもしれん。美味そうなところを見繕ってやってくれるか」
本来なら本人たちに好きに食べさせればいいのだが、二匹ともボス戦で力を使い果たしたのか、青スライムの上で大の字になってしまっていた。
おまけに女王蜂の蜜が口に合わなかったのか、その寝顔はかなり苦しそうである。
「りょかー、美味しいそうなとこ見つけてあげるねー」
「なんかよく分からねえが、手伝ってやるぜ!」
二人に協力してもらい、それらしい部位をかき集める。
アイテム一覧に収納できないため量は少なめだが、だいたいのところを集めたところで時間切れとなった。
「あなた様、来ました!」
通路の前で警戒してくれていたパウラの声に、女王蜂の翅や顎を担いだ俺たちは奥の部屋へと駆け込む。
全員が中に入った瞬間、待ち構えていた青年団たちが、亀の甲羅で入り口を塞いでくれた。
数秒の時間差で、聞き慣れた耳障りな音がその向こうから大量に響いてくる。
顔を見合わせた俺たちは、唇の端を持ち上げあった。
「ご無事ですか? ニーノ様」
「はい、みんなも元気になったようですね」
蜂蜜と豆リンゴ、あと村長に預けておいた魔活回復薬のおかげで、村人たちはすっかり元通りなようだ。
妖精とゴブリンたちも、地面に寝っ転がってくつろぎまくっている。
奥の部屋は天井はあまり高くないものの結構広く、大勢が入ってもまだ余裕がありそうだ。
部屋の中には何も見当たらない。
だがその壁際には、肝心の階段がちゃんと存在していた。
しかも予想通り、二つだ。
「あら、あなた様、あれは?」
「あれっ、上り階段じゃん!」
二つの階段を見比べて驚きの声を上げるパウラとミアに、俺は喜びでこぶしを握りながら強く頷いた。
やはりこの階は、ゲームと同じ仕様であるようだ。
「っと、安心するのはまだ早いな」
そうつぶやきながら上がり階段へ向かった俺は、皆が注目する中、段差に足を掛ける。
馴染みの体が揺らされる感覚はすぐに伝わってきた。
数歩も上がらないうちに、冷たい空気が俺を取り囲む。
真っ暗ではあったが、それでもこの嗅ぎ慣れた水の匂いは間違えるはずもない。
それにゆらゆらと流れていく水の音も、聞き間違うはずはない。
いつの間にか川面に立っていた俺は、頭上で輝く満天の星空に大きく手を伸ばした。
これほどの開放感を味わうのは久しぶりである。
そして振り返り、ちゃんと迷宮の入り口があることを見届け、もう一度深々と肺の底から息を吐いた。
ショートカット成功である。
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