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蜂蜜を巡る攻防 後編



 もう一度、深呼吸した俺は、全員の顔を見回した。

 懸命に戦ってはいるが、村の人たちの表情には隠しきれない恐怖や不安がにじみ出ている。

 当然、それが動きにも反映し、矢や魔法を当て損なったり、甲羅の盾を押し込まれそうになったりとミスが目立っていた。


 対していつもの口調でヨルたちを元気に応援しながら、的確に<火弾>を蜂に当ててみせるミア。

 重圧で疲れが見えてきた青年団を冷静に励まし、<光癒>で疲労回復に努める村長夫妻。

 ヘイモは怒りながらも鉄鉾を自在に振り回し、エタンさんの矢は一本たりとも外れることはない。


 そして隣に視線を移すと、パウラがただ微笑んでいた。

 うん、こんなに頼もしい仲間がいるのに、負けるわけがないか。

 ヨルやクウ、スーやラー、ゴブっちやヨーもいつもどおりだしな。


 よし、攻略を始めるか。

 どうやら今回のボスは、長期戦に特化したタイプのようだ。

 現状は拮抗しているようだし、そうそう危険な状況に陥ることもなさそうである。

 検証時でも大目玉蛾が全滅するまで三十分以上かかったし、退路の確保もまだ焦る段階じゃない。


「まずは緊張をほぐしましょう。ヨー頼む」

「キヒヒヒヒ!」


 いつもの甲高い笑い声が響き、光り輝く鱗粉が村人たちに注がれた。

 とたんに落ち着きなく揺れていた目が急速に見開かれ、強張っていた口元が緩みだす。


「なんでぇお前ら、ニヤニヤしやがって! やっと面白くなってきやがったのか!」


 怒っているように見えたヘイモだが、実はずっとこの戦闘を楽しんでいたらしい。

 分かりにくすぎる鍛冶屋の態度に、村人たちからクスクスと笑いが漏れた。

 完全に余分な力は抜けたようだ。


「じゃあ次は、分析していきましょう。エタンさん」

「はい、なんでしょう?」

「取り巻きの蜂が生まれる時に、何かしらの兆候がないか気をつけてみて下さい」

「分かりました。やってみます」

「あ、ヘイモも頼むぞ」

「おい、オレをついでみたいに扱うんじゃねえ!」


 ちょっと怒らせておいたほうが、ヘイモはいい仕事してくれるからな。


「ねーねー、センセ。あたしはー?」

「ミアは……、そうだな。そっちのお二人の指示を頼む」


 魔術士である裁縫班のご婦人二人だが、やはり実戦での経験が不足しているせいか、魔法を繰り出すタイミングが一呼吸ほど遅い。

 どうやらどこに的を絞るべきか、とっさに決めあぐねているようだ。

 それに比べてミアには迷いがない。

 それでいて、ちょうどいい場所へ毎回撃ち込むのだから大したものである。


「えっ、できるかな?」

「できるできる。狙うやつを指差すだけでいいぞ」

「あっ、それくらいなら、まっかせてー!」


 喋っている間にも、取り巻きの蜂はどんどん生み出されては迫ってくる。

 ただし皆の戦いぶりは、今までと同じではない。


 弓弦が綺麗に重なるように鳴り渡り、一時に撃ち出された矢は蜂どもを一瞬で針山に変える。

 弓士の四人は、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。


「あれ、いっくよー!」

「あいさ!」

「はいよ!」


 女性三人の声が合わさり、集中砲火を浴びた蜂が地面に次々と燃え転がった。

 うん、こちらも文句なしだ。

 

「おら、いくらでも来やがれってんだ!」

「虫っころめ! 刺せるもんなら刺してみやがれ!」


 若者たちの威勢のいい怒号が響き、四方から襲いかかってくる蜂たちを的確にさばいていく。

 さらに剣を構えた村長が躍り出て、またたく間に三匹の蜂を斬り伏せてみせた。


「まだまだ若い者には、後れを取りませんぞ」


 うう、年寄キャラ定番のセリフはずるいって。

 と、感動していたら、エタンさんがふむふむと頷きながら話しかけてきた。


「ニーノ様、見つけましたよ」

「え、もう?」

「俺も見つけたぜ!」

「はや! やっぱり二人とも凄いな……」

「照れくせえだろ! そんな褒めんじゃねえよ!」


 律儀に手を上げて発言したヘイモだが、俺の称賛の言葉に鼻先を赤くしながら地団駄を踏みだす。

 その可愛い姿に、またも周囲から笑い声が漏れた。


「じゃあ、エタンさんからで」

「はい、どうも蜂たちですが、出てくる穴が固定されていますね」


 蜂が這い出てくる穴の配置はざっと三種類ほどで、それが繰り返し使われているらしい。

 この短時間で、よく見破ったものだ。


「次、ヘイモ」

「俺か! よし、よーく聞きやがれ!」


 そう言ったかと思うと、小熊そっくりな男はガチガチと歯を噛みわせた。

 そして俺たちの顔を得意げに見回した後、今度はガチガチガチと歯を鳴らしてみせた。


「どうでい、分かったか!?」

「わかるか!」

「ちっ、仕方ねえな!」


 ヘイモの説明によると、最初の短い歯音は女王蜂が下僕を呼ぶ時で、長いほうは毒の霧を出す時の音らしい。

 俺にはほとんど差がないように思えたが、獣人種の耳にはハッキリ違いが伝わってくるとのことだ。


「でかしたな! うん、これで倒せる目処がたったぞ。まずは取り巻きから片付けよう」


 やり方は至極簡単だ。

 生まれてくる穴が分かっているのなら、待ち構えて蜂どもが出てくる瞬間を狙えばいいだけである。


 ヨーの指示の下、妖精たちがいっせいに飛び立つ。

 そしてエタンさんの合図とともに、お目当ての巣穴に近づきまばゆく翅を光らせた。


 そこへ容赦なく撃ち込まれる矢と炎。

 生まれたての蜂たちは、翅音一つ響かせることなく息絶えた。


「うわ、すげぇ楽だな!」

「ああ、これなら大丈夫だべ!」


 エタンさんの鋭い観察力と妖精ネットワークの前に、取り巻きの蜂どもはあっさりと無力化した。

 じゃあ次は、本丸の攻め時だな。


 こっちのほうはすでにヘイモがつきっきりで、<毒の霧>と<女王の蜜>のどっちが来るかをヨルとクウに大声で知らせている。

 そのおかげで二匹も、少しばかり余裕が出てきたようだ。

 しかしながら戦闘が楽になっただけで、女王蜂の状態に変化はない。


「問題はあの白い蜜か……」


 巨大な的でもある女王蜂だが、いくら傷をつけてもすぐに回復されてしまう。

 <びりぱた>でもしかしたら仕留められるかもしれないが、万が一無理だった場合、女王専用の蜜を浴びてなかったことにされてしまいかねない。

 そうなると魔力を使い切ってしまったこっちが、決め手を失い一気に不利になるだろう。


「ここからじゃ、従者蜂の穴には届かないしな」


 取り巻きと違って、蜜専用の三匹の蜂たちは女王の後方の高い位置に控えている。

 魔術では届かないだろうし、弓矢だとこの位置からでは巨大な蜂の体が邪魔して直接、狙うことができない。

 それに毒の霧が煙幕の役目も果たしており、余計に困難である。


「あの毒の霧も、なんとかしたいところだが……。うーん、ヨルになんとか頑張ってもらうか」

「うわ、なんだこりゃ!」


 いきなり聞こえてきた声に目を向けると、壁際で青年団の一人が焦った声を上げている。

 その鉄鉾の先には、黄色い液体がベッタリとくっついていた。

 

 盾役が必要なくなったせいで手が空いた数人が壁際のモグラ叩きならぬ蜂叩きに参加していたのだが、うっかり違う場所を殴ってしまったようだ。

 漂ってきた甘い匂いに、次なる作戦が俺の脳内に閃く。


「それをヨルに舐めさせてやってくれ!」

「へ、へえ、かしこまりやした!」


 穴から溢れ出る蜂蜜をすくい上げた若者は、女王蜂の近くで跳ね回るヨルのもとへ駆け寄る。

 即座に獣っ子は鼻をムズムズと動かし、目を見開きながら振り向いた。

 そして眼前の強敵を無視して、若者のそばへと駆け寄る。

 

「ど、どうぞ……」

「かたじけないー!」


 きちんと礼を述べたヨルは、若者の手に豪快に顔を突っ込んだ。

 そのままベロベロと舐めたくった後、目をまんまるに見開いて叫ぶ。


「かんみー!」


 姉の絶叫に驚いたのか、上空を飛び回っていたクウも急降下してきた。

 そして迷わずまだ蜂蜜が残っていた若者の手に飛び込む。


「く、くぅううううー!」

「ぜっぴんー!」


 戦闘中とは思えないはしゃぎようである。

 さすがに危ないので、慌てて声をかける。


「おーい、お前ら!」


 感極まっていた姉弟だが、俺にぎらつかせた目を向けてくる。

 こいつら本当に甘いものに目がないな。

 

「そいつ倒したら、その蜂蜜舐め放題だぞ!」

「ぎょうてんー!」

「くうー!」

「それに最上級の女王の蜜もあるぞ。だから、ちょっと本気出せ!」


 俺の言葉に大きく頷いたヨルは、その場で手をついて四つん這いとなる。

 そして凄まじい眼力で、宙に浮かぶ巨大な蜂を睨みつけた。


 その隣のクウにも、驚きの変化が生じていた。

 メキメキと音を立てながら、短い足の先端が肥大していくのだ。

 数秒も立たず鳥っ子の足に現れたのは、巨大な鋭い爪たちであった。


「な、なにあれ……。クウっち大丈夫?」

「どうしやがったんだ、あいつ! へんなもんでも食ったのか?」


 確かに食ったことは間違いない。

 もっともおかしな物ではなく、食べたのは凶悪なユニークモンスターの肉であるが。

 おそらくだが"貪欲なる恐嘴"を平らげた時に得ていた大恐鳥の足が、本気になったことで顕現したのだろう。


 ただ正直、でっかい靴を履いているようで、アンバランスすぎる見た目である。

 しかし次の瞬間、地面を蹴りつけたクウは、はるか高みに到達していた。

 呆気にとられる俺たちの前で、壁を蹴りつけた鳥っ子はそのまま女王蜂の体に突っ込んでいく。


 目にも留まらぬ速さで蹴りつけられた巨大な蜂は、初めてその体を大きく揺らした。


「うわわっ、クウっちどうしたの? すごくない!?」

「本気を出すとああなるのか……。甘いものヤバいな……」


 さらにヨルのほうの本気も完了したようだ。

 いつも愛らしい眼差しを向けてくる瞳が真紅に染まり、ありえないほどの魔力がほとばしる。

 ――<石の視線>!


 顕現した大恐鳥の目は、見つめた対象を無慈悲にも石へと変えてみせた。

 わずかな間を置いて、女王蜂の下腹部全体がパキパキと硬い音を生じさせながら灰色に覆われていく。

 よし、これで毒の霧は封じたな。

 

「今だ、たたみ掛けるぞ!」


 そう叫びながら、俺は信頼する仲間たちに素早く目を向けた。

 この正念場で、しくじるわけにはいかない。

 俺の意図を汲み取った二人と一匹が、それぞれの持場で頷き返してくれた。


「わかった、いっくよー!」

「任せとけ、おらぁぁぁぁ!」

「今こそ我が剣が輝きを放つ時!」


 勝機を悟ったミアやヘイモ、村長たちが、掛け声とともに攻撃を仕掛ける。

 石化した重みに耐えきれず高度を下げた女王蜂に、火の玉や鉄鉾、鉄剣が激しい傷を負わせた。

 同時に村人たちやゴブリンらが放った魔法や矢が、そこへ続々と追撃する。

 さらに目まぐるしく飛び回っていたクウが、重々しい蹴りを幾度となく打ち込んだ。


 またたく間に全身が傷にまみれ体液が吹き出した女王蜂は、けたたましく顎を鳴らし従者を呼びつけた。

 白い蜜を足にまぶした三匹が、上空から舞い降り――。


 翅を矢に貫かれて、地上へと落下した。


 見事に二匹の蜂を仕留めてみせたのは、エタンさんとゴブっちである。

 六角形の巣穴を足場にして矢が届く位置まで登り、密かに待機してくれていたのだ。


 そして最後の一匹は、くるりと弧を描いた尻尾が誘惑してみせる。

 <魅惑>から<従属>。

 

 寸前で身を翻し新たな主人のもとへ飛んでいく蜂の姿に、女王はいっそう激しく顎を打ち合わせた。

 そこへ容赦なくクウが両手を広げる。


 紫の輝きがその小さな体を覆い、空気を震わせながらまばゆく彩る。

 限界まで高まった魔力が、羽吹雪となって放たれた。


 ――<びりびり>&<ぱたぱた>!


 荒れ狂う雷嵐に撃ち抜かれた女王蜂は、全身から黒い煙を吹き上げて体を左右にぐらつかせる。

 そしてあっけなく墜落した。


 地響きとともに地面に突っ込んだ巨大な魔物の姿を、俺たちはしばし息を止めて見つめる。

 緊張を孕んだ重々しい空気の中、むっくりと起き上がったヨルはトテトテと走り出した。

 それに負けじとクウもパタパタと羽を動かして、同じ目的へと急ぐ。


 二匹が目指したのは、パウラが手懐けたばかりの軍隊蜂であった。

 ふわふわと飛んでいた蜂の足に、それぞれしがみつく二匹。


 そしてお目当ての白い蜜を口に含み――。


 伝わってきた味に、驚いて地面に落っこちた。


「に、にがみー!」

「くぅううううう!」


 地面をのたうち回る二匹の背後で、ゆっくり鉄格子が持ち上がり始める。

 大きな歓声が上がる中、俺は疲れ切った声で呟いた。

 


「そういや女王の蜜(ローヤルゼリー)なんて名前だけど、ぜんぜん甘くないらしいな、あれ」





たいへんお待たせしました。

全部詰め込んでみたら、結構な量に…………。

今にも眠気に負けそうなので、明日の更新はこれに変えさせていただきます。


それはそうとアース・スターノベル大賞2の一次予選通過しておりました。

最近はランキングからも落ちてしまって、てっきりダメかと諦めてかけていたのですが……。

これも読者の皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございます。


つきましては厚かましいお願いですが、第二選の合格も頑張って目指したいと

思いますので今後もどうかこの作品をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼリーであってハニーじゃないですからねアレ…。栄養豊富だから薬の材料でしょうか。 蜜蝋やプロポリスなんかも期待できますね。
[気になる点] そのくせ だと反語になってしまうので その上 とかでしょうか。 [一言] ヨルちゃんの足が大きく…もしや肉球もっ!?(ッガタ) まぁ、この姉弟だから大丈夫だろうけどローヤルゼリー小さい…
[良い点] 勝ったー。 最後は良薬は口に苦し。でも、その分お肌とかには効果ありますかね
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