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エリアの解説



「大雑把だけど、この階は四つのエリアに分けることにした」

「えりあでございますか?」


 十階をちょうど真ん中で二分する湖までは、徒歩で約一時間。

 だいたい五キロほどの距離だろうか。

 たっぷり時間があるため、向かいがてらこの一週間で調べた結果をパウラに説明していく。


「まず、一つ目は――」


 振り返りながら、俺は背後に広がる壁を持ち上げた手で指し示す。

 視界の左右に広がっていく絶壁の高さはおそらく百メートルを超え、幅も十キロはあるだろう。

 あちこちに大きな岩が顔を出し、その周りを淡いピンク色の草が彩っているのが見える。


「南の壁周辺だな。主な魔物は曲角羊だけで、比較的安全な場所だよ」


 階段を下りてすぐの壁は非戦闘的な曲角羊の生息地であり、また睡眠薬の材料となる夢見草と、昆虫系の魔物を寄せ付けない虫除け花が採取可能である。

 ただ虫除け花に関しては階段の周囲には自生していないため、出入りする際に襲われる危険性があるので注意だ。


 曲角羊は基本的に岩伝いに崖を移動して、夢見草をむしゃむしゃ食べているだけの大人しい魔物である。

 ただし同胞が襲われていると、助けに入る性質がある点だけは気をつけなければならない。

 もっともこれを利用して、数頭まとめて壁から引っ張り下ろすこともできるが。


 特技は角を突き出して走ってくる<突進>と、周囲の生物を眠らせる<眠りの吐息>。

 後者はとても危険であるが、顔を攻撃していると出しにくいようである。


「なんといっても素晴らしいのは、羊毛と肉がたっぷり取れるところだな」


 百頭近い羊が勝手に放牧されているのだと考えると、笑いが止まらなくなってしまう。

 しかも適当に間引いても、次の日には元通りの数になるのだ。

 もうこの発見だけで、十階まで来てよかったと思えるほどである。


「それにまだ試せていないが、もっと美味しい活用法もありそうだしな」

「そうなのですか?」

「ああ、帰り際にぜひやってもらうつもりだよ」

「はい、なんでもお言いつけ下さいませ」

「で、二つ目のエリアだが――」


 今度は視界の両側に立ちはだかる壁を、左右に伸ばした俺の手が指し示す。


「西と東の壁の辺りだな。こっちに住んでいるのは大目玉蛾。日が暮れたら、絶対に近づきたくない場所だな」


 両壁の周辺には灌木が何本も生えており、ちょっとした林のようになっている。

 大目玉蛾どもは、昼間はその木々の暗がりに潜んでおり姿を見せようとしない。

 ただし太陽岩の輝きが弱まる夕暮れ時になると、棲家を離れ活発に飛び回りだすのだ。


 何度か日没時まで居残って調べた結果だが、どうやら光に反応するらしく、到着した初日に俺たちが襲われたのも妖精の翅が光っていたせいらしい。

 体長は三十センチほどで、翅には毒々しい目玉模様がついている。


 特技は羽をひらひらさせて意識を混乱させる<まどわす>と、厄介な鱗粉をばらまいてくる<目潰し粉>だ。

 こいつらは物理的な攻撃力はほぼないのだが、集団で襲ってくるので侮れない相手である。


 検証用に白照石のランタンをもたせた骨子ちゃんを少し歩かせてみたのだが、たちまち集まってきた蛾にありとあらゆる箇所が覆われてしまう有り様となった。

 これが生身の人間だったら、間違いなく窒息しているだろう。

 骨子ちゃんで実験してよかったとは思えたが、そのままこっちへも戻ってきそうになった時は、生理的に無理すぎて非常に後悔した体験でもあった。


「う、うん、あれは怖かったね……」

「ああ、最悪だったな」

「ふふ、それはわたくしも見てみたかったですね」

「いや、止めといたほうがいい。わりと本気でおすすめしない」

「うんうん! あたし、夢に出てきてヤバかったし!」


 もっともエタンさんやヨルとクウはケロリとしていたので、一般人の感性がないと響かないかもしれないが。

 俺とミアの息を合わせた会話に、パウラは一瞬だけ何か言いたげにしたが、俺の視線に気づくといつもの妖しい笑みを浮かべてみせた。


「東西の壁エリアは、採取できそうな物はなかったな。危ないので長居もできないしな」


 昼間はじっとしているとはいえ、絶対に襲ってこないわけでもない。

 一応、大目玉蛾からは蛾の鱗粉が採取でき、そこから暗闇薬が錬成できるが、わざわざ取りに行くほどでもないというのが本音だ。

 東西の壁辺りは、接近禁止エリアでいいと思う。


「三つ目は、今歩いている南側のこの場所だな」


 俺の言葉に、パウラは好奇心に満ちた視線を周囲へ配る。

 少しばかり上下に隆起する場所もあるが、ほとんどが平らな地面で、まばらに生える下草と腰掛けるのにちょうどいい角張った岩が点々と転がる以外に何もない。

 そう、ここは何もないのだ。


「あら、それは残念ですね」

「あちこち歩いて、触ってみたんだがな」

 

 湖の南側は、見渡す限りそっくりな光景がただひたすら続くだけの場所であった。

 まあ、そのほうがいろいろ気兼ねなく活用できていいかもしれない。


「で、最後はあの湖の向こう岸、北側のエリアだな」


 中央の湖に隔てられた奥地。 

 大きめの木が何本も並ぶ丘陵地で、未だに到達できていない地域である。

 遠目が利くエタンさん曰く、数匹の黒と黄色の縞模様を持つ何かが飛び回っているのが見えたらしい。

 …………なんとなく想像がつく魔物である。


「あとはこの湖も一応、エリアに数えたほうがいいのか」


 向こう岸までは、五百メートルほどだろうか。

 東側には湖に流れ込む川があり、その上流は壁の下の穴へと続いている。

 そして反対の西側にはちゃんと流れ出す川もあり、水が溢れ出ないようになっていた。


 西側の川は何本かの支流に分かれており、こちらも当たり前のように全て壁の穴へと流れ込んでいく。

 あの大量の水がどこへ消えるのか、本当に不思議である。


 その湖の上空だが、小刻みに停止と移動を繰り返す魔物たちの姿が視認できる。

 俺の身長を軽々と超える体長の持ち主。

 剣そっくりの腹部を持つ剣尾トンボの群れだ。


 こいつらはかなり目がよくて、湖の岸三、四十歩圏内に入るだけで襲ってくるほどである。

 攻撃方法は無音で上空から飛来して獲物を鷲掴みにして鋭い顎でガリガリするか、もしくはその長剣状の腹部を振り回し切断した部位を掴んで持ち去ってしまうかだ。


 特技はその凶悪な腹部を生かした<斬りつけ>と、透き通った翅を震わせて発する<騒音波>。

 この翅だが非常に頑丈なのに透明度が高く、まさに強化ガラスそっくりなのだ。

 ドロップ品はこの翅だけであるが、なんとも使い勝手がよさそうな素材である。


「まあ、今日は倒しに来たんじゃないけどね」


 本日の目的は、第四の北側エリアの調査のため橋を建設することであった。



進捗がゆっくりですみません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダンジョンにかける橋。 トンボがいるなら湖にはヤゴが?アレも水中昆虫生態系では上位らしいですが
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