各階の進捗状況 その二
五階、ゴブリン第一村の広場。
陽気な太鼓の音が響き溢れる中、今日もゴブリンの職人たちは楽しげに物作りに勤しむ。
いくつも置かれた低い机の上に山積みとなっているのは、多様な種類の革たちだ。
見慣れた白いうさぎ革や、薄くしなやかなコウモリの羽。
固く頑丈な茶色の恐鳥の革に、黒い滑らかな毛が残る狼の革。
それぞれの特徴を生かして帽子や靴に手袋から鎧まで、手早く縫い合わされて作り上げられていく。
最近の人気は肩から斜めに下げる長い吊り紐のついた小さな鞄で、構造は単純だが使い勝手がよく、注文が殺到している有り様である。
その隣では大蟹の甲羅や亀の甲羅、さらには鉄甲虫の甲殻を生かした兜や胸当てが製作中だ。
他にも皿や盃などの食器類や、鍋などの調理道具も次々と完成している。
蟹皿などは熱が伝わりやすい欠点があるものの、意外と軽く丈夫なため上の村にも行き渡りつつあるほどである。
武器に関しては朝一番に鉄の矢尻が届けられたので、弓矢担当のゴブリンたちが一心不乱に木を削っていた。
矢羽根用の突撃鳥の尾羽根や弓弦に使う足の腱もたっぷりあるため、もりもりと弓矢を量産中である。
奥に近い作業机ではせっせと蔓を編み込んで、大小幅広いサイズの籠を作るゴブリンらの姿も見える。
籠編みは村での家仕事でお馴染みであり、手慣れている女性も多い。
その中でも手が早く仕上がりも綺麗な二人が指導に当たっているだけあって、編み上がっていく籠も及第点に余裕で達する出来栄えである。
この籠の普及によって、迷宮内での運送量は大幅に増える結果となった。
今戻ってきたばかりの突撃鳥の体の両側にも、しっかりと大きな籠が括り付けてあり、中には翠硬の実が山盛りに詰め込まれている。
しかも蔓の使い道はそれだけでない。
突撃鳥の鞍から下がるのは、生きたまま足を縛られた角うさぎどもだ。
狩人のエタン直伝の蔓製のくくり罠にかかった哀れな獲物たちである。
懸命にもがく角うさぎを受け取ったゴブリンたちは、足早に大芋虫の飼育小屋へと向かう。
そこでいっせいに<粘つく糸>を浴びて、今や十匹を超える芋虫らの経験値の足しにされるのだ。
その後は喉をかききって血抜きを済ませ、手早く皮を剝き内臓が取り去られる。
そして角と皮は倉庫へ運ばれ、骨と内臓は突撃鳥の胃袋に収まり、肉は塩を擦り込まれて広場に戻される。
干し肉作りも順調であり、柵の内側の陰にはうさぎやコウモリ、突撃鳥の肉に並んで、このところは羊肉も干されるようになっていた。
迷迭花をまぶした特別製も、取り合いとなるほどの人気である。
笑い声で賑わう広間に、不意に一匹のゴブリンが駆け込んできた。
その手にあるのは、半分ほど水が詰まったスライム袋である。
誇らしげに袋を掲げてみせるゴブリンだが、たちまち集まった仲間に取り囲まれてしまった。
そして皆、興奮しながら次から次へと飛び跳ね出す。
どうやらゴブリン村の近くに掘った溜池に、とうとう水が流れ込んだようだ。
広場全体を見回していたカリーナは、ゴブリンたちの喜ぶ姿に嬉しそうに頬を緩めた。
「みなさん、水路が完成したようですよ」
「あらま。もうかい? えらく早いね」
「井戸の時は、あんなに時間掛かってたのにねぇ。ここのことになると、本当に熱心だね」
そう言いながらも女衆たちは、毛糸を撚る手を少しも緩めようとはしない。
集中の度合いで言えば、いい勝負である。
絹糸に続いて新たにもたらされたこの毛糸に、現在裁縫班は夢中である。
下着や普段着など、作りたい服はいくらでもあるからだ。
ただし今は、しばし手を休めて先にやるべきことがあった。
大きく伸びをした女衆たちは、骨で作られたかまどへぞろぞろと歩き出す。
「それじゃあ一仕事終えた旦那どもに、美味しい昼ごはんをご馳走してやるかね」
「ええ、きっと凄くお腹を空かせて戻ってきますよ」
§§§
八階、大樹の回廊の片隅。
しっかりと盛り上がった土の山を前に、ゴブリンどもは嬉しげに笑い声を上げた。
壁際に作られたこの小高い土山の正体は、炭焼き窯である。
炭焼の経験を持つエタンの指導の下、二十匹近いゴブリンが力を合わせて製作したのだ。
ちゃんと周りの草は引き抜かれ、万が一にも火が燃え移ることがないようにしてある。
作ったのは窯だけではない。
妖精たちが棲家に使っていた大木だが、さらにその上にもいくつかのウロが見つかったのだ。
中には狭いものもあったが、大半は掃除して内側を少し削れば、立派な部屋となるものばかりであった。
現在は蔓で編んだ縄梯子がそれらを繋いでおり、さながら集合住宅の様相を呈していた。
さらに太い枝の上に小屋を作る計画も出てきており、どんどん居住域は増えていきそうである。
炭焼き窯の周りで踊るゴブリンたちに、大きな魔物がのっそりと近づいてきた。
この八階でボス狼に次ぐ巨体を誇る枝角鹿だ。
しかしその大きく広がる角には、なぜか複数の蔓籠がぶら下がっている。
さらにその背中には、小鳥のごとく集った妖精たちがゆったりと翅を休めていた。
今やすっかり妖精たちの乗り物と化した枝角鹿は、頭を下げると器用に籠だけを地面に置く。
その中身は、収獲したてのキノコであった。
「グヒヒヒ!」
「ゲッヘヘ!」
邪悪な笑い声を上げながら籠に飛びついたゴブリンたちは、キノコを選りすぐって炭焼き窯の横にちょこんと作られた調理用の小さなかまどへ向かう。
そこには、すでに小さめの亀の甲羅が鍋代わりに火に掛けられてあった。
ちぎった角うさぎの干し肉で出汁を取った鍋に、ゴブリンたちはきのこを次々と投げ込む。
溢れ漂う美味しそうな香りに、キノコをこよなく愛する妖精たちもいっせいに翅を広げた。
可愛くお腹を鳴らしながら、鍋の周囲を飛び回ってみせる。
そこでまだ籠を漁っていたゴブリンの一匹が、咎めるような笑い声を発した。
お目当ての青い果実が見つからなかったせいだ。
不満げに地団駄を踏むゴブリンに、一匹の妖精が軽やかに舞い降りた。
そして肩に下げた小鞄から、しぶしぶと青すぐりの実を一粒取り出す。
期待に目を輝かせて、大きく耳まで裂ける口を開くゴブリン。
そこへ青い実を落としかけた妖精だが、寸前で誘惑に負け自分の口にパクリと含んでしまう。
鈴の音を鳴らしたような笑い声が、大樹の幹にこだましていった。
§§§
十階、中央の湖付近。
上の階層がそれぞれ昼食に取り掛かる時間帯。
俺たちは岸の近くに座り込んで、水上を飛び回る巨大な魔物を眺めていた。
素早く動きすぎて、目で捉えることが困難な大きな四枚の翅。
獲物を見逃さない大きな目玉に、一目で捕食者と分かる鋭い顎。
長く伸びた腹の部分は、研がれた刃物のように鋭く平たい。
まあ実際、あの腹部は何でも切り裂けそうである。
腹部が剣のように変化した昆虫の名は剣尾トンボ。
大型種に入るほどの体長を誇り、同時に凄まじい機動力を併せ持つ凶悪な魔物だ。
「うわー、めっちゃやばそうじゃん!」
「けんのんー!」
「くー!」
いつものやり取りを聞き流す俺に、エタンさんまで心配げに尋ねてくる。
「……これはまた、ずいぶんと手強そうな相手ですね」
この水源の周りは拠点にお誂え向きであるが、あんな肉食の大型昆虫が居たら話にならない。
だが心配するエタンさんへ、俺は唇の端を持ち上げながら言い切ってみせた。
「いや、ありがたいですね。めちゃくちゃ役に立ちますよ、あのトンボ」
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